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領主との謁見

 今、私はエンリの屋敷。つまり、この街の領主の家の前に立っている。この3日間、仕事を理由に後回しにしてきたけれど、エルガンから『いい加減に行かないと心象が悪くなるぞ』と脅されて重い腰をあげたのだ。両手で頬を叩く。


「よし!」


 覚悟を決めて門兵に領主からの手紙を渡すと、兵のひとりが屋敷の方へ走っていった。しばらくすると先ほどの兵が若いメイドを連れて戻ってくる。

「ようこそいらっしゃいました。ティアズ様。ご案内致しますので、こちらへついて来て下さい」

「は、はいっ」


 私は緊張しながらメイドの後ろをついていく。立派な玄関ドアをくぐり、大きな屋敷の中へ足を踏み入れる。花の香りがする掃除の行き届いた広い玄関ホールを通り、綺麗な絨毯が敷かれている絵画が並ぶ廊下を歩いていく。


 片面に並ぶ大きな窓にかかる真っ白なカーテンは、見たこともないなめらかな生地が使われていて、細かい刺繍が上品に施されている。それに廊下に点々と置かれている花瓶と花。あの花瓶を割ってしまったら一体いくら請求されるだろうか? そんな事を考えてしまったら、花瓶の横を通るときに思わず息を呑んでしまう。うぅ、しまった。余計緊張してきた。こういうのって権威やら品格やらを示す意図もあるんだろうけれど、孤児院育ちの私には完全に過剰な威力だよ。


 誰もいない部屋に通されると、ここで待っているようにと言い残してメイドは部屋を出て行った。

「ふあ~~~……」

 ひとりになって思わず深いため息がでてしまう。


 部屋にあるお高そうなソファの先っちょに、ちょこんと腰掛ける。場違い感がすごくてなんとも居心地が悪い。私がまんじりともせずにいると、突然部屋のドアが開かれた。思わず直立する私。


「ティア!」

「エンリ……お、お嬢?……さま……ご機嫌うるっ、麗しく」

 私の謎敬語に、エンリが悲しそうな顔をした。


「エンリでいいです。ティアにかしこまられると悲しいです」

 本当に悲しそうな顔をするので、

「……うん、わかったよ。エンリ、元気だった?」

「はい!」


 エンリと2人で並んでソファに座って話しをしていると、少しずつ緊張が解けてくる。

「お父様は、執務があるのでもう少しかかりますので、私だけ先に来ちゃいました」

「そうなんだ。でも、エンリが先に来てくれて、本当によかったよぉ~」

 私はずっと緊張しっぱなしだった事を話した。


「ふふふ。それならよかったです」

「だけど、エンリが領主……様の娘って聞いて、驚いたよ」

「隠していた訳ではないのですが、ティアにはかしこまられたくなかったんです。同年代の子はみんな、私が領主の娘と知ると、距離を取られてしまうので……。だからティアには普通に接して欲しいんです」

 エンリの顔を見ると本当にそう思っているように感じたし、私もエンリに対してはそうしたい。

「わかった。じゃあ遠慮なくそうするね!」

「ふふ。はい!」

 それからあの時の話で盛り上がっていたらドアがノックされた後、ひとりの男が入ってきた。


「待たせてしまってすまないな」

 向かいのソファに腰掛けると、男が言う。

「ホーケン・スー・ルーフィルドだ」

 私はあわてて直立すると、頭を下げる。

「ティ、ティアズ・S・オピカトーラと、も、もうし、ます! 本日は、ごきげんっ……」

「わっはっはっは。いい、そうかしこまらなくていい。普通にしてくれて構わない」

「は、はぁ……。いえ、はい!」

「ティア、座って」

 隣に座るエンリに手を引かれて少し緊張が緩む。

「あ、うん」

 ソファに腰掛けた。


「公式な場では立場上、気をつけて欲しくは思うが、今はそうかしこまらなくていい。今日はティアズ、いや、私もティアと呼ばせてもらってもいいか?」

「あ、はい」


 ホーケンは頷くと続けた。

「ティアに娘を助けてもらったお礼が言いたかったのだ。ありがとう。ひとりの親として、深く感謝する」

 そう言って頭を下げた。

「いえっ! そんな。私もエンリの魔法で助けてもらったんだ、です。だから私達は逃げ出す事が出来、ました」

「言葉遣いは本当に気にするな。ティアの出自を卑下する訳ではないが、恩人に対して慣れない事を無理に強いる事はしたくないのだ。しかし、エンリの魔法に助けられたと?」


 ホーケンは私の身辺を調べたのかな? こうまで言ってくれたのに、無理したら逆に失礼だろうか。それに上手くできない事を続けるのは返って見苦しいかもしれない。


「……うん。明かりが無くて真っ暗な洞窟を進まないといけなかったとき、エンリが光の魔法で照らしてくれたから私達は安全に先へ進めたんだ。私はそういう魔法が使えないから。ね、エンリ」

「ふふ」

「なるほどな」

 ホーケンはなんだかうれしそうだ。


 そこでドアのノックの後、私を案内してくれた若いメイドが見たこともない紅いお茶を入れたカップをトレイに乗せて現れる。彼女はそれを静かにテーブルへ並べると頭を下げて部屋を出て行った。


「でもお父様、ティアの魔法はすごいんですよ!」

「『つるつるの魔法』だったか?」

 エンリはティーカップに砂糖を入れてスプーンでかき混ぜながらそう言った。どうやらエンリは、父親のホーケンに私の事をいろいろと話して聞かせているらしい。

「エンリの話しで聞いたが、そのような魔法は私も聞いた事がないな」

 やっぱりマイナーなんだろうか。私の魔法。


「同じ事をエルガンにも言われたよ」

「ふむ。それはギルドマスターのエルガン・エスカフォードか?」

「うん」

 私が半年前に模擬戦闘でエルガンと戦った時の話をした。


「そうか、ティアが……」

 私が不思議そうな顔をしていると

「エルガン・エスカフォードが、面白い奴がいると言っていたのだよ。15歳でギルドに入ったばかりの新人が、半年ぶりに模擬戦闘を行ったら、Cランク上位相当の実力を身に付けていたとな」

「あ、あははは……」

 私で間違いない。


「ふむ、ならば是非もないな。ティアへのお礼は、1年間の魔法学園の学費としたいが、どうか?」

「えっ!?」

「もちろん、制服や教材等も含めてだ。生活費は自分で何とかしてもらうが。どうだ?」


 エンリは私が助けたと感謝してくれるけど、3人で協力し合ったからあの窮地を抜け出すことが出来たんだよね。だから正直なところ、助けたお礼をもらうのは心苦しい……。しかもエンリに聞いた話では魔法学園への入学費はもろもろで120万イルドにもなる。私が貯めようと思ったなら何年もかかるほどの大金だ。


「それはうれしいけれど。私がエンリを助けただけじゃないから。私達はお互いが出来る事をして、同じ窮地を協力し合って抜け出しただけなんだ。だから感謝の言葉をもらう以上の事は……」

 そこまで正直に口にしてしまって、はっとする。領主からのお礼を断るのって不敬になったりしないだろうか?


「ふふっ、うわっはっはっは。全く、経緯はどうあれ事実エンリを怪我1つなく無事に助け出してくれたのだから、遠慮なく受け取れば良いものを。ティアには欲がないのか?」


 私は首を横に振って微笑んで答える。

「欲だらけだよ」

 欲しいものも、食べたいものも、叶えたいものもある。


「エンリの話を聞く限り、魔法学園への入学はいまティアが一番望むものだと思ったのだがな」

「うん。その通りだよ」

 ホーケンの言う通り、それは私がいま一番欲しいものだ。エンリに魔法学園の事を教えてもらってから、お金を貯めて入学しようと密かに決めていた。両親への手がかりを掴むためにも。

「ふむ。だが、断ると?」

「……受け取る理由がないから、ね。2人の気持ちはちゃんと受け取ったから、それで十分だから」


 もうここまできたらと、不敬を覚悟で正直な気持ちを口にしてみたけれど、ホーケンの表情は私の予想に反して穏やかだ。本音を言えば受け取ってしまいたい気持ちもなくはない。けれどそれをしてしまったら、自分が納得出来ていないまま、なにかあと戻りが出来なくなる所へ立つ事になってしまうような気がして。


「ふふっ。エンリの言う通りだったな」

「ふふふ。でしょう?」

 何がだろう。親子で通じ合っている。


「そうだな。押し付けてしまっては礼にならん。ティアの気持ちを尊重しよう」

 ほっ、どうやら不敬で罰せられたりしなくて済みそうだ。私はせっかくなので入れてもらった紅いお茶に、エンリの真似をして砂糖を少し入れてまぜると、ひと口啜る。うわっ何これ、すごくおいしい!


「では別の話だが、そんなティアに1つ頼みがあるのだ」

「私に頼み?」

 何だろう。それにそんなってどんな?


「うむ。エンリは王都の魔法学園で学ぶ1年間、学園の女子寮に入るのだが、ティアに寮内でのエンリの護衛を頼みたいのだ」

「え?」

「そんなに堅苦しく考えなくていい。ただ友として近くで見守っていて欲しいのだ。ずっとつきっきりでいる必要は無いぞ? 王都の冒険者ギルドで仕事をしてもらっても構わん。ティアもエンリと同室に入って目に付く範囲で構わない、寮内で何かあった場合に護ってくれるだけでいい。もちろん、入学や寮にかかる費用は全て経費としてこちらで出す」


 寮の外なら男性の護衛をつけられる。でも女子寮内となると条件がぐっと狭くなる。男性冒険者に比べて女性冒険者の割合は少ないからね。


 1年間という縛りで、女性で、信頼出来て、護衛出来る実力、つまりCランク以上の実力があり、エンリが気を許せる相手なら尚良し。まして魔法学園で学びたい者がいたらこれ以上ない人材だろうね。


 ……あれ、それってほとんど私の事じゃない?


「護衛依頼、ということになるの?」

「そうだな」

「でもそれはギルドの規則が……」

 護衛依頼が受けられるのはCランク以上の冒険者だ。


「問題ない。ギルドのランク制度の目的は、依頼者に実力不足の者を遣さない事と、冒険者を守る事なのだ。依頼者が実力を認める冒険者が、双方の同意の下であればギルドの定めるランクを無視して依頼を受ける事が出来る。特例があるのだ」


 そうなんだ、知らなかった。だけどこの条件。はっきりいって何だっけ。そう、”詭弁”っていうやつじゃない? さっきのお礼の話の後だ、いくら私でもそう思える。


 とはいえ人攫いに遭ったり狙われたエンリを守りたいというのも本当なのかもしれないし、私がいろいろと条件に見合っている事もある。それにホーケンが漏らしたあの一言からも伝わってくるように、本音は単純な理由なのかもしれない。


「少し腹の内をみせるなら、これは最初はエンリの願いだったのだが、いまは私もお前に頼みたいと思っているのだ。どうだ? この依頼、受けてはくれぬか」

 そうまで言ってくれるなんて、何だか随分高く買われているような……。でもホーケンの真意は兎も角、いずれにしても私には断る理由はないよね。


「わかった。その依頼、受けさせてもらうね」

「ティア!」

 エンリがうれしそうな声を上げる。


 ホーケンは、にこりと微笑むと、

「うむ。では後ほどギルドに指名依頼として出しておこう。出発はおよそ1週間後になるだろうが、王都までの護衛も依頼に含めるぞ。もちろん、他の冒険者にも依頼を出すが。それから入学や入寮等の手続きと支払いは、エンリの分と一緒にこちらで行うから気にしなくていい」

「わかった」


 こうして私はエンリの寮内での護衛という名目で、王都の魔法学園に入学する事になった。


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