ビッグスパイダー討伐 前編
依頼書が貼られたボードを覗きながら今日の仕事を探す。もちろんDランクの依頼を見ているよ。そこで丁度良さそうな依頼を見つけた。
「隣の村でビッグスパイダーの被害、討伐求む。これ丁度いいかも」
何が丁度良いかと言うと、その場所は馬なら日帰りが出来そうだったからだ。人攫いのアジトから逃げ出したとき、もし馬に乗ることが出来ていたならば、馬を拝借してエンリを乗せて街まで帰れていたんだよね。あんなに苦労して歩かなくてもよかったんだ。それに旅をするにも必要だと思ったし、この機会に馬の乗り方を覚えようと思ったんだよね。
「ビッグスパイダーの討伐依頼ですね」
「うん、あと馬を1頭借りたいんだ」
依頼の受諾と馬を1頭借りる手続きをする。冒険者ギルドではお金を払えば馬を借りることが出来るんだ。ちなみに馬を逃がしたり、死なせてしまった場合は買取相当の金額を請求される事になる。まあ、当たり前だよね。
「ではこの木札を野外演習場の隣にある厩舎へ持っていってください。担当員が馬と交換してくれます。馬の返却後はまたこの木札をこちらに返してくださいね」
「うん、わかった」
受付嬢から木札を受け取り、前に見つけていた野外演習場の端にある厩舎へ向かう。1軒だけある木造の小屋の中へ入ると、オーバーオールを着たおじさんがひとり、カウンターの向こうに座っていた。ここで良さそうだ。
「あの、馬を借りたいんだけど」
受付でもらった木札をおじさんに渡す。
「お嬢ちゃんは初めて見る顔だけど、馬は乗った事があるのかい?」
「ううん、だから練習ついでにと思ってね」
「うむ、そうかい。なら大人しい子がいいだろうね。じゃあ外で待っていてくれるかい。馬を連れてくるからね」
しばらく外で待っていると、おじさんが1頭の鹿毛の馬を連れて来た。
「乗り方を説明するから、やってみるかい?」
「うん」
「じゃあ馬の横に立って。それから手綱とタテガミを掴んで鐙に足をかけて……」
おじさんが親切丁寧に乗り方を教えてくれる。ありがたい。手綱の操り方を教わりながら、しばらく敷地内を馬に乗って走る。
「お嬢ちゃん上達が早いねえ。それだけ操れれば街の外へ出ても大丈夫だろう」
「えへへ、おじさんありがとね」
「気をつけてな」
おじさんと別れるとそのまま街の外へ出る。目的の村を目指して街道を馬に乗って走る。
「ふわぁ! 速いし、風が気持ちいい!」
少し怖かった視界の高さも、慣れてくると周りを見渡す余裕がでてくる。初めて体験する開けた視界と流れていく景色に感動すら覚える。いつの間にか出てきていたタイガが、馬の頭の上にちょこんと座っている。
タイガったらあんな不安定な所にいてよく落ちないね。まぁ落ちたとしても飛べるから大丈夫なのかな?
お昼時を過ぎた頃、目的の村に着く事が出来た。歩いてたら1日はかかる距離だ。馬ってすごいね。
「こんにちわ~」
「あんだ~、お嬢ちゃん旅の人か?」
「ギルドの依頼で来たよ。ビッグスパイダーで困ってるのってこの村だよね?」
村の入り口で番をしている男に、討伐依頼を引き受けた冒険者だと伝えて村の中へ入れてもらう。
「こん村に厩舎はないから、そこん木にでも繋いでおいたらよかよ。青草もようけ生えとるしな~」
勧められた木に馬を繋ぐと、鞍についていた木の桶に村の井戸をお借りして水を入れて置く。
「おとなしく待っててね。えーっと、そういえばお前の名前をおじさんから聞きそびれちゃったね」
馬の鼻筋を撫でてあげると、「ぶるるっ」と、気持ち良さそうな声を上げた。馬もかわいいな。村の入り口で番をしていた男に案内してもらい、村長さんの家へ向かう。
「村長~! 冒険者の人が来てくれただよ~」
「おお! 待っておったぞ!」
出てきた村長さんは、私とタイガを見て一瞬言葉を失う。私にとっては、もう慣れた反応だった。村の男達がどうにも出来ない魔物を、白いワンピースを着た女の子ひとりと、ただの黒猫にどうにか出来るのか訝しむのも無理はないよね。
それでもこうして家へあげて現状の説明をしてくれているのは、私が失敗しても村にとっては別の冒険者に頼めばいいだけで、特にデメリットもないからだ。依頼失敗の場合は一切の支払いが発生しないからね。
一通りの現状説明を終えると村長さんが心配そうに言う。
「お嬢ちゃん、本当に大丈夫なのかね? お嬢ちゃんみたいな若い子が無残な目に遭うのは見たくはないんじゃが……」
「大丈夫だよ。私はDランクだけど、これはギルドでそれだけの力があると認められているって事だからね」
村長さんにギルドカードを見せるが表情に変化はなかった。私の実力どうこうより、孫と変わらない年頃の女の子というだけで心配されているのだろうか。
「くれぐれも気をつけてな」
私とタイガはお昼ご飯を後回しにして討伐に向かう事にする。戦闘前に食事を取ると動きが鈍くなるからね。
村長さんからの情報では、村の西にある森の中にビッグスパイダーが巣を張っているとの事だ。森の中を教わった道筋でしばらく進んでいくと、それはすぐに見つかった。大きな木と木の間に張られた巨大な蜘蛛の巣の真ん中に、私くらいある大きな蜘蛛が1匹と、タイガくらいある無数の子蜘蛛達。ビッグスパイダーとその子供達だ。
子蜘蛛に関しては1匹1匹は大した事はない。村の男達でも注意すれば対処出来ると思う。群がられて噛み付かれるとやっかいだけどね。
問題は大きい方だ。ビッグスパイダーは強力な粘着性のある蜘蛛の糸を飛ばしてくるので、無数の子蜘蛛と同時に相手をするには村の男達では無理だったんだって。それで冒険者ギルドに討伐依頼を出す事に決めたんだそうだ。親であるビッグスパイダーを何とかしないと卵を生まれてしまうので、いくら子蜘蛛を退治しても村の被害が収まらないからね。
「タイガ、気づかれないように近づくよ」
「ああ」
タイガが魔力図を構築しはじめる。音をたてないようにそろりそろりと巣へ近づくが……。8つの目を持つ蜘蛛の群れを相手に、気づかれないように近づくのは無理だったみたいだ。何匹かに気づかれると、すぐに子蜘蛛達がワラワラとこちらに向かって来る。
「あ~あ、見つかっちゃったね」
「ああ、やるぞ!」
タイガが奇襲のために構築していたらしい魔力図を、子蜘蛛達の足元に展開して発動させる。無数の小さな石のトゲが勢いよく生えてくると、何匹かが貫かれてその動きを止めた。
「ギィィィィィ!」
突然、ビッグスパイダーが鳴き声をあげる。
「子供をやられて怒ったのかな」
「気をつけろ、何か飛ばしてくるぞ」
風切り音が2つ鳴ると、2つの真っ白な何かが飛んでくる。タイガは前へ出ると高くジャンプして1つ目のそれを爪で切り裂いた。が、白いそれはタイガの手に纏わりつく。動きを阻害されてそのまま空中でバランスを崩したタイガに2つ目が直撃し、べちゃっと木に縫い付けられた。
「タイガ!」
タイガは全身を蜘蛛の糸に包まれていて、いくらもがいても抜け出せないようだ。駆け寄って糸を取ろうと手で掴むと、私の手にもベタベタと纏わりついてくる。糸の被害が広がるばかりで一向に剥がせない。
ベタベタ? ならつるつるにしてやればいいかも。糸に『つるつるの魔法』を掛けるとくっつかなくなった。うまくいったみたいだ。タイガが自力で糸を振り払って抜け出す。
「くそ、やっかいな。ティア、俺があいつの注意を引くから子蜘蛛を集めろ!」
そう言うとタイガは子蜘蛛をすり抜けながら、ビッグスパイダーへ向けて駆けて行く。
近くにいた子蜘蛛達が私に向かってワラワラと集まってくる。『つるつるの魔法』を掛けるが、足の数の多さもさることながら、子蜘蛛の数が多すぎて魔法が追いつかない。
「まとめてかけられたらいいんだけどなぁ。……ん? そうだ!」
私を中心として地面に『つるつるの魔法』をかけてみた。
「うわっ!」
私の足は滑って体を支えられなくなり、あっさりと転倒してしまった。魔法範囲内にいる子蜘蛛達は足が8つもあるおかげかひっくり返りこそしないが、お腹を地面にくっつけたまま前に進む事も出来ずにその場でカサカサしている。
「いたた……知らなかった。『つるつるの魔法』ってこんなにもどうにも出来ずに転ばされるんだね。全然立っていられないよ」
初めて自己体験して関心してしまったけど、今はそれどころではない。
「自分だけ滑らなく出来ればなぁ……」
そう考えてふと思った。滑らせられるなら、滑らせなくする事も出来るんじゃないかと。
「つるつるの逆をやればいいんだよね……う~ん、こう、かな」
試しに自分の手足に『すべらない魔法』を掛けてみる。すると『つるつるの魔法』の効果を打ち消して、普通に立ち上がる事が出来た。
「お~、やれば出来るもんだね!」
しかしこの数の子蜘蛛を1匹ずつ杖で潰すのは骨だね。何十回杖を振ればいいのやら。
どうしようかと思ってふとタイガを見ると、ビッグスパイダーの糸を避けつつ、爪で牽制しながら展開された魔力図を背負ってチラチラとこちらに視線を送ってくる。
「なんだろう、それにどうしてタイガは魔法を発動させないの?」
魔力図を見ても私にはどんな魔法なのかわからない。タイガが私と目が合うと叫んだ。
「ティア、高く飛べ!」
私は言われるがまま、その場で高く飛び上がる。すると、私がいたところへ大きな風の刃が吹き抜けた。子蜘蛛の体が風の刃に切り裂かれる音が、幾重にも重なって響く。足元にいた無数の子蜘蛛が一網打尽になる。
おお! タイガすごい!
ってそうか、タイガはこれを狙っていたんだけど、私がいたから出来なかったんだね。