ティアvsエルガン 前編
[改]読み返して物足りなさを感じたので直しました。ティアとエルガンの絡みがもっとあったほうがいいと思ったので。既に読まれた方には申し訳ないです。
「いつでもいいぞ」
前回と同じように、石突の側を手に持って構えたエルガンが言う。私は様子見とばかりに、そのけら首を杖で叩いてみたが大して弾く事が出来なかった。エルガンの槍はやっぱり重い。
それを合図に、エルガンが突きを繰り出し始める。3連突きを身体捌きでかろうじて避ける。速い、けどなんとか見えている。
「ふむ。これを避けるか」
「なんとか、ね」
「ならもう少し速度を上げるとしよう」
先ほどより速く突き出される槍を杖で弾き、上体を反らして避ける。隙あらば槍を持つ手に向けて杖を振るって牽制する。前回とは違って防戦一方にはさせない。小さな隙を見逃さず、杖を突き、払う。
「これでも付いて来れるか、もっと上げるか?」
「えっ! もういいんじゃないかな? これくらいで」
「遠慮するな」
「遠慮してないよ……」
私の魔法を警戒しているエルガンの槍の技は、かなり限定されている事だろう。それでも以前の魔法の範囲を正しく把握しているのか、その距離まで容易には近づけさせてくれないのだ。そんな状態で私が遠慮などするわけがない。
もっとも、いまの魔法範囲内には何度か捕らえているんだ。けど、真正面から魔法を使ってもすぐに対策されることは既に経験済みだ。いまは魔法の範囲が変わっていないと思わせておきたい。
「先の模擬戦闘から思っていたが、大分いい動きをするようになったな」
「半年前とは違うよ」
「ふむ。ではこれはどうだ」
エルガンが少し溜めて突きを放ってきた。半年前に私の左肩を突いた突きだろうか? でもそれなら。私は眼前に迫る鋭い槍の先端を鼻先すれすれで避けながら、前傾になって右足で大きく1歩踏み込む。
懐に一歩踏み込んだ私に、エルガンの大きな左膝が迫ってくる。集中しているせいか、ゆっくりと進む時間の中で冷静に対処する。私は『つるつるの魔法』をエルガンの右足に掛けながら、迫る左膝を横から右手で掌打して、自分の体を逃がした。
右回りに体を1回転させて身体をコントロールしながら振り返ると、魔法で滑ったエルガンが槍を深く地に刺し、軸にして回り始めるのが見えた。
(あれは前に意識を飛ばされたやつだ!)
無理やり上体を起こして仰け反ると、目の前をエルガンの蹴り足が走り抜けた。
(ここだ!)
エルガンの手足に『つるつるの魔法』を掛ける。かつての魔法の範囲外、現在の範囲内であるこの距離、そして体勢を大きく崩しているエルガン。きっと彼はここで私の魔法が飛んでくるとは思いもしないはず。まさに理想的な状況だ。
手が滑って槍にしがみついていられないエルガンが、地面に転がり落ちるのが見える。起き上がろうとしても地についた手も足も、滑って体を支えられない。
一気に距離を詰めた私は滑る手で槍を抜こうと苦戦している、仰向けに倒れたエルガン目掛けて全力で杖を振り下ろす。
私がエルガンに手加減? ないない。全力でいくに決まってる。この人は私なんかよりずっと強い、遥か高みにいる男なんだから、心配をする方がおこがましいというものだ。
「ぐッ」
模擬戦闘用の木の杖が、頭をガードしたエルガンの太い両腕に軽くめり込み、エルガンから押し殺したような小さな呟きが漏れた。
(やった! 初めてエルガンの身体に一太刀入れられたっ!)
「何をぼーっとしている。集中しろ。まだ終わりじゃないぞ」
「えっ、わっ!」
腕が引っ張られて体が空へ飛ばされる。しまった、つい浮かれて油断した。私は手を掴まれ、握った杖をつっかえにして投げられたようだ。
体を捻って手を着き、両足で着地する。前方を見るとエルガンが立ち上がって平然と槍を構えている。心配なんてしてなかったけど、エルガンの腕にはまるでダメージが見られない。本気の本気で殴ったのに、硬すぎじゃない?
「「「うおおおお! なんだよあれ、すげええ!!」」」
いきなりすごい歓声が沸き起こった。歓声の中に雑談も聞こえてくる。
「なぁ、俺にはギルマスが不自然に槍から滑り落ちたようにみえたが」
「それはたぶん、あいつが使うすべる魔法じゃねぇか?」
「なんだよそれ」
「つーかあの娘ってEランクだろ?」
「あたしは最初から見ていたけど、あの娘ついさっき昇級してDになったばかりだよ」
「Dだとしてもありえない動きだろ。あのギルマスの槍と正面から打ち合ってたぞ。これならCだと言われても俺は驚かないぞ」
中にはCランク以上の冒険者もいるのだろうか。エルガンに集中していたから気づかなかったけれど、いつの間にかすごい人が集まっている。もちろん注目されているのは私ではなくエルガンのはずだ。滅多に模擬戦闘をしないと噂の、Sランク冒険者のギルマスだからね。
「ティア、武器を変えてもいいか?」
「え、いいけど?」
エルガンが武器を変える事に私に異存はないけれど。でも、槍以外の武器だとそれよりも短いものしかないんじゃない? そう思って見ていると、エルガンは木の槍を置いて、木の剣を手に取った。
「俺はもともと、こっちの方が得意なんだ」
「もしかしてエルガンも勇者ダスティンのファンだったりするの?」
「よく知ってるな?」
適当に言ったら当たったらしい。ってそれよりも、剣の間合いは私の魔法の射程内になるけど、エルガンには何か秘策でもあるんだろうか。
仕切りなおして演習場の真ん中で正対する。
エルガンの剣技は見たことがない。どう攻めようかと相手の出方を伺っていると、エルガンの後ろに黒くて青く光る魔力図が構築されていくのが見えた。魔法だ……!
人攫いの洞窟でタイガが見せたいくつかの魔法を思い出す。構築される魔力図を見ても、私にはそれがどんな魔法なのかわからないけれど、エルガンならそれくらいの魔法を使ってくるかもしれない。
いまでも攻めあぐねているのに、魔法まで併用されたらたまったものではない! エルガンの魔法はまだ構築中のようだ。だったら発動する前に魔力図を破壊してやろう。
そう考えた私は、一気に間合いを詰める。迫る私にエルガンが剣を振り上げた。それなら剣を落とさせてやろうとエルガンの手に魔法を掛けた。が、武器が手から離れない。何で!? あわてて足を止めて振り下ろされた木剣を杖で受け止める。杖から伝わる重たい衝撃。
「くっ……!」
杖を持つ腕に、大きな岩を受け止めたかのような重量が圧し掛かる。槍と違って短い剣だから力を載せやすいのだろうか。先ほどまで打ち合っていたときには感じなかった重量感。
なんとか踏ん張り、鍔迫り合いながら剣を持つ手を近くで見て気づく、柄を握った手の隙間から黒く青い光が漏れ出ている。それは鍔まで伸びて引っ掛けるように僅かに包み込んでいた。
(まさか魔力で固定してる? そんな方法があるの!?)
「ずるい!」
「何がだ?」
「別に……」
考えてみたら私の『つるつるの魔法』も相当ずるい。
エルガンの肩越しに魔力図が展開を終えるのが見えた。まずい、魔法が飛んでくる! ここは私の魔法の射程内だ、発動される前に転ばせて狙いを外させるしかない。私が『つるつるの魔法』を掛けると同時に、エルガンの魔法が発動された。
私達を中心にして地面に突風が広がる。
私の魔法を受けたはずのエルガンは滑ることなく、普通に立っている。それどころか剣に力が加わってくる。どういうこと!?
「一体何の魔法を使ったの!?」
「魔法だと? お前は魔力を感じ取れるのか。だが教えてやってはつまらんだろ。自分で考えてみろ」
「むー」
まあ教えてくれるわけもないか。力ではエルガンに敵わない。鍔迫り合った木剣を押しのけ、バックステップで一度距離を取る。離れた場所からエルガンを観察すると、背中に発動中の魔力図の一部が見える。
攻撃されるような魔法じゃ無いのはわかった。こうして無事だしね。観た感じタイガの封印の魔力図みたいに何かしらの効果を維持しているようだけど、なんだろうな。
「お前の滑らせる魔法はもう通じないと思った方がいいぞ?」
「むー、それはどうかな。やってみないとわからないんじゃない?」
強がってそう言ってはみたけれど、エルガンがそう言うならきっとそうなんだろうね。効果はわからないけれど、原因は発動中のあの魔力図で間違いないと思う……あれさえ壊せれば。
「なら試してみるがいい」
エルガンがにんまりする。
私は杖を握り締め、隙を作るべく攻撃を繰り返す。振り下ろし、切り上げ、横なぎに杖を振るう。が、そのことごとくはエルガンの剣によって受け流されてしまう。正面からまともにやりあっても駄目だ。
「あ、エルガンの奥さんがなんか呼んでるみたいよ?」
「何の事だ? 俺は独身だ」
余所見でもしてくれたらと思ったけど独身だったのか、彼女にすればよかったかな? いや、彼女がいるかどうかもわからないな。
「違った、受付嬢が呼んでるよ」
「そうか。あとで用件を聞くとしよう」
「急ぎかもしれないよ?」
「そうかもな」
そういいながらギルドの方へ一瞥もしないどころか、繰り出す槍に淀みひとつ生まれない。
それならと身長差を活かして防ぎにくいであろう足元を狙ってみたけど、逆にエルガンの蹴り足に翻弄されることになった。
「エルガン、足癖が悪いよ」
「長くて格好いい足だろ?」
「……」
「黙るなよ……」
よし、少しだけダメージを与えられたようだ。ってあんまり意味ないけど。
無駄口を叩きながらも、杖と剣で切り結びつつ、駄目元で『つるつるの魔法』を何度か掛けてみたけど、やっぱり効果がなかった。まるで空飛ぶ魔物に掛けたときの様に。……って、もしかして、飛んでる? そんな魔法があるのかもわからないけれど、それなら納得出来る気がした。
「どうした? そろそろ本気を出せ。切り札があるんだろう?」