Dランク昇級試験
「グヘヘヘ」
「うへへへ」
「くっくっく」
「はぁ~~~~……」
私の前に立つ、Dランク昇級試験の模擬戦闘相手である冒険者3名。是非立候補って、あんたらか~。
「これは試験であって、ちょっかいじゃねぇからな?」
「カブトの野郎も文句は言えねぇって寸法よぉ」
「お前のアニキにやられた分も、上乗せにして返してやるぜぇ」
そう、この3人はEランク昇級試験の時に私に絡んできた男達だ。まだ根に持っていたとは……しつこい男は女の子に嫌われるよ?
勝手に期待していたとはいえ、思わせぶりだったエルガンに少し怨みの目線を送ると、なんだかエルガンがニヤニヤしている。楽しみって見学の事だったのね。
「では、はじめっ!」
試験官の声が響いた。3人が一斉に走り出し、距離を取って私を取り囲むと手に持った模擬戦闘用の木の槍を構える。
「へっへっへ、お前の攻略法はもうわかってんだよぉ」
エルガンのマネか、石突の側を握って『つるつるの魔法』の射程外から3人が槍で突いてくる。といっても、いまはもうそこもちょっと踏み込むだけで射程内なんだけど。それにしても遅い槍の突きだ。3人がかりでも余裕で避けられる。女性冒険者にちょっかい出してて、鍛錬を怠っていたんじゃないの?
「くそ、お前らもっと手数を増やせ!」
3人が必死に槍を突いてくる。さっきより手数は増えたけど、腰が入っていないので突きが軽い。ちょっと杖で叩けば簡単に弾ける。
「ち、ちきしょう、どうなってんだ。魔法さえ封じれば俺達の勝ちだったはずだろう!」
「このやろう!」
ひとりが木の槍を大きく振りかぶった。突きが当たらないのに、どうしてそんな大振りが当たると思うんだろうね。男が力を込めて振り下ろしてきた槍を、私は半身で避けると男の足に『つるつるの魔法』をかけつつ、地面を叩いた槍の太刀打ちを足で踏み込む。
「なっ、がぶッ!」
持ち手を下へ引っ張られて足をすべらせた男が、顔から地面へすっ転んだ。痛そうだけど気絶させるには弱かったみたいだ。もっと強く踏むべきだったかな。
「やろおっ!」
後ろの男が槍を横なぎに払ってきた。
私はそれをかがんで避けると、大きく空振りして体勢を崩している男の目の前まで一気に距離を詰める。
「な、はや……ッ」
男の足に『つるつるの魔法』をかけつつ、すれ違い様にその脛を蹴り上げる。
「うわああっ、ぶべッ」
中空で2、3回転した男は勢いをつけたまま顔面を地面に打ち付けた。さすがにこれだけ勢いがついていると、気絶させるのに十分だったようだ。なるほど、これくらいの力加減でいいんだね。
「な、何なんだお前っ。半年前は全然雑魚だったはずだろう!」
「そうだ、俺たちに簡単にねじ伏せられていたはずだ!」
半年前のギルド前でのことについて言っているんだろう。
「半年も経てば私だって少しは力をつけるよ。それにあのときはエルガンとの模擬戦闘の後で、体が思うように動かなかったんだからね。あの時と一緒だと思わないほうがいいよ?」
半年前なら万全だったとしても3対1では苦戦しただろう。けど、ここまで相手にしてみてわかった。いまの私にとってこの3人は手加減するだけの余裕があるほどに実力に差がある。そういう実感がある。
「くそ、このッ」
「ちくしょうッ」
2人が私を挟んで槍を突き、払う。そのことごとくを避け、杖で弾く。そんな遅くて軽い攻撃なんていくらやっても無駄だよ。
次第に手数が極端に減ってくる。もうへばってきたんだろうか? 突きで伸びきった槍の太刀打ちを両手で掴むと、男の足に『つるつるの魔法』をかけて力いっぱいスウィングする。
「おわっ、魔法か!?」
槍を握っている男は、私が振り回すままにそのまま足を滑らせて、じわじわと加速しながら反対側にいるもうひとりの男に激突する。
「ど、どいてくれッ」
「馬鹿、槍から手を放せッ」
「「がッ」」
おっさん2人がもつれ合って倒れる。美しくない光景だ。
「ねぇ、もう降参したら? あんたたちには私をどうこう出来ないってわかるでしょ」
試験の合格条件はギルドが指定した、そのランクとして標準的な実力を持つ同ランクの3人を圧倒出来る事だ。それはもう出来たんじゃないだろうか? だったらこれ以上続ける意味はないように感じる。過去に因縁がある相手とはいえ、この3人じゃあるまいし、私はいつまでも引きずってはいないのだ。ここでいたぶるような趣味はないよ。
「く、くそっ。いったん距離を取るぞ」
「お、おう」
どうやら彼らはまだやる気らしい。痛い思いをするだけなのにな。
「く……くそぅ、どうすりゃいいんだ」
「……なあ、あれやるか?」
「あれか? だが模擬戦だぞ。バレたらマズいんじゃねぇか」
「バレなきゃいいだけだろ。それにこのまま終わったら俺達この先笑いもんだぞ!」
「確かに、そうだな。やるか」
目配せをし合った2人の男は、後ろに手を回して何かを取り出すと、それを投げてきた。なんだろう? 黒っぽい尖った硬そうなものだ。
弾いても良かったけど、後ろにいたのはエルガンだったので避けることにした。嫌がらせじゃないよ? 何だかわからないものには触らないほうがいいと思ったからだ。それに後ろにいたのが受付嬢だったら危険だから弾いたかもしれないけど、エルガンなら大丈夫だと思ったからだ。
案の定、私が避けたそれを眉ひとつ動かさず、のんびり飛んでる小さな虫でも捕まえるようにエルガンは一瞬でそれを摘み取る。
「寸鉄だな」
いや、そうじゃないよね? 模擬戦闘で実践の武器は駄目だよね? しかしエルガンは指摘する気がないようだ。ギルマスが黙っているのを見て、試験官も何も言わない。何故か黙認の空気になっている。
むー、なんか不公平。
咎められないと悟った2人がふくれている私めがけて、今度は遠慮なく堂々と寸鉄を投げてくる。が、私にはそれがよく見えている。体を低くし、上体をそらし、時に杖で弾き、ステップで避けながらどんどん間合いを詰めていく。こいつら少し痛い目をみたほうがいいよね。私は不満の先をこの2人に向けることにした。そもそも不正をしているのはこいつらだ。
「なんで当たらねぇんだよ!」
私が目の前まで迫っているのに一向に寸鉄が当たらないので、男達がわめきだす。
「女の子をいじめて遊んでるからじゃないの?」
一足飛びに2人の間に飛び込んだ私は『つるつるの魔法』を2人に掛けつつ、飛び込んだ勢いのまま2人の胸に手を押し当てて倒しこむと、思いっきり地面へ叩きつける。
「「げっふッ!!」」
背中を強打して2人が白目で気絶した。
「それまで!」
試験官から模擬戦闘終了の声が発せられると、エルガンが私の元に近づいてくる。
「圧倒的だな。まぁ武装した7人の男を相手取れるんだから当然だがな」
「じゃあ合格?」
「誰の目から見ても明らかだろう」
「えへへ、やったぁ」
「さて、だからここから先は試験結果とは無関係だ」
そう言って、エルガンが木の槍を手に取る。私の心臓がトクンと小さく跳ねた。
「もう1試合やるぞ」
エルガンが楽しそうな顔をして言った。たぶん、私も同じような顔をしていることだろう。もちろんいまの私でもエルガンに勝つことは無理だと思う。だけど、せめて一太刀だけでもいれてみせたい。出来ればエルガンに魔法を使わせてみたい。
演習場の真ん中で、エルガンと正対する。ギルマスが模擬戦闘をすると知れ、野外演習場にギャラリーが集まりだした。




