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封印された大魔王の躯体

「エンリ、ロープを解くから背中をこちらに向けて」


 エンリと背中合わせに座り、ロープの結び目に『つるつるの魔法』をかけて拘束を解く。続いてエンリに私の拘束も解いてもらう。気絶している見張りの男は、このロープで拘束しておく事にした。


「これでよし、じゃあ音をたてないようにして行こう」

「はい」


 足音を殺して5叉路へ向かう。そこには見張りの男がひとり立っていた。タイガが明かりの隙間の暗闇に身を潜めながら、魔力図を展開しつつ見張りの男へ忍び寄り、風魔法で顎を揺らして気絶させる。私は倒れる男に駆け寄ると体を手で支えてゆっくり地面へ倒すと、『つるつるの魔法』を掛けて元いたところまで静かに運び、もうひとりの見張りの男と一緒にロープで拘束した。


「ふぅ。ここまでは順調だね」

「ああ、だが油断するなよ」

「うん」「はい」


 5叉路にもどって隣の通路を進み倉庫へ向かう。私とエンリが足音を立てないように神経を減らしている前を、いつもの調子で悠々とタイガは歩いていく。肉球うらやましいな。触ると気持ちいいだけのものじゃなかったんだね。って当たり前か。そして、いくつかの木箱が詰まれている倉庫の隅に、私の杖と鞄を見つけた。


「エンリ、この杖使えそう?」

「はい、大丈夫そうです。ティアは杖がなくてもあれだけの魔法が使えるのですね」


 そう言えば気にした事なかったけど、持ってても持ってなくても違いがない。私が杖を使いこなせていないだけ? そもそもどうやって使うんだろう。殴るのには使ってるけど。


 5叉路に戻ってから、私達は出口に通じる通路へ向かって歩いていく。


「待て、入り口の見張りがこっちに向かってくる。交代のタイミングだったか?」

 私には通路の先の入り口は真っ暗で何も見えないけど、猫の目を持つタイガには見えるのかな。

「交代ならいまこの先には4人いるだろう。このままだと最悪な形で挟撃される、戻るぞ」


 再び5叉路まで戻って来ると、タイガは先がわからないと言っていた通路へ向かって歩いていく。確かに他の道が選べない以上、この道に賭けるしかないよね。すぐに行き止まりだったら……いや、悪い方に考えるのはやめよう。


 入り口での見張りを終えた2人が広間に戻る途中で、5叉路に新しい見張りがいない事に気づけば、私達が逃げ出した事がばれるだろう。それ程時間はないはずだ。私達は多少の足音は気にせず、早歩きで通路を進んでいく。しばらく進むと壁掛けの松明がなくなり、通路が真っ暗になった。猫目のタイガはともかく、私達はとても進めそうに無い。


「まかせてください」


 エンリが光の魔法を使って明る過ぎない程度に通路を照らす。エンリはすごいな。私にもそういう魔法が使えたらいいのに。

 それから一本道の通路をどれ程歩いただろうか、私達は行き止まりに立っていた。


「何もない……行き止まりですね」


 エンリはそう言ったけれど、私には別の景色が観えていた。

 金色に輝く、大きな魔力図。私は前にこれと同じものを観た事がある。タイガを見ると、目が合った。


「ティア! 封印を解け!」

「え、でも……。タイガ2号が出てきて、また襲ってくるんじゃないの?」


 ていうか、『ティア』って呼んだ? タイガにそう呼ばれるのって初めてだよね?


「いや、違う! これは俺の本当の体だ!」

「本当の? 腐ってたんじゃないの?」

「……何の話だ?」

 しまった、それは私の想像の話だった。


「お、おほん! 解いたらどうなるの?」

「俺が本来の力を取り戻す」


 うーん、それって危険なんじゃあ……。なんせこの押しかけ屁理屈猫は、卵とミルクのために世界征服を本気で目論む輩だよ?


「駄目だよ」

「なんでだ? 力を取り戻せば今の窮地など簡単に切り抜けられるんだぞ!」

「だってタイガ、力を取り戻したら悪い事するつもりなんでしょう?」

「しねーよ」

「本当に~? 世界征服もしない?」

「しねーって!」


 なんだろう、タイガが本当にそう言っている気がする。


「ん~ じゃあねぇ、仕事じゃなくても私が困ってたら助けてくれる?」

「ああ」

 あら? 意外にも即答したよ?


「部屋の掃除も手伝ってくれる?」

「……ああ」

「あとあと、食事の後、片付けるのと~ あとは~」

「おい!」

「えっへへ」

「……」


 どうしたんだろう。タイガったら、なんだか随分変わった? 私の目をまっすぐ見つめるタイガの目は、すごく真剣だ。信じてもいいような気がした。


「……信じるからね」


 私は金色に輝く大きな魔力図を掴むと、力を込めて引きちぎった。

 つんざくような耳鳴りに似た音が辺りに響く。


「きゃ、何!?」


 いきなり響き渡った音に、エンリがびっくりしたようだ。全体に細かいヒビが入って砕け散ると、封印の魔力図が消失した。


「ぐっ……がっ、ぐうッ!」


 タイガが地面に臥せって苦しそうに唸りだす。タイガの周りに黒くて青く光る靄が溢れ出し、荒ぶっているのが見える。


「タイガ? 大丈……っ!……うぅッ!」


 髪を伝って私の中に何かが流れ込んでくる。体が膨れ上がっていくような感覚。そのまま破裂してしまいそうな気がして、すごく怖い。体を両腕で押さえつけて堪える。


「ティア!? タイガちゃん!?」

 エンリの心配そうな声がするけど、答える余裕がない。冷や汗でおでこが濡れていくのを感じる。


「おい、見つけたぞ! こっちに2人共いるぞ!」

 男達の声が聞こえる。まずい、行き止まりに追い詰められた……!


「きゃあ!」

「おとなしくしろ!」


 エンリの悲鳴が聞こえる、捕まった!? 少しずつ体が落ち着いてくる。何とか目を半分開けると、視界の中を黒い塊が吹っ飛んでいくのが見えた。エンリを掴んでいた男の腕が切られて血を流す。


「痛えぇ、何か黒いのがいるぞ!」

「タイ……ガ?」


 タイガは黒猫のままだった。が、

「羽生えてる……」


「こいつら、やりやがった! 殺せ!」

「その猫は魔法を使うぞ! 先にやれ!」


 タイガが人攫いの集団へ向かって駆けていく、そして爪を振るうと青い光が煌いた。引っかかれた男の槍が、なます切りにされて地面へ落ちる。


「な!? 槍が!」

(見ている場合じゃない、私も戦わなきゃ)


 私は立ち上がるとエンリから杖を返してもらい、下がっているように言って前へ出る。2人の男が剣を構えて向かって来た。なんだか見覚えのある風体だ。ああ、街道で私達を襲撃してきた5人のうちの2人だ。


「おとなしく拘束されれば命は奪わないが?」

「お断りだよ!」

「ちっ、だったら今度は本当に死ぬか、小娘ッ!」


 振り下ろされてくる剣がよく見える。なんだろう、遅い。半歩踏み出してそれを避けると魔法を掛けて足を払う。

「ぐがっ!」

 男がその場で2、3回転して顔面から地面へ叩きつけられる。


「てめぇ!」

 もうひとりがうしろから斬りかかって来るが、やっぱり遅い。そのまま一歩下がり降ろされる手を掴んで、床に倒れている男の上目掛けて背負い投げる。


「「がふ!」」

 2人の頭を杖で打ち据えると気絶して動かなくなる。なんだろう、2人を相手にしたのにまるで手応えを感じなかった。タイガが魔力図を展開しながら、壁を駆け登って天井に張り付くと魔法を発動させた。天井から無数の小さな石の矢が降り注ぐ。


「「「ぎゃああああ」」」


 降り注ぐ石の矢から逃れようとひとりがこちらに走ってきた。

「くそ、どうなってやがる!」

 本来なら射程外だけど、なんとなく出来る気がしてやってみると魔法が発動して男がすっ転んだ。射程が延びてる? わからないけど、いまはそれよりやる事がある。倒れた男に近づいてその頭に杖を振り下ろす。


「げぶッ!」

 タイガの方を見ると、すでに残りの人攫いを気絶させていた。


「終わったみたいね」

「まだ仲間がいるかもしれねぇ、注意していくぞ」

「うん。エンリ、行こう!」

「はい!」

 気絶した男達の横を通って来た道を戻る。5叉路を通り、後ろを警戒しながら出口へ向かう。


「はっ、おい、脱走だ!」


 洞窟の入り口に立っている見張りの2人が、私達に気づいて石つぶてを放つ。タイガは駆け出すと、石つぶてを難なく爪で弾きながら魔力図を構築し始める。私はその後ろを追いかけ、射程内に入った瞬間2人の見張りを転ばせた。


「「わぶ!」」

 ひとりはタイガが発動した魔法の石つぶてで、ひとりは私の杖で気絶する。

 洞窟の外へ出ると空はもう明るくなり始めていた。


 なんとか脱出できたけど、このままだと人攫いに逃げられちゃうよね。

「ねぇタイガ。この入り口、どうにかして塞げないかな?」

「ふん、下がってろ」


 どうやら何とかできるみたいだ。急いで外に倒れている見張りを洞窟の中へ魔法で滑らせて放り込む。

 タイガが少し大きめの魔力図を時間をかけて構築し始める。それを洞窟の天井に展開すると発動させた。空気が振動するほどの爆発が起きると、天井が崩れて入り口が埋まる。


「これなら逃げられないね」

「ティア、馬は乗れるか?」

 馬? 辺りを見回すと十数頭の馬が木に繋がれていた。これの事か。


「乗ったことない。エンリは?」

「乗った事はありますが、走らせるのはまだ慣れてないです」

「ふむ、なら全部殺していく」

 殺すって!?

「ちょっと待って!」

「あ? 外に残党がいたら馬で追われると面倒だぞ」

「そうだけど、この馬はただあいつ等に使われてるだけだよ。殺すのはやだよ」

「ちっ」

 タイガは鞍と繋いでいるロープを爪で切ると馬を威嚇して逃がした。私の言う事を聞いてくれたようだ。


「ありがとう、タイガ」

「ふん……見つからないように森を抜けるぞ」


 タイガは街の方角がわかっているようで、迷うことなく前を歩いていく。

 途中、エンリが辛そうだったので休憩を挟みつつ、私達はなんとか街道に出る事が出来た。


「あとは街道沿いに行けば街だ」

 そう言うと、タイガは私の背中へ消えていった。私の髪がロングヘアーになる。それを見ていたエンリが、


「ああっ! あの時、タイガちゃんが消えたのってそういう事だったんですね!」

 何やら感激している。


「人には言わないでおいてね。別に隠してる訳じゃないけど、なにかと説明が難しいから」


 タイガのことを説明するには封印を解いたとか、自称大魔王とか、なんとも説明しづらい事を話さないといけない。そもそもどういう理屈で髪になっているのか、私にもわからないしね。


「『乙女の秘密』ですね! わかりました、誰にも言いません。私達の秘密です!」


 何かがエンリの琴線に触れたらしい。目を輝かせて、うれしそうに秘密にすると約束してくれた。


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