第1話『追放』
「お前にはパーティーを抜けてもらう」
魔王ミラージュを倒し世界を救ってから早くも1年が経った。
決戦のあの日以降世界は平穏を取り戻し、魔王軍の攻撃を受け壊滅的な被害を負った都市や家族を失った人々の心も、少しずつその傷を癒していた。
ミラージュを倒したパーティー『鋼血騎士団』は人々の間で地上最強のパーティーとして英雄的な扱いを受けており、俺ことソウマも、そんな最強パーティーに唯一の回復役として所属をしていた。
だから、ギルドからの依頼で魔王軍の残党狩りをした帰りに、パーティーのリーダーであるユウキにそう言われた時は、一瞬自らの耳を疑った。
「な、何だって?」
「聞こえなかったのか?お前にはパーティーを抜けてもらうと言ったんだ」
「そんな、ど、どうして!」
唐突すぎる追放宣言に俺は目を白黒させ、他のパーティーメンバーに目線で助けを求める。
しかし、大剣使いのタカヒロは冷たい目で俺を睨み、降霊術師のアンナと魔導士のシズカはユウキの背中に隠れるようにして、目を伏せていた。
「どうしてもこうしても、人に聞く前に自分の胸に聞いてみたらどうだ」
タカヒロは大剣を抜くと、その切先を俺の胸に向けてくる。
「最近、いや、国王の命令でパーティーを組んだ時からだ。ソウマお前、アンナとシズカのことを卑猥な目で見ていただろう。ミラージュの野郎を倒すという目的があったからアンナ達には我慢をしてもらっていたが、今日で残党もほとんど狩り尽くしたからな。まあ、そういうことだ」
「そんな目でなんか見ていない!」
俺は必死になってうったえる。
勿論、1年間『魔王を倒し世界を平和にする』というひとつの大きな目的に向かって一緒に旅をしてきた2人に何の感情も抱いていないかと質問されればその答えはノーだが、それでも下賤な目で見るなどということはしていない。
「お前がそんな目で見てないって言っても、シズカ達が見られてるって言ってるんだからな。なあ、そうだろ?」
ユウキがそう言いながら後ろを振り返ると、2人は俯いたままコクコクと頷いた。
しかし、アンナの口元がうっすらと笑っているのを俺は見逃さなかった。
「アンナ、笑っているじゃないか!どういうことだよ!」
俺がそう言うとシズカははっとして、眉間に皺を寄せて顔を上げた。
「ちょっと!言いがかりは辞めてよね!ほんっと最低!」
あまりの豹変ぶりに俺はたじろぐ。
「言いがかりか。最低だな」
「まあ実の所、お前のことはもうずっと前から俺達の間で問題になってたんだ。2階の納戸に最低限の荷物をまとめてあるから、あとは自分が必要と思う物を持って今日中に出て行って欲しい。まあ、今日はもう遅いから明日くらいまでは待ってやろうか」
柔らかな言い方をユウキだが、その言葉の節々には俺を追放することを喜ぶ色が隠しきれないでいた。
「えー、明日まで待つの?あたし、こいつと同じギルドハウスで一晩過ごすの嫌なんだけど」
アンナが横目で俺を睨みながらそう言う。
「まあまあ、今までの1年間に比べたらたったの一晩だろう。それくらい我慢してやってもいいのかもな」
「タカヒロやっさしー!」
俺が追放されることが既に決まっているかのような会話に焦りを覚える。
「ち、ちょっと待ってくれよ!俺は本当にそんな目で見てない!信じてくれ!」
俺は、最後の望みであるずっと黙っているシズカに助けを求める。
おしとやかなシズカなら、助けてくれるかもしれない。
「……ごめんなさい。もう限界なの」
シズカはそう言い残すと、自分の部屋へ引っ込んで行った。
「まあ、改めてそういうことだから。明日までは待って……」
「か、回復役がいなくなったら大変だぞ!?」
この鋼血騎士団において、高度な回復魔術を扱えるのは俺だけである。
一応、簡単な回復魔術くらいは全員が扱えるが、気休め程度でしかなく俺のように傷を癒すには程遠い。
パーティーを抜けたくない俺はそう言うが、ユウキ達は「はぁ?」と言いたげな表情をしてみせた。
「いや、回復役のお前が役に立ったことあったか?精々かすり傷を治したくらいだろ」
「俺もユウキも、回復魔術くらい自分で使えるんだよ。国王様に回復役をパーティーに1人は入れておけって言われたからお前を入れてただけで、元々お前を入れる予定はなかったんだよ」
「だから俺達からすると、お前を追放するというよりも元のパーティーに戻すだけなんだよ」
回復魔術が役に立ったためしがないというセリフに、俺は憤りを感じる。
「ユウキがミラージュに腕を吹き飛ばされた時に治したのは俺だぞ!」
俺がユウキの右腕を指さすと、3人はけたけたと笑った。
「何言ってるんだお前。あれを治したのはシズカだぞ?お前は戦いもせずに遠くにいただけじゃないか」
「あれは遠隔魔術で……」
俺が魔術の原理について説明しようとすると、タカヒロはウンザリしたように机を蹴り飛ばした。
「お前さぁ。自分が有能だとでも思ってんの?お前は自分が思ってるよりもずっと無能なの。無能!分かったらさっさと出て行けよ雑魚」
「おいおい、明日までは待ってやれよ」
「おっとそうだったな」
ユウキとタカヒロのやり取りにアンナが声をあげて笑う。
急に不愉快になってきた俺は、2階の納戸を開くとそこにいつの間にか用意されていた袋をひっつかみ、靴を履いた。
「お、もう出て行くのか?夜だぞ?」
「ああ。お前達はよっぽど俺を追放したいらしいからな」
「そうかそうか。じゃあ少し金をやるよ。無一文だと何かと不便だろ」
ユウキはポケットから金貨を何枚か取り出すと、靴紐を結んでいる俺の背中に投げつける。
俺はそれを拾い集めると、無駄に丁寧に並べて靴箱の上に置く。
「お前らの恵みなんか要らない」
「いいっていいって。金なんか腐るほどあるんだから、意地張らずに貰っとけよ」
「だから要らないって言ってるだろ。その代わり……」
俺は、ユウキ達の方にゆっくりと首を向ける。
「その代わり、俺がいなくなってから後悔するなよ」
俺はそう言ってギルドハウスのドアを開き、ユウキ達の嘲笑を背に受けながら暗い闇夜へと歩を進めた。
こうして俺は、パーティーを追放された。