最終話:後悔のその先へ
登場人物
主人公:滝野翼
ヒロイン:水澤美紗姫
これにて、この物語は終わりとなります。
最後まで楽しんでもらえることを心より祈っております。
遊園地の帰り道……
行きの場合と違って俺達は何とも重苦しい雰囲気に包まれていた。
お互いに何か言いたいことがあるのにお互いに意識しすぎて何も言い出せなかった。
彼女は何度か俺に声を掛けようとしていたが、考え込む俺に気を遣って口を開けずにいた。
悶々とした雰囲気の中、静寂に包まれた電車は点々とした夜の光の中を駆け抜ける。
その夜景は何とも美しく幻想的な街並みを映し出しているはずなのに……
今の俺達はちっともロマンチックな雰囲気に包まれなかった。
何か言わなきゃ……
俺の頭の中では延々とその言葉を繰り返しているのだが、彼女の顔を見てしまうと何を言って良いのやら具体的な言葉が思い付かなかった。
全てが終わってしまっている気分だった。
だが、彼女との付き合いはこれで終わりではない。
彼女とは高校生になってもずっと一緒に居られるのである。
彼女に告白するチャンスはこれっきりではなかった。
夏休みになれば、また彼女と遊びに行ける機会は幾らでもある。
海水浴に、夏祭り、花火大会などなど……
告白するチャンスも幾らでもあった。
なので、ここで無理に弾まない会話をする必要などなかった。
そんな風に自分に言い訳を繰り返しながら暗くなっている気持ちを明るくさせていった。
今は楽しいことだけを考えよう……
そう気分を切り替えると彼女と一緒に過ごした今日一日のことを思い返した。
本当に楽しかった。
朝、駅に向かうと既に彼女が待っていて
それから軽くウォーキングしながら高校生活について語り合った。
彼女の楽しそうな横顔が脳裏を過った。
遊園地に着いてからは彼女と走ったり、抱えたり、叫んだりと様々な表情を浮かべる彼女の顔を見ることができた。
昼は彼女のお弁当を食べて観覧車の予約を取って、そして、可愛い寝顔を見て気持ち良い耳掻きをしてもらい、最大限の幸福を噛み締めた。
本当に幸せで何もかもが輝いて見えていた。
それなのに……
それなのに……
最後の観覧車ではありえない失敗を犯してしまう。
まさか、あんな事態になってしまうなんて……
思いも寄らなかった。
動揺を隠しきれなかった自分の心臓が情けなくて、恨めしくて、悔しくて、仕方がない。
もし、俺の心臓が鉄で出来ていたならば……
俺の告白は成功したのかもしれない。
だが、俺は人間である。
俺の心臓が鉄で出来ていたならば、それは果たして人と呼べるのだろうか?
それは機械と呼ばれるものなのかもしれない。
俺は彼女のために機械になることなどできなかった。
人として、恋人として、彼女の傍に居たいからだ。
こんなことになるならば……
あの時に告白していれば良かった
俺の脳裏に噴水の時の光景が思い浮かぶ。
あのタイミングであったならば……
そんな後悔に苛まれて、悔やんでも悔やみきれなかった。
再び、俺の脳内に暗雲が立ち込める。
今も彼女と一緒に居られる幸せな時間であるはずなのに……
そんな大切な彼女のことをすっかり置き去りにしてしまっていた。
今は自分のことだけで精一杯な状況であった。
「間もなく○○○駅、次は○○○駅に止まります」
車内アナウンスを聞いて我に返る。
もうすぐ俺達の降りる駅に近付いていた。
ふと目の前に視線を向けると彼女はつまらなそうに顔を下の方に向けていた。
俺は……
俺は何をやっているんだっ!
彼女をこんなにも悲しい顔をさせていたなんて……
いくら自分が一杯一杯な状況だったとしても彼女を放ったらかしにしていい理由にはならなかった。
遠足が家に帰り着くまでが遠足であるようにデートもまた彼女と別れるまでの間はデートなのである。
デート相手を放ったらかしにするなど言語道断であった。
とにかく駅に着いたら謝ろうっ!
俺は心の中でそう決心した。
そして、駅に着くと彼女の目の前に立ちはだかった。
「今日は本当にごめんっ!」
背中を45度に折り曲げると頭を下げて誠心誠意で謝った。
「どうして、謝るの?」
いきなり頭を下げられて彼女は何が何だかわからずに困惑した表情を浮かべていた。
「最後の最後に迷惑を掛けてしまった」
「別に……迷惑だなんて思ってないよ。あれは仕方がないことだったから……」
苦笑いを浮かべると顔を横に振った。
「それだけじゃないっ!今の電車の中でも……美紗姫のことをずっと放ったらかしにしてしまっていた」
「それも気にしてないよ。翼くんにも色々と思うことがあったんだろうし……」
あんなにもつまらなそうにしていたにもかかわらず、彼女は微塵も俺のことを悪いとは思っていなかった。
「そうか……」
本当に涙が出るような思いであった。
こんなにも自分が惨めだと思ったことは喧嘩相手に一方的にぼこぼこにされた時以来のことだった。
これ以上は謝るのを止めよう……
彼女の気遣いに甘んじると俺は謝るのを止めた。
許すと言っている相手に頭を下げ続けるのは無意味なことだった。
「それじゃ、そろそろ行くね……」
彼女は力なく笑うとその場を立ち去っていった。
そんな彼女のことを俺は静かに見送った。
これでいいんだ……
これ以上、彼女に迷惑を掛けるわけにはいかない
彼女とはこれからも何度だって会うことができるのだから。
焦る必要なんて何もないんだ……
遠ざかっていく彼女の背中を見つめながら、そう自分に言い聞かせた。
そして、自らの家に向けて俺も彼女に背を向けた……
本当にこれで良いのか?
ふと脳裏にそんな言葉が思い浮かぶ。
良いも悪いも……今はこれしか方法がないんだ
即座に思い浮かんだ言葉を否定した。
本当にそうか?
それはどういう意味なんだ?
俺は自分自身に問い掛けた。
こんな最悪な終わり方で本当に満足なのか?
断じて満足な訳がないっ!
それならば……どうするべきか?
わかっているよな?
もちろん、その方法は知っている。
だが……これ以上、彼女に迷惑を掛ける訳にはいかない。
ならば、このまま『親友』という心地よいポジションに甘んじたままで満足するのか?
満足する訳がないっ!
1度逃げ出した奴は逃げ癖が付く。
「次こそは、次こそは」と呟きながら永遠と同じ場所で足踏みを続ける。
お前はそんな中途半端な関係のままで満足なのか?
そんなの嫌に決まっているっ!
だけど……これ以上、彼女に迷惑を掛けられないんだっ!
……どうしてだ?
どうして、告白することが彼女に迷惑を掛けることになるんだ?
それは……
観覧車で失敗した時の記憶が脳裏に浮かぶ。
あの時の出来事がトラウマになっていた。
まだ……今日という日は終わっていないんだよ。
今なら最悪の思い出を最高の思い出に塗り変えることができるんだっ!
諦めなければな……
そうだっ!
ここで失敗したと嘆いている場合じゃなかった。
俺は取り戻したいっ!
あの心地よい場所をっ!
俺が居るべき……美紗姫の隣でっ!
他の誰にも譲れないっ!
あいつの隣が俺の居場所なんだっ!
地面に踵を縫い付けると踵を返して脱兎のごとく走り出した。そして、全力疾走で彼女のことを追い掛けた。
どうか……間に合ってくれっ!
彼女が家に辿り着く前に何としても追い付かなければならなかった。
どくどくと心臓が大きな音を立てて脈を打っていた。
それは今にも張り裂けそうなくらいの勢いだった。
頼むっ!今度こそ持ちこたえてくれ。俺の心臓……
ぶっ倒れないことを祈りながら、ただ我武者羅に彼女の後を追いかけた。
……見つけたっ!
あの後ろ姿は間違いなかった。
紺色のウィンドパーカーに真っ白なスカート。
どうする?どうやって、声を掛ける?
……まどろっこしいっ!
俺は勢いに任せて彼女の背中に飛び付いた。
「きぁあああ」
突然の出来事に彼女は心底驚いた声を上げた。
「まっ、待ってくれ、俺だ。落ち着いてくれ……」
「その声は……翼くん?」
飛び付いてきた相手が俺だとわかると彼女は肩の力を抜いて深呼吸を始めた。
彼女の心臓の鼓動が背中越しに伝わってくる。
その音を聴いていると重なるように俺の心臓も次第に落ち着いていくようだった。
「……いきなり、どうしたの?」
ある程度、心拍数が戻ると彼女は用件を訊ねてきた。
「さっき言い忘れたことがあって……」
「言い忘れたこと?」
「そうだ。どうしても今日という日にそれを伝えたかったんだ」
「それって……」
「好きだっ、美紗姫……俺の……俺の彼女になってくれっ!」
彼女の言葉を遮ると勢いに任せて彼女に告白した。
「……」
「……」
しばらくの間、俺達は抱き付いたままの状態で沈黙していた。
なんで……なんで何も言ってくれないんだ?
沈黙を保つ彼女に不安を感じ始めていた。
「やっと……やっと言ってくれたね」
「それって……」
「ずっと……その言葉を待っていたから……」
俺の方に振り返ると彼女は薄っすらと目尻に涙を溜めていた。
「待っててくれたのか?」
「そうよ……翼くんがそう言ってくれるのを……」
彼女も俺が告白してくれるのをずっと心待ちにしてくれていたようだった。
「ごめんな。美紗姫の気持ちに気づけなくて……」
「本当に……待たせすぎだよ……馬鹿……」
優しく彼女の身体を抱き寄せると彼女の背中に手を回した。
そして、彼女と顔を重ね合わせると彼女の耳元で静かに囁いた。
「大好きだぜ……美紗姫」
「私もよ、翼くん……」
こうして、俺は最高の居場所を手に入れたのだった……
後日談……
「ねぇ?知ってる、翼くん」
「何をだ?」
俺は彼女の柔らかな太腿に顔を埋めながら日課となった耳掻きをしてもらっていた。
「こうして、耳掻きをした後に……」
「……ん?」
「大好きだよって……ずっと囁いていたの」
彼女は頬を朱色に染めながら俺が気持ち良くて眠っている時にささやかな愛の告白をしていたことを打ち明けてくれた。
「そうだったのか……」
「うんっ!だって……何時も私のために無理をして頑張っていてくれていたから……小学生の時も……中学生になってからも……」
明るく微笑むと俺の頭を優しく撫でてくれた。
「これからもずっと……一緒だよね」
「ああ、幸せになろう」
手の中にある最大限の幸せを噛み締めながら彼女の思いに応えた。
彼女の顔を見上げながら……
心地よい彼女の太腿の上で
そして、ここが自分の居場所なのだと思いを馳せながら……
最後まで読んでくれた方、ここまで飽きずにお読みいただき誠にありがとうございました。
最初は自分の好きなシチュエーションだけを描こうと思っていましたが……
その背景を考えている内に恋愛の方のシチュエーションが次から次へと思い付いてしまったため、1つの物語として最初から最後まで全てを書いてみました。
この作品を通して筆者が伝えたかった思いは……
『膝枕からの耳掻きは最高だあああああ』ということです。
かなりふざけて書きましたが、この思いは本気ですっ!
昔やっていたギャルゲームでこのシチュエーションを見て以来、すっかりとその魅力に嵌まってしまい、何時の日かは自分も……
と今も憧れのシチュエーションとして夢を懐いています。
同意してもらえるかはわかりませんが……
私にとっての膝枕からの耳掻きは『漢の浪漫』と言っても過言ではありませんw
その魅力がこの作品で少しでも伝われば良いなと思いを馳せながら描かせてもらいました。
もう1つの恋のテーマの方は『絶望してからの告白』という突き落としてからの感動という展開を描かせてもらいました。
ベターな展開かもしれませんが、筆者はこの失敗してからの逆転という展開が大好物なのでそれを恋愛においても再現してみました。
あとは先にも述べましたが、直向きに頑張る主人公の姿も大好きなので、そんな直向きな様子もふんだんに詰め込んでみました。
こうして、たくさんの好きなものを詰め合わせたものがこの作品になります。
最後まで楽しんで読んでくれたことを祈りながら……
最後に感謝の言葉を述べさせていただきます。
最後の最後までお読み頂き……本当にありがとうございました~♪