第6話:最高の告白?
登場人物
主人公:滝野翼
ヒロイン:水澤美紗姫
「ここなら大丈夫かな?」
「水がとても気持ち良いね……」
彼女は噴水の中の水に手を触れると柔らかな表情を浮かべた。
「冷たくはないのか?」
季節は3月になったばかりという時季ではあるが、水の中に手を入るにはまだまだ寒い状況であった。
「全然冷たくないよ。むしろ、温かいくらいだと思う」
「本当にか?」
「翼くんも手を入れてみれば?」
「そうだな……」
彼女に言われるまま水に手を浸けると彼女の言う通り、噴水の水は思ったよりも冷たくなかった。
太陽の光に晒され続けていた水は適度な温度を保っていた。
「本当だ……温かくて気持ちいな」
「そうでしょ?」
得意気に鼻を伸ばすと眩しい笑顔を浮かべた。
噴水の水面に反射した太陽の西日がさらに眩しく彼女の笑顔を輝かせた。
ああ、なんて眩しいんだろうか?
このまま好きだと彼女に告白してしまいそうであったが、今はまだその時ではない。
これから先にもっと最高なシチュエーションが待っているのである。
ここは断じて我慢すべきであった。
「そういえば……美紗姫は今年の夏休みは何か予定は決めているのか?」
気分を紛らわせるために彼女の夏休みの予定について訊ねた。
「夏休みの予定?」
唐突な質問にぽかんと口を半開きにさせて首を傾げた。
「ああ、そうだ」
「そうね……まだ先のことだから何も予定は決めてないよ」
まぁ、当然の反応だろう。
俺達は夏休みはおろか、まだ春休みすら迎えていなかった。
「それじゃさ……夏休みもどこかに遊びに行かないか?」
物の序でに遊ぶ約束をすることにした。
「夏休みも?」
「嫌か?できれば、海や川、それにお祭りなんか、美紗姫と一緒に行きたいなと思ってな……」
夏休みは他の休みと違ってイベントが盛りだくさんなのである。
今から予定を考えておくのも悪いことではなかった。
「そうね……」
「嫌なら別に良いんだ……」
どうか断られませんようにっ!
顔では強がっているものの内心は断られたらどうしようと動揺しまくっていた。
「いいよ……翼くんとならどこだって遊びに行けるから……」
恥ずかしそうに身体を小刻みに震わせながら、はにかんだ笑顔を浮かべた。
「本当か?本当に本当なのか?」
「うんっ」
よしゃあああ
心の中でガッツポーズした。
彼女とまたデートができるかと思うと嬉しくて仕方がなかった。
嬉しさのあまりコサックダンスを踊ってしまいそうな勢いであった。
「それじゃ、指切りな……」
小指を差し出すと彼女と夏休みに遊びにいく約束を申し出た。
「指切り弦間……」
「嘘突いたら針千本……」
「飲~ます……」
「指切ったっ」
俺達は互いの小指を離すと最高の笑顔で微笑んだ。
「そろそろ、向かった方が良いんじゃない?」
俺が幸せの余韻に浸っていると彼女の声で急激に現実へと引き戻された。
「えっと……」
慌ててスマートフォンを取り出して時刻を確認すると現在の時刻は……
17時31分だった。
「や、やばいっ!」
身体中の血液が一気に沸騰した。
もしも1分でも予約時間に間に合わなかった場合は当然整理券は無効となり、俺の努力は全て水の泡と消える。
それだけは何としても阻止しなければならなかった。
「ごめんっ、ちょっと走るから……」
俺は彼女の手をしっかりと握りしめると観覧車に向かって走り出した。
「ちょっ……ちょっと……」
彼女はとても戸惑っていたが、頑張って俺の足並みに付いてきてくれた。
息を切らせながら……
汗を迸らせながら……
本当にごめんっ!まじでごめんっ!だけど……
心の中で何度も謝りながら必死で走り続けた。
「はあはあ……」
「はぁはぁ……」
俺達は肩で息を切らせながら観覧車へと辿り着いた。
「ま、間に合った……」
予約時間1分前でどうにか滑り込むことができた。
「も、もう……無茶させすぎだよ……」
「ごめん……」
息を整えると彼女の手を取って観覧車の中へとエスコートした。
「まだ、ドキドキしてる……」
「俺もだよ……」
胸を抑えながら苦笑いを浮かべた。
尤も俺の鼓動が高鳴っているのは別の理由であった。
「少しずつ上がっていくね……」
眼をキラキラと輝かせながら観覧車の外の景色に心をときめかせていた。
そんな彼女の横顔を見つめながら俺も密かに心臓を高鳴らせた。
もうすぐだ……もうすぐ彼女に最高のロケーションを見せてやることができるっ!そしたら……
この1週間、そのことばかり考えてきた。
この告白が成功したら……晴れて俺は……
彼女の傍に永遠に寄り添うことができるのだ。
そう思えば思うほど心臓の鼓動が早まっていった。
あと少し……あと少しだ……
俺の期待とは裏腹に何故か目の前が暗くなっていく気がした。
「ちょっと……大丈夫?」
「……何がだ?」
「翼くんの顔色……とても悪いよ?」
心配そうな眼差しで俺のことを見つめていた。
確かに……気持ち悪い……
実際に彼女の言葉通りに俺の気分はとても悪くなっていた。
だけどっ!
今はそんなことを気にしている場合ではなかった。
何としても告白をしなければならない。
そのことだけに意識を集中させた。
「そんなことは……ないよ……」
問題ないことをアピールしようと立ち上がると俺の目の前は完全に真っ暗闇に染まった。
あ……れ……?
俺の意識は少しずつ薄れていった。
「つっ……翼くん?」
全く以て意味がわからなかった。
どうして、このような事態に陥ってしまったのか?
先程まではあんなにも何もかもが輝いて見えていたというのに……
今は全てが黒く……真っ黒に染まっていた。
「……翼くんっ!翼くんっ!しっかりしてっ!」
絶望の暗闇の中で彼女の声だけが俺の耳に残っていた。
そして、その声に導かれるように再び光を取り戻した。
「俺は一体……」
「もう……いきなり立ち上がったりするから……」
彼女の言葉から察するに俺は立ち眩みを起こしてしまったようであった。
興奮するあまり頭に血が登り、さらに急激に全身に血を駆け巡らせてしまったため、一時的に脳への酸素の供給が追い付かなかったようだった。
まさか、こんな事態になってしまうなんて思いも寄らなかった。
「そうか、俺は……そういえばっ」
俺は彼女に告白していないことを思い出して慌てて立ち上がろうとした。
「駄目よっ!急に立ち上がったりしたら、また倒れちゃうから……」
俺の身を案じた彼女は立ち上がろうとした俺の動きを制止した。
そして、柔らかな太腿の上へと頭を寝かせた。
「……なあ?今、何時だ?」
「えっ、いきなりどうしたの?」
「頼む。時間を教えてくれ……」
「今は……」
もぞもぞと太腿を動かすとスカートの中からスマートフォンを取り出した。
「……18時12分ね」
「そうか……」
彼女の言葉を聞いて静かに眼を閉じた。
最悪だった……
気を失っている僅かな時間に俺は彼女に最高の舞台で告白するという大切な時を失ってしまっていた。
目を覚ました時、辺りの様子が暗くなっていたことには既に気が付いていたが、その事実を受け入れられずに拒絶した。
だが、彼女の言葉によって、その事実は確定する。
膨らんでいた俺の気持ちが急速に萎んでいくのが感じられた。
こんな状況では到底彼女に告白なんて……できるわけがなかった。
「……大丈夫?」
すっかりと意気消沈した俺のことを心配していた。
「ごめん……もう、しばらく……このままでいさせてくれ……」
今は彼女の顔を真面に見ることができなかった。
当然だろう。
俺は失敗した。
大好きな彼女に告白するはずが、彼女の膝の上で敗北感に打ち拉がれていた。
最悪な気分だった。
「……ありがとう。もう、大丈夫だ」
観覧車が終着点に近付くと彼女の膝からゆっくりと身体を起こした。
今しばらく彼女の膝の上で頭を埋めていたい気分であったが、何時までも彼女の行為に甘んじているわけにはいかなかった。
「本当に?本当に大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。ありがとうな……」
強がっているものの気分は未だに最悪である。
だが、何時までもめそめそとはしていられない。
盆から溢れ出した水は決して戻ることはないのだ。
同様に過ぎた時もまた決して戻ることはない。
それに……告白する機会ならば幾らでもある
そう自分に言い聞かせながら必死で気持ちを切り替えた。
「よしっ、それじゃ、帰るとしよう」
「そうね……」
彼女の顔はどこか寂しそうな表情を浮かべていた。
※人は時として大切な時こそ失敗してしまうもの……
それは恋愛においても言えます。
単純明快なサクセスストーリーも良いですが、もし、大切な時にミスしてしまったならば……重要なのは「その失敗をどう取り戻すのか?」ではないでしょうか?
果たして、主人公は無事にこの失敗を挽回することができるのでしょうか?
乞うご期待あれ~♪