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第4話:幸福な時間

登場人物

主人公:滝野たきのつばさ

ヒロイン:水澤みずさわ美紗姫みさき



「よし、行こう」

「うんっ」

 彼女の手を引くと駅を目指して歩いた。そして、改札口を潜って電車に乗ると連結部分のドア付近に陣取った。


「休みだというのに結構、人が多いな……」

「そうね」


 俺達が乗った時には座席部分のほとんどが人で埋まっていた。


「足、痛くないか?」

「大丈夫……翼くんの方こそ大丈夫?」

「ああ、問題ない。普段から身体を鍛えているからな」

 全く問題ないことをアピールした。


「大分、人が増えてきたな……」

 遊園地のある駅に近付くに連れて人の数がどんどんと増していき、人の波に押されて俺達は扉付近へと追いやられていった。


「……大丈夫か?」

「うん……何とか……」

 余白がなくなっていくに連れて俺達の身体はどんどんと密着していった。


 俺は彼女が苦しくならないように必死で両腕に力を込めて人の波に抗った。


 くっ、苦しい……だけど……

 彼女と身体を密着させていると苦しい反面、彼女の身体の柔らかさを感じられて、とても気持ちが良かった。


 ああ、何て気持ちが良いんだろうか……それに……なんて良い香りがするんだろうか……

 彼女から発せられる甘い匂いが俺の鼻を刺激した。


 何時までもこの幸せな時間を感じていたかったが、間もなくして俺達は遊園地のある駅へと到着した。


 もう少しあのままの状態で過ごしていても良かったのにな……

 名残惜しい気持ちを残しつつ、電車を降りていった。


「凄い人だね」

「そうだな……」


 辺りは見回す限り、大衆の波であった。


 休日の遊園地など家族連れのメッカとも言える場所。


 人が混んでいるのも当然と言える。


 なるべく、この群衆に巻き込まれないようにしながらアトラクションに乗って行くのが、デートプランナーの腕の見せ所である。


 この日のために受験勉強さながらのチェックを施してきた。


 この遊園地の目玉はやはりジェットコースターであるが、ジェットコースター以外にも絶叫系の乗り物は幾つか存在する。


 なので、まずはジェットコースターの予約を取りつつ、他の乗り物に乗って時間を潰す予定を考えてきた。


「ちょっと走るぞ」

 彼女の手を取ると半ば強引に引っ張ってジェットコースターの予約に向かった。


 そこまでするなら最初に乗るべきなのではないかと思われるかもしれないが、そういうわけにはいかなかった。


 というのも……この遊園地にも某ネズミが出迎えてくれるアトラクションランドのようにファストパスが存在する。


 その待ち時間が既に1時間以上あるのだ。


 あとはアトラクションが動かすための微調整などもあるため、開演と同時に乗ることはできない。


「はあはあ、もう少しゆっくり歩かない?」

 彼女は息苦しそうに息を切らしていた。


「ごめん。無理させたか?」

「少しね……」

 苦笑いを浮かべると肩で息をしていた。


 彼女を楽しませるはずが、俺は自分のことしか考えていなかった。


「本当にごめんな。これで少し我慢しててくれ……」

「え?……ちょっ、ちょっと……」

 戸惑う彼女をよそに俺は彼女の脚の関節と背中を支えるとそのまま持ち上げた。


 所謂、お姫様抱っこというやつだ。


 彼女に無理をさせずに、かつ、自分の目的を果たすにはその方法しか思い付かなかった。


「だ、大丈夫なの?」

「ああ、問題ないさ。身体を鍛えてるからな」


 正直、重くないと言えば嘘になるが、そんなこと彼女には口が避けても言えなかった。


「本当に?」

「それに……美紗姫はそんなに重くねぇし……」

「馬鹿っ……」

 彼女は顔を赤く染めると頬を膨らませた。


 そして、苦労の甲斐もあって何とかジョットコースターの1時間待ちの権利を手に入れた。


「ごめんな、無理させて」

「別に……無理したのは翼くんの方でしょ?」

 くすくすと楽しそうに含み笑いを浮かべた。


「ここからはなるべくゆっくりと行くから……」

 彼女の手を引くと次のアトラクションを目指して歩き出した。


 こうして、午前中は絶叫系のアトラクションを中心に遊び歩いた。


「もう、脚がガクガクだよ」

「ごめん。どうしても絶叫系は最初の内に乗っておかないと回れなくなりそうだったから……でも、楽しかっただろ?」

「まあね……」

 文句を言いつつもどこか満足そうな表情を浮かべる彼女に安堵した。


「とりあえず……そろそろどこかで休憩しましょう。叫び声を出し過ぎて、もう喉がからからだし……」

「そうだな……」

 手頃に休憩できそうなベンチを見付けると俺達はそこに腰を落とした。


「太陽の光が降り注いでいて、ほど程に温かいな……」

「そうね。折角だし、ここで昼食にしよ」

 そう言うと手持ちの袋の中から可愛らしいお弁当箱を2つ取り出した。


「これって……俺の分も作ってきてくれたのか?」

「当たり前でしょ。これは2人のお祝いなんだから……」

 戸惑う俺をよそに彼女はうきうきと楽しそうに昼食の準備を続けた。


「お祝い?」

「合格祝いでしょ?」

「ああ、そうか……」

 彼女の言葉で受験の合格祝いにやってきていたことを思い出した。


 彼女と遊園地に来れたことが嬉しくて、すっかり忘れていた。


「はい、どうぞ」

 お弁当の蓋を開くと片方の弁当箱を手渡してくれた。


 彼女の作ってくれたお弁当はタコ型のウィンナーに卵焼き、唐揚げ、ポテトサラダに金平牛蒡とお弁当と言えば有りがちなものばかりであったが、俺にはどれも輝いて見えており、胃袋を刺激した。


「それじゃ、早速……」

 赤いルビーのように輝くウィンナーに箸を伸ばすと落とさないように口の中へと運んだ。


 んぐっ……

 口の中で弾けたウィンナーの皮が程よい食感が響いた。


 それと同時に口の中では肉汁と適度な油分が溢れだし、口一杯に何とも言えない幸福感が広がった。


「……美味しい」

「本当に?」

「ああ、俺の好みの味だ。本当に美味しいよ」

「良かった……」

 彼女は安心したように笑みを溢すと水筒から冷たい麦茶を注いでくれた。


 そのお茶を飲み干すと再び箸を進めた。


「……ご馳走さま」

 弁当箱の中身を全て食べ尽くすと恍惚な表情を浮かべた。


「お粗末様……満足した?」

 彼女はきらきらと瞳を輝かせながらお弁当箱の蓋を閉じた。


「ああ、大満足だよ。美紗姫がこんなに料理上手だったなんて知らなかった。本当にありがとうな」

「どう致しまして……翼くんに喜んでもらえたようで良かった」

 満足そうに微笑むと麦茶を差し出してくれた。


 そうやって彼女は俺のことばかりに気を遣っていたため、彼女の方のお弁当はまだ3分の1ほど残っていた。


 今の内に観覧車の予約を取っておくか……

 観覧車の景色を彼女にサプライズしておきたかったため、この待ち時間を使って1人で観覧車の予約を取りに行くことを思い付いた。


「ここで待っていてくれないか?」

「別に良いけど……突然どうしたの?」

「ちょっと用事を済ませておきたくて……」

 恥ずかしそうに身体を震わせた。


「うん……わかった。ここで待ってるね」

 はにかんだ笑顔を浮かべると俺のことを見送ってくれた。


 正直、彼女に理由を詮索されたら、どうしようかと悩んでいたが、そんな心配をする必要は全くなかった。


「もう4時間待ちか……」

 目的の観覧車に辿り着くと既に予約待ちの長蛇の列が作られていた。


 この観覧車はおおよそ40分程度で1周してくる。


 つまり、その半分の時間が丁度1番高い位置になる。


 そして、本日の日の入りは18時丁度くらい……そこから逆算すると17時40分頃に観覧車に乗れば1番美しいタイミングに立ち合えるのだ。


「現在の時刻は……13時15分か……」

 スマートフォンの時間を確認しながら最高のゴールデンタイムのドリームチケットを手に入れようと整理券の待ち時間を逆算した。


「今だとまだ少し早いか……」


 整理券を手に入れるまでおおよそ10分……現在の待ち時間が4時間弱……それらの時間を考慮すると……あと10分くらいは時間を潰した方が良かった。


「それまでどうするかな……」

 周囲の様子を確認していると『売店』の文字が飛び込んできた。


「……そうだ。美紗姫にお弁当のお礼を買っていこう」

 売店で彼女に似合いそうなキーホルダーを探すことにした。


「どのキーホルダーなら喜んでくれるだろうか……」

 売店に置かれた小物と格闘しながら彼女が好きそうなキャラクターがないかを探した。


 彼女は可愛いキャラクターよりも面白いキャラクターの方が好みであった。


「……これにするか?」

 ここの遊園地のマスコット的な『ウサ耳パンダ猫』というブサ可愛いキャラクターを選択した。


 ウサ耳パンダ猫の見た目は猫の外見にパンダの模様、兎の耳となんともアンバランスな感じの面白キャラクターでここの遊園地限定で売られている。


 それを2つ握りしめると俺はレジで会計を支払った。


 密かなるペアルックである。


 彼女が恥ずかしがらないようにもう1つは内緒で身に付けることにした。


「13時23分か……そろそろ良いかな?」

 観覧車の予約列に並ぶと俺は17時35分頃というベストな予約券を手に入れた。


「よしっ、戻ろうっ」

 大切な予約券をポケットに仕舞うと急いで彼女の下へと戻った。


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