第2話:受験勉強
登場人物
主人公:滝野翼
ヒロイン:水澤美紗姫
図書室で勉強のことを悩んでいると隣の席に彼女が座って囁いた。
「悩んでいるなら私と一緒に勉強しない?」
「……本当に良いのか、俺なんかのために?」
「翼くんのためなら喜んでっ」
彼女は俺が開いた教科書に手を伸ばすと重要なポイントについて蛍光マーカーを色付けしてわかりやすく教えてくれた。
あれだけ拒絶反応を起こしていた勉強だったが、彼女が教えてくれると不思議と頭の中に入っていった。
そして、夏休みが終わる頃には志望校の判定がBランクまで上がっていた。
「なぁ……美紗姫はどうして俺なんかのためにこんなに親切にしてくれたんだ?」
徐に彼女が俺の勉強について面倒を見てくれた理由について訊ねた。
「……頑張っている人を応援するのは当たり前のことでしょ?」
屈託ない笑顔を浮かべながら髪を掻き上げた。
彼女から放たれたシャンプーの匂いが鼻先を擽った。
「翼くんが私のために何時も無理して頑張ってくれているのは知っているから……」
頬を微かに紅葉させると俺から視線をそらした。
俺の努力は彼女にもしっかりと伝わっていた。
その事実がわかっただけでも俺が頑張ってきたことに意味があったのだと思えた。
そして、これからも彼女の傍に居続けるために頑張ろうと決意した。
彼女の支えもあり、何とか志望校に合格できるぎりぎりのラインまで辿り着くことができた。
あとは本番を残すのみ……
絶対に……絶対に合格するぞっ!
俺はシャープペンシルを握りしめると気合いを込めた。
試験当日……
俺は最高のコンディションで試験に挑んだ。
この問題は……見覚えがあるぞ?
そんな感じの問題が半分以上あった。
残り半分は自分が見覚えのない問題だったが、彼女と過ごした勉強の日々を思い返しながら1つずつ丁寧に解いていった。
おかげでほとんどの解答欄に答えを埋めることができた。
あとは試験結果を待つのみ……
俺は神に祈りながら合格発表の日を待った。
合格発表の日……俺は受験票を握りしめながら学校の掲示板を見つめた。
持ち帰った問題から自分の正解率はおおよそ7割、合格基準には充分に到達しているが、周囲の出来が良ければ合格基準が上がり、不合格になる可能性は0ではなかった。
「5423……5423……」
必死で自分の番号を探した。
「5422……5423……5425……5428……」
掲示板の番号を読み上げながら何時の間にか自分の番号を通りすぎていた。
……んっ?……5423?……あったっ!
自分の番号を見つけた瞬間、俺は全身の力が抜けた。
まさに天にも昇るような気持ちだった。
そして、一頻りの爽快感の後には感動と共に涙が込み上げてきた。
これまでどんな状況においても決して涙を見せたことはなかった俺だが、今回ばかりは耐えられそうになかった。
本当に……嬉しくて……嬉しくて仕方がなかったのだ。
これで晴れて彼女と同じ高校に通えるのだと思うと喜びを押さえきれなかった。
そういえば、彼女の方はどうだったのだろうか?
ふと頭の中に彼女の顔が過った。
万が一にも彼女がこの学校に落ちていれば俺の喜びは糠喜びに終わってしまう。
慌ててスマートフォンを取り出すと彼女に連絡した。
「……もしもし?美紗姫か?」
「翼くん?結果の方はどうだった?」
「……合格したよ」
「本当にっ!」
電話の先ではとても大きな声が響いていた。
彼女は自分のことのように喜んでくれたようだった。
「ああ、これも全部、美紗姫のおかげだ。美紗姫が傍にいてくれたから合格することができた……ありがとな」
「どう致しまして……これで高校も一緒に通うことができるね」
「それって……」
俺が聞くよりも先に彼女は自らの合否について教えてくれた。
「うん、私も無事に合格したよ」
「そうか……」
「何か素っ気ないね」
「すまない。こういう時にどういう言葉を掛けて良いのか、わからなくて……」
彼女と同じ高校に通えるという気持ちが強すぎて彼女を祝福する余裕が全くなかった。
「おめでとうって……一言祝福を伝えれば良いんじゃない?」
「それじゃ……おめでとう」
「ありがとうって……言わされてる感が半端ないね」
「今、教えてもらったばかりだからな」
「それもそうね……ふふ」
電話先から洩れる彼女の笑い声が俺の笑い袋を刺激した。
俺の方まで楽しい気分になってきた。
「もし、良ければ……今度の休みに一緒に遊園地に行かないか?」
「え?遊園地?」
「ああ、勉強の面倒を見てくれたお礼に連れていきたいんだ」
それは建前である。
本音はそこで彼女に告白し、高校に通う前に正式な彼氏彼女の関係になりたかった。
「う~ん、どうしようかな?」
「ようやく受験勉強も終わったんだし、気晴らしに行くのも悪くないんじゃないか?」
「気晴らしか……」
「そうだ。俺はお前と……美紗姫と一緒に遊園地に行きたい。だから……頼むっ」
ここぞとばかりに拝み倒した。
全ては最高の告白をするために……
「……わかった。ここは翼くんの顔を立ててOKするね」
「本当かっ!本当に行ってくれるのか?」
「うん、いいよ。約束ね」
「それじゃ……詳細はLINEで送る」
「わかった。楽しみにしてるね」
彼女はそう言い残すと通話を切った。
「よっしゃあああ!」
受験に合格した以上の歓喜の雄叫びを上げた。
まさかこのような形で願いに手が届こうとは思ってもみなかった。
「そうと決まったら……」
拳を握りしめると書店に向かって全力疾走した。
下準備を万全にするため、俺達の行く予定の遊園地の観光ガイドを手に入れた。
「このアトラクションとこのアトラクションには絶対に行きたいな……」
観光ガイドを見つめながら脳内で仮想デートを何度も繰り返した。
まるで修学旅行に行く学生のような気分であった。
「最後はやっぱり、この場所で……」
観覧車に二重丸を付けると日没の時刻を確認した。
全てが金色に染まる黄昏時の景色を眺めながら彼女に愛の告白ができたならば……
それは最高の思い出になるに違いない。
俺はそう考えていた。
「こんなものかな……」
入念なシミュレーションが終わると俺は待ち合わせ場所と時間を彼女にラインした。
彼女からのメッセージはすぐに返ってきた。
そこには「了解」と2文字で括られていた。
「一生の思い出に残るような1日にしてみせるぞっ」
にやにやと彼女のメッセージを見つめながら楽しみにデートの当日を待った。
そして、彼女とのデートの前夜……