魔王とオムライス
今日の私はご機嫌だった。
スーパーのタイムセールで卵がとてもお買い得だったのだ。そんな小さなことに喜びを感じるのは性根が貧乏性だからだろう。
それに、今の私はニートだ。多少の貯えはあるものの、安いに越したことはない。
そのうえ、うちには大食らいの居候が住んでいる。異世界から来た魔王――ルイ。食事が気に入った。それだけの理由でなぜか私の家に住み着いてしまったのだ。
さてと、今日のメニューは何にしよう。できればルイの口に合うものがいいんだけど――といっても、文句をつけられたことは一度もないんだけれど。
そんなことを考えながら、食材をカゴに放り込んでいく。
「ただいま、ルイ。今日のご飯はオムライスだよ」
「おむらいす……? 知らん名前だが、まあ良い。お前の飯は美味いからな。早く作れ」
家に帰り、声をかけたが、相変わらずルイは尊大だった。そして、やはりというべきか、こちらの世界の食べ物の名前は知らないらしい。それでも、私を信頼して任せてくれることが嬉しかった。
そうとわかれば、早速夕食作りに取りかかるべきだろう。
うちのオムライスは、スタンダードなケチャップライスに卵を被せたものである。
玉ねぎはみじん切りに、鶏肉は一口大に。それらをフライパンに放り込む。鶏肉に火が通ったタイミングでご飯とケチャップを混ぜたらケチャップライスはもう出来上がりだ。
後は肝心の卵である。安かったのだし、ここは贅沢に一人三個使ってしまおう。
バターを溶かして熱したフライパンに溶き卵を投入。くるくるかき混ぜて半熟になったところで、ケチャップライスにそのまま被せる。
半熟のオムレツを作ってパカっと割る? そんなことは私の技量では難しい。だから、こうやって簡易版のふわとろオムライスを作るのだ。
「ルイ、ご飯できたよ」
二人分のオムライスをちゃぶ台に並べて、ルイを呼ぶ。
するとルイはどこからともなく姿を現した。
「これが、おむらいす。か」
「そうだよ。あとは仕上げをしたら出来上がり!」
そう。オムライスと言えば欠かせないのが、やっぱりお絵描きタイムだろう。
「この上に絵を描くんだけど何がいい?」
「食べ物の上に絵を描く……? これは芸術品でもあるのか?」
「そんな高尚なものじゃないよ。簡単な絵を描くだけ」
そう言いながら、自分のオムライスにケチャップを滑らせていく。かなりデフォルメしたけど猫ちゃんを描いてみた。
「ユキ。それでは……食べづらくならないか?」
「え?」
「これが芸術品ではなく食事である以上、その生き物を崩すのであろう?」
そう言われて初めて気がついた。
ケチャップで仕上げた猫ちゃんを眺めると、バッチリ目が合ってしまった。今まで気にしたことなんてなかったけど、少しかわいそうかもしれない。
もしかすると、私よりルイの方が正しい倫理観を持ってるってこと? 魔王のくせに。
でも、描いてしまったものは仕方なし。美味しくいただきますけどね。
「じゃあ、ルイの分は動物はやめとくね」
オムライスの定番として一瞬ハートマークが浮かんだけど、却下。ここはメイド喫茶でもなければ、ルイは恋人でもない。
無難に星のマークでも描いておくかと、ケチャップを滑らせる。
「ユキ!」
すると、ルイにしては珍しく声を張り上げて私の名前を呼ぶ。
その剣幕に一瞬、身がすくんだ。
「貴様、今度は何を召喚しようとしてるのだ」
「え? 召喚?」
「その魔法陣で何を召喚しようとしているのかと聞いている」
言われて手元に目を落とす。一筆書きで書いた簡素な星マークがルイの目には五芒星の魔法陣に見えたらしい。
「これは魔法陣じゃないよ。ただのお星様の記号」
「記号……? では、そこからは何も召喚されないのだな」
「そうだよ。だから、安心して食べてね」
言いながらお星様を書いたオムライスを、ルイの前に差し出す。
このやり取りのせいで少し冷めてしまったかもしれないけれど、そこまで味に変わりはないだろう。多分。
「これは、魔法陣ではない……だがしかし、可能性はゼロではない」
ぶつぶつと呟きながら、ルイはお星様をぐちゃりとつぶした。
せっかく描いたのにとも思わなくもなかったけれど、食べていくうちにどうせ崩れるのだからまあいいか。
「それじゃあ、改めて。いただきます」
「イタダキマス」
食前の挨拶を済ませたら、早速スプーンをオムライスに運ぶ。
とろとろの卵とケチャップライス。やっぱりこの組み合わせは最強だ。
ルイの表情をちらりとうかがうと、先程の剣幕はどこへやら。無言でもぐもぐと咀嚼している。
無言だけど、無表情ではない。少しだけ口角が上がっている。
一悶着はあったが、どうやらオムライスもお気に召してもらえたらしい。
「ふぅ。ごちそうさまでした」
「馳走であった」
「いいえ。お粗末様です」
ちなみにルイはオムライスのおかわりを求めて、私は慌ててもう一度作る羽目になっていた。
これ以上の藪蛇を出さないように今度はお絵描きタイムは省略しておいた。
「ねぇ、ルイ。ちょっと気になったんだけどさ」
「何だ?」
「私が何か召喚しようとしてたとしてさ、何であんなに必死に止めたの? 多分、危ないものが来てもルイなら処理できるでしょ?」
そう、そこが少しだけ引っかかっていた。
何もないと言ったにも関わらずスプーンでぐちゃぐちゃにするほど、何かが召喚されるのを嫌がった。それがよくわからない。
あれが仮に魔法陣だとしても、あんな簡単な図形じゃ大したものは呼べないと思うんだけど。
「確かに、何が呼び出されようと我は無事だろう。だが、お前は?」
「あ、」
そうか、召喚には対価が必要になる場合が多いのか。ルイが要求してきたものが食事だったということで、その辺のハードルがものすごく下がっていたことに改めて気づく。
「それに、お前の作った食事は我のものだからな。有象無象にやる羽目になっても厄介だ」
あ、結局は食事にたどり着くのか。
「なにそれ」
ルイらしいといえばルイらしい発言に思わず笑みがこぼれる。
ふふっと笑いながら告げると、ルイは目を細めてこちらを見た。
あれ? 地雷、踏んだ?
「我の取り分が減るというのは重大な問題だ。何故わからんのだ」
ルイは相変わらず食に対しては切実な思いを抱えているらしい。
そんなに不味いのか魔界飯。そしてこの庶民ご飯で本当にいいのか魔王様。
「大丈夫。ルイのご飯はいつでもちゃんと作るから」
「当然だ」
偉そうに頷くルイを見て、思わず笑ってしまう。
それが食事のことだけだとしても、こうやって求められるのは悪くない。
そう思ってしまった時点で、たぶん私はもうだいぶこの暮らしに馴染んでいる。




