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こってりラーメン

「ルイー?」


 そろそろ夕食時の時間帯。不意に思い立ってルイを呼ぶ。

 近くに気配はないけれど、こうすればルイが現れる事は知っていた。


「なんだ?」


 そして、やっぱりどこからともなく現れるルイ。姿は見えなくても、名前を呼ぶとやってくるから不思議だ。

 その辺は魔王パワーなんだろうかと思うけれど、深く追求したことはない。

 実は常に見張られてる。とかだったりしたら怖いし。


「今日は外に出ようと思うんだけど、どう?」


 そんなことより、だ! 今日の気分はラーメンだった。しかもこってりラーメンが食べたい。

 流石に自分で作れないので、これはもう外に食べに行くしかないのだ。


「本気か?」


 けれどそんな私の提案に、ルイは驚いたような顔でこちらを見てくる。


「あれ? もしかして外に出るのはまずかった?」


「ユキ。お前は我の外見に違和感を覚えないのか……? おそらくこの世界の標準ではないだろう」


 呆れ顔でこちらを見てくるルイは、昔の貴族っぽい格好にマントという服装をしていた。しかも黒髪に赤い瞳。髪と目の色だけでも、普通に考えたらあり得ない取り合わせだった。


「……ごめん。あんまり考えてなかった」


 魔王だと思ってたから、それらを普通に感じていて違和感はなかったけれど、外に出るって考えてみると明らかにおかしいのがよくわかる。


「でも、服は一応有るといえば有るし、目はまあカラコン入れていると思えば……いや、ごめん。やっぱり無理があるわ」


 元カレが家に残していった服が有るのを思い出したけれど、すらりとした手足で長身のルイにはサイズが合うか微妙だ。しかも、ルイの赤い瞳は不思議な光沢が有って、カラコンだと言い張るにも違和感がありそうだ。

 その上ルイは、超絶美形だから尚更。普通にしてるだけで目立ちそうで、連れて歩くには向かないかもしれない。


 一緒に外に出られないとなると、今日の夕飯の予定を考え直さないといけない。流石にルイを置いて一人で食べに行くほど非道ではないよ、私は。ラーメンはテイクアウトも出来ないしね。


「でも、今日はこってりラーメンの気分だったんだよぅ。私には作れないメニューだし、食べに行くしかないからさぁ」


 それでも、こってりラーメンのテンションを引きずっていた私は、ついつい未練がましい事を言ってしまう。


「何? 食事に行くという話だったのか?」


 ルイがやや食い気味に聞いてくる。お、これは?


「うん。あれ? 言ってなかったっけ?」

「それでは仕方ないな。魔法でどうにかしよう」


 やっぱりというかなんというか、相変わらず食事には貪欲なルイは、何やら対策を取ってくれるらしい。


「魔法! 使えるんだやっぱり! 流石魔王!」


 それにしても、魔法だなんてすごい。ファンタジックな響きにワクワクしてくる。

 姿かたちを変える魔法ってところかな? どんな風になるんだろう。


「服装と目の色を変えればいいのだな?」

「うん! それで大丈夫なはず」


 本当は、その整い過ぎた顔もたいぶ目立ちそうだなと思ったけれど、まあそこはそれ。この世の中にイケメンがいないって訳じゃないしね。

 でも、こんなイケメン連れ歩いたら、ヒソヒソされるんだろうなぁ……私地味だし。

 そういえば、深く考えたことはなかったけれど、よくよく考えてみるとこんな美形と一緒に住んでるって、相当美味しいシチュエーションなんじゃないか……?

 いや、でも何もないな。私地味だし。うん。二度言うくらいには地味だし。


 そんな私の思案とは裏腹に、ルイは短く何かの呪文を唱えだした。そして、瞬く間にその姿が変わる。


「ふむ、こんなところか」


 そこには、シンプルなシャツに黒のスラックス姿で、瞳の色も黒に変わったルイがいる。

 けど、あれれ? ルイには違いないんだけど、その超絶美形っぷりが少しだけ薄らいでるような。

 いや、格好いいのは間違いないんだけどね。二度見するレベルのイケメンが、よくいるイケメンくらいに変化しているような。

 服装と瞳の色でこんなに変わるかな?


「なんか、顔が違う……?」

「目立つのは好まんからな。ついでに少し造形をいじっておいた」

「なるほど。元の顔だと、目立ちすぎてご飯どころじゃなかったかもしれないしね」


 ご飯の間も周りの人にざわざわされる。とか、そんな心配はなくなったようで一安心。ご飯はゆっくり美味しく食べたいもんね。まあ、ラーメンはゆっくり食べるとのびちゃうけど!


「じゃあ、行こっか!」

「ああ」



 意気込んで家を出て、到着しましたは、某有名チェーンのラーメン店。

 個人店もいいけど、こういうチェーン店も悪くないよね。

 あ、でも外に出られるってわかったし、いつか一緒に個人経営の居酒屋とかにも行きたいな。美味しいお店があるんだこれが。お酒の種類も豊富だしルイも気に入るはず。


「ラーメンライスふたつ。ひとつはご飯大盛でお願いします」


 席について目当てのものを注文する。こってりラーメンにご飯は欠かせないということでラーメンライスです。ルイの分のご飯は大盛にしておいた。よく食べるからねルイは。

 え? 食べすぎだって? 私はこってりラーメンを食べに来てるんだ。カロリーオーバー上等ですとも。ええ。


 待つこと数分。早速運ばれてきたラーメンを前に、手を合わせる。


「いただきまーす」

「イタダキマス」


 ルイは手を合わせた後に、ラーメンとご飯を前に少しだけ戸惑った様子でこちらをちらりと見た。どうやって食べるのかわからないらしい。


「私の真似して食べてみて」


 口頭で説明するより、実際に見て覚えてもらったほうが早いだろう。というか私が早く食べたいだけなんだけど。


 まずは、スープからひとくち。野菜のうまみと鶏ガラのこってりとした濃厚なスープが美味しい。

 次に、スープを絡めて麺をひとくちすする。


「んー、美味し」


 思わず声が出た。うん、食べたかったのはこの味だ。

 ちらりとルイの方を見ると、私を真似て同じように食べ進めることにしたらしい。器用に箸を使って麺をすすっている。

 そういえばお箸の使い方は最初から知ってたなぁ。助かるけど。


「……美味いな」


 どうやらルイもお気に召したらしい。いい笑顔だ。


「これは食べにくる価値あるでしょう!」


 つられて私も笑顔になる。こってりラーメン仲間ができたのは大変喜ばしい。

 まあ、一人でも気にせず入っちゃうけど。女一人でラーメンってちょっとむなしいからね。


 さて、麺をいい具合に食べ進めたところで、ご飯もいただこうかな。こってりスープとご飯が良く合うんだなこれが。ちょっとお行儀が悪いけど、スープに浸して食べると最高。

 レンゲでご飯をひと掬いしてそっとスープに沈める。

 そのまま口に運べば、それはもう幸せの味だ。濃厚なスープとご飯が絡み合って、何とも言えない美味しさである。

 はぁ、やっぱりこってりラーメンはラーメンライスじゃなきゃだめだわ。


 ラーメンは伸びないうちに食べるのが鉄則。という訳で、二人して無言で食べ進める。

 麺を食べ、ご飯に海苔を巻いてスープに沈めては食べ、スープをすする。

 こってりしてるけど後味はそんなにしつこくないから、どんどん食べ進められちゃうのが不思議。

 最初は勝手がわからなくて戸惑っていたルイも、自分なりの食べ方を見つけたみたいだ。ご機嫌でラーメンとご飯を食べ進めてる。


「ごちそうさまでしたー!」

「ゴチソウサマ」


 すっかり綺麗に食べ終わってぽふりと手を叩く。

 ちなみにルイはスープまで完食してました。流石だ。



「あー、最高だった!」


 お店の外に出ると、自然とそんな台詞が出てきた。

 こってりラーメンは本当に美味しかった。


 だけど、それ以上に気付いてしまったのだ。誰かとする食事ってこんなに楽しかったんだなって。

 そうだ。ルイが来たから私は一人で食事をしなくてよくなったんだ。

 一応彼氏はいたけれど、最後の方はやっぱり冷めていたんだろう。だんだんと一緒に食事することもなくなっていって、気が付いたらおひとり様が板についていた。

 1人暮らしだったから、もちろん家でのご飯も一人きり。

「美味しいね」なんて言い合いながら、誰かと食事するのは、ルイが来るまで随分と久々だったことを改めて実感する。


「ね、ルイ。ありがとう」


 そしたら何だか急にお礼を言いたくなって。ぽつりとつぶやいた。


「なんだ急に」


 そんな私を不思議そうな顔で見てくる。ルイからしてみたら、ここでお礼を言われるなんて突然すぎるだろう。


「んーん、言いたかっただけ」


 上手い言い訳も思い浮かばなくて、緩く首を振って答える。


「そうだ! またこうやって外にも食べに行こうね!」

「ああ」


 そうやって、また次の約束をして。

 一人じゃない。それってとても幸せな事なんだなと気が付いた。

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