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ジャムバタートースト

 恋人にはフラれて、仕事をクビになって、なぜか魔王を召喚してしまって。そんな激動の一日から一夜明けた今、私は割と開き直っていた。

 幸いな事に蓄えはそこそこあったし、両親が遺してくれたこの一軒家があるから、住む所には困らない。

 よく考えたら仕事は半ブラックで、ゆっくり休みも取れなかったし、羽を伸ばすつもりでしばらくはプラプラと好きな事をしてもいいんじゃないかなって。


 呼び出しちゃった魔王について言えば……常識の埒外という事で、深く考えるのをやめた。

 世界を滅ぼす事が出来る存在と、一介のアラサーニート。どうあがいたって太刀打ちできるはずもない。

 それに、今のところ求められているものが食事と寝床という単純なものでもあったから、それだけなら何とかなるのではという気持ちが湧いている。

 部屋もちょうど余ってたし、料理は嫌いじゃないしね。



 でも流石に気になる事が一つだけあって、それだけは魔王に聞いておいた。


「ねぇ、ちょっと聞いてもいい?」

「ん? なんだ?」

「何で食事を対価に呼ばれてるの?」


 問題はそこだ。その答えによってはちょっと不味い気がする。

 例えば異国の食事を食べることでパワーアップする! とかだとヤバい。今でさえ結構な脅威度がありそうな魔王をさらに強くしちゃったら、私ってばかなりの大罪人になりそうだなーって。


「祖国の食事が不味いからだ。我はグルメでな」

「つまり、美味しいご飯が食べたくて召喚されてると」

「端的に言えばそうなる。この世界の食事が今までで一番だったぞ」


 返ってきたのは、思った以上に切実でくだらない理由だった。グルメな魔王様の舌に昨日の庶民カレーがヒットしたと。ずいぶん安い舌だな、おい。


「そっか……魔王も大変だったんだね」


 あのカレーが一番って。今までの魔王の食生活が、相当ひどい物だったということが窺える。

 呼ばれた先でもっとマシな食事出すところ無かったのかな? それとも、食事を対価に呼ばれる魔王なんて胡散臭くて呼ばれてないだけ?

 まあでも、やっぱり美味しいご飯って偉大だよね。私も半ブラックながらに、いや半ブラックだったからこそかな? 食事だけは美味しいもの食べたくて頑張ってたし。


「じゃあ、朝ごはんにしようか。簡単なものだけど」

「何を作るのだ?」


 朝ごはんにそんなに時間もかけてられないから、いつもはトースト1枚で済ませていた。

 今日は時間はたっぷりあるけれど、いい感じの食材がないから、やっぱりトーストしかできなさそうだ。

 その代わり手作りのいちごジャムがあるから、これを好きなだけ乗せるって事で許してもらおう。


「トーストだよ。ただしバターとジャムたっぷりのやつ!」


 私が台所に向かうと、魔王はちゃぶ台の方に向かって歩き出す。

 手伝ってくれる気は無し、と。いや、簡単だから別に手伝いとかいらないけど。「手伝おうか?」とか聞きもしないし、こういうところはやっぱり王様だよなあ。


 食パンを二枚トースターに乗せて、飲み物を作るためにお湯を沸かす。

 ジャムトーストならコーヒーより紅茶がいいかな。戸棚から茶葉を取り出してポットに入れる。

 それとパンを焼いている間にバターとジャムは先に食卓に出しておこう。



「はい、どうぞ。バターとジャムは好きに使ってね」


 トーストが程よく焼けたところで紅茶と一緒に食卓へ。


「ああ、イタダキマス」

「はい。いただきます」


 ぽんと手を叩いて一緒に食前の挨拶。これだけは律儀だ。


 さて、まずはトーストにバターだけを塗って一口。サクふわのトーストに薄しょっぱいバターの味がたまらない。

 パンはパン屋さんでこだわりの食パンを買ってるから、これだけでも十分に美味しいんだよね。

 そこに、ジャムをたっぷり乗せてからもう一口。バターの塩気と甘いジャムのコンビネーションがたまらない。


「んー。美味し」


 手作りのジャムは、いちごの形をなるべく残す形で作ってあって、コンフィチュール風のやつだ。

 これだけで市販のジャムとはちょっと違って食べ応えがあるし、更にそれを好きなだけパンの上に載せられるのが手作りのいいところ。


「これは……美味いな」


 真似るように食べていた魔王がぽつりとつぶやく。


「でしょう! トーストだけだけど、このジャムのおかげでごちそう朝ごはんだと思うね私は」


 思わず力説してしまう。ジャムバタートーストって単純だけどなんて美味しいんだろう。

 それに朝は甘いもをたっぷり食べても罪悪感が薄いのもいいよね。


「まずこのパンが柔らかくて美味だ」


 パンの食感が気に入ったのか、トーストをかじりながら目を細める魔王。

 私は紅茶を一口飲んで、もう一度トーストのバターだけを塗った部分をかじる。個人的にバターだけとジャムバターの部分を交互に食べるのが好きだ。

 薄しょっぱいのも甘じょっぱいのもどっちも捨てがたいんだよね。

 魔王が言うように土台のパンが美味しいからこそだけどね。そこはパン屋さん様々です。



 魔王? 魔王は遠慮なくたっぷりジャムを乗せたトーストをぱくぱくと食べ進めてますよ。


「それに、このジャムというのも甘くていい」


 甘いものが好きなのか、ジャムを乗せながらうんうんと頷いている。そこまで気に入ってくれて何よりです。


「ふぅ、ごちそうさまでした」

「ゴチソウサマデシタ」


 食後もぎこちなく挨拶を真似てくる。素直だ。

 結局、魔王はトーストをお代わりして、二枚目もぺろりと平らげていた。

 昨日もお代わりしていたけど、よく食べるな魔王。本人も言ってたけど、本当に食に飢えてたんだろうなぁと思ってしまう。


「ホントよく食べるね。魔王」

「なあ、その魔王という呼び方はやめないか。我にも一応名はある」


 不意にそんな事を言われて少し驚いた。魔王は魔王って感じだったからいまいちピンとこない。というか。


「あ、名前で呼んでもいいんだ」


 そう、名前で呼ぶ事を許して貰えるとはと思わなかったのだ。


「急にフランクな口調になっておいて今更だな」

「それは、どうせ一緒に暮らすならって思ったんだけど……。かしこまった口調の方が良かった?」


 確かに口調は砕けたものにしていた。ちょっとだけ怒られるかなとも思ったけど、別に何も言われなかった。一緒に暮らす相手に敬語って息が詰まるし、できればこのままがいい。

 後は、すごい魔王なのはわかってはいても、食事を対価に呼ばれちゃうってところになんか親近感が湧いてしまっていたのだ。食いしん坊だからね、私も。


「別に構わん」

「てか、そんなに簡単に名前で呼ばせていい物なの?」


 そこは気になるところである。よくわかんないけど、名前に縛られる。みたいなやつとかファンタジーでは割とお決まりだし。そもそも魔王だよ? 魔王。そんな偉い人をホイホイ名前で呼しまっていいんだろうか。


「真名でなければ問題はないだろう。そうだな、この世界の言語に合わせるなら……ルイだな。ルイと呼ぶがいい」


 なるほど。呼んではいけない名前もあるらしい。そして、一応呼びやすい名前を考えてくれるみたいだ。てか、考えるほど沢山の名前あるんだ。流石魔王。


「ルイね。わかった」

「で、お前の名は?」


 そこで、私も名乗っていなかったことにやっと気が付く。


「私? 私はユキだよ。今まで通りお前でもいいし、好きに呼んで」


 ま、私の名前なんて割とどうでもいい情報だと思いますけどね。一応教えておこう。


「ああ、よろしくユキ」


 私の名前を呼びながらふっとルイが笑う。

 そのキラキラしい笑顔に私は思わず固まってしまった。美形の笑顔って破壊力がすごい。

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