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プロローグ

 ――その日の私は本当にどうかしていたとしか思えない。


 いつもと違う帰り道。どこか骨董屋めいた古書店に、引き寄せられるかのようにふらりと立ち寄って、そこで手に取った一冊の本。

 赤黒い表紙に金色の五芒星。無駄に重厚でゴシックな装丁のそれ。

 普段だったら目に留める事すらないようなその本を手に取った挙句、何ちをとち狂ったかレジまで運んでお買い上げ。

 その時点でまずおかしい。どうにかしていたのだ。


 でも、ここまでならまだ常識の範囲内と言えたかもしれない。結果として家に一冊怪しい本が増えただけだ。

 それなのに、残念ながらどうにかしている私の行動はここでは止まってくれなかった。

 全く知らない異国の言葉で書かれたその本をぺらぺらと眺め、ある頁に記された魔方陣を家の庭に木の棒で描きはじめていた。


 本当はわかっていた。それがただの八つ当たりだってこと。

 上司の責任を押し付けられる形で謂れのない罪で会社をクビになって。ついでに同僚だった恋人にもフラれて。

 順風満帆だと思っていた人生から急転直下。職もなければ恋人もいない。そんな三十路過ぎの女に成り下がった自分が惨めで、悔しくて。自棄を起こしただけ。

 ぽた、ぽたと地面に落ちていく雫を無視しながら、一心不乱に図形をなぞっていく。

 行き場のないやるせなさが渦巻いていて。黒魔術だとか。召喚の陣だとか。今どき十代の学生でも信じないような馬鹿馬鹿しいことをしてみようだなんて思ったのだ。


 それだけだったのに。

 その魔方陣は”繋がって”しまった。


 図形を描き終わり、木の棒で地面をトンと叩いた瞬間に突然溢れ出した光。


「うそ、でしょ……」


 あり得ない。あり得るはずがない。

 確かにその本を魔導書だと思った。描いたのは召喚の魔方陣だった気もしている。

 そんなオカルトな感覚を覚えた時点で、自分の感性を疑うべきなのかもしれないが、この際それは置いておいて。

 上手くいかないならいっそ全部消してしまおうなんて、バカみたいな事を考えてはいたけれど……それは何も起こらずに一人で乾いた笑いを上げるような、そんな他愛のない遊びだったはずだったのに。


 どうしようもないほど、どうしようもなく感覚でわかってしまった。


 そこに現れた漆黒の髪と紅い瞳のぞっとするような美貌。

 自分はこの魔方陣で「魔王」を呼び出してしまったという事を。

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