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第七話「屋上の対決」

玄田と光輝がパラシュートで敵基地屋上バルコニーへ降り立った。

「見張りの敵はいないようですね」と光輝。

「油断はできんぞ」と玄田。

バルコニーには階段がついており、屋上のヘリポートへ上がれるようになっている。また、その階段のすこし離れた横に、内部へ通じるドアがあった。他に、清掃用と思われる水道とホースもある。

「中へ……入りましょうか」

離れたドアに向い、神妙な顔つきになる光輝。

「油断はするなよ」

冷静、冷徹な表情でもう一度、玄田は釘をさすように言った。


ぎぃ……


鉄製のドアが開く。同じ金属でできているだろうドアノブに手をかけている光輝の額に、汗が一筋。開けた途端になにが起きるか、色々と想像がつくからだ。警報、銃撃、奇襲、爆破装置。一瞬の油断が軽く死を招く。

(なにかおきる筈だ……)


ばちぃっ

「うっ」

ノブを握る手に、鋭い痛みが走る。熱いような、息が止まるような一瞬の痛み。思わず手を離して飛び退いた。

「なっ、なん、なん、だ!?」

呂律が回らない。舌が痺れてまともに動かないようになった。

玄田は、そんな光輝を見て、ドアに対し身構える。

「誰だ」

「……」

確かに人の気配はする。しかし、何も言葉を発しない。

「通して貰うぞ」

玄田が拳を握る。玄田は巨漢だった。それに見合って、手も大きい。ぎゅ……と音をたてるその手の周囲の、大気までも共に凝縮したようだった。

「すっ」光輝の口から、意味をなさない呼気が漏れる。それと同時に、玄田の重い拳がドアへと飛んだ。


ぐわっ


大仰な音をたて、ドアが大きく凹む。玄田が殴った箇所を中心に、焼き魚のように反った。ドアを留めていた金具はほとんど折れ、ドア自体もゆっくりと傾いていく。


「すごい、さすが大佐!」

ドアに多少の注意を払いつつ、玄田を賞賛する光輝。彼は玄田の力強さを尊敬しており、憧れている。そのためか、事あるごとに玄田を褒める。だが、この時の玄田は応えなかった。ドアにパンチしたそのままのポーズをとる。それだけだった。

「大佐?」

疑問符を浮かべる光輝に、玄田はぼそりと呟くだけだった。

「ま、か……せ、る」

「えっ」


大きな音だった。とつぜん、おおきなおとがひびいた。

「なっ!?」

光輝が玄田からドアへ目をやる。ドアの向こう側から音がしたと感じたからだ。


ドアが宙を舞い、光輝のすぐ後ろへ落ちたのである。


「甘いものだ」

ドアのあったその場所、もとは『ドアの向こう側』と呼んでいたその場所に、男が一人。

「だ、だれだっ」

その男は、迷彩柄のランニングシャツとズボン、黒い長靴にリストバンドという、昔の戦争屋のような格好だった。痩せつつもいかつさを醸す、眉毛のない顔に、角柱状に伸ばされた金髪。何かの危なさを感じさせる。

そんな男に対し、光輝が身構える。右手で、いつでも銃が持てるようにスタンバイした。

「いつでも銃がもてる、か」

「っ?」

男――本城ほんじょう英明ひであき大佐は、どこかがっかりしているように見えた。あきらかにやる気をなくし、あくびのようにもとれる吐息を噴出す。

「軍人というものは銃を持つ訓練でなく、引き金を引く訓練をするものだ」

本城の後方――ドアがなくなったため見えたのだが、もう二人の人物がいるのが見えた。

「あっ」

声がでた。影に隠されながらも、太陽光でかろうじて見えるその姿。一人の男と、もう一人その横に、少女―――ハルが立っている。

「は、るっ」

かろうじてその名を呼ぶ、パンチのポーズのまま体の動かない玄田。ぴくりぴくりと、痙攣するように、指先や顔が動いた。

思わず玄田に振り向く光輝。

「大佐? いったい、どうしたんですか!?」

光輝の浮かべた疑問符に対し、本城は目を光らせる。

「小僧、その貴様が立っている床、何でできているかわかるか?」

「なに?」

本城は室内にいたままひざまずくようにすわり、そっと、手だけをバルコニーの床に伸ばす。緩やかな動きでありながら、光輝から余裕を奪い去る動きだった。その動きが何を意味するのか、光輝の集中力のすべてが本城へと向いていた。


「とべっ」


玄田が叫んだ。同時に、玄田の図太い腕が光輝に向かって振るわれて、光輝の体を上空へ押し上げた。光輝は、砲丸投げで投げられた砲丸のようにぐいっと持ち上がり、上から玄田たちを見下ろした。立っていた足元――床は、銅色をしている。というより、本物の銅だったことが、初めてわかった。本城がそれに触れていることも、わかる。

その、本城に触れられているあたりが、真っ白く光っているのだ。

「これは!」

「ぐああああああああああっ!」

電気だ。本城の手から、電気が発せられ、床の銅板を伝わり、玄田の体内に轟いたのだ。先ほどのドアは、鉄でできていた。金属製のノブに触れたときや玄田がパンチしたとき、ドアには本城の電流が流れていたのだろう。もともと電流が流れていたとも思われるが、美奈はそう言っていなかった。彼女の情報は非常に正確だ。なぜなら、それが彼女の『能力』である。意識をネットワーク上へ流し込み、この世で電子化されているあらゆる『情報』を彼女のものとすることができる。そんな美奈の能力に限って、間違いや漏れが起きるとは思えない。やはり、本城の『能力』なのだ。


「手に触れたものに電流を流す能力……か!」

着地と同時に言った。玄田を後ろから抱え、どうにか後ろまで下がらせておく。

「あたりだ」

光輝を笑うように答える本城。実際に、その顔は緩んでいた。そして、もう一言。

「とろけるなぁ」

「なにっ」

光輝の顔が、こわばった。

「甘いと言ったのだよ」

敵陣で、しかも敵のリーダーを前にして、味方を助けようとする行為を、本城は甘いといった。明らかな隙ができる自殺行為である。戦場においては、仲間を見捨てでも自分が生き残ることが、常識であり美徳である。

本城が立ち上がった。

「余計な感情も、相手に考える時間を与えるおしゃべりも、戦場には不要だ」

「うぅ」

玄田が呻く。

「だが、余計な感情も時には介入可能。このように、大きな余裕があるときだ」

「そういうことだ、侵入者」

ハルを捕らえている、もう一人の男が初めて口を開いた。本城にハルを渡し、光輝の目の前に現れる。よく日焼けした褐色の肌に、自信たっぷりの顔つき。顔を含め、192センチの全身が、硬い筋肉に覆われている。

拳を固めて顔の前に並べた。ボクシングの構えだ。

「格闘技をやるのか」光輝がつぶやく。

「格闘技をやるのさ。ボクシングだ」男――斉木さいき隆文たかふみが答えた。間髪いれず前に出て、素早く左拳を突き出す。ジャブだ。

「づぁっ」

当たった。身長の高い斉木の攻撃は、平均よりかなり低い身長の光輝では避けられない。ましてや、ボクシング素人の光輝には、避ける間もない素早い一撃。2発、3発と、上方から顔面に向かってくるジャブ。手を上にあげてガードしようとすれば、腹を打たれてしまう。敵の攻撃を、どうする事もできずに喰らい続けた。

「うぐはぁ……っ」

「消えナ、ボーヤ」

最後に、左アッパーが入った。顎だ。下顎の歯が、上顎にぶつかって、かちんと音がした。その音が聞こえたか聞こえないかのうちに、光輝の意識は消えていた。


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