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第三話「軍属」

       1


「力を貸してくれるのだな、瀬辻 翔」

応接間へもどり、玄田の元へ来た翔は、既に軍に入る決意をしていた。すべては、敵軍から、記憶を無くした少女―――ハルを守る為。玄田はその旨を聞き、頷いた。

「ならば、優先条件はそれでよかろう」

「優先条件?」

現在の法律では、昔のような、軍の勝手で市民を招集するやり方はとうに廃止されている。そして、今、軍に入る条件は2種類のものがある。その一つはスカウト制、もう一つが志願制。翔は、玄田にスカウトされてここへ来たため、前者に入る。その場合、軍からの見返りとして、任務中であってもその兵士の都合を優先できる権利を渡される。

「軍に入れられる交換条件みたいなモンだよ」

玄田と向き合う形でソファーに座る翔とハルのその後ろで、立っていた遠也が言った。

「ハル、と名乗るようになったその子は、客人として軍部へと迎え入れる。彼女に何かがあったときは、翔が守る。それで良いな?」

表情を変えず、玄田が言う。サングラスの下で、視線だけが翔に向いているように見える。そうだと感じ取った翔は、びくっと震えて緊張した面持ちで問いに答えた。

「は、はい。それでいいです。ね、ハル」

玄田の視線が左にいるハルへと移った。ハルもそれを感じ取ったか、同じように緊張した感じで、慌てるように言った。

「は、はい! 私もそれで!」

それから玄田の視線の向きが、翔達からはわからなくなった。しばしの間、岩のように動かなくなってから、ゆっくりと岩戸が開くように玄田の唇が動いた。

「うむ。ならば、今から翔は私の部下として働いて貰おう。必要な荷物があるならば、今から家にとってくるが良い。その後、私の小隊基地へと来てもらう。暫くは帰ることは出来んぞ」

「えっ、あ、は、はい」

しばらく家には帰ることが出来ない? どきりとした。

疑問に似たものが湧き上がる。自分は家から軍部に通うことでも考えていたのだろうか?

甘かったのだろうか。今の生活が阻害されるような事があると、微塵も感じていない自分にショックだった。

「翔……」

「! な、なに?」

ハルの、紫陽花のような目が自分に向く。ハルが話し掛けてきて、翔は慌てて左を向いた。


「よろしくね」

ハルが微笑んだ。

「うん、よろしく。ハル」

そうだ、いいんだ、始まりは何でも。ぼくは彼女を守りたい、そう思ったんだ。



そうして、翔、ハル、遠也は一度、翔の家に戻り、軍用―――と言っても一般的な大型車にだが、荷物を運び込んだ。多少は広い部屋だと言うので、着がえや生活用品、貯金のほかに本棚や電子レンジ、パソコンを持っていくことにした。


「さて、ここが私の小隊基地だ」

自宅から1時間半、荷物を運ぶ車はそれほど乗り心地が良くなく、舗装されていない山道でガタガタ揺れていた。もう少し乗る人の事も考えて欲しいなと、翔は腰をさすりながら車から降りると、そこは隔離されたような、自然の中だった。砂地があり、川があり、近くには林がある。そしてその中心地のようなところに、学校の校舎を小型化したような形の、黒い建物があった。

「これが……」

翔は呟いた。中へ入ると、一本道の廊下の左右の壁に、いくつかドアがついている。兵士用の個室だ。

「物置として使っている部屋もあるため、人の住める部屋は一つしか空いていない。ハルには、女性オペレーターが使っている部屋に共同で暮らして貰う事になる」

「わ、わかりました」

最も奥の部屋へ歩を進めながら案内する玄田。翔や遠也の部屋の場所、食堂、便所、風呂と、共同アパートのような生活空間だった。そして、奥の部屋、軍事会議室に着いた。


「はっじめまして〜、新人く〜ん☆」

ドアを開けると、突然緑色の髪の女性が出迎えてきた。いや、女性と言うにはまだ幼い顔立ちが残っている。美しさと可愛さを併せ持ったような人だった。そのふわりとやわらかい髪は、右側に一房だけ赤いリボンでまとめられていて、左側は、緩やかに曲線を描いている。それは、飛び跳ねるような動きにあわせて、綿菓子のようにふわふわと舞った。

人懐こい笑顔に、身につけている水色のTシャツと青いジーンズに与えられた曲線からわかる、豊なプロポーション。翔は一発でその女性に見とれ、それに感づいたハルに、足を踏まれた。

「うっ!?」

「バカ」

足から勢い良く湧き上がる痛みに顔をしかめ、何で踏まれたんだと、訳もわからず眉を吊り下げる翔。そんな翔からそっぽを向いて、顔を膨らすハル。


この女性の名前は、高橋美奈たかはし みなといった。ハルと同室で暮らす事になる、オペレーターだった。

「へへっ」遠也が吹いた。そして、翔の耳元に囁く。

「な、翔、おれがここにいる理由がわかるだろ?」

「え? そーなの?」


翔とハルが席に座ると、美奈がこれからの説明に入った。玄田は部屋の後ろに立ち、遠也は仕事で、自分の部屋へ戻った。

「さて、それでは軍部説明にはいりま〜す☆ よろしくねっ♪」

「よ、よろしく……」

翔とハルは長方形の机につ。にこにことした表情で、美奈がその前に立って、ホワイトボードに飛び跳ねるように字を書き始める。


『忠義』


ホワイトボードに、力強く黒い字が書かれる。美奈はそれをやや重い口調で、読んだ。

「ちゅうぎ。さ、続けて」

翔とハルは促され、同様にそれを読んだ。

「忠義!」

言うや否や、その字を消す美奈。

「で、まず、軍に入ると、階級と役職が与えられるわけ」

「えっ、今の、忠義って……?」

「あ、別に関係ないよん☆」

方目を閉じてウインクし、ぺろん、と、イチゴのように赤く小さく、ゼリーのようにやわらかそうな舌を出す。

「なんなんですか……」

なにか熱のこもった演説が来ると身構えたのだが、単なる美奈のお遊び。翔はがくぅっ、と肩を落とす。


「で、階級ね」美奈が説明に戻る。

軍に入った兵士は、まず階級1で入る。最高は30の最高司令官まであり、同じ役職でも階級の違いで上下関係が生まれる。時には、隊長が別部隊の隊員より階級が低い事もある。

通常は、一般兵が1〜5、一副隊長が6〜8、部隊長が9〜15。指揮官や参謀等が16〜21で、敬称としてそれぞれ少尉〜大佐までの称号が与えられる。大佐から一つ上がって階級22になると准将となり、副司令官、司令官となる、そこから2つ上がるごとに少将、中将、大将、元帥と呼ばれるようになるという。玄田は現場指揮官ではあるものの、階級21で大佐であり、遠也は入隊して間もないので翔と同じく階級1である。


「ちなみに私は階級3.5だよ。隊員の中じゃけっこー偉いんだから」胸をはる美奈。

「そ、そうなんですか……」

「こら、私語は慎みなさい!」

「ご、ごめんなさい!」

階級が高いと聞いたためか、翔は、美奈の顔は口調とは裏腹にやさしかったのだが、ついつい過敏に反応してしまった。


「あと、翔君の役職は、戦闘隊員って事になってるわね」

「戦闘隊員……」

「ここは前線に近いので、君を入れて6人の軍人の、4人が戦闘隊員だ。残りは医療・給仕係と、オペレーターである美奈だ」

玄田が補足するように説明した。美奈は、頬をふくらせる。

「あ〜、大佐ぁ、ずるいですよぉ、私が全部言うはずだったのにぃ!」


そうしてその他の説明も終わり、翔は自分の新しい部屋へと入ってみた。

一本道の廊下の、それぞれの壁に扉がいくつかあり、それぞれに部屋の名称がついている。

右側の壁にはそれぞれ手前から、『玄田生道』と、木製の立派な表札のついた扉に、『mina‘s room』と洒落た文字で書かれた、綺麗な青い金属製のプレートが張り付けられた扉、『十蔵寺』と書かれたプレートの張り付けられた扉に、そして医務室、風呂、食堂、物置のドアがある。左側の壁には、手前から、通路と表札の着いたドアやトイレのドア、『神戸 遠也』とネームプレートのついた扉、パソコンで書いた字で『北条』と書かれた紙が張ってある扉、そして物置のドアが三つあって、その物置の最も奥、基地の入り口の手前が翔の部屋となっていた。


「これか」

翔は先ほどもらっていた鍵で、ドアを開けた。


がちゃ


ドアを開け部屋に入り、中を見回す。

「へえぇ……」

この部屋の床は板張りで、壁は薄い緑色の壁紙が張られている。部屋の片隅には、着替えを入れる小タンスや簡易な造りのデスク。その上に、すでに運び込まれた自分の荷物が置かれていた。もっとも、本棚はデスクの横に置かれていたが。その中には、翔の私物である漫画や教科書に、『肉まんのすべて』などの肉まんの本が並び、そして、その線対称の一角に、折りたたみ式のベッドもたたんだ状態で、有った。

「あ、布団も持ってくればよかったな」

頭をかきながら、ベッドを広げる。ギリギリで翔が横たわれるスペースで、多少は窮屈しそうだった。

「さてと、ハルはどうしてるかな」


       2

美奈の部屋に寝泊りする事になったハルは、部屋のソファに向かい合って座りながら、少女趣味なベッドや飾りつけ、花などが飾ってある内装を見回し、自分もこんな部屋に住んでいたんだろうかと考えながら、美奈に自分の身の上を説明していた。

「んで、ハルちゃんは記憶が無かったって訳」

「そうなんです……」

日常生活に必要なことは大概憶えているつもりだが、自分が何者でどこから来たのか、全く覚えていない。しかも、事によれば自分はテロ行為を画策する、残酷な一国の王女である可能性まである。

話をしながらハルは、気がつけば、胸のペンダントを手に持っていた。電気の光に照らされて、ぼや〜〜っと、妖しく光を反射した。その光に顔を照らされ、ハルの顔になにか嫌なものが張り付いたようだった。

「でも、翔が言ってくれたんです。私がどんな人間だったとしても、友達だからって」

ハルが笑った。顔を照らしていたペンダントの妖しい光が、ほとんどどこかへと消えてしまった。

「だから私、翔についていくことに……決めたんです」

ペンダントを握り締める。それと同時に、残っていたペンダントの光が完全に消え、それの影にかくされていたハルの目の輝きが蘇る。その瞳には、力強いものがあった。


美奈は真面目な顔で腕組みをして、2、3度頷いてから言った。

「本当に……いいの?」

「え? なにがですか?」

美奈の目は厳しかった。睨みつけるようにハルを見つめる。

「……っ」

背中に、涼しいものが通り抜ける。

美奈の口が、重く開く。


「本当に、『友達』のままでいいわけ?」

「……?」

「それから先に……進まないの? 友達以上の存在に」

「え、ええええええええええ!? な、なに言ってるんですか!」

真っ赤になって立ちあがるハル。急に、女の子らしい質問をされたのだ。

美奈の顔から先ほどの表情が、嘘のように消え、ぱくぁ……っと開いた口と、虹の掛け橋のように細く形作られた瞼が現れた。

「ね〜ね〜、ど〜なの〜♪」

しどろもどろになるハルに対し、覗き込むようにして、次第に赤くなっていくハルの顔を楽しむ美奈。

「ハルちゃんかわい〜☆」

「え、え、そ、そんな! そ、その、別に、翔とは、そんな関係じゃありませんからっ」

ようやく口から言葉が出るとその頃には、顔はトマトかリンゴのように真っ赤になっていた。

美奈は一瞬口を尖らせ、ニコッと笑って腕組みする。

「へぇ〜、そ〜なんだ、そりゃ面白いわ!」

「お、面白って、なんですかそれぇ!」

「そりゃきまってるでしょ、二人のこ・ん・ご」

人差し指を唇に当て、強調するかのように指を振った。

「や、やめてくださいっ!」

今にも泣きそうな顔になるハル。その姿を見て、より面白がる美奈だった。


そこに、ドアをノックする音がする。

「翔です」

それ聞き、にや〜〜〜っと笑う美奈と、真っ赤に顔を染めるハル。

「あ、ど〜ぞ〜♪ ほら、翔くん来たよ☆」

「え、い、いや、ちょっと、待って!」

崩れた顔を翔に見られたくはない。ハルは慌てて自分の表情を元に戻そうとしたが、翔がドアを開けて部屋に入ってくるまでに戻るのは不可能だった。翔は美奈に挨拶して、すぐにハルの異変に気づく。

「どうも、美奈先輩。あれ、どうしたのハル?」

「な、なんでもないわよ翔のバカッ!」

「え、ええぇ? な、なにが?」

あわてる翔に、そっぽ向くハル。美奈はそんな二人を見て、一人でくすくす笑っていた。



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