第二話「秋の日に咲いた春」
男の名は玄田生道といった。三人の黒服男を捕らえたあと、翔の家のダイニングルームにて、玄田は翔や少女に事情を話し始める。
「奴らは、西日本の軍人なのだ」
「西日本の?」
東と西に分かれた現在の日本。西日本は大阪を首都とし、王制を採っている。そのためか防衛のための軍がかなり強化されているという事は知っていたが、なぜこの家にその軍人がやってきたのか。
「実は……今、東と西の日本に、戦争がおきているのだ」
「えっ」
「!」
玄田は唐突にとんでもないことを切り出した。翔も、少女も、驚いた。ただ、少女は、どこか翔と反応の仕方が違っていた。
「戦・・・そう・・・」
翔は、玄田の言った事を繰り返すように、呟いた。
「うむ、奴等西日本は、東日本を侵略するため、テロ行為を画策しているのだ。それを阻止するため、我ら東軍はもう50年も戦っている」
「そんな!ありえないよそんなこと!」
東日本と西日本は、これまで友好な道を歩いてきたと、ずっと学校で教えられてきた。それが50年も前から戦争状態になっていたということなど、信じられなかった。
「たしかに、両国は友好的だ。一般市民同士でならばの話だがな」
「一般人って、どういう……」呆然とした顔で、呻くように呟く翔。
「シークレットウォー」
「え?」少女が紡いだ言葉に、思わずその横顔を振り返る翔。
「うむ、その言い方が正しい。この戦争は秘密裏に行なわれている。強制徴兵できない今、余計な混乱は避けたいからな」
2713年、両国で戦争放棄の憲法が廃止された。当時、世界的に戦争が絶えなかった為、自己防衛のために、戦争を放棄する事が困難になったのだ。実際、両国で協力して、沖縄を侵略しようとした敵軍を追い払った事もある。その時すでに、かつてのような強制的な徴兵制度は廃止されていた。その為、戦争を秘密裏に進められる場合は、余計な混乱――戦争反対を掲げる者達からの批判などを招かぬように、既にいる軍人だけで戦争を行なったほうが、都合がいい。
「そんなことって―――」
翔は否定しようと立ち上がりかけたが、朝のことを思い出し、がっくりとうなだれ座り直した。しかし、すぐにはっと顔を上げる。
「でも、一体なぜ彼女を?」少女の方を見て言った。
「……」少女は、翔の言った事を気づいていないかのように黙ったままで、表情もどこか暗かった。
「?」
玄田は、真面目な表情をさらに真面目にして、翔に向かって言った。
「彼女の事についてはわからない。しかし、君は我々と共に戦える力がある」
「え? 僕が?」
「うむ、君には奴らと戦えるだけの力がある」
予想もしなかったところに話が飛んだ。目を丸くする翔に対し、玄田の顔は自身と希望にあふれた、力強い表情をしている。サングラスで見えないその目が、光り輝いているように見えた。しかし、何のことか全くわからない。
「その力って?」
翔が聞くと、玄田はさっと立ち上がり、背を向けた。
「ついて来るがいい。これからの話は、ここですることが出来ん」
状況の変化の早さについていけない。翔は困ったような顔をして横を向くと、少女も同じ様な顔をしていた。
玄田につれられ、翔達は近くの駐車場まで歩いた。翔の住む町は家が密集しているため一軒一軒が狭く、車を持つほとんどの家がこの駐車場を利用していた。翔に見覚えのない黒塗りの高級そうな車がそこに停まっていて、それが玄田の車だった。
3人が車に乗り込む。運転席にはにまじめな顔をした、黒スーツの男が一人座ってハンドルを握っていた。玄田が翔の家に来た時からこの時まで、ずっと同じ顔をして待っていたように思えた。
「たのむ」
「はい」
玄田が一言かけると、男は軽くアクセルを踏む。車のエンジン音がなり、車はすぐに目的の場所へ向かっていった。
「どうなっちゃうんだろうなぁ」
翔が一言出した。だが、黒スーツの男はともかく、玄田も、少女も、何も答えなかった。翔は一汗たらして、黙りこくった。
玄田につれてこられた先は、東日本自衛軍のある拠点だった。
「軍……」
翔と、少女はそろって巨大な建物を見上げ、固唾を飲んだ。
「とりあえず、ここの応接間まで来て貰おう」
基地の中は全体が銀色かグレーだった。アニメや漫画で見るような、格好つけた子供に受けるための装飾は一切存在せず、ただ任務をこなすために最適な間取りの廊下が広がっていた。
「あ、大佐、おかえんなさい」
応接間に向かう途中、とあるドアが自動で開き、一人の少年が姿を現した。背格好は翔と同じくらい。そこそこのルックスで、黄色い髪に水色のYシャツ、白いズボンをはいている爽やかな感じの少年だった。
「あれっ遠也!?」
翔がその顔を見て驚いた。
「翔! 翔じゃん!」
その少年の名は神戸遠也。翔のクラスメートであった。
「なんでお前がこんなところに」
「そりゃこっちの台詞だぜ、翔がこんなとこに、しかもこんなカワイコちゃんつれてるなんてさ」
クラスのムードメーカー的存在である彼は、翔ともよく話していた。たまに死語を混ぜる節があるが、クラスの誰とでも仲良くなれる性格だった。
「……」
だが少女は、遠也をお気に召さなかった様子。翔の後ろに隠れ、冷ややかな視線を送った。それでも、遠也は笑いながら受け流す。
「わ、傷つくぅ」
このような事も何度かあったらしく、そういう相手とは時間をおいて分かり合う、というのが彼の持論。実際、翔ともそれで仲良くなった。
「遠也、知り合いか」
暫く様子を見ていた玄田が、一歩踏み出して彰に尋ねる。遠也は翔がクラスメートだという事を伝えた。
「ならば一緒に応接間まで来い。お前がいたほうが説明し易い」
「えっ、いや俺、今から資料の整理が……」
「後にしろ」
「え」
思わず無機質な声が飛び出た。ここにいるということは、何か仕事があるからで、遠也は書類の整理を始めたばかりだという。
しかし、玄田はそれを後にしろという。遠也は呆然とした顔を、多少あせった顔に直した。
「でもそれだと終わら……」
言いながら遠也は出てきた扉を振り返ると、中に遠くからでも分かるほど、机の上に書類が山積みになっていた。
一人でこなせる量を超えていると、一目で分かるのだが――
「後にしろ」無情な言葉が遮った。
「でも……」
「後にしろ」
食い下がろうとしても、やはり遮られる。
「い……」
「後にしろ」
「――」
「……はい」
遠也の返事を聞くと同時に玄田は、再び歩き出していた。遠也は俯き、視線だけを玄田の背中に合わせ、ブツブツと小声で文句を言っているようだった。
「でも遠也、なんで軍の施設になんか……」
「いや、それがさ……」
遠也が語り始めたときには、すでに応接間まで着いていた。中に入ると、そこは豪邸の一室のようだった。高そうな絵、高そうなカーペット、高そうなソファー、高そうなテーブル。天井には小型のシャンデリアまで吊るしてあった。
「時に政府高官も来るのでな、贅沢をしてある」
そう言いながら、玄田は3人がソファーに座る事を指示するように手振りで示した。合成皮や一般にありそうなソファーとは違う素人でも分かるほど豪華なものだった。
「どうした」
あまりの豪華さに座るのを躊躇う翔に、玄田は早く座るように促す。恐る恐る翔と少女は同じソファーに座り、翔の向かいに玄田が、その隣に遠也が座った。
全員にコーヒーが配られ、客室係の女性が部屋を出て行くと、玄田が話を始めた。
「私が君をスカウトしにやってきた理由は、君に特殊な能力があるからだ」
「特殊能力? 僕は普通の高校生ですが……」
ふと思ったのは、漫画やテレビ番組などにある、火を操る能力や瞬間移動に、世界制服を企む悪党と戦う五色カラーのヒーロー戦士。しかし、それは創られた夢物語で、特殊な能力など、翔には無い。棒術、空手、投げナイフと、通信教育でほんの少し覚えた技術があるくらいだ。成績は、中の上以下であることが多い。得意科目は体育に物理と、日本史。その為、日本で戦争が秘密裏におきているという、自分が勉強してきたことと違う事実があるということに対するショックが大きかった。
「正確に言うと、君はつい先ほどその能力が開花し始めたのだ」
「先ほど?」
玄田は、ポケットから煙草の箱を取り出した。中身は入っていない。それをテーブルの上におき、掌を前にむけた。
「見ていなさい」
玄田が力をこめると、掌から、ピンポン玉大の、紫色のような黒色のような、あるいはそれが混ざったかのような色の、光の玉が現れた。そしてその球体は、煙草の箱の真上にまで浮かびあがった。
「なに……コレ……」
少女が目を丸くしていった。翔は、少女がいったことに気づかなかったように、何も言わずにその光景を見ていた。
くしゃっ
煙草の箱が、音を立てて一瞬で潰れた。
「えっ」
「な、なに?」
翔と、少女が同時に言った。手品を見ているような気分だった。そんな二人に、玄田が再び口を開く。
「重力操作……これが私の能力だ」
2300年代終期―――日本の地下深くで、特殊な植物が発見された。その大きさは東京ドームに匹敵し、何千年生きたかわからないほどの成長をしていた。そしてその植物の中には、それまでに存在が確認されていなかった細菌が多種類にわたり、存在していたのである。と言うより、その最近の力でその植物は生きていたらしい。その細菌らの総称―――『XX-0』は、太陽の光を浴びる事で一気に繁殖し、全ての日本人に感染した。『XX-0』に感染された人間は、普段の生活になんら影響を及ぼす事は無い。ただ、何らかの拍子に、突然に特殊能力をその人間に与えてしまう。どのような特殊能力なのかは、全く予測不能。『XX-0』は、多数の種類の細菌たちが様々な組み合わせで人体にいるため、どの組み合わせでなにが起きるのか、わかるものはいないだろう。そして、玄田の能力は、紫色の光球を出し、それが下に向けて重力波を放つというもの。
「つまり、僕にもそんな能力が現れ始めた、ということですか?」
「うむ」
この細菌の事を知っているのは、そのほとんどが両国のトップクラスの人間達や能力者ら本人のみ。その家族や友人が知っている場合。特殊な力を持った人間は、人間特有の差別精神によって、普通の人間から迫害されることになる。そのため、軍では特殊な装置を使い、医者が使うような装置では探査不可能な『XX-0』の発現反応を調べ、発現したものにその事を伝えるようにしているのだった。
「そして君にその反応が察知されたため私が出向いたというわけだ。そこのお嬢さんにもその能力が見られてしまっていたと言う可能性や、西日本軍に狙われていたという事を考慮してここに招待したわけだが」
灰皿を引き寄せ、玄田は新しいタバコを取り出し、隣にいた遠也が嫌そうにしているのに構わず吸い始めた。
「でも、え〜と……翔がなにか特別な力を発揮したところは見ていませんが……」
少女が言った。翔にも心当たりは無かった。自分にどんな特別な力があるのか。
「なんだと……?」
玄田は少し考え込んだ。それからすぐに、翔に向かって言った。
「珍しいケースだな。一応、特別精密検査を受けて貰いたい」
「と、とくべつせいみつ……検査!?」
「ありゃ〜、災難だな、翔」
1時間で特別精密検査は終了した。基地の屋上で、翔は少女と一緒に、鉄柵に寄りかかりながら、兵士用の軽食であるおにぎりセットで昼食にしていた。。
「結局さ、能力が発現したっていう反応があっただけで、なにがどうなったか全然わかんないわけ。もしかしてドッキリじゃないか?」
おにぎりを食べながら空を見上げる翔。青い空だった。翔は、その空に多少の感動を覚えていた。最近は学校が忙しくて、空を見る余裕も無かった、そんな事を考えていた。
少女は、そんな翔を見て、持っていたおにぎりに口もつけずに、弁当箱へ戻しながら話し掛けた。
「……ねえ」
「何?」
翔の顔が、少女へと向いた。それと同時に、俯く少女。
「私……さ」
震え出す少女。
「どうしたの? 大丈夫?」
翔が心配して近づくと、少女は突然うずくまった。
「な、何!? ど、どうしたの!? 病気!?」
「私……」
うずくまったまま、ポツリと言った。
「記憶が無いの」
場の空気と翔の顔が凍りついた。
「えっ」
すこし遅れて、声が漏れた。
「あの時、翔に助けられた時には、もう何も憶えて無かった」
気がついたときはすでに川原に横たわっていたという。
「じゃあ、それまでの事は憶えていないの」
「ええ、自分の名前も」
二人で押し黙ってしまった。その二人の間を秋の冷たい風が、嘲笑うかのように吹き抜ける。少女の長い髪が、風に吹かれて緩やかに舞っていた。
「お〜い、どうしたお前ら、元気ないぞ」
遠也が来た。仕事の、資料整理が終わって、弁当を持って屋上へやってきたのである。
「遠也」
「あ、さっきの……」
「遠也……書類整理、本当に終わったのか?」ほっとした瞬間にでた翔の一言に、遠也はずっこけた。
翔と、少女が、遠也に事情を説明した。遠也は、明るい顔をしていたが、その話を聞いて表情を固めた。
「……大変だな」
「うん、この子が狙われてた理由もそれに関係してるのかもしれないし。そう言えば、姫って呼ばれてたよね?」
「そ、そういえば」
少女は思い出した。黒服の男たちが自分を『姫』と呼んだことを。
「姫って言ったらさ、西日本の桜咲 渚姫だよな?」
桜咲渚―――東日本に侵攻を企む西日本の姫の名前である。王家全体がその姿を人前、特に他国の人間に現すことは無く、謎の存在であるため、渚姫もどのような容姿であるか、翔達に知る術は無い。
「でも、ひょっとしたら渚姫な可能性もあるわけじゃん?」遠也が言う。言ってすぐに、しまったと顔をしかめた。
「そうね……じゃあ、つまり私は貴方達の敵ってこと?」
少女の眉が不安げにつりさがる。
「いや、まだわからないよ。決まったわけじゃないしさ」すかさず翔が言う。渚は表情を変えずにそのまま顔を下に向けた。
「嫌……」無意識に身体を両腕で抱いていた。
何も覚えていない。自分がどんなところに生まれ、何をしていたのか。普通に暮らしていたのかも知れないし、何か悪事を働いていたのかもしれない。そんな状態で落ち着けない。落ち着くことなんてできない。そんな時に襲われたのだ。しかも、襲撃してきた連中に少女は、確かに『姫』と呼ばれていたのだ。その時にいたのは翔と少女だけ、自分以外に誰がいるというのだろうか。いくら翔が否定していてくれるとしても、遠也の仮説は説得力があった。もし、そうだとするなら、それは自分がテロや襲撃を仕掛けてきた連中の指導者の娘である。
「もし、私がその人たちの仲間だったら……」
辛かった。そう言葉にするだけで辛かった。記憶の無い不安な状態。不安定な精神。その時聞かされたテロ・戦争の脅威。自分が招いたことなのではないか。そう思うと、小さな胸がみりみりと音を立てて張り裂けそうになる。
「そんなこと、ない」
翔が、視線を少女に合わせて力強く言った。少女が顔を上げる。その目には涙が浮かんでいた。
「君が、そんな奴らの仲間なわけがない」
少女を見つめた。一心にただ、少女を見つめた。
「君はきっとさ、別の国のお姫様なんだよ、じゃあなかったら、『姫』って名前なんだ」
前向きな翔。精一杯に前向きになった。少女をただ、元気付けたいため。それに応えるように、少女も呟く。
「翔……」
「それに、たとえもともとがどんな人だったとしてもさ」
顔が熱くなった。照れてるんだと、自分でわかる。
「君はぼくの……友達だよ」
「っ」
少女の顔も熱くなった。頬が、目頭が、熱い。目の前にある少年の顔が、にじむ。
「ありがとう……」
小さな涙を一つ零した。うれしかった。翔の気持ちがうれしかった。
わらった。秋の季節、涼しい風が吹くこの世界に、たった一つの春が生まれた。翔はそう感じた。
「春だ……」思わず口から出た。
「え?」少女の目が、ぱちんと開いた。翔は、顔を赤く染め上げてしどろもどろに言った。
「え、あ、いやや! あの、『ハル』って名乗ったらどうかな!? 名前も忘れちゃったんでしょ? あ、あの、今、秋だから逆に! 秋だから、逆に、ハル!」
「何それ……」少女が眉と唇を、平らにする。
「だめだな〜、翔、んなセンスじゃ」遠也も呆れ顔をして肩をすぼめる。
「あ、ご、ごめん……だめ?」
「いいよ」
「えっ」
「いいじゃない、ハル。気に入ったわ」少女がもう一度、笑った。春の日の花が咲いたように。
「え、そ、そう? 良かった!」翔も笑った。頭に右手を乗せ、声をだして笑った。
「おいおい、おれはおいてけぼりかよ」
そう言いながら、遠也も笑った。二人を祝福するように。
三人で、笑った。涼しい秋の空の下、うたうようにわらった。
笑いが収まった頃、翔が少女―――ハルを見つめた。
「?」少女は翔の視線に気づき、振り返ると首をかしげる。
――ぼく、ハルを守るよ――
そう、心の中で強く言った。
翔の力強い眼差しが、光に照らされ輝く。ハルは、ふふっと、応えるように笑った――――
どもども、魚です。第二話をお届け(?)しましたが、如何でしたでしょう?
表現一つで印象が変わってしまうので、どうしたら翔たちの考えが伝わるのか。苦悩してばかりです。
もう精進するしかないね〜
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