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第二話 田中君と相沢さんのとある土曜日

ラグビーW杯、皆で応援しよう!!


 土曜の朝は惰眠を貪るに限る。普段の仕事で十分過ぎるほど疲れている事もあり、土曜日の朝は本当にびっくりするほど寝れる。寝れる、んだけど。

 PiPiPi……

 ……むう。僕の惰眠を邪魔する憎い敵、目覚まし時計め。しかし、今日はいつもの僕とは一味違うぞ! なんと言っても今日は土曜日! 幾らでも惰眠を貪れるのだ! だから目覚まし時計よ、君はしばしの眠りに付くが――


「……んんん……何時……ふわぁ……まだ七時じゃない。折角の土曜日に、こんなに早く起きなくても――」


 ――不意に、隣から聞こえる声。思わずぎょっとして隣に視線を向けると、そこには僕と同じよう、きょとんとした表情をこちらに向ける相沢さんの姿があった。


 ……一糸纏わぬ姿で。


「……え……あ、あはは……」

「は、ははは……」


 思わず二人とも愛想笑い。後、相沢さんは恥ずかしそうに布団を顔まで上げて。



「……そ、その……お、おはよ」



 布団から覗いた部分だけで分かるほど、相沢さんの顔は真っ赤だった。


◆◇◆


「……ねえ、田中~」

「どうしたの、相沢さん」

「なんかしようよ~」

「現在進行形でゲームしてるんだけど」

「あーきーたー」

 コントローラーを握りながら伸ばした足をバタバタさせて見せる相沢さん。美人系でいつもキリっとしてる相沢さんのそんなどこか子供っぽい仕草に思わず笑みが零れる。

「……なんで笑ったの、今?」

「いや……なんか子供っぽいなって、思って」

「……馬鹿にしてる?」

「可愛いって思ってる」

「っっ!!」

 顔を真っ赤に染めて、握ったコントローラー毎ポカポカと殴ってくる相沢さん。ああ、相沢さん! ゴリラのカートがとんでもない事に!

「落ちたじゃん、ゴリラ」

「ゴリラは尊い犠牲になったの」

「いや、犠牲っていうか、敢えて自分から落としたよね、今? 何処が尊いのさ」

「尊いじゃん」

 よっと僕の上に乗る相沢さん。そのまま僕の手を取って、後ろから抱きしめろと言わんばかりに自分の腰に僕の腕を回す。

「……私たちのイチャイチャの為に犠牲になって貰ったの」

「……本気で自分勝手だね」

「いいの! 土曜日と日曜日は甘える日なの! 田中成分を十分取るの!」

「なにその成分」

「私の体を構成する大事な成分よ。用法用量を正しく守って取らないと――」

「取らないと?」

 ごくりと一息。

「――死ぬわ」

「いや、死なないよね? どうしたの、相沢さん。ポンコツ?」

「死んじゃうの! 私はもう、田中無しじゃ生きていけない体なの~」

「痛い、痛い。僕の足の上でバタバタするのは止めてくれない? 後、その発言はどうかと思う。健全な青少年が聞いたら卒倒するよ」

「今更じゃん。健全な青少年は毎週土曜日に朝チュンしませーん」

 ……まあね。

「……はあ。どうする? テレビでも見る?」

「んー……そうだね~。テレビでも見よっか」

 僕の膝の上で器用にテーブルの上のリモコンを取ると、チャンネルを変える相沢さん。

「ゲーム、消さないの?」

「そしたら田中の膝から降りなきゃいけないじゃん。ダメ? 電気代的に」

「いや、別にそれは構わないけど」

「ん……あ! 温泉特集だって! 良いな~」

 と、丁度テレビ画面に『秘湯! 来週末に予約が取れる名湯大紹介!』というタイトルの番組が流れた。

「温泉、好きだっけ?」

「ん。嫌いじゃない。なんか温泉に入ったら『生き返る~』って感じがするのよね」

「日本人だね」

「だけど……ほら、結構遠いじゃん? 有名どころの温泉って。土曜日に行って日曜日に帰って来るのはちょっと疲れるかな~って」

「あー……ま、そっか」

「そうそう。ゆっくりするのに温泉に行くのに、渋滞とか人混みに巻き込まれるのは何か違うかな~って思うのよね。それだったら田中の家でゆっくりしてる方が良い。落ち着くし」

「……そりゃどうも。狭いお風呂ですけど」

「二人で入るともっと狭いしね」

「……だから」

「はいはい。健全な青少年、健全な青少年」

 なんとなく小馬鹿にした様な相沢さんのその言葉にちょっとだけむっとした僕は相沢さんの頭の上に顎を乗せる。

「ちょっと田中、痛い」

「良い顎置きがあった」

「私の頭、顎置き扱いしないでくれる? 全く……あ!」

「どうしたの……って、お?」

 丁度テレビ画面に映し出される秘湯。そこは僕たちの住む場所から程近い場所だった。

「……」

「……」

「……行く? 此処なら車で小一時間だし、渋滞しても知れてるよ?」

「……車、無いじゃん」

「レンタカーとか借りても良いよ? 免許もあるし」

 AT限定だけど。別にMT車に乗らないから良いんだ。

「……」

「温泉、好きじゃないの?」

「好き……だけど……」

「だけど?」

「……近すぎるじゃん」

 そう言って僕の手をぎゅっと握る相沢さん。ああ……

「誰かに逢うかもって?」

「……ん。この番組、皆結構見てるし……もしかしたら、誰かに逢うかも知れないから」

「そっか」

 それじゃ仕方ないか。

「……ねえ」

「うん? どうしたの?」

「その……やっぱり、イヤ?」

「イヤ、とは?」

「毎週、田中は私に逢ってくれるけどさ? 毎週、お家デートばっかりじゃん? やっぱり田中もどっかに遊びに行きたいかな~って……」

 まるで、捨てられた子犬の様な潤んだ瞳をこちらに向けて来る相沢さん。

「あー……」

 ……まあ、たまには一緒に映画を見に行ったり、ちょっとアウトドアしてみたり、買い物してみたりしたくないと言えば嘘になる。嘘になるけど。

「……別に良いかな」

「ホント?」

「うん。僕は相沢さんとこうしてぼーっとしてるの、結構好きだから」

 別に無理に何処かに遊びに行く必要はない。こうやって二人でのんびりテレビを見るのだって、僕は全然楽しいし。

「だから」

 そんな悲しそうな目、しないでよ、相沢さん。

「……ん」

 そんな気持ちが伝われば良いなって気持ちで、僕は相沢さんの頭の上に乗せていた顎をどけると、代わりに右手で相沢さんの頭を撫でる。心配しないでって気持ちを込めて、心持、優しく、ゆっくりと、丁寧に。

「……これ、すきぃ」

「……」

「田中に頭を撫でて貰うと、なんか……ぜーんぶどうでも良くなっちゃいそう」

「それはそれでどうかと思うけど……」

「ふふふ。だって田中成分一杯だもん。ね? 言ったでしょ? 用法用量守らなくちゃ、死ぬって。ヤバいんだよ、田中成分」

「麻薬みたいだね」

「麻薬みたいなモンだよ。私限定の」

「あー……」

「だからね、田中?」

 乗せていた手に自身の手を重ねて、ゆっくりと振り向いて。



「――他の子に上げたらダメよ、田中成分」



 振り返りざま、キス。唇に触れるその感触に、なんだか体の奥から痺れる様な感覚を覚えて。

「……ああ、コレか」

「なに?」

「相沢さん成分。コレはヤバいね」

「ふふふ、でしょ? 何処にも売ってないんだから……大事にしないとダメだよ?」

「相沢さん成分の元を?」

「元を」

「どんな会話だよ、これ」

「典型的なバカップルの会話ね。でもいいじゃん。私、結構好きよ、この会話。田中は?」

「そりゃ……まあ」

 嫌いな訳が無い。

「ふふふ! 良かった! ……あ、温泉特集、終わったね」

「次のコーナーは……お、音楽ランキングか」

「興味ある?」

「まあ、映ってたら普通に見るぐらいには興味があるけど……どうしたの?」

 不意に顔を赤らめ、僕の膝の上でもじもじし出す相沢さん。長い付き合い、此処で『トイレ?』なんて聞くほどデリカシーが無いわけでも、鈍感でもない。

「……どうしたの?」

 これは何か、相沢さんが言いたいことがあるけど恥ずかしくて言えないときのサイン。この時に取る行動は『待つ』一択が正解だ。

「その、ね?」

「うん」

「今、温泉特集見たじゃん?」

「うん」

「そしたら……なんか、お、お風呂に入りたくなって」

「うん……うん?」

「だ、だから!」

 そう言って、恥ずかしそうに頬を赤らめて。



「……い、一緒に入らない……?」



 ……とりあえず。


 僕の彼女は、きっと僕を殺しに掛かってる。


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