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第一話 田中君と相沢さんのとある金曜日


 僕こと田中和樹と相沢綾子さんとの初めての出逢いは遡ること五年前になる。新卒でこのきらめき銀行に入行した僕と相沢さんは、同期という事もあって最初こそそこそこ仲が良かった。そんな僕たちの関係が変わったのは入行二年目の事だ。その事を話しても良いけど……まあ、あんまり面白い話じゃないし、個人的に黒歴史でもあるからあんまり語りたくはない。機会があったら、という事で。

 僕たちの関係が更に劇的に変わったのは更にそこからもう一年経った入行三年目。お互いに意識はしあっていた僕たちは、僕の告白から目出度くカップル成立となった、という訳だ。いう訳なんだけど……


 ――銀行は、同じ支店同士でのカップルを基本的に認めない。


 これはもう、銀行関係お勤めの方なら常識と言っても良いだろう不文律だ。銀行業務は基本的に一人で完結することはまず、ない。ダブルチェックが基本である銀行で、例えば身内とか、それに準ずる――彼氏・彼女の関係が要ればどうだろう? 間違いなく、不正行為の疑いを掛けられるのである。まあぶっちゃけ、平行員である僕と相沢さんが良い仲でも、出来る不正なんて殆ど無いんだけどね? でもまあ、少なくとも僕たち二人が銀行でイチャイチャしてたら明らかに他の行員の士気も下がるし、それなら支店を分けさせた方が無難ではあるのだ。そんなこんなで、僕と相沢さんはお互いに恋人同士だということを――支店の人はもちろん、同期や親兄弟にも隠している。どこでバレるか分からない、という相沢さんのご意向で。

 ……いやね? 別に僕も悪い事してるワケじゃないんだし、別に言っても良いんじゃないかって気はしてるんだ。転勤はしなくちゃダメだけど、どうせずっと同じお店で働けるワケじゃないし、それなら遅いか早いかの違いだから。そう思い、実際そういった僕に。



『い、いや! せ、折角、田中とこここ、恋人になれたんだよ? は、離れ離れなんて……い、イヤだもん……』



 なんて潤んだ瞳で袖をちょんと握ってそんな事言われたら、ね~? 鼻血出るかと思ったよ、可愛すぎて。

『折角、付き合う事が出来たんだから、絶対にバレない様にしましょう! ほ、本当はイヤだけど……わ、私、直ぐに顔に出るから……だ、だから田中にはその、き、きつく当たっちゃうかもだけど……ほ、本気じゃないからね? ね? ね?』

『はいはい。わかったよ』

『ほ、本当だから! 本当だからね! あ、後、銀行では極力喋らない様にするけど、家では一杯お喋りしようね?』

『家?』

『そ、そう! だって外にデートに出たら誰かに見つかるかも知れないでしょ? そしたら不味いじゃない!』

『……あれ? 僕、相沢さんの彼氏なんだよね? なに? 潜入捜査かなんかの間違いだったかな?』

 誰かに見つかっちゃダメって、どんな彼氏なの? なに? 実は相沢さん、僕の事嫌い?

『そ、その代わり! い、家では……い、いっぱい、イチャイチャしようね!』

『……ああ、もう……分かりましたよ』

 と、まあこんな事があって僕と相沢さんは付き合う事になった。まあ、色々と不便だったり不満だったりする事もあるけど……それでも仲良くやってるんだよね、うん。


◆◇◆


「……すみません、田中先輩」

「ああ、良いよ、良いよ。やっておくから。今日、用事あったんでしょ? 同期会なんだって? しかも幹事でしょ、小山君?」

「そう、ですけど……でも!」

「同期は大事にしときなよ。残業なんかせずに、幹事は一番に会場に入っておきなって。最後に助けてくれるの、同期だよ?」

「……現在進行形で先輩に助けて頂いているんですけど、それは」

「じゃあ、先輩も大事にしときな。今度、何かで代わってよ?」

「……はい! ありがとうございます、田中先輩!」

 そう言って二階の書庫の前で最敬礼で頭を下げる小山君にひらひらと手を振って見せる。金曜日の夜、皆予定が入ってる中で不意に降って来た書庫整理の残業指令に全員、一様にイヤな顔をした。まあ、イヤな顔をしても誰かがしなくちゃならない仕事、最終的には係内で一番年下の小山君にお鉢が回って来たんだけど。

「……楽しみにしてたもんな、彼」

『今週末、同期会なんですよ!』と嬉しそうに話していた小山君に、残業をさせるのはしのびない。だから、代役を買って出たんだけど……感謝しすぎじゃない、アレ?

「……うし。やるか」

 首をコキコキと鳴らし、腕をぐるんと一周させる。現在時刻が四時半で、大体……二時間くらいかな? それなら大丈夫だろうと、持って来たハンガーに上着を掛けようとスーツのジャケットを脱ぎ掛けて。

「……ねえ」

 ジャケットの背中をちょんと摘ままれる。こんな事をするのは――まあ、たまに冗談で中川さんとかするけど、基本的には一人だけ。

「……どうしたの、相沢さん?」

 愛しの彼女、相沢さんぐらいのモンだ。

「……今日、金曜日」

「……分かってるよ。七時に来るって言って無かった?」

「言ったよ。言ったけど……そ、その……ちょっと早く終わりそうで」

「そうなの?」

「そうなの! 田中、今日は早く仕舞うって言ってたから、その……わ、私も頑張って……」

「……マジか……」

 いや、それはごめん、相沢さん。

「う、ううん! 私が勝手にやった事だから、それは別に構わないんだけど! か、構わないんだけど……」

「構わないんだけど?」

「その……ちょ、ちょっとだけ……さ、寂しいなって。早く逢えるって思って、いっぱいいっぱい甘えられると思ってたから……わ、私の勝手なんだけど……」

「……」

「……田中?」

「ちょっと待って。今、再起動中だから」

「さいきどう? どういう意味?」

 可愛すぎか。思わずフリーズしたわ。

「……なんでもないよ。そっか、相沢さん。ごめんね? なるべく早く帰る様にするから。合鍵持ってるでしょ?」

「う、うん」

「勝手に入って寛いでくれてたらいいから。テレビでも見て待っててくれる?」

「良いの? 分かった! それじゃ、田中の部屋で待ってるね! あ、晩御飯作ろうか?」

「それこそ良いの?」

「うん! あんまり時間が無いから、凝ったモノは無理だけど……カレーとか、どう?」

「大好き」

「分かった! それじゃ、腕にヨリを掛けて美味しいカレーを作って待っとくね!」

 振り返るとそこには嬉しそうな笑顔を浮かべる相沢さんが。その姿に思わず僕も笑顔を浮かべると、更に相沢さんは笑みを深めて――そして、そっぽを向く。

「……あれ? 僕の笑顔、気持ち悪い?」

 それだったら結構ショックなんだけど。

「そ、そうじゃなくて! な、なんか……い、良いな~って」

「良いな?」

「そ、その……し、新婚さんみたいで」

 ポソリ、と。

 囁くようにそう言って、耳まで真っ赤に染める相沢さん。

「……うん、相沢さん。早く帰ろう」

「? なんで?」

「このままだと僕、仕事が捗らないから。早く帰って美味しいカレー、作ってくれる?」

 いや、マジで。なにこの可愛い生き物。このまま抱きしめてお持ち帰りしても良い?

「よく分からないんだけど……分かった! それじゃ田中、楽しみにしててね! 私も楽しみに待ってるから!」

「はいよ」

 そう言ってもう一度手をひらひらと振って見せる。その姿に満足そうに頷いて、相沢さんは書庫を後に仕掛けて。

「あ、そうだ」

「うん?」

「あのね、田中? 今日、小山君、同期会だったでしょ?」

「そうだね」

「それでね? そんな小山君の為に、仕事を代わって上げる田中ってね? こう、要領悪いな~って思うの」

「まさかの悪口。イジメ?」

「そ、そうじゃなくて! そうやって、要領悪いって分かりながら、それでも後輩の為に一肌脱いであげる田中ってね」

 そう言って、見惚れる笑みを浮かべて。



「男らしくて、格好良くて――大好きっ!」



 そう言った後、再び顔を真っ赤に染めて手をわちゃわちゃと振って見せる。

「そ、それじゃね、田中! 待ってるから!」

 バタバタと階段を駆け下り――『きゃ!』『うお! だ、大丈夫か、相沢! 顔、真っ赤だぞ!』『な、なんでもありません!』なんて階下の声を聞きながら。

「……ははは」

 俺はずるずると壁を背にして座り込む。


「……何アレ? 可愛すぎだろ」


 皆様済みません、不便とか不満とか言いましたけど、前言撤回します。


「……最高かよ、僕の彼女」




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