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プロローグ 田中君と相沢さんのスニーキングミッション

新作です。ただ、ただただダダ甘な恋愛を書きます!


 僕、田中和樹は一言で言えば平凡な男性だ。小中高と公立の学校に通い、大学は中堅どころの私立大学。さして厳しくもない就職活動を続け、特に思う事もなく、このきらめき銀行に入行する事になった。

 先輩方は皆優しかったし、上司も厳しいながらも暖かく育ててくれた。年数が経るごとに、可愛い後輩も増えて来た。

「田中先輩」

「ん……ああ、小山君? どうしたの?」

「お忙しいところすみません。明日、午後から契約なんですけど……契約書のチェック、お願いできませんか?」

「ああ、構わないよ。明日の朝までにあれば良い?」

「はい! すみません、いつもいつも」

「大丈夫、大丈夫。それに小山君は結構納期に余裕があるからね~。いつも助かってるよ、ありがとう」

「……」

「ん? どうしたの?」

「いえ……田中先輩? 私が頼んでるのに、ありがとうはおかしくないですか?」

「そう? ほら、外交の進藤さんとか当日に持ってきて『チェックしといて!』って渡して来るからね。それに比べれば、小山君には助かってるよ」

「……」

「……どうしたの?」

「……本当、人が良いですね、田中先輩。私だったら文句の一つも言いますよ?」

「まあ、進藤さんは忙しいから。外交のエースだし……それに、僕が怒っても仕方ないでしょ? 誰もいい気分にならないしね」

「そんなもんですかね? 俺――じゃなかった、私には分かりませんが」

「そんなもんだよ。小山君もその内分かるって」

「なんか先輩って達観してますよね? 一個しか違わないのに、凄い大人っぽいっていうか」

「そう?」

 なんだか呆れた様な視線を向けて来る小山君。そうかな? 別にそんなに珍しい事をしているつもりは無いんだけど……

「田中せんぱーい! ヤバいですヤバいです! 助けてくださーい!」

「あれ? 中川さん? どうしたの?」

「今、保険の設計書作ってるんですけど、上手く前に進まないんです! なんかエラーほにゃららって文字が出て、パソコンが止まっちゃうんです!」

「エラーほにゃららって……おい、中川! そんなで田中先輩分かる訳ねーだろうが。迷惑掛けるな!」

「小山先輩には言ってません! それに資産運用の先輩方、言ってました! 『田中君なら分かるんじゃない?』って!」

「いや、お前な? それにしたってそんな情報で――」

「中川さん、元号間違ってるんじゃない?」

「――わかる……へ?」

「げ、元号ですか?」

「ほら、平成から令和になったでしょ? だから、元号番号が一個繰り上がったんだよ。昔は平成なら『0』だったけど、今は平成は『1』だから。そこ、間違って無いかチェックした?」

「……あ! そ、それじゃ昭和は『2』ですか? 私、『1』って入れてます!」

「そうそう。保険会社によって元号番号が違うからちょっとややこしいんだよね、アレ。ほら、行内掲示板に元号一覧表が出てるからそれを調べてみたら?」

「あ、ありがとうございます! 助かりました! いやー、流石田中先輩! 文句ばっかり言う小山先輩とは大違いですね!」

「おい!」

「ふーんだ! それじゃ、田中先輩、ありがとうございました!」

 そう言って嵐の様にその場を立ち去る中川さん。そんな元気な彼女の後姿を見送っていると、小山君が頭を下げて来た。

「すみません、田中先輩」

「なんで小山君が謝るの?」

「ほら、あいつ……俺の後輩ですし」

「僕にとっても可愛い後輩だよ」

「……田中先輩。マジでいい人ですね」

「そう? まあ、よく言われるけど」

 そう言って冗談めかしてにっこり笑って見せる。そんな僕の笑顔に、小山君も頬を緩めて。



「――田中」



 その頬が固まる。小山君の視線の先は僕の背後に向かっており、聞きなれたその声から、その人物が誰か、ある程度『あたり』を付けて。



「……相沢さん」



 そこには腕を組んで仁王立ちになった僕の同期、相沢綾子さんの姿があった。いつも笑顔で美人な相沢さん、お客様にも行員にも人気なのに、今はその片鱗もない。ちょっと勿体ない。

「田中、この間のアンケート、出てないんだけど?」

「あれ? そうだっけ?」

「そうよ! 貴方だけアンケートが出てないから集計が出来ないんですけど? さっさとやってくれない? 迷惑するのは私よ?」

「あー……ごめんごめん、今日中に出すようにするから」

「今日中? 一時間以内に出しなさいよね! 全く、何時まで経っても仕事が遅いんだから!」

「あー……ごめんって」

「御免で済めば警察はいらないの! っていうか、田中? 小山君を見習いなさいよね? カレ、いっつも提出早いんだから! ねえ、小山君?」

 そう言って小山君ににっこり笑って見せる相沢さん。そんな相沢さんの笑顔に、困ったような、何かに縋るような表情でこちらを見やる小山君。

「……いえ……田中先輩はお忙しいですから」

「忙しいは言い訳になりません。それに、小山君だって十分忙しいでしょ? 優先順位よ、優先順位」

「……」

「ともかく! 田中、一時間以内に提出しなさいよね!」

 そう言って肩を怒らせたまま自席に戻る相沢さん。そんな相沢さんを見て固まってる小山君に僕は頭を下げた。

「ごめんね、小山君」

「……なんで田中先輩が謝るんですか?」

「同期だから?」

「……理不尽過ぎません?」

 ため息を吐き出す小山君。うん、まあ……僕も若干理不尽かな? とは思うけど……まあ、仕方ないよね?

「……でも、相沢さん、田中先輩に対する『あたり』が強いですよね? 他の人には優しい先輩なのに」

「同期だから言いやすいってのもあるんだよ、きっと」

「そうっすか? それにしたって、もうちょっと言い方があると思うんですけど」

「んー……ま、気にしても仕方ないしね。さ、小山君。仕事、仕事」

 なんだか釈然としない顔を浮かべる小山君を促し、僕も仕事に戻った。


◆◇◆


「……あ」

「……なによ、『あ』って」

 三時過ぎ。窓口が繁忙になっていたため、取る時間が無くて食べれなかったお昼ご飯を食べるために支店の二階の食堂に上がりドアを開けた僕の眼前に、可愛らしいお弁当を広げる相沢さんの姿があった。

「いや……なんか相沢さんがこの時間にご飯食べてるの珍しくて」

「……ふん、良いでしょ、別に」

「いや、良いけど」

「それより早く座ったら? そんな所にいつまでも立っていられたら迷惑なんだけど」

「……いや、まあ……うん」

 そう言って彼女と対角線上、もっとも遠い席に腰を降ろし僕はコンビニの袋取り出す。そんな僕の行動に、彼女が眉をぴくんと跳ねさせた。

「……なにそれ? サンドイッチ?」

「そうだよ」

「栄養が偏るんじゃない? それにサンドイッチだけで足りるの?」

「まあ、そんなにお腹も減ってないし」

「今日、遅くまで仕事するんでしょ? それだけで足りるの?」

「……相沢さん」

「大体、仕事が遅いのだって栄養が足りて無いからじゃないの?」

「…………相沢さん」

「もっとちゃんと栄養のあるもの食べなさいよね! 栄養バランスが崩れると、病気にだってなるんだから! そもそも――」

「相沢さん!」

「――……なによ?」

 そう言って、不満げな声を漏らす相沢さん。そんな相沢さんに向かって、僕は少しだけ呆れた様にため息を吐いて。




「――頬、だるんだるんになってる。にやけ過ぎ」




 頬を真っ赤に染めながら、それでも嬉しそうに笑う相沢さんにそう言って見せる。

「う、うそ! マジで?」

「マジで」

「う、うううー……」

 箸を取り落とし、両手でほっぺをぐにぐにと動かす相沢さん。なにそれ、面白い。

「……も、戻らない」

「なんでまた」

「……だ、だって……銀行で田中と二人っきりでご飯とかなんか凄く久しぶりで嬉しいな~って思ったら……戻らないんだもん!」

「だもんって……可愛いな、相沢さんは」

 その言葉も行動も。微笑ましい目で相沢さんを見やると、余計に頬を染めてそっぽを向いた。

「はう! 田中、そんな事言うの禁止!」

「いや、でも可愛いものは可愛いし」

「だ、ダメだって! あのね? なんで私がイヤイヤながらも銀行で貴方に『あたり』をきつくしてると思ってるのよ!」

 そう言ってビシッと僕を指差して。



「普段通りに接したら、絶対皆にバレるのよ! 転勤はイヤなの! もっと一緒に田中と居たいのっ!」



 ……そう。

 

 みんなに優しい相沢さんが僕にだけ『あたり』が厳しいのは。




「皆には内緒なんだから! 付き合ってるのはっ!」




 ……これは僕こと田中和樹と可愛い彼女である相沢綾子さんとのOL――オフィス・ラブの一部始終である。



「スニーキングミッションなのよ!」

「いや、別に潜入してるワケじゃ……ああ、こそこそするって意味もあるか、スニークって」



 ……たまに馬鹿なんだよね、この彼女。まあ、馬鹿可愛いんだけど。


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