悪魔
「え!? ちょっ、え?」
いきなりのこと過ぎて、展開についていけていない自分がいる。
分かることは、笹川詩織に腕を引っ張られてどこかへ連れていかれそうになっているということだ。
どうしてこうなった。
僕は訳の分からないまま、ひたすら笹川詩織に引っ張られながら走っていった……。
そしてかなり長い距離を走り、路地裏のような場所に着いたときに笹川詩織は足を止めた。
「「はぁ……はぁ……」」
笹川詩織も僕もだいぶ息が上がったようで、着いてから数十秒はまともに呼吸が出来なかった……。
「はぁ……げほげほ」
息が上がりすぎて、せき込んでしまった。
どんだけ走ったんだ?
それとも僕の体力がないから、長い距離を走ったように感じているだけか……?
どちらにしろ疲れていることに変わりはない。
そしてそんなことよりも、どうして僕がこんなに走らされているのかを目の前の女に聞かなくてはならない。
ゆっくりと深く深呼吸をして、僕はまだ息が上がっている彼女に声をかける。
「ちょっと笹川さん。いったいどういうつもり? 説明もなくいきなり走り出して……」
そう聞くと笹川詩織はこちらを向いて。
「はぁ……。こんな状況なのに、まだ察しがつかないの? 私があなたをここに連れてきた理由なんて一つしかないでしょ?」
そんな分かって当然のような風に言われても困る。
僕は眉間にしわを寄せて考える。
しかし考えたところで全く分からない……。
僕は笹川詩織に少しおっこった態度で。
「早くここに連れてきた理由を教えてくれない? 僕だって暇じゃないんだよ」
そういうと、笹川詩織はふっと鼻で笑った。
「暇じゃない? 私をストーカーしてたくせによく言うわ……。そんなすぐばれるような嘘をつくなんて、あなた相当頭悪いでしょ。見た目は地味で頭良さそうなのに、地味で頭が悪いって救いようないわね!」
僕はその笹川詩織の言葉で完全にむかついた。
人には言ってはいけないことがある。
僕の頭が悪い?
全国模試三桁台のこの僕が……?
僕はグイっと笹川詩織に近づいて。
「僕の頭が悪い? 僕はな、学年のテスト順位はいつも2位以上だし、全国模試も3桁台だぞ? 今の頭が悪いというセリフは訂正してもらおう」
笹川詩織の言葉は僕の逆鱗に触れた。
さすがに頭のことでは他人に言われたくはない。
そういわれた笹川詩織は、俯いていた。
さすがに今の発言は良くなかったと反省しているのだろう。
僕も謝罪があれば、今の笹川詩織の発言はなかったことにしてもいいだろう……。
しかし笹川詩織は俯いていた顔を上げると、口角を少し上げながら。
「テストの順位で学年2位以上? 残念、あなたが一位になれないのはいつも私が1位だからよ。それにあなたが受けた全国模試も、私は別の塾でやったけど2桁だったわよ」
笹川詩織はさっきの言葉を訂正するでもなく、謝罪するでもなく、僕のことを煽ってきた……。
何なんだこの女……?
これほどむかつく人間がこの世に存在していいのだろうか……?
このままじゃ本気でこの女に手を挙げてしまうかもしれないと思った僕は、笹川詩織に背を向けて歩き出す。
「ちょっと待ちなさい。どこ行くのよ?」
「別に……。家に帰るんだよ。分かったらもう二度と僕に関わらないでくれ」
まさか笹川詩織がこんな性格の悪い奴だとは思わなかった。
彼女のことは最初っから良くは思ってなかったが、今日ので完全に嫌いになった。
もう顔も見たくない。
僕は路地裏を抜けるように、急ぎ足で歩くが……。
「ちょっと、一回止まりなさい」
後ろから笹川詩織に肩をつかまれる。
「なんだよ」
怒りながら、笹川詩織の顔を睨みつけると、笹川詩織はぽっけから携帯を取り出した。
「あなた、私にストーカーしているところを撮影されてるのを忘れたの? 今から帰るなんて許さないわよ」
そういって脅してきた笹川詩織だが、僕にその手は通用しない。
「別にばらしたければばらせばいいさ。僕は友達もいないし失うものなんて何もないんだから」
僕は笹川詩織にそう言うと、またすぐに歩き出す。
今度は止めに来ず、やっと帰れると思ったのだが、笹川詩織は最後に一言。
「学校にいられなくなっちゃうよ?」
っと言った。
それを聞いた僕はその場で足を止めると、笹川詩織の方を向く。
「どういうことだ……?」
「別にそのままよ。あなたはこの動画が学校のみんなにばらされることを簡単に考えている見たいだけど、あなたの想像よりも多分酷いことになるわよ?」
「…………」
僕が何も言い返さないと、笹川詩織は話を続けた。
「自分で言うのもなんだけど、私は学校のアイドル的存在なのよ? その私が一言あなたのことを言えば、まず間違いなくあなたは学校中の敵になる」
確かに……。
あの笹川詩織が一言今日の僕のストーカー行為のことを言えば、たちまち僕は学校中の生徒から敵視されるかもしれない……。
でもそれがどうした……?
「さっきも言ったけど、僕には失うものなって何もない。今更他の生徒からどう思われようが、僕は何とも思わない」
僕がそう言い返すと、笹川詩織はまたもにやりと笑うと。
「確かに口では何とも言えるわよね。でも考えてみて? 一日中ずっと、学校の生徒から毎日悪口を言われる生活にあなたは耐えられる? あなた、口では強がっているけど相当メンタル弱いでしょう? 私のさっきの発言で簡単に怒ってしまうほど感情的なのに、毎日悪口を言われて本当に大丈夫かしら……?」
そういった笹川詩織は、にやりと笑いながら携帯を見せつけてきた……。
そして僕は、今の自分がすごく弱い立場にいることを理解した。
どうしたらいいんだ……。
僕は唇を噛みしめて笹川詩織に一つ質問する。
「一体何が望みだ……?」
「そんな悪役に言うセリフを言わないでほしいわね……」
僕からしてみれば完全に悪役そのものなのだが、今は黙っていよう……。
僕が笹川詩織の方を見ていると、笹川詩織は携帯の電源をつけて。
「もうこんな時間なのよね……」
っといって、僕に携帯のホーム画面を見せてきた。
時刻は午後8時過ぎ。
いつもなら家でご飯を食べている時間だ……。
なのにどうてこんなことに……。
もとはと言えば僕が悪いだけに、笹川詩織を憎めないことに怒りを感じる……。
笹川詩織は僕に携帯を見せ終わると、携帯をぽっけにしまい。
「明日も同じ時間にこの場所に来なさい。明日になったらどうして私がここに連れて来たか教えてあげる」
そういえば最初はそんな話をしていたな……。
「分かったら帰っていいわよ。来なかったら分かっているわよね?」
そういって笹川詩織はまた、ぽっけから携帯をちらっと見せてきた。