考えてしまう人
塾の課題も一通り終わり、僕は改めて笹川詩織のさっきの質問の内容を思い返す。
『昨日どこかで会わなかった?』っと彼女は聞いてきた。
何故そんなことを聞いてきたのだろう?
僕たちが仮に会っていたところでどうだというのだろう?
それにあの言いようから察するに、コンビニで彼女も僕のことを見かけたはずなのに全く覚えていない様子だった。
ただ単純に僕の影が薄いから覚えてないだけなのか、はたまた彼女の視界には僕が映っていなかったのか……。
考えれば考えるほど分からなくなる。
本当に何で、僕なんかに声をかけたのだろう……。
もしかして一人でいる僕に気を使って声をかけてきたのだろうか?
だとしたらいい迷惑だ。
次またもし彼女が声をかけてきたらその時ははっきりと、迷惑だから声をかけてくるなと言ってやる。
僕はちらりと笹川詩織の方を見てから、もう一度自分の机の方を向くと授業の準備を始める。
もう笹川詩織のことを考えるのはやめよう。
どうせさっきの会話が僕と笹川詩織の最初で最後の会話になるんだから、もうどうでもいいじゃないか。
どうせ彼女も僕に興味がないし、僕も彼女に興味がない。
もう二度と関わることのない赤の他人なのだから、これ以上考えても無駄だ……。
「はーい皆さーん今日一日お疲れさまー。もうすぐ下校の時間なのでもう少し待ってくださいねー」
時刻は午後3時15分。
担任の鈴木先生が帰りのホームルームをしている。
今日は新学期初めての授業だったが、僕はいつも通り集中して授業をしていた……。
していた……いや、するはずだった……。
するはずだったのに、僕は今日一日中ずっと笹川詩織のことを考えていた。
おかしい……。
もう彼女のことは考えないと朝、心に誓ったはずなのに……。
考えようとしなくても、勝手にさっきの彼女の質問が脳裏をよぎる。
何故だ?
少し話しかけられたぐらいで好きになってしまうほど、僕はちょろい男だったのか?
いや、違うな……。
普段他人と全くコミュニケーションを取らないから、たまたま話しかけてきた笹川詩織のことがたまたま気になるだけだな。
ああ、多分そうだ!
きっと明日になったら存在自体を忘れてるに決まっている。
一瞬本気であの笹川詩織に恋心を抱いてしまったのではないかと焦ったが、そんなことはあり得なかった。
僕は笹川詩織みたいな人間が一番嫌いなんだ。
そんな人間にそんな感情を抱くなんてありえない。
今日だけの辛抱だ。
きっと寝て起きたら忘れている。
胸のつかえがとれた僕は、少し気分が良くなり駆け足で下駄箱に向かった。