僕の先輩
サークルの夏合宿に行くことになった僕
先輩から「ねぇ、朝迎えに来て」と呼び出された
憧れの先輩と一緒に合宿先のホテルまで行けるのが嬉しくて、僕は喜び勇んで先輩の家に向かった
先輩の荷物を持たされたけど、僕を誘ってくれたことが嬉しかった
駅に着いて慌ててホテルに向かうバスに飛び乗る先輩
でも、そのバスが着いた場所は…
僕の先輩
夕暮れのさびれた海水浴場
そこに伸びるアスファルト道は海岸線と並行に走っている
シーズンまっただ中というのに、砂浜に人はまばら
僕達だけしか乗っていなかったバスが行ってしまうと、波と海風の音しか聴こえない
サビたバス停の時刻表を何度も確認する僕
おそらく元はブルーであったと思われるプラスチック製のベンチは、日焼けして色が変わってしまい、あちこち割れている
そこに腰掛けている先輩
大きなつばの白い帽子
ノースリーブの薄い水色のワンピース
長い髪が海風になびいている
「ねぇ、ここどこ?」
「さ、さぁ……」
「あのバスで合ってるって、言ってたわよね」
「いや、言ってません」
あわてて飛び乗ったのは先輩です…
「どうして終点まで気づかなかったの?」
「先輩が、1度来たことあるから大丈夫って言うからです…」
「いま何時?」
「17時です」
「あら、ホテルの食事に間に合うかしら?」
「たぶん、いや、絶対に無理です…」
「サークルのメンバーはもう着いてるんじゃない?」
「でしょうね…」
「電話しておいて」
「圏外です」
「で、引き返すバスは何時?」
「…10時…です」
「あら、5時間もあなたとこうしてなきゃいけないの?」
「先輩、あの…」
「なに?」
「次のバスは29時間後です…」
紅く染まった空と海
ひとけのない砂浜
とりあえずバスでやってきた方向へ歩いて引き返しているけど
今まで車すら見かけていない…
僕は両手に大きな鞄をかかえ、滝のように汗をかきながら先輩の後ろを歩いていた
「はぁ、はぁ…」
駅からバスで2時間…
とても歩ける距離じゃない
「ねぇ、夕日がきれい」
前を歩く先輩が左を向いてそう言った
「そ、そうですか…」
それどころじゃないんですが…
「そんな下ばかり見てたら、美しい景色も見えないわよ」
先輩が自分の荷物を持ってくれたら見れるんですけどね…
ふいに立ち止まり振り向く先輩
「重い?」
「はい…」
「少し休む?」
持つとは言わないんですね…
「ほら、ここで」
ん?
先輩が指さしたのは海とは反対側、道路の向かい側
「先輩、これは…」
そこにはシャビーな古い旅館がたたずんでいた
「じゃあ、空いてるか聞いてくる」
「あ、先輩!」
いくらさびれた海水浴場とはいえ、シーズンまっただ中だ
とても部屋が空いてるとは思えない
道路を横断し、旅館の引戸を開けて入っていく先輩
僕は体力温存のため、無駄な動きはしたくない
その場に荷物を置いて、先輩を待つことにした
夕陽を背中にして座り込む
もう日は傾いてるというのに、まだ真夏の陽射しを背中に感じる
さて、これからどうするか……
すぐに先輩が出てきた
「もう断られたのかな」
あまり休めなかったな…
「ほら、早くいらっしゃい」
え?
「部屋、空いてたわ」
古い昔ながらの旅館
仲居さんはおばあさんだ
「はい、2階の鶴の間ですぇ」
「そう、ありがとう、おばあさん」
先輩が鍵を受け取る
「ごゆるりと」
「あ、あの、おばあさん…」
「なんでございませう旦那様」
旦那ってなんだよ!
「僕の部屋の鍵をください」
「お部屋はおひとつでございませう」
「あ、そうなんだ」
ひと部屋なんだ
ひとへや…
「え?」
「何してるの、早くいらっしゃい」
先輩が階段の途中から僕を呼ぶ
「せ、先輩!ひと部屋って…」
「仕方ないわ、急きょだから」
そりゃそうですけど…
「それより早く」
ふと足元を見ると鞄がふたつ
「あたしの荷物持ってきて」
自分の鞄くらい持ってください…
和室の部屋は6畳のひと間だけ
敷居もない部屋だ
こ、こんな部屋で先輩と1晩すごすのか…
「荷物、置いたら?」
「あ、はい」
先輩は帽子を脱ぎ、部屋の真ん中にあるテーブルに置いた
「あなたは座らないの?」
「す、座ります…」
やれやれ…
部屋の隅に積んである座布団を2つ持ち、1つを先輩の前に敷いた
「先輩どうぞ」
「ありがとう…」
スっと座る先輩
僕はテーブルの反対側に座布団を敷いて、先輩の正面に座った
背筋を伸ばして座る先輩は、右を向いて外の景色を見ている
部屋の窓ごしに、外の海が良く見えた
夕陽を眺める先輩の横顔は、紅く染まっている
長い髪は夕陽を浴びて光っている
遠くを見る瞳
横からの光で、やけに鎖骨が目立つ
夕陽よりも先輩を見る僕
思わず息を飲みこんだ
「サークルの合宿に行けなかったね」
「はい」
「どうしてこうなっちゃったのかしら?」
「先輩があわててバスに飛び乗るからです」
「もうすぐ夕食かしら?」
バス間違ったのは不問ですか…
「ねぇ」
「なんですか?」
「部屋で食べたいわ」
「はぁ、じゃあ何か買ってきましょうか?」
「ルームサービスないかしら」
「こんな旅館じゃ、無いんじゃないですかね」
「ルームサービスあると思うの」
「いや、無いと思いますよ」
「聞いたの?」
「わかりました、聞いてきます…」
先輩はいつもこうだ
今回のサークル合宿も突然連絡が来て
「ねぇ、朝迎えに来て」
先輩に誘われて、一緒に合宿先のホテルまで行けるのが嬉しくて、喜び勇んで行くと…
「じゃあ、行きましょう」
そう言って鞄を玄関前に置いたまま歩き出す
「そういうことですか…」
僕は先輩の鞄も持って、駅に向かった
電車の席が空けば、先に先輩を座らせる
レストランに行けば、僕が椅子を引くまで先輩は座らない
いつもそうだ
そして僕は断らない
断れない
先輩は何かと僕に用事を言いつける
僕の気持ちを知ってか知らずか…
「先輩、部屋で食べれるそうですが、別料金らしいですよ」
「そう、じゃあお願いして」
「でも…」
僕はそんなにお金が…
「ここはあたしが持つから」
そう言ってバッグからカードを取り出した
「あなたは心配しなくていいわ」
先輩、カード持ってるのか…
旅館の夕食を部屋で食べるのなんて初めてだ
テレビの旅番組だけかと思っていた
「いやーうまかったッスね先輩!」
「まぁまぁだったわ」
そですか…
「ねぇ、知ってる?」
「なんですか?」
「この旅館には露天風呂があるの」
「へぇ、そうなんですか」
「一緒に入ってくれない?」
「へ?一緒に?」
「露天風呂は混浴なの」
こ、こんよく!
「いやいやいや、ダメでしょう!先輩1人で行ってください!」
「知らない男性ばかりだったらイヤだもの」
いやでも先輩と混浴だなんて…
「一緒に入って」
「で、でも…」
「いい?」
「い、いや…」
「入って」
「……はい」
入口は男女別
洗い場も別だ
外に出て、のれんをくぐると露天風呂がある
僕は体を洗い、タオルを腰に巻いて外へ出た
下手に遅れると、また先輩に言われる…
「うわ、はや!」
すでに先輩は露天風呂にいた
バスタオルを巻いて、足だけお湯に付けて座っている
髪の毛をアップにしていて、うなじが見える
僕は唾をゴクリと飲み込んだ
「あ、来たの?」
あなたが来いって言ったんでしょう
「混浴って言っても平気でしょ?」
この人は何をもって平気と言っているんだ
「こうしてタオル巻いておけば、見えないから」
いや、先輩…ヤバいっす
「…?どうして後ろ向いてるの?」
「いや、ちょっと……」
「気持ちいいよ、早くいらっしゃい」
先輩はゆっくりと温泉に入った
先輩が僕から目を離した瞬間を見逃さない!
僕は急いで湯船に入った!
腰のタオルは見られてないな…
露天風呂には誰もいなかった
浸かっているのは僕と先輩の2人だけ
50センチほど左にいる先輩
見ないようにしてるのに、めっちゃ存在を感じる
左側がなんだか熱い…
「ねぇ」
「は、はい!」
しまった!呼ばれてチラッと見てしまった!
濡れた髪の毛
長いまつ毛
うっすらと紅い頬
潤んだ唇
お湯から出ている肩
先輩の横顔が水滴でキラキラと光る
僕は、目が離せなくなってしまった…
「ねぇ」
「は、はい…」
「あたしの顔に、何か付いてる?」
「え!」
「だって、さっきからずっと見てる」
ヤバい!バレてる!
「そろそろ出たいんだけど…」
「は、はい!」
「そんなに見られると、さすがに立ち上がれない…」
は!
「す、すいませんでした!」
「いいのよ…」
パシャ
先輩はゆっくりと立ち上がった
…と思う
僕は必死に右を向いていた
部屋に戻ると、電気が消えている
「まだ戻ってないのかな…」
引戸を開けて中に入ると、先輩は窓際の椅子に座って外を眺めていた
月明かりに照らされている先輩
頬づえをつき、足を組んでいる
浴衣が少しはだけ、先輩の生足が見える
「おかえり」
「は、はい…」
「女の子より、お風呂が長いのね」
「は、はい…」
月明かりの先輩
薄暗い部屋
横に並んで敷かれた布団は、窓際の方だけ月明かりに照らされていた
ダメだ…
僕はやっぱりあなたに首ったけだ
「ねぇ」
「は、はい…」
「どうしようかしら」
「どう…とは?」
「どっちが外側で寝る?」
は!
「ぼ、僕は外に…」
1階のロビーにソファがあった
「あたしが外側がいいわ」
「い、いや、僕が外に…」
「あなたも外側がいいの?」
「いや、だって…」
まさか先輩を外で寝かせるワケにはいかない
「あたしも、月を見ながら寝たいわ」
へ?
つき…??
「じゃあ、布団を縦に敷きましょう」
た、たてに??
「そうすれば、2人で月を見られるわ」
先輩…
「いや、先輩、布団を敷きなおす必要はありません…僕は1階のロビーで寝ます」
「どうして?」
先輩は驚いた表情で振り向き、僕を見た
「だって、男女が一緒に寝るの、マズいです」
「それは、こういうことからしら?」
こういうこと?
「つまり、あなたは夜中にあたしを襲うってことかしら?」
「いや…」
そういうことでは…
「もし、そうなったとして、あたしが嫌がっても、あなたは襲うのかしら?」
「そ、そんなことは…」
僕は先輩が嫌がることなんてしません…
「しないでしょう」
「そんなことはしないでしょう」
「あなたは自分から何かしないでしょう」
「あたしから言わないと、しないでしょう…」
「…」
「布団を縦に敷きなおして」
「…」
「ちゃんと布団で寝て、疲れを取って」
「…」
「もう…」
先輩は立ち上がり、布団を動かしはじめた
「ぼ、僕がやります!」
「じゃあ、そっち持って」
2人して布団を敷きなおした
目を上に向けると、窓越しに満月が見える
僕の左に寝る先輩は、寝ながら月を見ていた
「ねぇ」
「はい…」
「ごめんね…」
え!
「でも、よかった」
先輩?
「あなたが一緒でよかった」
「あなたでよかった」
先輩…
「おやすみなさい」
そう言って目を閉じる先輩
先輩…
僕は…
やっぱりあなたが一緒じゃなきゃ嫌だ
「じゃあ、お会計してくるから」
「は、はい、先輩すみません」
「いいのよ」
僕は2つの鞄を持って、玄関で靴を履きながら考えていた
昨夜のことを考えていた
先輩が言ったことを思い出していた
(あたしから言わないと…)
あれは、どういう意味だったんだろう…
もし、僕から言ったら…
「ねぇ」
「うわぁ!」
先輩がやって来た
「な、なんですか?」
「あなた、いくら持ってる?」
「え?」
「お金、いくら持ってる?」
「お金、ですか?」
「そう、現金…」
「そんなに無いですよ、帰りの新幹線代くらいしか」
「貸してくれないかしら?」
「え、いいですけど、いくらですか?」
「全部…」
「え?全部?何に使うんですか?」
「その…」
「はい?」
「カード…この旅館使えないんだって…」
えええええぇぇーーー!
僕の先輩
おしまい
このお話しはフィクションです
私の過去の経験とはいっさい関係ありません




