第4話 歌ってのは、なんというか自由で救われてなきゃだめなんだ
「おはよーマイカ」
月曜日。私は幼稚園に来るなりマイカに話しかけた。
「おはよう、ミカ。動画見たわよ」
「本当に!?」
日曜日の午前中に撮影を終えるなりお父さんが動画の編集をしてYouTubeにアップしてくれた。
題名は『幼稚園生が歌う【天体観察】』。
昨日の夜8時にアップしてから今朝見ると11再生、1高評価だった。
全然再生されてないな、とは思いつつも1高評価キャッホーって感じだったけどその高評価もマイカのものだったらしい。
「やっぱりそんな簡単には行かないか……」
「そうね、でも本当に歌はうまかったわよ。長く続けたらもっと閲覧してもらえると思うわ」
「そうだね、もうちょっと頑張ってみる」
私がそう言うとマイカはにっこりと笑った。
「それで、マイカの方はどうなの?」
「ああ……私ね。私は……」
マイカは少し口ごもった。
先週、私がマイカに『YouTuberになって広告収入がっぽり作戦』の話をすると、マイカもお金を稼ぐために恩恵を利用して見たい、と言う話になった。
色々作戦は考えて見たものの、『記憶力』と言うのは実用的ではあるが、少し地味だ。マイカが世界中の国の名前を暗唱すれば世間はあっと驚くだろうが、それでは一発屋になりかねない。
と言うわけでマイカはとりあえず普通の勉強をしておく、と言う話になったのだ。
早速マイカのお母さんにおねだりして勉強ドリルを購入したらしい。が、それは幼稚園生用。ひらがなの練習やすうじの練習をするだけのものだったらしい。
「土日に小学二年生のドリルを買ってもらったわ。で、一桁のかけ算を解いていたら『この子は天才だ!』ってなって、危うく英才教育のためにアメリカに留学するところだったわよ」
マイカは少し顔をしかめる。
「それは大変だったね……」
「確かに私の記憶力は世界に通用するかもしれないけど……世界のあらゆる学術研究のトップが必要としてるのは歩く辞書じゃなくで考える人間よ」
ただ言葉を覚え続けてもいずれコンピュータに取って代わられるわ、とマイカは付け加えた。
「勉強はとりあえずやめておくわ。これ以上両親を刺激したくないし」
「そっか……じゃあさ、こう言うのはどう?」
「なあに?」
「言語学習とか、楽器演奏とかそっち系の勉強をするの。机に向かってやる勉強じゃなくて、感覚的な勉強をするんだよ!」
●○
俺の名前は関口。しがない会社員だ。
上の下ぐらいの大学を出て中の上くらいの会社に入った俺はなんとなく毎日を過ごしている。
会社に入って2年が経ち、仕事には慣れた。だが、それと同時に空虚な日々を送っているとも言える。
昼休みになり、俺は同期の山本と昼飯を食べに会社の外に出た。
「関口、今日はどうする?」
「んー……吉田屋か?」
「またかよ」
「もう少しでポイントが貯まるんだ」
「ポイントって……ああ、吉田屋のどんぶりがもらえるってあれか?」
「ああ」
「欲しいのか?」
「……いや。でもせっかくここまで貯めたんだし」
「バカヤロー。それ経営戦略にまんまと引っかかってるぞ」
「そうだな」
「ソバだ。ソバ。ソバに行くぞ」
「まじが、もう俺ねぎ玉牛丼の口なんだけど」
「知らねーよ。ソバだ」
俺は山本とくだらない話をしつつ、蕎麦屋に入った。
「いらっしゃいませー」
50過ぎのおばさんが暖かく出迎える。
「カウンターでよろしいですか?」
「はい」
「こちらへどーぞー」
俺は山本と並んでカウンターの席に座る。
「えーっとざるそば一つ」
「あ、じゃあ俺も」
おばさんが注文を取り厨房に注文内容を伝える。
「そういや、山田さんとこ、奥さん妊娠したらしいぜ」
「へぇー、まじか」
山田さんは4つ上の先輩だ。
「俺たちも山田さんくらいの歳で子供なんか出来んのかな」
「全くだな」
俺は山本と雑談をしつつ携帯を開いた。
メールは来ていない。
「ん?お前まだガラケーなのか?」
「まだってお前もガラケーじゃ……」
「じゃじゃーーん!」
山本はポケットからスマートフォンを取り出した。
「お前、買ったのか!?」
「ああ、やっぱり社会人として流行には乗っときたいわけよ」
「こいつ、メールできれば一緒だろ、とか言ってたくせに」
「記憶にございませーん」
山本は少しおどける。
「iPhone4Sだ。いやー奮発しちまったぜぇ。ワイルドだろ〜?」
「はいはい そうだな」
最近人気のピン芸人のネタを言いつつ、山本は嬉しそうにスマホを動かす。
「メールやカメラだけじゃなくて、ほら動画も見れるんだぜ」
そう言って山本は俺にスマホの画面を向ける。確かにそこにはYouTubeと文字が書かれていた。
スマホでも動画は見れないわけじゃないが結構面倒だからな。暇つぶしにもってこいかもしれない。
「ちょっと触らせてくれよ」
「ああ、絶対落とすなよ。絶対だぞ」
「……フリか?」
「ちげーよ!」
俺はスマホを受け取りYouTubeの検索をしてみる。
そうだな……学生時代にバンドで歌ったパンプ・オブ・ビーフの【天体観察】でも調べよう。
ぽちぽちとタッチパネルを押して入力をする。
検索結果に1番最初に出て来たのは『幼稚園生が【天体観察】歌ってみた』という動画。どうやら更新順になっていたらしい。
思わず再生してみる。
「なんだそりゃ?」
「幼稚園生の歌ってみた動画だ」
「お、おう……まあ、趣味は人それぞれだからな……。一つ忠告しとくが現実と理想をごっちゃにすんなよ」
「ロリコンじゃねーわ」
動画が読み込まれ音楽が再生される。
ピアノの伴奏音が聞こえ、動画に映ったのは幼女の背中。本当に幼稚園生が歌うらしい。
「おい、ちょっと音下げろ」
「ああ」
俺たちは近寄るとスマホを耳に近づけた。
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「………………………」
「………………………」
俺はスマホを置いた。
「すげえな……こんな幼稚園生がいるなんて……世の中は広い」
山本はポツリポツリと感想を言った。
「関口。お前……」
山本は俺の顔を見て少し驚く。
俺は大粒の涙を流していた。
「ちょっと……思い出しちまった」
俺は慌てて涙を拭う。
そう、俺は思い出したんだ。
あの頃を。
青春の一ページを。
アルバムを見たような感覚ではない。
数十年ぶりに机を並べた友人の声を聞いたような感覚。
ああ、懐かしい。
心が少し締め付けられ、体が浮くような感覚。
「高評価しても良いか?」
「いや、俺アカウント登録してないから」
「そうか。じゃあ俺、スマホ買って高評価するわ」
「へ?」
間抜け面をさらす同僚を無視して俺は動画を巻き戻し、再び耳に当てた。
○●
「ミカ、見てごらん」
「なになに?」
私はお父さんの部屋に呼ばれてパソコンの画面を見せてもらう。
「ほら、高評価ボタンが3も付いている」
「うわぁ! 本当だ!」
私は大げさに喜ぶ。
26閲覧 3高評価
順調だが、もっと閲覧数を上げるには動画の本数自体を上げるしかない。
これは私の野望の序曲に過ぎないのだ!
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