第3話 それでは聴いてください。『第3話』
その夜。緊急家族集会が開かれた。
出席者は、私、父、母の3人。まだ弟の賢治は生まれてきてない。弟は確か2月生まれだから……あと少しで妊娠が発覚するだろう。
話を戻す。
「ミカ、本当に『ゆーちゅーばー』になりたいのか?」
お父さんが複雑そうな顔で言った。お父さんは現代の言葉に疎かったからな。まだ付け焼き刃の知識しか持っていないことだろう。
YouTube自体の歴史は意外に浅い。YouTubeが実際に開設されたのは2005年。YouTuberが活動しだしたのは2011年。YouTuberと言う言葉が広まったのは日本では2013年頃からだ。
今は2012年。調べなければ一般人にはYouTuberと言う言葉にまだ馴染みはないだろう。
「動画を投稿して、収入を得るか……。何か欲しいものでもあるか?」
「ううん、私の歌を聴いて欲しいだけ!」
嘘だ。金が欲しい。
「確かに、ミカはとっても歌が上手なのよ?」
お母さんは若干私に賛成してくれている。ぐへへ、数の利こちらにある。
「ダメだ」
だが、家の大黒柱である父の言葉に一蹴されてしまう。
「全世界の不特定多数の人に見られるなんて認可できん。お前もよく考えろ、ミカはまだ4歳なんだぞ?」
お父さんが少しお母さんを睨んだ。
「そ、そうですよね……」
まずい。お母さんが敬語になることは弱気になっている証拠だ。このままでは私の『YouTuberになって広告収入でガッポリ大作戦』が水の泡。
「そんな! パパお願いだよ!」
秘技、上目遣い! 猫なで声! 目元うるうる!
どうだ、この神から授かりし美貌!
「ダメだ!」
しかし効果はない!そりゃそうだ、実の娘の色仕掛け(4歳)に揺らいだらそれはそれで大問題だ。
「お願いします! お願いします!」
必殺技、懇願!
「しつこいぞミカ! もう寝なさい!」
父の机叩き!
ひええー怖えー。体が相対的に大きい分めちゃ怖い!
もう寝なさいってまだ8時だぞ!?
ちらりとお母さんを見るとぼんやりと机の木目を見つめている。おい、せめて見守れ!
こうなったら最後の手段だ。
父はある歌手の大ファンである。
その歌手は『香椎林檎』。実力派女性シンガーソングライターである。
父は10年近く彼女を応援しており、よく休日はCDを流している。
彼女のヒット曲を挙げたらキリがないが、1999年に発表された『四角の内サディスティック』は彼女の代表曲のひとつだ。
私は息を吸い込んだ。
「報酬は入所後並行線で 大阪は愛せど何も無い」
個性的な曲ではあるが私の恩恵にかかればなんと言うことはない。私は抑揚をつけて歌い出す。
「リッケン650頂戴 16万も持って居ない 御茶のお湯」
お父さんは口をぽかんと開けていた。
「マーシャルの香りで飛んじゃって大変さ
毎朝絶頂に達して居るだけ」
私の声が狭い部屋に響く。近所迷惑かもしれないが……ごめんなさい、お隣の山本さん。
「マウス1つを商売道具にしているさ そしたらパンジーが肺に映ってトリップ」
「ミカ、やめなさい」
サビに入る前にお父さんが我に返って私の歌を止めた。
「なるほど、確かにパパの思っていたよりずっと上手いな」
お父さんは眉間にしわを寄せて深く考え込む。
行けそうだ!私はだめ押しと言わんばかりに最後の妥協案を提示する。
「私は歌を聴いて欲しいだけだから顔を出すつもりはないよ。だからお願い!」
最初のうちはね。有名になったらそのうち顔を見せて欲しいと言う意見が出るはず。後はその流れに便乗するだけだ。
「……分かった。認めよう」
「やったぁ! パパ大好き!」
私はお父さんに抱きつく。おお、加齢臭ゼロ。まだまだ若いな。
●○
一週間後、日曜日。
私はビデオカメラとマイクの前に立っていた。なお、ビデオカメラは私の背中側にあり、顔が写り込まないようにしてある。
ちなみに、ビデオカメラは誕生日の、マイクはクリスマスプレゼントの前倒しで買ってもらっている。
著作権の都合上音響はお母さんの妹の美智子さんのピアノ演奏だ。
美智子さんは主婦兼ピアノ教室の先生をしている。
今回の撮影場所も、無理を言って日曜日にピアノ教室を開けてもらってそこでやっている。
「叔母さん!今日はありがとうございます!」
「いいのよ、ミカちゃん。それにしても少しみない間に立派になったわね。子供は体も心も成長するのが早いのね」
まあ、1日で14年分成長しましたから。
「じゃあ撮影始めるぞ」
お父さんの声がかかる。
叔母さんの手が滑らかに動きピアノの前奏が響く。
私は息を吸い込んだ。
「午前一時 フミキリに 望遠鏡を担いでった
バッグに結んだラジオ 雨は降らないようだ」
今回歌う曲はバンプ・オブ・ビーフの『天体観察』2001年に発表された有名な曲だ。
「五分後に君が来た 大袈裟な荷物持って来た 始めようか 天体観察 流れ星を探して」
始めはあくまで淡々と歌い上げる。たが、目を瞑って歌詞の意味を噛み締めながら歌う。
「暗い闇に飲まれないように 一生懸命だった
君の震える手を 掴もうとした あの日は」
美智子さんの伴奏に力が入る。いよいよサビだ。
「見えないコトを見ようとして 望遠鏡をのぞいてみた 沈黙を切り裂いて いくつも声が生まれたよ」
多少音がズレようとも感情的に。しかし叫び声のようではなく、音を遠くに飛ばして。
「未来が僕らを呼んだって 返事もろくにしなかった 「今日」という 流れ星 君と二人眺めていた」
サビが終わり、曲調が再び戻る。私は小さく深呼吸するとマイクに向かって再び歌を唄い出した。