第1話 その日、主人公は思い出した……。
こんにちわ!
『くすのき みか』です!4さいです!
あのね、きょうから、ミカは、ようちえんにいくの。
でもね、きのうまではね、とってもたのしみにしてたけど、さみしくなったの。
だってね、ママがいなくなっちゃうから。
「ママーーーー!!」
ミカはがんばってね、ママにしがみついたんだけど、ようちえんのせんせいがひっぱるの。
「いやだーーー! はなしてーーー!!」
わたしのてがママのてからはなれちゃった。
「ママーーー!」
ミカはね、なきながらようちえんのなかにはいったの。
その瞬間。私は全てを思いした。
雷に打たれたような感覚。脳の細胞、いや、全身の細胞が震える。
「ヅッヅヅヅ!?!?」
「み、美香ちゃん……?」
先生の不安そうな声が聞こえたが、それどころではない。何千、何万という単語が、知識が、情報が頭の中に流れ込んでくる。
「ギィヤアアアアアアアア!!!!」
幼稚園生のものとは思えない断末魔が園内に響く。私は頭を抑えて転げ回った。
その声を聞いて何人もの園児が泣き出し、私に背を向けたはずの母親が飛んで帰って来た。
「どうしたんですか!?」
「わ、分かりません! 急に美香ちゃんが!」
「肝臓。新幹線。初期微動。薬物。イチョウ。ダンゴムシ。フランス。観覧車。みっちゃん。今村さん。菅原道真。エベレスト。コアラ。アンパンマン。訓読み。蝉。三人称単数。ロンドン。菅直人。消防署。煙突。二池高校。トーテムポール。ツイッター。ドミニカ共和国。常任理事国。リスク。チューリップ。人参。うんち。世界史。3組。料理。寿司。絶対零度。第二次世界大戦。組織票。ミジンコ。strawberry。ネロ。アリストテレス。一石二鳥。もちもちの木。完全無欠。陸軍。中山橋。花火。笹森小学校。広辞苑。机。三角形。大豆。寝台列車。原子爆弾。校歌。千円札。佃煮。時間割。来年。毒ガス。槍。愚者……」
私はブツブツと思い出した言葉をつぶやいていく。それでも言葉以上の知識が私の中に渦巻いていた。
「美香! どうしたの!? 美香!?」
はっと気がつくとお母さんが私の体を揺すっていた。私はまだ若い母の顔を呆然と見つめている。
「……………………」
「美香? どうしたの!?」
「あーーー……えっと………」
私は思い出した。全てを思い出したのだ。
夏が暑いという事を。
地球は丸いという事を。
織田信長を討ったのは明智光秀だという事を。
サンタクロースはいないという事を。
そして、私の人生が2週目だという事を。
「ごめんね、ママ。なんでもないよ」
「何でもないって……あなた今……」
「あはは、昨日テレビで言ってた言葉を言ってみただけだよ」
母は訝しげな顔をしていたが、私は明るい笑顔でそれを乗り切る。
「じゃあね、ママ。お仕事頑張って!」
「え、ええ……じゃあ先生、あとはよろしくお願いします」
「わ、わかりました。じゃあ美香ちゃん、こっちにおいで」
「はい!先生!」
半ば強引に母の追及をかわすと私は『イチゴ組』に向かって歩みを進めた。
————————————
こんにちは。
『楠木美香』4歳です。
さて、私もついさっき思い出したのですが、私の人生は2回目です。
本当ですよ?
前世の記憶——とは少し違いますね。私は人生を2回送っているのです。同じ家に生まれ、同じ名前をもらって、同じご飯を食べて今日まで生きて来ました。
時間が巻き戻ったと言った方がわかりやすいかもしれません。
さて、どうしてこんなことになったのか。
時間も少しあるのでお教えします。
私は幼稚園に3年間通ったあと、小学校を受験します。その後内部進学で中学、高校とエスカレーター式に進学します。
そして高校の卒業式の日。私は死にます。
高校に父兄のふりをして入り込んだ男が次々に生徒を刺したのです。
ちなみに私は2番目の犠牲者でした。
1番目の犠牲者は私の親友でした。
私はあの日のことを鮮明な覚えています。
卒業の悲しみのせいで目に涙をためていた親友が血を吹いてその場に倒れこみ、親友の背後から現れた黒い覆面をかぶった男が私の心臓に包丁を突き立てた。
激しい痛みと焼けるような熱さを胸に感じ、私はその場に崩れ落ちる。
そして私は2度と目を覚まさなかった。
そのはずでした。
●○
「美香どん……美香どん……」
誰かが私を呼んでいる。
「美香どん。起きちゃくれんかのぅ?」
私は目を覚ましました。
「おお、目を覚ましたばい。気分はどげかね?」
なんだこいつは。
私の目の前にいるのは坊主頭の大男。
「西郷隆盛?」
「ちがうばい。おいどんは西郷隆盛じゃなか。この世界の神の1人たい」
「………………」
私は周囲を見渡した。
白い地面と白い天井が永遠と続く世界。なにこれ怖。
「ここは?」
「ここはあの世……彼岸やね。きさんは自分が死んだ事を覚えとらんと?」
「ああ……」
私は思い出した。胸に手をやるが血も流れていなければ穴も開いていない。
「わかっとるとは思うけどきさんは死んだっちゃんね。ばってん、死んだ原因がおいどん等のミスとよ」
「ミス?」
「そうよ。きさんを襲った男がおったろ?あれはおいどん等が捕まえていた悪魔なんよね。おいどん等のミスでその悪魔が逃げ出して、きさん等の世界に降りて悪事を働いたとよ」
「悪魔……?」
「そう。もう捕まえたけん大丈夫っちゃけど……本来死ぬはずのなかったきさん等が死んでしまったと。んなこつ、申し訳なか。やけん、もう一回生まれた時からやり直してもらってもよか?」
「生まれた時からですか? 襲われる直前とかじゃなくて?」
「そーよ。ほら、世界の歴史って長かろ?やけん数年とかの単位じゃ巻き戻し切らんとよね。YouTubeの動画を秒単位じゃ巻き戻しにくいのと一緒よ」
「神様もYouTubeとか見るんですね」
「そりゃ見るよ。ピカキンとかね」
「はあ」
「じゃあ流石にこっちも何のお詫びの品もなしで生まれ変わらせるのは心苦しいけん、なんでも願い叶えてやるばい。ばってん、3つまでよ」
「い、いいんですか!?」
「よかよか。あ、でも『大物俳優と結婚したい』とかは無理やけんね。あくまで才能とか生まれる環境とかしか叶えられんけん」
「いいえ、十分です。ちょっと時間もらってもいいですか?」
「よかよ。こっちの世界の時間は無限やけんね。あ、ちなみにおいどんのオススメは『記憶の保持』やね」
私は悩みに悩み抜いて3つの願いを決めた。
「『記憶の保持』、『歌の才能』、『美少女に生まれる』でお願いします!」
「おお、よかよか。アイドルでも目指すと?」
「ウフフ、まあそんなところですね」
「了解したばい。あ、ちなみに記憶は4、5歳のあるタイミングでしか蘇らんけん。それより前に思い出したら脳が破裂してまうけんね」
西郷隆盛神は豪快に笑うと、ゆるく手を挙げた。
「じゃあ、良い人生を」
「ありがとうございました」
だんだんと視界が暗くなり、私の意識はそこで消えた。
————————————
そして、現在に至る。
『イチゴ組』に入った私は周りを見渡す。
めそめそと泣いている男の子。
好奇心旺盛に周りを見渡す女の子。
早くも絵本を手に取りペラペラとめくっている男の子。
「あ、いた」
教室の隅っこでお姉さん座りをしている女の子。
ショートカットの似合う女の子だ。
少し顔立ちは違うが、あの銀色がかかった髪の毛は彼女以外ありえない。
私は女の子に駆け寄る。
「こんにちは」
「あら、こんにちは」
女の子は私を見上げる。まだ4歳なのにすごく美人だ。
「……美香?」
「そうだよ。親友の顔を忘れたの?」
「ふふっ、ずいぶん可愛く生まれ変わらせてもらったのね」
「そっちこそ」
「ふふふっ」
「あははは」
この無駄に上品な笑い方、間違いない。
目の前で狂刃に命を削られた私の親友姫乃舞華だ。
「今世もよろしく」
「こちらこそ」
楠木美香、4歳。14年の付き合いの親友と再会する。
ブクマ、評価、感想をつけていただいたら執筆スピードがあがります!よろしくお願いします。