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【S】  作者: マチカネ


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第8章 決戦 “鬼”誕生

 《ダーククロウ》とアンデッドとの決戦、クライマックス。

 固くもなく、されど柔らかすぎもせず、とってもいい感触。

(あれ、こんな心地いい枕、僕、持っていたかな……)

 秀介(しゅうすけ)は、まどろみの中、そんなことを考えていた。


 パチッと目を開け、一番最初、視界に入ったのはニッコリ見下ろしているレディ・オーガの顔。

「目が覚めたか、ピュアボーイ」

 自分が膝枕していることに気が付き、慌てて秀介は起き上がる。

「お、お姉さん、あなたは?」

 状況が理解出来ない、ただ何となくレディ・オーガが悪人でないことだけは解った。

「お姉さんか~、可愛いこと言ってくれるじゃねえか」

 レディ・オーガは満面の笑みを浮かべる。

 彼女に撃たれたことを思い出し、自分の体を調べてみる。外傷は何処にもない。

「安心しろ、お前に撃ったのは麻酔弾だ」

「秀介ー」

 柿木園(かきぞの)に連れられた弘一郎(こういちろう)が部屋に入ってきた。

「弘一郎くん」

 秀介も弘一郎の元へ向かう。

「無事か秀介、体は何ともないか?」

「何ともないよ、とっても元気」

 共に無事を確認できて喜び合う秀介と弘一郎を見て、レディ・オーガの顔に腐臭のする邪さが走ったのは2人とも気が付かなかった。

「お前らは何者なんだ」

 敵意を剥き出しにする弘一郎。秀介が撃たれ、自分も背後から殴られたのだ無理もない。

「まずは君たちに危害を与えたことを謝罪しよう」

 立ち上がって頭を下げる、先ほどまでの腐臭のする邪さは消えていた。続いて柿木園も頭を下げる。

 大の大人に頭を下げられてしまっては、子供である秀介も弘一郎も何も言えなくなってしまう。

 ゆっくり頭を上げたレディ・オーガ。

「私たちは対アンデッド特殊部隊ダーククロウだ。私のことはレディ・オーガと呼んでくれ」


 それぞれ秀介と弘一郎が自己紹介した後、レディ・オーガと柿木園に連れられて部屋を出る。

 ここは盛綱市(もりつなし)市役所、何度か前を通ったことはあっても、あまり入ったことの無い場所。《ダーククロウ》は市役所を臨時の基地として使っていた。

 辺りを見れば、黒い軍服を着た男たちがせわしなく動き回っている。まだ事態は収まっていないという証。

「私たち《ダーククロウ》は盛綱市で暴れている怪物をアンデッドと呼んでいる。お前らも見ただろ、“アレ”のことだ」

 秀介と弘一郎は頷く、見たどころでは済まされない経験をした。今、こうして生きていること事態、幸運なのかも。

 みんなで会議室へ。

「適当に座ってくれ」

 中央には長机が置かれた会議室、幾人かの《ダーククロウ》の戦士たちが腰を下ろしていた。

 適当にと言われたので秀介も弘一郎も適当に並んで座る。

「オイ、こいつを見たことはないか?」

 レディ・オーガはホワイトボードに一枚の写真をマグネットて止めた。

「あっ」

 写真に写るおじさんに、弘一郎は見覚えあり。

「そいつフードコートでアップルパイを食ってた」

 レディ・オーガと柿木園は顔を見合わせ、少し辛辣な顔をする。やはりほんの少し前まで朱野(あけの)ショッピングモールにいた。

 そんな思いに留まっているべきではないので、追っ払うレディ・オーガと柿木園。

「この男はGGD(ジージーデー)と呼ばれるテロリストでな、先日盛綱市で起こった爆破事件の犯人もこいつだ」

 こいつの所為で何人死んだことか、危うく秀介も犠牲になるところだった。そう考えると弘一郎は腹が立つ、フードコートで見かけたとき、ぶん殴ってやれば良かったとさえ思う。

 おそるおそる手を手を上げる秀介。

「僕たちの他にも、保護された人はいるのでしょうか」

 一番気がかりなこと、母親の幸乃(ゆきの)ことも弘一郎の家族ことも心配。

「盛綱市で救出した連中は、盛綱市市民球場に作った避難施設で保護している」

 盛綱市市民球場で2人は学校対抗野球をやったことがある、秀介はベンチだったけど。

 そこにプレハブ小屋を並べ、避難施設を設置、これには自衛隊が協力してくれている。

「安心しろ、そこにお前らの家族もいるぜ」

 総合病院にいた幸乃だけでなく、道場にいた弘一郎の家族も保護済み。

「レディ・オーガさん、ありがとうございます」

 態度で嬉しさを示す秀介。

「それが私たちの仕事だ、気にすんな」

 秀介にお礼を言われ、デレ~っとなりそうなのを堪える。

 態度で示していないが、弘一郎も家族の無事を知って嬉しい。

「さてと、これからのことだが……」

 視線を弘一郎へ向ける。

「弘一郎くん、すぐに“君”は盛綱市市民球場に行くといい、部下に送らせよう」

 スマホで部下を呼ぼうしたところ、弘一郎は立ち上がった。

「俺だけか?」

 優等生ではなくとも“君”のニュアンスには気が付いた。

「ああ、“君”だけだ。秀介くんには残ってもらう」

 嬉しさが引っ込み、一度は引っ込んだ敵意が出てくる。

「秀介も連れて行く、それがだめなら俺も残らせてもらう」

 睨みあうレディ・オーガと弘一郎。

 “俺も残らせてもらう”と言ってくれた、その気持ちが秀介は嬉しい。

「残るって言うんならな、覚悟がいるぜ。下手すりゃ、二度と引き返せねぇ、それでも盛綱市市民球場に行くつもりはないのか?」

 無言で頷く。

 レディ・オーガも柿木園も、弘一郎の覚悟が口だけでないのを知る。

「とりあえず、座れ、話はそれからだ」

 高まった気分を弘一郎は深呼吸で落ち着かせ、席に着く。

「保護した連中にゃ、アンデッドの正体が感染者だということは話しておいた。見られている以上、隠しっぱなしってわけにもいかねぇからなぁ」

 一旦、話の間を開ける、これからの話はシークレット。今、会議室を出て行けば、今まで通りの生活が送れる。しかし出て行っていいのは弘一郎だけ。

 出ていく素振りすら、弘一郎は見せず。

 弘一郎の揺るがなさを確認したレディ・オーガ、シークレットの話を始める。

「人の命を奪うばかりか、死さえも踏み躙りアンデッドに変えるウィルス、それが【S】。その制作者がこいつだ」

 ホワイトボードに張られたGGDの写真を叩く。

「今までもGGDはウィルス【S】でアンデッドを生み出してきたが、今回は爆弾を使ってウィルス【S】をばら撒き、アンデッドを大量生産しゃがった。洒落になってねぇじゃねぇかよ」

 これまで《ダーククロウ》は極秘裏に行動、アンデッドを殲滅。隠蔽、情報操作も上手くいっていた。

 だからこそ秀介も弘一郎も、盛綱市の人たちもアンデッドの存在を知らなかった、我が身に降りかかるまでは。

 だが今回は、最初の爆弾テロでGGDとの関連を見いだせず、報道されてしまったこと、爆弾を利用して広範囲にウィルス【S】をばら撒かれ、アンデッドが大量発生したこと。さらに噛まれたものもアンデッドになり、ネズミ算式に増えてしまったこと。こうなってしまっては、今まで通りの完全な極秘行動、隠蔽、情報操作は不可能。

「何で、何でそんなことをしたんだ!」

 怒鳴る弘一郎。

 いつもはおとなしい秀介も、怒鳴り付けたい気分になってしまっていた。それだけ腹に据えかねている。

 学校での先生や生徒の錯乱、杉本(すぎもと)巡査と(みさき)さん、盛綱市のバイオハザード。

 秀介と弘一郎は知らないが、朱野ショッピングモールの絶滅。

 全てがGGDの仕業、諸悪の根源。

「正直言って解らなねぇんだわ、これが。GGDのくそ野郎を取っ掴まえないかぎりはな」

 すなわちGGDを掴まえれば解るということ。

「包囲はしっかりしているぜ、蟻になったとしても盛綱市からは逃げ出せやしねぇ」

 盛綱市の包囲は情報封鎖、アンデッドを外に出さないための他、GGDを閉じ込める意味もある。幸いにも地元の情報で抜け道さえも抑えている状態、これなら確かに蟻になっても脱出は不可能。

「大体のことは解った……」

 まだ弘一郎の一番知りたいことは教えてもらってはいない、隣の幼馴染の顔を見る。

「何故秀介だけ、残らないといけないんだ?」

 ここまでの話を聞いた限り、秀介が残らないといけない理由は無いはず。なのに何故、秀介は避難施設へ入れないのか。

 それは秀介自身も知りたいこと。

 少しほんの少し、レディ・オーガは沈黙した。柿木園も思い深げな表情になっている。

「それはな、秀介くん、君も感染者なんだよ」

 “秀介も感染している”。最初、秀介も弘一郎も意味が解らず、きょとんとしていた。

「高い治癒能力、急激な身体能力の向上、アンデッドの感知能力。これらのことに心当たりが無いかな? 秀介くん。あるなら私の言ったことがビンゴということだ」

 あり過ぎる、爆弾テロで大火傷を負って意識不明の重体だったのに、いつの間にか完全に治っていた。おまけ虚弱体質も治り、体力も上がっている。アンデッドの気配を察知できるのも確か。

 全てが当て嵌まる。ウィルス【S】の感染、あの化け物、アンデッドの仲間になったんだとすれば……。

 何も言えない、頭の中が真っ白になるということはこんな事なのか。背筋が凍り付くよりも恐ろしい恐怖に飲み込まれそうになる。

「それはおかしいだろう!」

 真っ先に弘一郎は拒否を示し、言葉させ出せなくなっていた秀介を、いきなり抱きしめる。

「あの化け物、アンデッドどもは死人だろ。秀介の鼓動はある、こうして抱きしめれば暖かい。しっかり生きているじゃないか、この俺が証人だ!」

 背筋が凍り付くよりも恐ろしい恐怖が解けた秀介。

 鼻の下が伸びるレディ・オーガ。

 自分のやったことに気が付いた弘一郎。

 別々の意味で秀介と弘一郎、レディ・オーガは硬直状態。

 ゴホン、柿木園の咳払いで硬直状態が消失。

 弘一郎は秀介を離し、レディ・オーガも咳払いして気を落ち着かせた。

「まー、あれだ、確かにウィルス【S】に感染すれば脳波も心拍も呼吸も停止する。瞳孔が開き、体温は無くなる。要するに“死ぬ”ってことだ」

 生ぬるくなった雰囲気を強引に追っ払うように話を再開。

「だがなウィルス【S】に感染者が、みんながみんな“死ぬ”わけじゃねぇ。たった、たった1人だけ、【S】に感染者しても死ななかった奴がいる」

 何となく、この後の言葉は秀介には解った。感じたと言ってもいいかもしれない。

「それが、この私だ」

 自分を指差す。

本気(マジ)?」

本気(マジ)だよ」

 本当本気(マジ)なので、弘一郎に本気(マジ)と答える。

「こんなに美しい私が、なんで《ダーククロウ》の隊長をやっていると思っているんだ」

 【S】に感染者しても死んでいないという理由だけではない、隊長に見合うだけの実力と人望を持っているから。美しいは関係があるかないのかは解らないけれど。

「いろんなものを失ったあの日から、私はレディ・オーガと名乗っている。鬼になると決めたからな」

 レディ・オーガが感染したときも、多くのアンデッドが生み出された、その中には大切な家族大事な親友もいた。

 あの日から“鬼”となった、いろんな意味で。

「“鬼”の特徴の一つに、触れるだけでアンデッドを倒せる力がある」

 レディ・オーガよりの秀介への無言の語りかけ、“心当たりあるだろ?”。

 ある、大いにある。秀介も触れるだけでアンデッドを崩せる。

「“鬼”以外でアンデッドを仕留める方法は焼くしかねぇ」

 アンデッドへの強力な武器は、レディ・オーガと火炎放射器、そしてもう1人。

「そうか……、僕も“鬼”なんだね」

 自分が感染者だということを受け入れなくてはならない、逃避しても現実は変わらないのだから。

「後、私のような感染者には二次感染はないのでな、キスしても安心だということだ」

 誰とのキスのことを言っているのだとは、柿木園は何にも言わないで置いた。つまるところ、レディ・オーガや秀介に噛まれても大丈夫だということを抑えていればいい。

 秀介と弘一郎も、いつかはキスをすることもあるかなぐらいしか思ってはおらず。

「ここに残って僕も戦います」

 決心した。GGDをこのままにしていたら何度でも【S】ばら撒き、多くの悲劇を生み出す。

 こんな悲劇は繰り返してはダメだ。自分に止める力があるなら、使うべき。

「だったら俺も戦うぜ。秀介1人だけ戦わせて、のんびりなんかしてられるような卑怯者じゃないんだ、この俺は」

 弘一郎も決心を固めた。

「ありがとう、弘一郎くん」

「当たり前だろ、俺たち親友じゃないか」

 そんな2人を見たレディ・オーガ、

「なぁ、お前たち“アレ”なのか?」

 また鼻の下が伸び掛けている。

「“アレ”って何?」

 全く分かっていない秀介。

「?」

 硬派の弘一郎にとっても縁の遠い世界の話。

「解らないなら、解らないでいい」

 頬っぺたをポリポリ。

 そこへ部下の1人が飛び込んできた。余程、急いで走ってきたのだろう、息が荒い。

「GGDの居場所が解りました」



 盛綱市中の防犯カメラをチェックしていた部下、その内の1つがアンデッドを引き連れるGGDの姿を捉えていた。

 時間も一時間ちょっと前、今もここにいることは確実。

「市民の森公園」

 GGDが入った場所のことを秀介は知っていた。市民の憩いの場として造られた盛綱市市民の森公園。放課後には小中学生が遊び、休日には家族連れが一家団欒を楽しむ。

 秀介と弘一郎も、よく遊びに行ったことがあるし、家族ぐるみで花見やピクニックもした。

「柿木園、すぐに出陣する、招集を掛けろ」

「ハイ」

 2つ返事で、マイクを取り《ダーククロウ》に招集をかける。

「もう逃がさないぜGGD、ここがテメーの年貢の納め時だ」

 不敵に微笑むレディ・オーガの八重歯が光る。


 急ピッチで戦闘準備を整える《ダーククロウ》の戦士たち。

 戦いが始まる。覚悟を決めたとはいえ、秀介は震えていた。“鬼”の力を持っているとはいえ、お子様なのだ。

 ポンと肩を叩く弘一郎、

「不安になるな、俺がいるだろ」

 と豪語している本人も膝が笑っていた。

「心配すんな、俺のは武者震いだ」

 これまでの不良たちとは違いアンデッドは危険すぎる相手。命を失う恐れ、最悪仲間にされてしまう恐れだってある。

 震えるなというのが無理、かと言って一度決心した以上、2人とも引き下がるつもりなど無し。

「オイ、コイツを持ってな」

 レディ・オーガに投げ渡された日本刀を弘一郎は受け取る。あの白い刃の日本刀。

「そいつは私の骨で出来ている。ちょいと切るだけでアンデッドを仕留められるぜ」

 レディ・オーガの骨も血も爪も、全てがアンデッドの強力な武器となる。BB(ボーンブレット)も彼女の骨から作られたもの。

「今、お前さんに用意させている物がある、しっかりと受け取っておけよ、攻撃だけが戦闘じゃないんだぜ」



       ◆



 盛綱市市民の森公園に逃げ込んだGGDはイライラしていた。周囲にいるアンデッドは、金属製の横笛の命令で待機中。

「折角、実ったのに、やっと実ったのに」

 長い間、求め続けていたものを手に入る寸前、《ダーククロウ》に渡ってしまった。

「必ず、必ず手に入れて見せる」

 このまま逃げ出してしまえば、今の今までウィルス【S】をばら撒いたことが無駄になってしまう。

「爆弾で吹っ飛ばし、その隙に奪い取るか、それとも出来損ない(アンデッド)を突っ込ませ、それに乗じて奪い取ろうか」

 いろいろ作戦を考えていると、車のブレーキ音が聞こえてきた。1台や2台ではない、何台ものブレーキ音。

 まさかと思ってGGDが双眼鏡で見てみると、ワンボックスカー、ハンヴィー、ジープ、黒塗りの車両の集団、ナンバープレートは黒、文字の色は赤、《ダーククロウ》の到着。

 不測の事態を考慮して火炎放射器が使えないよう盛綱市市民の森公園に身を潜めていたが、こんなに早く見つかるとは計算外。

 ここまで踏み込まれてしまっては逃げるのも無理。

「ここで諦めたら、GGDを名乗る意味がない」

 双眼鏡を置き、金属製の横笛を手に取る。



       ◆



 盛綱市市民の森公園を見ているレディ・オーガ。

「いた」

 慌ててアンデッドを操っているGGDの姿が見える。

「敵アンデッドを殲滅せよ、いいな、一匹たりとも逃すな、特にGGDは」

 指令を下す、下さなくても《ダーククロウ》の戦士たちの気持ちは同じ。この市民の森公園で決着つける、追っかけっこもここまで。

 市民の森公園では火炎放射器は使えない、それぞれBB(ボーンブレット)を装填した拳銃、中にはボウガンを持っている者もいる。矢はレディ・オーガの骨で出来ていて、これなら使い回しが可能。

 その他にも剣や斧、棍やヌンチャクや三節棍を持っている者たちもいる。

「あの大丈夫なんですか」

 武器はレディ・オーガの骨で作られたもの。あれだけの数、秀介は心配になる。

「心配してくれんのか、嬉しいね」

 わしゃわしゃ、秀介の頭を撫ぜる。

「大丈夫さ、私の体はな、そんな柔じゃねぇんだよ」

 伊達にレディ・オーガを名乗ってはいない。

「俺たちも行こう」

 黒い軍服着た戦士たちとは違い、首元から手首足元までびっしりと覆う黒い服装を着た弘一郎は日本刀を抜く。

「うん」

 ここまでくれば、秀介も弘一郎も震えと怯えは何処へと去っていた。代わりに来ているのは、ちょっぴりの興奮。

「さて出撃と行こうか、小童ども」

 レディ・オーガがダークスーツの上着を脱ぎ捨てたのを合図に、秀介たちも市民の森公園に出撃する。


 数では圧倒的にアンデッドが増している。中にはカミソリのような歯を生やしたものや全身に鋭いトゲが生えたもの、蛇のように体が伸びたもの、鞭状の尻尾をしならせるものetc、異形のアンデッドも数多くいて、戦力は整っているように見える。

 その上、アンデッドに一噛みされればアンデッドになり、仲間を襲う怪物になり果てる。

 一見ダーククロウが不利な状況。

 素人にとってはアンデッドは驚異的な相手――――だが。

 コルトガバメントから発射されたBB(ボーンブレット)がアンデットの体にめり込む、巧みにヌンチャクを使い攻撃を与え続ける戦士、手にした斧を振り下ろし、アンデッドを切断する戦士。

 《ダーククロウ》の戦士たちは対アンデッドの特訓、とてつもない辛く苦しい特訓を最後まで潜り抜けてきた精鋭中の精鋭。

 1人1人で戦っているのではない、全員が一つとなり驚異的な戦闘力を生み出す。

 アンデッドは知性もなく行動もバラバラ、ただ笛の音に操られて動いているだけ。

 言ってしまえば意識の無いロボット同然なのだ。

 攻撃パータンは変化なし、鍛え上げられたプロフェッショナルには簡単に見切れてしまうレベル。

 数字上の不利など問題とはせず、一気に殲滅に掛かる。


 袖を折りたたんだレディ・オーガ。

「よっしゃー、私も行くとするかぁっ」

 目を閉じて深呼吸、全身に力を漲らせる。

 まるで血を吸い取って染め上げるように、段々と黒髪が赤に変わっていく。額の真ん中から、にょきっと白い一本の角が生える。

 開いた目の瞳は真紅。

「どうぉりゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 気合一閃、アンデッドの群れへ突撃。

 両手の下膊(かはく)に刃が迫り出し、アンデッドを切り刻む。

 この鋭い刃は骨が変化したもので再生可能、白い刃の日本刀やBB(ボーンブレット)などの材料になっている。

 “鬼”への変化(へんげ)。身体能力、防御力、攻撃力、再生能力が格段にアップする、レディ・オーガの切り札。



 秀介、弘一郎、両者とも戦闘の真っただ中。

 白い刃の日本刀でアンデッドを斬って斬って斬りまくる。剣道の経験は無い弘一郎でも同じ武道の空手をやっている影響なのか、そこそこ使いこなせていた。

 触れるだけでアンデッドを崩せる秀介。いつも助けられてばかり普段守られてばかり、でも今日は違う、弱ちょろかった自分が活躍出来ている、弘一郎の助けになっている。

「消えろ、化け物め」

 いっぱいいっぱい頑張って、アンデッドの数を減らす。

 秀介と弘一郎、ベストなコンビネーション。

 アンデッドを斬り捨てていると、突然の不意打ち。咄嗟に弘一郎は噛みつきを左腕で受け止めた。

 噛まれる左腕、アンデッドに噛まれればアンデッドなる。しかしアンデッドの歯は弘一郎の皮膚に到達しない。

「いつまで噛みついてんだ!」

 アンデッドを蹴っ飛ばして突き放し、縦一文字に叩き斬る。

 シャークスーツとものがある。鮫の餌付けの時なんかにダイバーが着ている鎖帷子の様な防護スーツ。

 そのスーツを対アンデッド用に改良したものを弘一郎は着ていた。これならばアンデッドの歯どころか、牙や爪さえも通さない。

 元々は《ダーククロウ》の戦士たち用に開発されたものなのだが、動きの邪魔になるとかで着ないものが多い、また盾代わりに利き腕と逆の腕にだけ着けている者もいる。

 戦いの最中、日本刀の使い方に慣れてきた弘一郎は、空手の技を交えながらアンデッドを駆逐する。

 どんどんアンデッドを崩していく秀介。

 レディ・オーガに倒されたアンデッドの遺体は残るのに、秀介に倒されたアンデッドは崩れ去り、跡形は残らない。

 誰もこの相違点に気に留める余裕などなく、黙々と戦闘を続けていった。



 着実に数を減らしていくアンデッド、全滅するまで後わずか。

 覚悟を決めたGGDはボストンバッグを引っ掴み、《ダーククロウ》の前に飛び出した。

 ボストンバッグの中身は爆弾、盛綱市各所で使用した爆弾と同じ、ウィルス【S】を仕込んだもの。

 中にあったスイッチを引っ張り出す。

 GGDの最終手段、《ダーククロウ》を巻き込んでの自爆。爆発による被害もさることながら、とっても恐ろしいのは新たな感染者の誕生。それも対アンデッドのプロフェッショナルのアンデッド。

 これで事態はひっくり返る、自身の命と引き換えに。

「例え世界の終末が明日来ることになっても、私は今日、リンゴの種を蒔く!」

 スイッチを押そうとした瞬間、三発の銃声が轟く。

 二発はGGDの腹部、最後の一発は眉間に穴を穿つ。

 グロック26を構える柿木園、正確な射撃。

 叫んだままの顔を焼き付け、GGDは倒れた。

「すいません、止める方法はこれしか思いつきませんでした」

 出来ることならGGDは生きたまま確保したかった。ウィルス【S】の製造法、ばら撒く目的、資金源……聞きたいことは山ほどある。

 文字通り死んでも離さなかった爆弾のスイッチをレディ・オーガは取る。

「助かったぜ、ありがとよ柿木園」

 怒ることは無かった、あの状況、レディ・オーガは何も出来なかったのだから。



 盛綱市市民の森公園で蠢いていたアンデッドを、ほぼ殲滅。

 《ダーククロウ》の戦士たちは森の中に入り、残りがいないか探索中。一匹でも見逃してしまえば、増殖する危険性あるので大部分がこの任務に加わっている。

 ボストンバッグの爆弾も爆弾処理の技術を持っている戦士が無事に解体を終了。

 事態は終息へと向かっていた。


 “鬼”の変化(へんげ)を解いたレディ・オーガ、GGDの遺体を見下ろす。

 家族親友知人の仇、自分を“鬼”に変えた相手、ウィルス【S】をばら撒く凶悪なテロリスト。

 複雑な思いが胸中を駆け巡る。


「大丈夫か? 秀介」

 ベンチに座っている秀介に、弘一郎が声を掛けてきた。

「僕は大丈夫だよ、弘一郎くんこそ大丈夫?」

 精神的な疲れを除けば、いたって普通の秀介。

「俺を誰だと思ってんだ、平気も平気へっちゃらさ」

 親指で自身を指さし、胸を張る。ちょっぴり息の荒い弘一郎、でも顔色は良好。

 とにかく大変な戦いだった、お互いケガが無かったのは嬉しいこと。

 ガサッと森の木々が揺れた。

 何だろうと秀介と弘一郎が森の方に顔を向けた時、何かが飛び出してきた。

 吹っ飛ばされて弘一郎は地面を転がる。防護スーツを着ていたことと物心ついたころより空手をやっていたので条件反射で防御態勢を取ったことが幸いし、大事には至らなかったが、衝撃で体が痺れ、すぐには動けない。

 そこに立っていたのは全身黒光りする外骨格に包まれた巨大なアンデッド、右手はごつい鉤爪、左手は斧型に変形。

 体は何倍にも膨れ上がり顔は焼け爛れていても、秀介と弘一郎には誰なのか解った。谷畑(たにはた)だ、あだ名はめいさん。

 秀介をいじめていた不良グループのリーダー、一緒に爆弾テロに巻き込まれ、別々の病院に搬送された。

 人間だったころの意識が残っているのか、倒れている弘一郎を確認すると、他の《ダーククロウ》には目もくれず、一目散に襲い掛かる。

 《ダーククロウ》の戦士たちの大半は森の探索任務中、残っていた戦士は発砲。

 アンデッドの弱点であるはずのBB(ボーンブレット)は固い外骨格が弾いてしまう。

 レディ・オーガの位置からでは駆けつけても手遅れ。さらに“鬼”の変化(へんげ)はスタミナを大量消費するので連続使用は出来ない。だからこそ“鬼”の変化(へんげ)を切り(さいごのしゅだん)にしている。

 吹っ飛ばされ動けない弘一郎へ、めいさんアンデッドは左手の斧を振り上げた。

 プチン、とってもピンチの弘一郎を見た秀介の中で何かが切れた。

「弘一郎くんに手を出すな!」

 燃えていると錯覚させるがごとく髪の毛が伸びて赤くなり、にょきっにょきっと額の両端から二本の角が生え、両手の爪が鋭く伸び、瞳は真紅に染まる。

 瞬時にめいさんアンデッドの目前に移動すると、むんずと掴んで巨体を頭上に持ち上げた。

 なんとBB(ボーンブレット)を弾いた外骨格を爪が砕く。

 外骨格の内側に達した秀介の爪、逃れようともがくめいさんアンデッドの体が崩れ去る。

 ゆっくり変化(へんげ)が解け、そのまま秀介は倒れた。

「秀介!」

 起き上がろうとしても、まだ体はうまく動いてくれず。

「心配するな、気を失っているだけだよ。初めて変化(へんげ)した時、私もこうなったんだぜ、なんせ、か弱い乙女なんだからよ」

 秀介をお姫様抱っこ、なんだかとっても幸せそうな顔。突っ込む言葉も思い浮かばない弘一郎。




 レディ・オーガは腐女子でであります。

 最初、めいさんアンデッドはもう少し早い段階で出すつもりでしたが、ここに持ってきました。

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