第6章 朱野ショッピングモール
ゾンビ映画にショッピングモールはつきものですからね。
「僕は藤崎秀介、高校2年生です」
自己紹介したところ、チラッと視線を向けてきた中村。何も言わなくても何を言いたかったのかは解ってしまう。今、着ているのは出来るだけ男の子ぽいのを選んでいても女の子用の服なのだ。
「同じく、高校2年の竹野功一郎、秀介とは幼馴染だ」
続いて功一郎も簡潔に自己紹介。
秀介と弘一郎、中村が朱野ショッピングモールに入ると、シャッターが閉じ始める。
ここのリーダーを名乗る中村に案内され、ショッピングモール内を歩く。元々、中村は朱野ショッピングモールの店長を任されていた人物。
寝転がったら気持ちよさそうな、ふかふかの絨毯の敷かれた床、食料品、日用品、嗜好品など全てが揃い、映画館まである。いわば町が丸ごと1個あるような場所。
「映画の影響でしょうね、このショッピングモールに避難してくる人が後を絶ちません」
老若男女、かなりの人が避難してきていた。
「ここへ逃げてくる人は誰であれ、基本、拒まないようにしております。こんな時こそ、助け合いが肝心でしょう」
避難してきた人たちの中には柱や棚の影、遠巻きに秀介と弘一郎を見る人たちがいる。その眼差しが語るものは警戒心。
歓迎すると言った中村とは正反対に、ここの住人には“歓迎されていない”そんな思いを秀介と弘一郎は持ってしまう。
「気を悪くしないでください、みんな不安なんですよ、外が“ああ”ですから」
ここに集まっている人の大半は、秀介と弘一郎と同じようにアンデッドから逃げて、この場所に辿り着いた。不安になるのも当然と言えば当然。
「ここにはあらゆる物資が揃っており、ストックも沢山あります。ですが仕入れの出来ない状況で、このまま消費を続ければいずれは底をついてしまう」
当分は持ちこたえることが出来る、正し、それは永遠ではない。そのことも皆に不安を与えている原因。
人が増えれば消費も早くなる。
「中村さん、少しいいでしょうか」
「何でしょう」
秀介は特殊部隊のことを話す、中村の反応も見たかった。
「政府が派遣した特殊部隊、それは本当のことでしょうか!」
食い入るように聞いてくる。
「警察官に聞いた話だから、信憑性は高いと思います」
中村の反応で特殊部隊の話は、ここには伝わっていないことが知れた。
「もっと、もっと詳しく聞きたい、その警察官は、今、どこにいるのでしょう?」
「それは……」
俯いた秀介。
「……そうですか、それは悪いことを聞きました、本当にすいません」
秀介の様子で察した中村、ちゃんと謝罪、年下の秀介に頭を下げて。
「ただ、あなたたちのもたらしてくれた、この情報は皆さんの大きな希望になるでしょう、ありがとうございます」
秀介、弘一郎の順番に両手で握手。
中村はいい人だと、秀介と弘一郎は解った。
政府が特殊部隊を派遣したことを中村は放送した。放送が届いた範囲は朱野ショッピングモール全域。
この情報は避難してきた人たちに、大きな希望を与え、心に居つく不安を緩める結果となった。
男の子用の服に着替えた秀介、これで女の子に間違えられることはないだろうと自信を持つ。
その横で、それでも間違える人はいるんじゃないかなと口に出すことなく、心の中だけで弘一郎は思ってしまっていた。
アンデッドの気配を秀介が感知できるのことは話さないでおくことにした。話せば余計な警戒心を与えると判断したから。
「秀介さん、弘一郎さん、少しいいでしょうか」
放送を終えた中村がきた。
「先ほどは言いそびれましたが、ここに住むのなら、ルールに従ってもらわなくてはなりません」
ルールに従う。ショッピングモールを一歩出れば、アンデッドの徘徊するデンジャラスゾーン。
こんな状況で生き延び、秩序維持には、確かにルールが必要になる。
「ルールと言っても簡単なことです、みんなで助け合う、他人の物を盗らない、他人を傷つけない、他人に迷惑はかけない、ここにいる間、中学生以上の健常者は仕事をするということ。これさえ守ってくれるなら、後は自由にしてくれてもかまいません」
中学生以上の健常者、秀介と弘一郎も該当する。少し前まで虚弱体質だった秀介、今はすっかり健康体。
「仕事? どんな仕事だ」
バイトの経験のある弘一郎。
「放送係、食事係、清掃係、子供たちに勉強を教えるのも仕事、見回りなんかもあります。あなたたちの得意なことを仕事にしてくださって構いません、ゆっくり考えて決めてください」
ゆっくり考える必要は無かった。
「なら俺は見回りだ。なんせ、おしめが取れた時から、空手をやっているんだからな」
どんなもんだと握り拳を作ってみせた。瓦なら五枚以上、軽く割れるる拳。
「僕は食事係がいい、料理得意なんです」
弘一郎も秀介も即決で仕事を決めた。
「解りました。でしたら、この後、それぞれの係に紹介しておきましょう」
「竹野功一郎、空手をやっている」
見回り係のメンツへ向け、名乗る。
未成年なのは弘一郎1人、他の人はごつい大人ばかり、強面の人もいる。
「空手をやっているだって」
「で、お前の腕前はどれほどのものなんだ」
「まさか、通信教育じゃないだろうな」
別に弘一郎を嫌っているわけではない、見回り係はボディガードや警官の役目も担っている危険な仕事、柔い奴など無用の職場。
「解りました」
ならばと空手の型を見せることにした。一同の前で放たれる拳は風を切る。
これで認めてもらえないなら、レンガでも割ろうか、それとも模擬戦の方がいいかなと考えていたら、突然、起こる拍手。
ここにいるのは、どいつもこいつも腕っ節には自信があるものたち、型だけでも相手の実力を測ることが出来る男たち。
「ほぅ、中々な腕っ節だな」
「そのレベルなら、見回り係として十分だ」
「ここで必要なのは年齢ではなく、実力だ」
「歓迎する、これからよろしくな」
弘一郎を仲間と認めてくれた。
三角巾を頭に巻き、エプロンを着けた秀介は、トントンと軽快なリズムを奏で玉ねぎをみじん切り。
早い上に正確に刻み、誤ってケガをするミスも無し。
「上手ね」
食事係のチーフの女性は、その包丁さばきに感嘆の声を上げた。
ただ今、秀介の料理の腕のテスト中、食事係は女性が多いけど、割と男性もいる。
自己紹介の時、秀介と名乗ったので男だと解ってくれた。本人は服を着替えたので間違えられなかったと思っているが。
「出来ました」
10個の玉ねぎのみじん切りが終了。涙も出さずに、かかった時間もわずか。
「次、炒めてみて」
食事係のチーフは次のテストを指示。
「解りました」
熱したフライパンへオリーブオイルとバターを入れ、みじん切りの玉ねぎを投入。
手順も良し、焦がさず飴色に炒めていく。
「私の判定は合格よ、みんなの判定は?」
みんなの判定もチーフと同じ。
「ここの全員分の食事を作るのは大変よ、秀介くん、頑張れる」
朱野ショッピングモールに避難している人は多い、今後、増えるかもしれない。
全員分の日に三度の食事を作るのは重労働。
「ハイ、やらせてください」
やれることは精一杯やる、そのつもりで食事係にきた。
「解ったわ、あなたを歓迎する」
秀介の仕事も決まった。
「弘一郎くん、どうだった」
「むろん、合格だ」
Vサイン。
「で、秀介は?」
「受かったよ」
こちらはニコニコ顔。
2人の仕事が決まった。
腕時計を見た弘一郎、2人の仕事までは時間がある。
「なぁ、これから映画をやるらしいから、見に行かないか」
と誘うと、
「いいよ」
二つ返事で受ける。
映画館があるのは最上階、2人はエレベーターへ。
「そう言えば、一緒に映画に行くのは久しぶりだね、弘一郎くん」
「ああ、そういえばそうだな」
映画館に入った秀介と弘一郎は仲良く並び、席に着いた。
今のところ料金は0、無料。アンデッドのうろつく世界でお金を取っても意味がないと考えられていたので。
ただ特殊部隊が派遣されたとの情報が入った、今後は有料になるかも。
かなりの数の観客が来ていて、親子連れの姿もあり。
ブザーが鳴り響き、照明が落ち、映画が始まる。
上映されるのはドタバタコメディ映画。朱野ショッピングモールを一歩でも出れば恐怖に満ちているので、ここの映画館で放映されるのは娯楽性の高い作品が中心、ホラー映画はNG、特にゾンビものは以ての外。
実は笑うことは、体にも心にもいいのだ。
秀介と弘一郎が映画を見ている頃、リーダーの中村を始めとする朱野ショッピングモールの責任者たちが集まって会議をしていた。責任者のは6人。
「本当に盛綱市に特殊部隊が来てくれているのでしょうか……」
責任者の1人の力のこもっていない言葉。ここにいる全員、否、ショッピングモールにいる全員が特殊部隊派遣の情報は真実だと信じている、信じていたい。
それでもガセかもしれないとの不安は、捨てきれないでいた。
「私は信憑性は高いと考えております。直接、警官から聞いた話、それも情報元は自衛隊だと。これなら信じても良いでしょう」
リーダーを任されるだけはある、6人の責任者たちの不安を薄くさせた。
「問題はここに避難していると、外に伝える手段がないことだ」
市内には電話は通じても、何処へ連絡すればいいというのだろうか。
誰かが知らせに行くとして、誰が行きたがるだろう、人を見たら喰おうとするアンデッドの徘徊する危険な市内へ。
「映画の影響でショッピングモールに来てくれればいいんだが……」
ここにいる避難民の大半も映画の影響できた。
中々、良いアイディアが出てこない責任者たち。
「そのことなのですが、秀介さんが1つのアイディアを出してくれました」
秀介はあるアイディアを中村に提案していた。
責任者たちの注目が中村に集まる。
「旗を上げるのです、少なくとも3階以上から。これなら、ここに人がいることを知らせることが出来ます」
おおっとの声が上がった。
旗の材料はたっぷりある。それに3階以上なら、アンデッドに侵入されるのは低確率。
ましてやアンデッドは旗の意味は理解できないだろうし。
希望の濃度が濃くなり、責任者たちは子供みたいに喜ぶ。
そんな責任者たちを見る中村。
「秀介さんと弘一郎さんが来てくれて、本当に助かりました」
呼び集められた裁縫が得意な人たち、早速、旗製作に取り掛かる。
材料は大きなシーツ、白い色は白旗みたいなので抵抗感があり、選ばれたのは青い色。
そこに赤い色の布をSOSと文字にして縫い込む。
テキパキと作業は進み、旗は完成、即席で作ったにしては立派な旗。
出来上がった旗を物干し竿に通し、より安全を考慮し、それでいて特殊部隊に見つけてもらえるよう、4階の窓から掲げる。
まるで待っていたのか、絶妙なタイミングで風が吹き、青地に赤字でSOSが書かれた旗がたなびく、旗製作班は旗が希望の印に見えた。
食事時ともなればフードコートの調理場は戦場となる。
「チャーシューメンと玉子チャーハン」
「カレーライスとサラダ」
「豚の生姜焼き定食」
「ナポリタン」
「照り焼きハンバーグセット」
「親子丼」
「お子様ランチ」
「唐揚げセット」
「麻婆豆腐」
夕食を食べるにくる人たちで食事係は天手古舞。なので今日、入りたての秀介も駆り出されることとなった。
三角巾とエプロンを戦闘着として着こみ、引っ切り無しにくる注文をこなす。
忙しいからと言って手を抜くのはご法度、そんなことをする輩は、この戦場では生き残れない。
虚弱体質が治ったことを感謝申し上げ、手をかけ、愛情をかけ、料理を作り続ける。
どんな困難な状況でも、美味しい食事は幸福感を与えてくれる、誰にでも平等に。
特に今日は特殊部隊の情報がもたらされたので、なおさら。みんな和気あいあいと食事を楽しむ。
「あっ、このレバニラ炒め定食、秀介が作ったんだな」
何となくだけど、弘一郎は解ってしまった。
「キャー、泥棒!」
いきなり上がった女性の悲鳴。
ほんの少し女性が席を外した隙を見て、バックから財布を抜き取った男、みんなの幸福感に水を差す泥棒。
見回り係は警察も兼ねている。食事を中断、弘一郎は泥棒を追う。
「待て、コソ泥!」
捕まえようとしたら、訳の分からない言葉を喚き、殴りかかってきた。
ぬるい拳を掴んで止め、力をセーブした正拳突き、いくら泥棒でも相手は人間。
ぶっ倒れた泥棒は弘一郎には敵わないと解り、這いずって逃げようとした。
そこへ騒ぎを聞き駆けつけてきたごつい男たち、見回り係が泥棒を取り押さえる。
「またお前か」
ジタバタと暴れる泥棒も腕っ節が自慢の男たちに取り押さえられては、ただの悪あがき。
「弘一郎、コイツを中村さんの所へ連れて行くぞ、お前も一緒に来い」
証人が必要、財布を盗られた女性も呼ばれる。
「ご迷惑かけました」
すぐ近くでアップルパイを食べていた鈍色のパーカーを着たおじさんに謝罪。
おじさんは一言も答えず、もくもく食事を続ける。
「おい、行くぞ、流石に鬱陶しい」
しつこく泥棒は喚き散らし、逃げようしている。
「ハイ」
掴まった泥棒とともにフードコートを出ていった。折角の秀介のお手製レバニラ炒め定食を食べ損ねた残念な気持ちは、自分の中だけで留めておいた。
中村と6人の責任者に弘一郎と被害者の女性は状況を説明。
「……これで、三度目ですね」
話を聞き終えた中村は溜息を吐いた後、そう言った。怒っているようでもあり、怒っていないでもあるような仕草。
「私、悪くない、こんな世界が悪い。第一、あんなところに財布を置いているのが悪い、盗んでくれと言っているようなもの」
ここに来ても反省の色無し。
カチンときた見回り係の1人がぶん殴ってやろうとしたが、中村が首を横に振って止めさせた。
「一度目の時は7対0で許しました、二度目の時は4対3で許しました」
何か問題を起こした者がいると、中村と6人の責任者の多数決で判断を決めている。
ただ単純に手を上げたり、上げなかったりするのではない、自分の出した判断には全責任を持って下す。覚悟を決めて手を上げ、覚悟を決めて手を上げない。
「では、みなさん、決を」
1人、2人と手を上げる、結果は全員が手を上げた。この多数決で中村が手を上げることは殆ど無い。しかし今回ばかりは、前回許した責任を取る形となった。
「残念ですがあなたを朱野ショッピングモールより、追放することになりました」
追放、これが罰。アンデッドの蔓延る外への追放は重い罰、それが中村が殆ど手を上げない理由。
「私を誰だと思っている、私には人権がある! この〇〇〇〇め」
逆切れした泥棒は暴れようとしても、腕っ節の強い見回り係たちに掴まれては抵抗できず、引きずられていった。
翌朝、追放多数決の結果は責任者と関係者以外は知らないこと、朱野ショッピングモールにとってはいつも通りの朝がやってきた。
早々と目を覚ました秀介、顔を洗って眠気を追い出し、調理場へ。
三角巾とエプロンを身に着け、みんなの朝ご飯を作り始める。
みんなの朝ご飯を用意している食事係は、早朝にも関わず大忙し。
秀介が任されたのはサラダ。大量のキュウをトントンと切っていく、素早く的確に。
「痛っ」
油断大敵、人差し指の先を少し切ってしまい、まな板の上に血が落ちる。
大きな悲鳴が上がった。
早起きして日課の鍛錬をしていた弘一郎。
昨夜に続き、またも誰かが騒ぎを起こしたようで、中村たち責任者の元へ連れられて行く。
ちょっぴり野次馬気分で見に行ったら、食事係の男たちに連行されているのは秀介ではないか!
拘束はなし、抵抗はせず、おとなしく着いて行っている。
鍛錬をそっちのけで、弘一郎は後を追う。
集まった中村たち、責任者6人の中には早くに起こされ、機嫌の良くない人も。
「こいつは化け物だ、外にうろついている奴らの仲間なんだよ!」
秀介を指さしたのは、隣で調理していた男。
部屋の外にいた弘一郎は、カッとなって部屋に飛び込もとしたところ、駆けつけてきていた見回り係の年配者に止められた。
「詳しく説明してください」
これでは要領が掴めない、中村は話すように促す。
「指だ、包丁で切った指の傷が、一瞬で治りやがったんだよ」
興奮気味に捲し立てる。
説明されても要領は掴めないまま、ちんぷんかんぷん。
「今の話は本当のことでしょうか、本当に包丁で切った傷が治ったのでしょうか?」
ならば本人に聞くのが一番。
「はい、本当のことです」
正直に中村に答える。
中村と6人の責任者は秀介の指先を見る。そこには傷の跡形なく、包丁で切ったなんて、とても信じられないこと。
また指の傷が瞬時に治るなど、ありえない話。しかし秀介の顔を見れば嘘を吐いていないのは解る。
秀介自身、どうしてそうなったのか解らない。
「この話を他にも知っている人は?」
連行してきた食事係のチーフに問う。
「調理場にいた人は、皆、知っていると思います」
直接、見たのは隣で調理していた男だけだが大声で騒いだため、調理場にいた人たち全員に知られたはず。
「そうですか、……それは最悪ですね」
人の口に戸は立てられぬ、閉鎖されたショッピングモール内、この話が広まるのは時間の問題、さらに尾鰭も付き、避難民たちの不安は増幅し、秀介を恐ろしく見えるだろう。
平時ならともかく、今は異常事態で誰も彼もが冷静ではいられない状況。
少しの間、中村は考えをまとめた。
「秀介さん、私はあなたのことをとても優しい良い人だと解っています。けれど、この危機的状況を生き残るためには全員の協力は不可欠。些細な出来事も蟻の一穴になりかねない。朱野ショッピングモールのリーダーとして私の一存で目を瞑ることは出来ません、したがって多数決をとります」
それがリーダーとして導き出した決断で責任。
「秀介さんを追放することに賛成の方は、手を挙げてください」
上がった手は六つ、中村は挙げなかった。
結果は追放。
「解りました、すぐにでも出ていきます」
文句の1つも言わないで、多数決の結果を受け入れた。
「ちょっと、待て!」
年配者を振り払って、弘一郎は部屋に飛び込み、
「秀介が出ていくなら、俺も一緒に出ていく」
秀介の傍へ。
「そんな弘一郎くん、外は危険なんだよ」
「だからだろ、親友1人を危険な場所へ放り出して、平然としてられる程、器用な神経は持ち合わせていないんだよ、俺はな」
弘一郎の決意は固い、無茶苦茶に硬すぎる。
こうなったら、誰が何を言っても引き下がらないのは秀介は知っている。同時に、その気持ちは嬉しかった。
「ありがとう」
朱野ショッピングモール玄関のシャツターが開いた。
外へ出る秀介と弘一郎、ちゃんと用心に金属バットも持ってきている。
辺りにはアンデッドの姿はなく、探っても気配は無し。
危険は少なさそう、今のところは。
「このようなことになり、本当に申し訳ございません」
見送りに来てくれたのは中村だけ。
「これを持って行ってください、せめてものお詫びです」
リックサックを手渡す。
ぱんぱんに膨らんでいて、弘一郎が受け取るとズシリと重い。
「このぐらいのことしか、私にはできませんので」
中身を見なくても、いろいろ必要なものを詰め込んでくれたのは解った。
「僕たちを受け入れてくれて、ありがとうございました」
秀介はお辞儀をした。社交辞令ではない、本心から感謝を込めて。
続いて弘一郎もお辞儀。
朝靄の中を仲良く並び、秀介と弘一郎は歩いて行った。
中村は2人が見えなくなるまで玄関から動かなかった。その表情は辛そう。
シャッターが閉じる。
辛そう顔のまま中村がホールに来ると、
「あの子供たちは化け物で、ここに入り込んで俺たちを喰うつもりだったんだ」
隣で調理していた男が避難民の前で、ベラベラと喋っていた。中村の危惧した通り、尾鰭を付けて。
恐ろしいとか、危なかったとか避難民たちも信じ始めている。
最悪の事態、こうなってしまったらリーダーの中村が何を言っても効果無し、下手をすれば仲間だろうと疑われてしまう可能性も。
「その少年の指の傷が治ったのは本当のことか?」
鈍色のパーカーを着たおじさんが聞くと、
「ああ、俺の目の前で傷が治ったんだ。この俺が正体を見破っていなかったら、みんな喰われていだんたぞ」
自分がヒーローの様に話す。
いきなり鈍色のパーカーのおじさんが隣で調理していた男の背後に回り、首筋にペン型注射器を突き立て、中の薬品を注入。
男が倒れ、血の混じった泡を吹き、ジタバタと痙攣、顔色が青く変色。
痙攣が収まると、スーと立ち上がり、後ろ向きの体制で避難民の前へ飛ぶ。
ビビッて動けない避難民の肩に、首が108度回って噛みつく。
噛みつかれた避難民の目が血走って頭髪が抜け落ち、顔全体に血管が浮き上がる。
「御実を実れ 御実を実れ 見事な見事な 御実を実れ~ 御実を実れ 御実を実れ 立派な立派な 御実を実れ~」
鈍色のパーカーのおじさんGGDは、楽しそうに楽しそうに鼻歌を歌いだす。
安全と危険を分けていた薄い壁が壊れた、それも安全側から。
避難民たちが逃げ、2体のアンデッドが追い襲う。
アンデッドに噛まれた人は新たなアンデッドになり、どんどん、数が増えていく。
金属製の横笛を取り出し、吹き始めるGGD。むやみやたらに暴れていたアンデッドたちは奏でられる音楽に合わせ、的確に仲間を増やしていく。
GGDの行動を見ていた中村、吹いている金属製の横笛がアンデッドを操っていると推察。
中村はタックル、横笛を吹くことに収集していたのであっさりと捕まり、横笛を落とす。
「お前が盛綱市を地獄に変えた犯人ですね」
正体は解らずとも、一連の動作を見れば、それは明白。
GGDは落ちた横笛を拾おうともがく。
「させません」
中村は学生の頃は相撲部の主将を務めたこともあり、結構な力持ち、GGDを離さず、ぎりぎりと締め上げる。
「皆を元に戻す方法を教えてもらいますよ」
銃声が響いた。
こうして秀介くんと弘一郎くんは、再び、盛綱市をさすらうことになってしまいました。




