第3章 恐怖
ずっとアンデットと思っていたんですが、ネットで調べてみたら、アンデッドが正しい表記なんですね。
シャク、リンゴを一齧り。
盛綱市の町中を歩く、鈍色のパーカー姿のおじさん、GGDがリンゴを齧る。
町には誰もいない、みんな避難したのか、それともアンデッドにやられたのか……。
ゆらり~ゆらり~と、新たな獲物を見つけたアンデッドの群れが現れる。
GGDを取り囲むアンデッド、人の姿をとりとめたものもいれば、異形の姿に変貌しているものもいる。
逃げるどころか薄ら笑いさえ浮かべ、芯だけになったリンゴを投げ捨て、パーカーの内側に入れておいた、青みがかった金属製の横笛を取り出す。
口を付け吹く、流れる独特の音楽。
するとどうだろう、今にも襲い掛かろうとしていたアンデッドの群れは興味を無くしたかのように、現れた時と同じく、ゆらり~ゆらり~と去っていった。
横笛をしまい、人の姿もアンデッドの姿も見えなくなった町をGGDは進み行く。
「花を咲けよ 花を咲けよ かわいいかわいい 花を咲けよ~ 花を咲けよ 花を咲けよ きれいなきれいな 花を咲けよ~」
◆
腹が減っては戦が出来ぬ、まずは腹ごしらえをするためにパン屋に入る秀介と弘一郎。
秀介はカレーパンとウィンナーロール、飲み物にコーヒー牛乳を選び、弘一郎は焼きそばパンとコロッケパンとエッグベネディクトとコーンパンとバターロールとメロンパン、飲み物に牛乳を選ぶ。
「沢山、食べるんだね」
「まぁな、こんな時だからこそ、しっかりと食べ、体力と気力を充填とかないとな」
この先、何が起こるのかどうなるのか解らないことばかり。かと言って滅入ってばかりじゃ、事態は悪化するのみ。
美味しいものを食べて、暗い気持など、ぶっ飛ばす。
「正論だよね、弘一郎くん」
秀介はクロワッサンとカツサンドとチョココロネを追加。
誰もいなかったので弘一郎は、レジの横にお金を置いておく。誰もいないからと言って、只で食べしてまえば泥棒。
店の中で秀介と弘一郎はパンを食べる。
美味しいものを食べて得られる幸福感が、不安な気分を薄れさせてくれる。
パンを食べ終え、くつろいでいると、
「!」
急に秀介は顔を上げ、きょろきょろする。
「どうしたんだ、秀介」
しっと唇に人差し指を当てて、
「弘一郎くん、こっち来て」
いそいそと店の奥の調理場へ。
何だろうと思いつつ、一緒に向かう。
調理場に隠れ、そっと店の外を眺めていたら、ぞろぞろとアンデッドの群れが歩いてくる。
後ろ向きで歩き、頭だけは180度回って正面を向いているもの、関節部分が盛り上がって四つん這いで歩くもの、上顎と下顎だけが伸びて犬の様になっているもの……。人の姿と奇妙な姿に変形したアンデッドの群れがのろのろと進む。
鈍いからって舐めてはいけない、数が多すぎる。あの数を相手にするのは無謀、ヒーローでもない限り。
あまつさえ、すでに死んでいるアンデッド、簡単には倒せそうなない相手。見つかって取り囲まれれもすれば、子供2人の命など、風前の灯火。
気づかれないように秀介と弘一郎は、静かにアンデッドの群れが過ぎ去るのを待つ。
アンデッドの群れが見えなくなっても、しばらくは秀介と弘一郎は調理場に潜んでいた。
店の前にはアンデッドはいない、戻ってもこない。安全と解り、ホッと秀介は大きく息を吐く。
「チッ、なんて数だよ、あのゾンビどもめ」
舌打ち、いくら弘一郎でも素手では手に負えない数。
「何か武器があればいいんだがな」
いつも素手で戦っている身でも、こんな状況では武器の1つでも欲しくなる。
日本はアメリカとは違って町中に、おいそれと銃ショップなんかは無い。盛綱市にあるのはモデルガンの店ぐらいで、エアガン、ガスガン、電動ガンはアンデッド相手では牽制できても、倒すのは無理。
「そうだ、学校へ行こうよ、弘一郎くん」
「学校?」
学校=武器。あんまり関係がありそうにないので首を傾げる。
「ほら、学校には金属バットとかあるでしょう。あれなら武器になるんじゃないかな」
「ああ、なるほどな」
金属バットは十分に武器になりうる、ましてや弘一郎のパワーで振るえば攻撃力もかなりのもの。
日本の多くの学校には野球部はある。もちろん南塚高校にもあり。
ここは南塚高校の学生を見込んで建てられた店。実際、学生たちのお昼ご飯の御用達。
アンデッドの徘徊する中でも、何とかたどり着けそうな位置関係。
「よし行くか――と」
ちらり、秀介を見る。今、着ているのは病院で渡された検査衣。
「その前に、服を何とかしないとな」
服飾店にも誰もいない、店員も客も。
「ねぇ、ここって……」
店の中を秀介は見回す、大人用、子供用、Lサイズ、Mサイズ、Sサイズ、ちゃんと揃ってはいる。揃ってはいることは揃っているが問題は、ここが女性専用の服飾店だということ。
「仕方がないんじゃないかな、まー、検査衣よりはましだし」
と言いつつ、ちょっぴり弘一郎は期待してしまっていた。
「もう、仕方ないな……」
弘一郎の言う通り、いつまでも検査衣でいるわけにはいかないので、着替えることにした。出来るだけ男の子ぽい服を選択。
「着替えたよ」
試着室から出てくる。
「か――」
可愛いと言いそうになった弘一郎は、その言葉を飲み込む。それほどに似合っていて可愛い。
「何、弘一郎くん」
幼馴染、些細なことでも見逃さないのはお互い様、ジト目で睨む。
「いや、なんだな、あーそうそう、お金を払っておかないと」
ゴホンゴホン咳払いでごまかす、最後の台詞は棒読み。
そんな弘一郎を見つめる秀介。
「ごめんね、いつかお金は返すから」
パン屋に続き、また払ってもらい、忍びなくなってしまう。
自分の財布は焼けた制服のともに病院に置いてきてしまった。無事に残っているかどうかも不明。
「気にするな、小さい時から奢り奢られる中だろ。どうしても返したいんだったら、出世払いでいい」
取り出したお金をレジの横に行く。
「ありがとう、弘一郎くん」
アンデッドに見つからないよう、慎重に慎重に秀介と弘一郎は盛綱市市立南塚高校を目指す。
周囲に注意しつつ、道を進んでいると、
「隠れて」
突然、小さな声で秀介が警告、そっと2人で物陰に隠れる。
息を殺して待っていると、3体のアンデッドが歩き去って行く。
「よく解ったな」
弘一郎も小声。折角、通り過ぎて行ったのに、大声を出してアンデッドが戻ってきてでもしたら笑い話。
「何となくだけど、気配が解るんだ」
近くにアンデッドがいると感じ取れることができる、パン屋の時も気配を感じた。何故、感じ取れるのか秀介自身も理由が解らないけど。
「それは助かるな、これなら安全に学校に行けるぞ」
気味悪どころか、逆に褒める。
その気持ちと、いつも守られてばかりの自分が弘一郎の役に立てる、ちょっぴり嬉しい秀介。
秀介の“勘”のおかげでアンデッドの遭遇を避け、無事、盛綱市市立南塚高校に辿り着くことが出来た。
普段から通っているので、どこにどこの部室があるのかは熟知、秀介と弘一郎は野球部の部室の前へ。
コンコン弘一郎はノック、反応はない、再度、コンコンとノック、反応なし。
ドアノブを掴み、警戒を緩めないで回す。
カギはかかってはいなかった、簡単にドアノブは回り、ドアが開いた。
部室の中には誰もいない、何にも出てこない、人もアンデッドも。
ドアを開けた途端、アンデッドが飛び出して来たら……、そんな恐れがあった、ホラー映画ではおなじみの展開なので。
おなじみの展開にならなくて良かったと、秀介と弘一郎双方、胸をなでおろす。
2人して中に入り、弘一郎は目的の金属バットを一本調達。
早速、縦振り、横振り、斜め振り、具合を確かめてみる。
「よし、これなら、十分に武器として使えるな」
武器を入手。これだけのことで、なんだか秀介と弘一郎も、ちょっぴり強くなった気持ちになれた。
「これからどうしよう、弘一郎くん」
目的の金属バットは手に入れた。この先のことは、まだ決まっていない、どうするべきか。
「そうだな、この際、学校に立て籠もるのもいいかもな」
勝手知る母校、救援隊を期待して籠城するプラン。
そんなことを話ながら歩いていると、校舎の方から5人の人物がこっちへ向かってくる姿が見えた。
アンデッドが現れたのかと思い、入手したばかりの金属バットを構える。
「弘一郎くん」
袖を引き、アイサイン。
よくよく5人の人物を確認してみれば、全員、知っている顔、南塚高校の教師たち、でも何か様子がおかしい。
女性教師の1人は震えながら果物ナイフを握り、もう1人の男性教師は箒の柄の先に包丁をガムテープでグルグルに巻き付けた、お手製の槍を持っている、こちらも小刻みにブルブル。
アンデッドじゃない、れっきとした生きた人間。秀介と弘一郎と同じ、鼓動も呼吸もしている。
見れば校舎の窓にもちらほらと、生徒たちが顔を覗かせていた。
「来ないで、ゾンビ!」
果物ナイフを持つ女性教師がヒステリックに叫ぶ。
教師たちは、皆、震え、怯え、顔は青ざめ、眼は血走っている。
「ちょっと待て、俺たちはゾンビじゃないぞ」
すぐさま否定する弘一郎。
「だ、黙れ、化け物め!」
むやみやたらにお手製の槍を振り回す。
相手がアンデッドやチンピラなら、問答無用情け無用、空手でぶちのめすことはできる。
今、目の前にいる相手は教師で恩師たち。できない、金属バットでぶん殴るなんて、以ての外。
正気を失っている教師たち、原因はアンデッドなのは明白。常識を外れた恐怖に平常心を失ってしまっている、おそらく校舎にいる生徒たちも同じだろう。
殺気だった教師たち、今にも襲ってきそうな狂気。
もう何を語っても無駄なのが解ってしまった2人。
「弘一郎くん」
秀介は促した、ここにはいられない、弘一郎も頷き、一緒に走り出して学校の外へ。
大分、学校から離れて止まり、学校の方を振り返る秀介と弘一郎。
あの教師たちの中には授業を受けた人もいた、校舎の窓から覗いていた生徒たちの中にはクラスメイトの姿もあった。
親しい人たち、よく知っている人たちが別人のようになっていた。恐怖とは人をあそこまで変えてしまうものか……。
もしかしたら自分たちも、ああなっていたかもしれない、この先、ああなるかもしれないかもと考えると、秀介の背中に冷たい感触が走る。
「大丈夫か、秀介」
心配そうな表情。
秀介は周囲の気配を探ってみる。アンデッドの気配は感じられない。
「気配はないよ、先生たちもここまでは来ないと思う」
あの様子だと、教師たちも学校内から出てこないだろう。
「いや、そうじゃない、体は大丈夫なのか?」
ハッと気が付く。一生懸命、この場所まで走ってきた虚弱体質の秀介。いつもならば息切でふらふらのはず、下手をすれば熱を出して寝込んでいた可能性も。
「なんともない……?」
息切はしていないし、しんどくもない、いたって元気のまま。
何で? 戸惑う秀介。
「何ともないなら、それでいいじゃないか」
陽気に背中を叩き、勇気づける。
ラストに少しだけ、秀介くんの父親の和人さんが出てきました。
レディ・オーガが隊長を務める、特殊部隊も盛綱市に到着。
読んでくれた皆さんに感謝感激です。




