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 ぱちぱちとはじける火の音。目の前で大きく火がゆらぐ。冷たい風が剥き出しの皮膚を凍らせるようになでていく。

 陽が沈んでずいぶん時間が経ち、気温がぐんと下がってきた。辺りは完全に闇に飲み込まれていて、このかがり火だけが命綱になっている。

 がさりと枯葉を踏みしめた足音に、俺は振り返った。


「たーだいまぁ」

「遅かったな。食いモンは見つかったか」


 ふわふわと浮かぶ魔法の明かりに照らされて、四つの白い顔が見える。


「当然。グラールたちは?」

「エリンの使い魔が来た。雪で足止めされてるらしい」

「ああ、やっぱり。北回りのルートはそろそろ閉鎖されるだろうって言ってたもんねえ」


 そう言って俺の隣に腰を下ろしたのは『蒼い弾丸』のリーダー・ブルームーンだ。いつもの露出度高めな皮鎧ではなく、頭から足先まですっぽり分厚い皮のコートで覆っている。さすがの彼女も冬には勝てないらしい。


「ところで、薪は?」

「小屋の傍に積んでおいた」

「ええっ? 外に置いたら雪で湿気るって言ったろ? ったく……デール、ヘンリク」

「はいよ」

「なんだい」


 ブルームーンの向こう側に腰を下ろしかけていた双子は肩をすくめた。


「薪を小屋ン中に運んどいて」


 了解、と苦笑しながら二人は俺をちらりと見てから小屋の方へと向かった。見つけた倒木から薪を作ってここまで運ぶのでくたくたになっていたから正直助かる。

 見てる間に小屋の中の明かりがつけられ、開いたままの扉から暖かそうな光が漏れた。

 丸太を積んだだけの簡素な山小屋はそう広くない。中には他にもいろいろなものが納められていて、足を延ばして寝られるスペースはない。それでも、風と雪をしのげるだけましだ。


「クラン」

「はーい」


 ブルームーンの呼び声に火の向こう側から声がする。視線をやると、せわしなく手を動かしながら何かをざくざくと火の回りに立てている。


「それ一人でいける?」

「大丈夫です」

「じゃあ任せた」

「はい。……あ、鍋ありましたっけ」

「いや、小屋ン中にはなかったね。なんか作るの?」

「摂れたキノコでスープ作ろうかと思ってたんですけど、じゃあこれも焼いちゃいますね」

「ああ、任せるわ」


 それから程なくして双子が火の傍に戻ってきて、晩飯を食う。クランの準備した肉とキノコの串焼きは塩もいい塩梅で空腹に沁みる。

 湯を沸かして茶葉を放り込んだだけのお茶を飲みながら、ふとブルームーンが口を開いた。


「なあ、ユーリ」

「なんだ」

「……今年も帰らねえのか?」


 それが何を意味しているのか、分からない俺じゃない。

 ちらりと視線を向けると双子は我関せずといった風情で何やら話を続けているし、反対側――俺の右隣に気がつけば座っていたクランは疲れたのか舟をこいでいる。


「うちに入ってもう二年、あんた一度も戻ってねぇだろ。妹に会いたくはねえのか?」

「手紙は書いてる」

「兄貴んとこも結局一度も顔出してねえって聞いた。一度ぐらい帰ってやんな。……あんたの妹、今年で成人なんじゃなかったのかい?」


 はっと息を飲んだ。二つ年下の妹は今年成人だった。

 孤児院は十五の誕生日に出なければならない。気が付けば、妹の誕生日からすでに半年が過ぎていた。

 孤児院を出るときに見た妹の姿を思い出し、拳を握る。

 十五の誕生日には必ず迎えに行くと約束したのに、それすら守れていなかったことに今頃気付くなんて、どれだけ情の薄い兄なんだ、俺は。

 ぎりっと唇をかみしめると、鉄の味が口に広がった。


「この道をな」


 不意にブルームーンが闇の奥を指さした。


「まっすぐ下ると南に行く街道にぶち当たる。……メルリーサの街までなら馬車で三日ってところだろう」


 じろりと横目で見ると、ブルームーンはにやりと口元をゆがめた。


「この調子だとエリンたちも合流できねえし、仕事は天候次第だ。エリンたちには南回りで来るように連絡したけど、十日はかかる」


 つまり、行けと?


「ちょうどいいから二年分の休み、取れ。お前一日も休み取ってねえだろ」


 それはない。俺だって必要な時に休みをもらっている。ただ、あとで埋め合わせているだけで。


「いやだ」

「この件についてはお前に拒否権なし。馬車は使っていいから、必ず乗って帰って来いよ」

「おい。勝手に……」


 双子に声をかけようとするブルームーンの腕を引っ張ると、そういえばと胸元から何かを取り出した。


「手ぇ出せ」


 ぐいぐいと俺の手に押し付けられたのは、いびつな形に潰れた四角い箱と、しわの寄った茶色い封筒だった。

 表面には文字が書かれているものの、水でも被ったのかにじんで読めない。


「それ、ついでに兄貴ンとこに届けといてくれ。『蒼い弾丸』からだって言えばわかるから」

「……あの人、まだあの町にいるのか?」

「そのはずだけど? 出世したとも左遷されたとも聞いてないし、そもそも兄貴が現場から退くなんてこと、天地がひっくり返ってもありえないから」


 からからと笑う破壊の美女から視線を目の前で踊る赤い火に移すと、ため息をついた。

 依頼……いや、命令を受けた以上、果たさなければならない。


「……わかった」


 じゃ、よろしくねぇと彼女は山小屋へ引き上げていく。

 双子も眠り込んだクランを担いで戻っていった。


 ◇◇◇◇


 寝ずの番のおかげで考える時間がたっぷりあった。

 朝方やってきたデールと交代して小屋に戻って体を壁に預けたが、結局眠気は来ず、一睡もできなかった。

 誰かが起きたのに合わせて体を起こすと、クランだった。彼女は驚いたような顔をしてこちらを見たのち、唇に人差し指を当てて喋るな、と合図を送ってきた。

 残る二人はまだ気持ちよさそうに眠っている。起こさないためなのだろう。

 クランはそのまま自分が使っていた毛布をブルームーンにかけた。俺もそれに倣って毛布をヘンリクにかぶせ、起こさないようにと足音を忍ばせて外に出る。

 外は太陽が顔をのぞかせるところだった。


「おはようございます」

「おはよう……あれ、なんで寝てないの」


 声をかけると、火の番をしていたデールが訝し気に俺を見る。


「ごめん、あたしが起こしちゃったんだよね」

「いや、お前のせいじゃない」


 クランはごめん、と両手をすり合わせる。そういえば彼女が寝ていた近くにいたのか。気が付かなかったが、彼女のせいではない。もともと眠れなかったのだから。


「まあいいけど、寝てなくて大丈夫? 一日つらいよ?」

「大丈夫です」


 いつものように小屋周辺の点検と、薪拾いのついでに昨日仕掛けておいた罠の見回りに行こうと背負子を取り上げたところでデールにひょいとかすめ取られた。


「おい」

「寝てないユーリは火の番。罠はいつもの場所だろ?」

「あ、ああ」


 鎖帷子の上からきっちり分厚いコートを着たデールはさっさと森の方へ行ってしまった。

 十七になったというのに、『蒼い弾丸』のメンバーは俺を甘やかしすぎる。

 入ってすぐの頃は寝ずの番さえさせてもらえなかった。その代わり、剣での手合わせや獲物の解体、武器の手入れなど、基礎的なことはきっちりさせられたが。

 未だにブルームーンもデールも俺を子ども扱いする。体はまだ成長途中だ。一番背の低いアデルを追い越したのが数か月前、今ではブルームーン以外の女性陣は抜いたが、デールやグラールの筋肉質な体にはまだ遠い。

 ふぅ、とため息をついて火に手元の枯れ枝を放り込む。

 食事がすんだら山を降りなければならない。

 あの人に会うのは一人前の冒険者になってからのつもりだった。あの白い剣にふさわしくなってから、と。

 だから、妹の成人なんて大切なことを忘れてしまったのだ。戻りたくなかったから。

 眉間にしわを寄せて炎を睨む。妹はもう孤児院を離れているだろう。どこに行ったのか、聞けるだろうか。必ず迎えに行くと言った言葉を信じてあの町で待っていたりしないだろうか。

 別れたときの妹の、泣き笑う顔が脳裏にちらつき、手に持っていた枝を真っ二つに折ると炎にくべた。

今の所ここまでです

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