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冒険者としてギルドに登録し、初心者講習と実践を終わらせるとすぐ、俺はソロでの仕事を受け始めた。
時折、大量発生した魔獣討伐の依頼が出て、数十人規模のパーティに参加する。飛竜捕獲依頼の時に出会ったのがエリンやグラールのいたパーティだった。
『蒼い弾丸』と名乗った彼らは、俺の素性をちらとも気にしなかった。そこに彼女もいた。
中途半端なんだ、と彼女は自分のことを言っていた。
弓矢が得意で接近戦は苦手、魔法はほぼオールマイティで治癒も使える。薬についても詳しい。これのどこが中途半端なんだと思ったが、大所帯のパーティに参加するとなると特性が絞り込めない。だからどこからも声がかからなかったのだと笑って言った。
だが、反面少人数パーティなら喉から手が出るほど欲しい人材だろう。
もし二人で組むのなら、回復もでき、結界魔法が得意で弓矢で援護射撃もしてくれる彼女は最高のパートナーだ。
そこまで考えて口元をゆがめた。
なぜそんなことを考えているのだろう。まだ会ったばかりだというのに。
飛竜捕獲作戦が成功して、王家主催で開かれた祝いの宴に強制参加させられた。
幸いだったのは、開催場所が王宮から変更になったことだ。そんなところに入れるような身分じゃないからそもそも辞退するつもりだったのだが、あとで場所が変更になったことで、辞退理由がなくなった。
変更になったとはいえ、とある貴族の庭先だという。ふさわしい一張羅を持たない俺は普段の格好で参加するしかなかったが、さすがに門で止められた。
招待状を執事だろう男に差し出すと、男は眉をはね上げて中に俺を通した。
そのうえ、侍女に囲まれて屋敷の奥へと誘導される。庭でのパーティと聞いていたのに、なぜ館の中へ入る必要がある?
そう言って抗おうとしたが、礼服を持たない冒険者には衣装を貸しているのだと言われて仕方なく言葉に従う。
風呂を借りて紺色の礼服に身を包んだ俺はようやく庭に案内された。
花の香りがむせ返る庭に、テーブルと椅子が置かれている。その間を着飾った仲間たちがグラスを手におしゃべりをしている。
「あら、ユーリ。よく似合うわね」
「借りものだ」
声をかけてきたのは、『蒼い弾丸』のリーダー、ブルームーンだ。身長はその時の俺より高く、一回り大きな体の女傑だった。背に背負うほどの大剣を片手で軽々とぶん回す彼女は実に豪快で綺麗だが、赤い貴石をふんだんに縫いとめた真っ赤なドレスもよく似合っていた。
「まあ、めったに着ることないものね。――エリンたちならあっちにいたわよ」
渡されたグラスを軽く触れ合わせて飲み干すと、俺は言われた方向に足を向けた。
その途中であちこちから声をかけられる。戦場では広い場所に散らばっているから気にしたことがなかったが、狭い庭に集うと結構人数がいたんだと再認識する。
挨拶をかわしながら進むと、すぐにグラールを見つけた。背も高くブルームーンに似てガタイもいいのですぐに分かる。
「よお、ユーリ。お疲れさん」
「ユーリ?」
「へえ、馬子にも衣裳だな」
俺を真っ先に見つけたのはカインだった。声につられて周辺にいた『蒼い弾丸』のメンバーが全員そろってこちらを向く。
エリンはいつもと同じく魔術師のローブに身を包んでグラスを傾けていた。グラールは俺と同じくお仕着せの礼服を着ているが、胸と腕の部分がぎっちぎちで窮屈そうだ。
クランは借り物だろう緑のドレスで、両手に肉を握っている。暗殺者のカインは燕尾服を着て酒瓶を片手に盗賊のナディアの肩を抱いている。ナディアは、太ももが露わないつもの身軽な衣装の上から青いマントを羽織っただけで、肩に回されたカインの手をつねりあげている。
回復役のアデルは僧服のままで、ジュースを手にニコニコしている。壁役の騎士デールとヘンリクは正式な騎士服の正装を身にまとっている。
騎士服の二人を見た途端、胸の奥がざわりと騒いだ。騎士団長のことを思い出したせいだ。
騎士になりたいと思ったことはない。でも、預かったままの――いや、いただいた白い鞘の剣はギルドに預けたままだ。
いつか、あの剣を佩いても胸を張っていられるように――。
「あ、姐さん」
「はーい、全員揃った?」
後ろからブルームーンが来ていた。全員、という言葉に首をひねりつつ、押し付けられたグラスを手にする。
「じゃ、依頼達成と、新メンバーの加入を祝して、乾杯」
「かんぱーい」
つられてグラスを上にあげたところで、俺は首をひねった。新メンバーとブルームーンは言った。だが、目の前にいる九人は全員、『蒼い弾丸』のメンバーだ。誰かが最近入ったばかりで、祝いをしていないのだろうと納得をしてグラスを傾けると、いきなり背中をどつかれた。
「てわけで、よろしくな。新人」
「……え?」
グラールとブルームーンの遠慮のない平手は結構堪えた。咳き込みながら振り向くと、ブルームーンはにやにやしながら俺を見下ろしていた。
「俺は何も聞いていませんが」
憮然としてブルームーンを睨みつけると、彼女はふいに近くにいた館の使用人に声をかけた。
しばらく無言でグラスを傾けていると、戻ってきた使用人は――俺の白い鞘の剣を持っていた。
「これ、お前のだろ。佩いとけ」
「どういうつもりですか」
奪い寄るように剣を手にして確かめる。間違いない、刻まれている紋様も飾り紐も俺のと同じだ。
「ギルドに取りに行かせた」
「だから……」
苛立ちと怒りをブルームーンにぶつけると、彼女は気にした風もなくふふと笑った。
「お前、あたしのフルネーム知ってるか?」
「え、いや」
それとこれと『蒼い弾丸』に入るのとどうつながりがあるというのだろう。俺は何も聞かされていない。そしてこの剣だって。
「あたしはな、ブルームーン・フィリアルア・ナイト・バレットというんだ」
「バレット……」
同じファミリーネーム。
それが何を示すのか、知らない俺じゃない。それはつまり、伯爵令嬢だということで。
目を見開いてブルームーンを見つめると、嬉しそうに彼女は口角を上げる。
「兄貴がよろしくってさ。たまには会いに行ってやってくんねえかな」
「兄……」
手の中の剣に目を落とす。あの人の名前を、別れ際に聞いた。
『レッドフォリア・ユージーン・ハルト・バレット。面倒だからレッドと呼んでくれ』
「まさか」
誰も継ぐものがいない家の名前だと言っていなかったか。
だから気兼ねなくもらったのに、その名を名乗るもう一人の人間がいるのなら、俺が名乗るわけにはいかない。
奥歯を噛みしめ、剣を握る手に力がこもる。
「面倒なこと考えてるでしょ。安心しな。あたしは他所に嫁ぐし」
「だが……」
「気にすんなって。それともあたしの夫になって名実ともにバレットの人間になるか?」
「断る」
冗談じゃない。俺がそんな立場になれるはずもないのだ。それに、ブルームーンに特に思うところはない。
「そりゃ残念。まあそういうことだから」
「わかった――だが、『蒼い弾丸』に入る話は聞いていない」
「え? あんた、うんって言ったでしょ? あの時」
「あの時?」
眉根を寄せて記憶を攫う。そんなことを言われた覚えはどこにもないのだが。
「ほら、飛竜の巣に突っ込む前日、これ終わったらうちに来ないかって」
「――あれは」
単に遊びに来いって意味だと思っていた。王都に近いところに『蒼い弾丸』の本拠地があると聞いていたし、誘われて行こうと思う程度には恩義もあったし、親しくもしてもらっていた。
だから応じたのだが。
「そういう意味ではなかっただろう?」
「そういう意味だったよ? もちろん。まあ、誤解させるような言葉は選んだけどな」
「……騙しじゃねえか」
にやりと赤いドレスの女は笑い、グラスを押し付けてきた。剣を片手で持ち、受け取る。
「いいんだよ。あんたは――一人だと危ない。兄貴が鍛えた逸品だし、ほかのパーティにとられるぐらいならうちでもらう。まあ、そういうことだ。悪いけど拒否権はねえよ」
「何でだ」
「それはな……もう加入手続き終わってんだわ」
「何だと?」
「あんたは断るだろうと思ったからさ」
開いた口が塞がらないというのはこういうことを言うのだろう。
「さ、もう一度ユーリの加入に乾杯だ!」
そう言って高々とグラスを上げる。周りにいたメンバーは嬉しそうに応じ、俺の手にあるグラスにちりりとぶつけてくる。
「お前が入ってくれれば百人力だよ、これからもよろしくな」
そう言って手を差し伸べてきた彼女の手を、俺は取る以外の選択肢が残されていなかった。
意趣返しに力を込めて握り返したが、それ以上の力で握りつぶされた。これが、のちに義姉になろうとは、この時の俺はつゆほども思わなかった。