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「一人書き出し祭り」やってみようかなと。
その女と出会ったのはもう十年近く前。成人を迎えて育った教会付き孤児院を出たあとのことだ。
もともと腕っぷしも強く、めきめきと伸びた体を持て余していた俺は、教会近くにあった騎士団の訓練場に潜り込んでは一兵卒のふりをして訓練を受けていた。
後から聞いたのだが、どうやら潜り込み始めた早々に正体はばれていたらしい。
それでもつまみ出されもしなければ、普通に武具も貸してくれ、終わった後には飯を食わせてくれた上、風呂まで使わせてくれたのは、駐屯していた騎士団長が教会のシスターから頼まれていたのだと町を離れる挨拶に行ったときに知った。
「お前さえ良ければ、従卒として迎え入れたかったんだがなあ……」
残念そうに言いながら、俺と同じ銀の短髪頭をガシガシかく騎士団長の苦笑はいまだに忘れていない。
十五で成人を迎えた俺はすぐにでも働かなければならなかった。二歳の時、孤児院の前に妹とともに置き去りにされた俺は、どこの生まれで親が誰だかわからない。シスターのおかげで読み書きはできるようになっていたが、それでも身元の確かでない俺の選べる道はそう多くなかった。
早いうちにそれを知り、自分が頼れるのは自分の肉体だけだと知った。だから、冒険者になることはその時に決めていた。
「俺がなれるわけありません」
騎士団長には感謝をしつつも、あり得なかった未来を夢想するつもりはなかった。
「まあ、確かにお前はただの従卒で終わるタマじゃねえし、俺もそうしたくはなかったしな。――ほれ。餞別だ」
騎士団長が差し出してきたのは、いつも騎士団長が腰に下げていた、白い鞘の剣だった。細身なのにしなやかで折れないその剣は、騎士団長のトレードマークでもあった。
俺は真っ青になって辞退した。ただの駆け出し冒険者が、騎士団長が持つような立派な逸品を腰に下げるなどと、恐れ多い。
それに、盗んだと思われるのがおちだ。
旅姿になった俺には、とてもじゃないが佩ける代物じゃない。
「それにこれ、貸与品なんじゃないんですか」
騎士団で使う武器はすべて貸与品で、その費用は王家の懐から出ている。だが、騎士団長は笑って首を横に振った。
「これは俺が成人した際におやじからもらったものだ。お前に持っていてもらいたい」
「無理です。そんなもの、いただけません」
騎士団長がどこの誰だか、その時にはもう知っていた。その人が成人の祝いにもらったものを、ただの孤児がもらえるはずがない。
だが、騎士団長は無理やり俺に持たせた。
「俺には子供がいない。お前は俺にとってはかわいい息子のようなもんだ。その成人の旅立ちに、これ以上ふさわしいものがあるか?」
俺がお前にやりたいんだ、と言われて受け取らないわけにはいかなかった。だから、俺がこの剣にふさわしくなったと思うまでは使わないことを誓ったのだ。
「それからお前、これからはバレットの名を名乗れ」
「……え?」
「ファミリーネームがないと舐められる。……遠慮するな。シスター・アリーゼからも頼まれたんだ」
「シスター・アリーゼが?」
それは俺が母と思い慕ってきた、孤児院の院長の名前だった。
孤児院出身者は、孤児院の名前をファミリーネームとして使うのが一般的だ。町の名前を冠されることの多い孤児院の名を名乗れば、おのずとどこの孤児院出身者かがわかる仕組みだ。
「だから、俺の家名をやる。どうせ継ぐ者のいない家の名だ。気にせず受け取れ」
「でも隊長――」
「それに、俺はお前を息子とも弟とも思っている。遠慮するな」
その言葉が表の意味通りでなかったことを、この二年後に知ることになるのだが、その時はまだそんなことを考えていたとはつゆほども知らなかった。
俺は白い鞘の剣と名前を受け取り、この日からユーリ・バレットになった。