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第83話 手打ち



 はーい。解決編いきますよ~。



 場所はここ玄夢庵であり蔵を改造した離れの店舗。普段は使用されることはなく、よほどのVIPしか利用できないようにしてあるのだ。それを電話一本で借りれる僕すごいよね。



 「優さま、後二十分ほどで到着する予定です。そこからバイク便でさらに十分ほど掛かるとの事です」

 秘書ちゃんの報告に返事をしながら店内へ入る。中は元蔵にしてはかび臭さなど無く蕎麦屋独特の醤油の香りが薄くする。


 「これは、これは、会長さまお久しぶりです」とここの女将さん。

 「よく来て下さった。下ごしらえはさせてもらったよ」と水守みなもりさん。

 今では引退したそば打ち名人である。ここに来る前に電話したら「今すぐにでも!」と駆けつけてくれたのだ。


 「今日はよろしくお願いします」

 確りと頭を下げる。誠意って大事だよね。


 そこから僕は下ごしらえされた夏野菜と秋野菜を確認。ピーマン、甘唐辛子、ナス、かぼちゃ、レンコン、サツマイモ。残念ながら時期が早くまだマツタケは出回ってないらしい。

 秘書ちゃんの報告だと、あと三十分もしないで例の物が届くはず。そこへ柱時計の低い鐘の音が店内に響いた。


 約束の十二時である。

 入口の方から「いらっしゃいませ」の声が聞こえ、床が軋み三人の歩く音が近づく。


 襖を開ける女将。その後ろにはやや太り気味の東田さんと、完全メタボ体系の海老渡さん。

 「本日は急な申し出なのに足を運んでいただきありがとうございます」丁寧に頭を下げる僕。

 「いえいえ、以前から七宝しっぽうグループさんの話を聞いて興味がありましたから」と薄い頭を撫でながら頭を下げた海老渡さん。思っていたよりも砕けた人の様だ。

 「ではそちらの席へどうぞ」

 女将さんに誘われ上座に座る二人。

 僕は名刺を取り出し海老渡さんの前で正座をして一礼。

 「七宝グループ会長の兎月優です。よろしくお願いします」そう言って名刺を差し出す。

 「これはご丁寧に、噂には聞いていましたが本当にお若い。そしてインパクトのあるお方だ。私は海老渡金蔵です」

 僕も丁寧に名刺を受け取った。


 「海老渡さんは食通で有名でらっしゃるとお伺いいたしました。本日は少し変わった趣向で料理を提供させてもらいます」

 「ほう、変わった手法と?」

 「喜んでいただければよろしいのですが、女将さんお願いします」

 その言葉に女将さんは立ち上がりこの部屋を出て行きすぐに若い男衆を連れて戻って来た。

 男達の手には移動式キッチンテーブル。和室に似合うように木造で作られた外見でコンロが二つ。まな板と包丁がセットで収納されている。

 最後の男が温められた油の入った銅鍋をコンロにセットした。

 僕も制服姿に紺のエプロンを装備して腕まくり、コンロに火を入れ衣の状態を確認。さて準備が出来ました。


 「本日は僕が天ぷらを揚げさせて頂きます」

 そう言い終わると海老渡さんの眉間に青筋が浮かんだ。あら怒ってらっしゃる?

 「女将さんはお茶お願いしますね」

 僕は海老渡さんの青筋を見ないようにして油の温度を確認。百六十度とやや低め。揚げ始めましょ。

 カボチャをゆっくり揚げていく。室内は揚げ物の音と柱時計の音しかしない。

 カボチャから上がる気泡が小さくなりパチパチと音が変わった所ですくい上げ、しっかりと油を切る。和紙の敷いてある重厚な木皿にカボチャを乗せ二人に提供した。


 「素人が揚げた物を食えと?」おお、青筋増えた。

 「お熱いのでお気をつけて下さい。それと女将さん、そろそろ第一号をお願いします」

 「本当によろしいのですね」何やら目で訴えてくる女将さんに僕は黙って頷いた。

 「いや~うまい、うまいですよ。金蔵も揚げたて食べてみろ」

 カボチャの天ぷらを食べながら褒めてくれる東田さんを見て眉間にしわを寄せる。

 「まぁ一口ぐらい・・・」

 一口食べて目を見開いている。では次を揚げていきましょ。


 甘唐辛子とピーマンを揚げていく。そこで登場メインのざる蕎麦。

 二人の前に置かれたざる蕎麦は何というか・・・麺の厚さも違えば太さもまばら、きしめんサイズなんて麺もある。ほら、また青筋できた。

 「これはどういう事ですかな・・・」太ったおっさんの怒り顔って怖いよね。

 「申し訳ありません」と土下座の女将。

 「良いそば粉を使ってるのは分かる。汁も良い。それなのに何だこの腰も何もない蕎麦は! いや、蕎麦ですらない! さっきの天ぷらはまぁ及第点だが、これはどう言い訳もできないぐらい最低だ!」青筋二つ頂きました。

 「では、こちらで口直しを。甘唐辛子とピーマンです」

 僕が揚げたてを提供すると塩につけて甘唐辛子をパクリ。青筋二つ無くなりました。

 「女将さん、次をお願いします」

 「もうやめましょう。これじゃ・・・」

 「いえ、お願いします」

 渋々立ち上がり部屋御出る女将さん。僕は次を揚げますか。


 ナスが揚がると同時に新しいざるそばが届く。先ほどよりは麺のばらつきが少ないが味はどうでしょうかね?

 一口そばをすすって青筋一つ。

 「一体何がしたい?」そう言ってくる海老渡さん。そりゃそうだろう天ぷらは美味しいのに蕎麦が不味いのだから。初めから美味しいものが欲しいのは当たり前である。

 「はじめと比べてどうです?」

 「最初が最低過ぎて評価などしたくないが、はるかにマシにわなっている。だが店に出せる物じゃない!」もう、一々テーブル叩かないでよ。ビックリして火傷したらどうするんだよ。




 蕎麦、青筋、天ぷら。蕎麦、青筋、天ぷら。のサイクルを続ける事五回目。蕎麦が届き、僕も最後の天ぷらを揚げる。秘書ちゃんが手配してくれた活き車海老。刺身でも食べられる最高の食材をヘリで空輸してもらった物だ。

 海老は頭足身と三つに分かれ頭と足は素揚げにし、身は薄い衣をつけて二百度で一分。中がレアで回りがサクサクの海老の天ぷらが完成。


 五度目の蕎麦をすする。青筋浮かばず。

 海老の天ぷらを食べる。笑顔。

 「これは美味い。蕎麦は八十点という所だが天ぷらが別格だ。この天ぷらなら百点越える」

 気に入ってくれたようで良かった。隣の東田さんも笑顔で蕎麦と天ぷらを食べている。


 「最後に見て欲しい所があるのですが海老渡さんいいですか?」

 「ん? まだ何かあるのかね?」

 箸を置き聞く姿勢になってくれた。

 「実はこの部屋の三つ先が蕎麦打ちの作業場です。そこを見て行っては頂けませんか? 文句のひとつも言ってやって下さい」

 「ふむ・・・いいだろう」




 三人で作業場に着くと一心不乱に蕎麦を打つ坊主頭の青年。東田学ひがしだまなぶである。

 「彼が今回の蕎麦を全て作りました。横にいるのは今年の夏に引退した水守さんです。この事を話したらすぐに駆けつけてくれて、彼に蕎麦打ちを仕込んでもらいました。もう三時間は蕎麦を打ちっぱなしですかね」

 「ははは、最初の蕎麦の正体はこれか、中々手の込んだ悪戯をしてくる」にっこり笑うメタボおっさん。

 「金蔵頼む! 株を売らんでくれ! あいつが起こしたのは許せないかもしれないが、最後には良い蕎麦を打つぐらいの辛抱強さがある。今回だけは売らないでくれないか」

 海老渡さんの手を握って頭を下げる東田さん。

 「辛抱強さがあるのは分かったよ。だが株は売りに出すつもりでいる。次、先週のような失態があったらな」

 悪戯好きなガキ大将の笑顔がそこにはあった。



 「二人共お疲れ様です」

 そう声をかけると水守さんと東田息子はこちらに頭を下げた。

 「どうでしたか?」死刑宣告でもされるような青い顔で聞いて来る東田学さん。

 「八十点だな。初めての蕎麦打ちなら百点だ」

 海老渡さんの言葉を聞いた学さんは拳を突き上げ、

 「よっしゃー! 一流の蕎麦職人目指すぞっ!」


 目が点になる海老渡さんと東田父。

 息子さんの新しい就職先が決まってしまった。というか東田建設工業株式会社継げよ!




 帰りの車の中で今日の費用を計算した。

 まずは玄夢庵の離れの使用料なのだが無料でいいと言われている。が、流石にそば粉や天ぷらの具材も使わせてもらっており、それなりの金額を包み渡した。もちろん水守さんにも。

 次に車海老の値段である。ヘリで空輸してバイク便で届けてもらった。

 本日の出資額約七十万円ナリ。社員が二千人いる会社を守ったと思えば安い費用だろう。


 計算が終わってぐったりと助手席で伸びをすると、お腹がグ~。隣もグ~。作るだけで昼食抜いていたのだ。

 信号待ちから見えるオレンジの看板。

 僕は秘書ちゃんとアイコンタクト。牛丼屋の駐車場へと車は向かうのだった。



 読んで頂きありがとうございます。

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