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酒場の親父は転生者  作者: 乱世の奸雄
酒場の親父は転生者 第一巻
1/51

とある親父の転生事情

 偉大なる先人は言った「人生なんてクソゲーである」と。

 クソゲーだから、どんな理不尽も罷り通る。

 クソゲーだから、どんな超展開も起こりうる。

 クソゲーだから、買った奴の敗けだ。

 偉大なる創造主(クリエイター)様の掌で踊らされて、貴重なお金と時間を浪費させられる。

「だって仕方がない。クソゲーなのだから」そんな言葉で全ての状況が説明出来てしまうのだ。

 そして、ただいま、この俺は、その言葉を嫌というほど噛み締めている。

「なぜかって?」

 そんなの、今まさに目の前で起こっている、あり得ない現実という、理不尽な状況から現実逃避するために決まっているじゃないか・・・・・・・・・・・・。

 そんな俺の視線の先では、怒れる幼女がこの俺を指さしつつ、隣に立つ痩身の男に地団駄を踏みつつなにやら叫んでいる。

 お怒りだ。激おこってやつだ。

 だが俺は、そんなことすら些末に感じられるほど、周囲の異常な光景に息をのんでいた。

 そこは、石の壁に囲まれた正方形の巨大な部屋だった。

 足下には、血のような赤い液体で書かれた魔方陣とおぼしき不可思議な図形が書かれており、部屋のどこにも窓はなく、光源は魔法陣の周囲に大量に立てられた大きな赤い蝋燭のみである。

 重厚感と圧迫感のある石壁と光源の不確かさもあって、その室内はおどろおどろしい雰囲気を醸し出している。一瞬脳裏に浮かんだのは「どこの悪魔召喚儀式場ですかこれは?」というものだった。

 部屋の中には、俺の他に幼女と痩身の男がいるのみで、他に人影は見当たらない。

 その二人であるが、男性の方は地味な灰色のローブに大きな木の杖を持ち、大きなつば付きの帽子をかぶり、いかにも魔法使いです。といわんばかりの格好をしている。

 だが、一方で幼女の格好は「凄まじい」の一言に尽きる。

 見かけだけなら二人は同じ格好、いや同じ形をした装備をしていると言えるのだが、とてもそうは思えないほど決定的な違いがある・・・・・・。

 まずローブなのであるが、遠目にも上質と解る布が目に刺さるような激しいピンク色に染め上げられ、おまけに金糸による華美な刺繍が至る所に施され、ギラギラと照り輝いている。明らかにやりすぎだろう。

 次に杖なのだが、幼女の身の丈を遙かに超える長さがあるそれは、表面に光源に乏しい部屋とは思えないほど光りを乱反射する小さな宝石とおぼしき石に覆い尽くされ、先端には赤い大きな宝石が埋め込まれている。こちらも直視しかねるほどギラギラだ。

 最後につば広の帽子なのであるが、初めて見るはずだと言うのに、これと同じ物もしくは似たような物体をどこかで見た気がしてならない。

「あれか! キャバ嬢のヒトミちゃんのデコスマホか!!!」

 中々出てこなかった答えを探し当てた弾みで、思わず声に出して呟いてしまう。

 そう、その帽子は、表面をデコとしか表現のしようもないほどラメに似た素材で多い尽くされ、これもやっぱりギラギラと光り輝いている。

 この幼女の感性はどうやら、日本のギャルと呼ばれる人種と同じらしい。

 しかし、言葉を発したのが気に入らなかったのか、幼女にしてはきつい眼差しで、俺を睨みつけてきた。

 俺には幼女属性もM属性もないのであるが、もしあったならそのご褒美に狂喜乱舞していたかもしれない。・・・・・・残念だ。

 幼女の相貌は、上に美を付けることに何ら戸惑いを覚えないほどに整っている。ややきつめのつり上がった瞳も、整った鼻筋も、小さな唇も、文句の付けようが無い。

 もしこのまま成長すれば、将来は大変な美人になるかもしれない。そういう意味では、十年後が楽しみな容貌である。

 だが、小さな時に美人であっても、成長とともにそのバランスが崩れることもある。

(そうなると残念だなあ。)

 などと、失礼なことを考えていたのが顔に出てしまったのか、少女のまなじりがつり上がり、こちらにきつい口調で話しかけてきた。

 「○×△※*+;:%&!!!」

 先ほど叫んでいたときから気が付いていたが、やはり言葉を聞き取ることが出来なかった。

 どうやら「異世界の言語」というやつらしい。いや適当だけど。

 もっとも、英語やフランス語、さらにはドイツ語などで話かけられたとしても、俺にとっては異世界言語と同様であるのだが・・・・・・。

 だが、やっとこちらに注意が移ったので、会話を試みることにする。

 俺が解らないからといって、相手が解らないとは限らないじゃないか、男性の方は見たところ日本人に近い容姿だしな。

「あの、申し訳ないのですが、ここはどこでしょう?」

 なるべく当たり障りのない穏やかな口調で訪ねてみる。相手の正体がわからない内は下手に出て、好印象を与えないと。美幼女怖いし・・・・・・。

 だが、美幼女も隣の男性も怪訝な顔でこちらを見やった。どうやら日本語は解らないらしい。

 これは困った、言葉が通じなければ長い社会人生活で培ったコミュニケーション能力も交渉術も発揮しようがないじゃないか。

 まあ、クレーム対応でひたすら頭を下げ続ける事を交渉術と言えればだが・・・・・・。

 だが、お互いの困惑は長くは続かなかった。男性魔術師は、おもむろに脇に抱えていた分厚い本を取り出すと、慣れた手つきでページを開いてこちらに向き直り、おもむろに『詠唱』を開始した。

 それはまさに『詠唱』としか表現しようのない、言葉の羅列である。それは、淀みなく、朗々と続けられる。

 だが、思ったより長い。じりじりとするぐらい長い。だが、気の短そうな美幼女さえそれがさも当然のように待っている。

(いい歳をした大人が、子供より気が短くては沽券に関わる。)

 そう思って、じっと我慢する。

 こういう時はあれだ、自己紹介だな。「誰に?」なんて聞くなよ。

 もちろん、自分自身に決まっているじゃないか、他に誰がいる? 状況を正確に把握するには、自身を客観的に捉えることが必要になる。自己紹介は自分を客観的に捉えて説明する必要があるのだから、こんな時には最高だ。

 俺の名は、多田野正平ただのしょうへいという。

 自分で言うのも何だが、平凡な名前だ。

 中ニ病を煩っていたある時期には両親を恨んだものだが、社会人として就職してからは逆に感謝していた。

 キラネームとか付けられて見ろ、本人はそのギャップに苦しむことになるし、社会に出てからは両親の見識を、強いては育ちが疑われる事になる。

 脳天気な両親が、自己満足で付けた名前が将来自分の子供に与える影響を真剣に考えるべきなのだ。

 もちろん俺はその辺はわきまえて、良い名前を付けてやろうと思う。まあ、子供が出来る予定は今のところ全く無いのだが・・・・・・。

 しかしだ、これは断じて嫉妬などではない。碌な稼ぎもないチャラ男が出来ちゃった結婚したあげく、子供の将来も考えずに付けるキラネームを見て、見識ある大人として憂慮しているだけだ。

 たとえ、カップルを見る度に内心舌打ちをし、心の中で「リア充爆発しろ!」と叫んだとしていてもである。

 断じて違うのだ、多分そうに違いない・・・・・・。

 ずいぶんと脱線してしまったな。

 ストレスを感じると、どうでも良い思考を繰り広げて現実逃避と妄想にふけるのは悪い癖ではあると思が、これはもう特技と言っても良いのかもしれない。

 おかげで強いストレスにも何とか耐えられているし、現代社会では必須の技能だろう。ストレス社会なんて言われているしな。

 おっといけない、自己紹介を続けよう。

 歳は32歳で、当然独身だ。イコール彼女いない歴でもある。

 容姿は・・・・・・。すまん、察してくれると嬉しい、さすがに自分で自分を貶める趣味はない。

 高校を卒業して大学には進まず、そこそこの会社に就職した。このことについては特に後悔していない。

 自分の置かれた環境や、自分自身のスペックも把握できていたし、将来にたいした野望も持っていなかったから、唯一の望みである趣味の充実のために自由なお金を稼ぐのが一番だと思っていた。

 それに、意図したわけではないが、大卒の同級生が就職に苦しんで、まともな職に就けなかったりするのを見た後は、幸運な正しい選択だったとすら思っている。

 ちなみに趣味はアニメやゲーム、漫画やラノベなどの所謂いわゆるオタク趣味全般だ。あと、パソコンなんかも得意分野だ。

 特にパソコンを趣味にしていたことは、社会人生活においてこれ以上無い、武器になった。

 故障やトラブル全般に対処が出来てネットワークの構築も出来、簡単なプログラムが書けて、エクセルでマクロを組んでやったりすれば、出来ない人間にしてみれば魔法使いに等しい、ちょっとした人気者になれる。

 正直この程度のことは、高校程度の義務教育に盛り込むべきだと常々考えているが、自分たちが習っていないこと、出来ないことを教育する気が全くないのか、そもそも認識すらしていないのか、一向に改善される気配がない。

 まあ、おかげで俺みたいなやつの活躍する場が保たれていたわけで、わざわざ文部科学省に怒鳴り込む迄のことでもない。

 せいぜい、国際競争力の低下に首をかしげているがいいさ。

 さて、こんな事をつらつらと考えて現実逃避から戻ってきても、まだ詠唱は完了していないようだ。

 流石に立ちっぱなしは疲れてきたし、床にでも座り込みたい。

 だが、俺の人生経験が、いや違うか・・・・・・。

 そう、俺のラノベ知識が警鐘を鳴らしている。「そんなまねは危険である」と。

 だってそうじゃないか?

 大人の魔術師をあごで従わせる美幼女なんて、大体が魔王か悪役王女に決まっている!

 そんな理不尽の権化たる魔王様か、権力の乱用を憚らない王女様の機嫌を損ねれば、命なんていくつあっても足りやしない。

 現状、ご機嫌は最悪のようであるが、何とかなだめすかして俺を元の世界に送り返して貰わねばならない。

 今が何時なのか解らないが、今日は朝から大事な会議も入っていることだし、送還は速やかにお願いしたい。遅刻なんてもっての外であり、社会人失格なのである。

 そもそもこれが現実なのかという問題は、既にクリア済みだ。

 さっきから隠れてこっそり何度もおしりを抓っているのだが、ものすごく痛いのだ。

 それに召喚されたのが朝飯前だったせいか、いつになく空腹を感じている。

 そもそも格好だって部屋着のままで、寝間着代わりの古びたユ○クロのスウェット上下だ。

 朝起きて、トイレを済ませて扉を開けたら異世界だったなんてシチュエーション、どんな駄作のラノベにだって無いだろうきっと・・・・・・。

 男性魔術師の詠唱はまだ続いていたが、ふと気が付くと杖の先端が淡く光っていた。

 それも、杖自体が光っているというより、光が杖に纏わりついているという方が正しい表現かもしれない。少なくとも、杖の中にLEDを仕込んで光らせる。というような光り方では無いのは解る。

(本物の魔法・・・・・・。なのか!)

 その幻想的な現象を見て、ちょっぴり、いや正直に言えばかなりの興奮を覚えている自分がいる。

 俺は、社会人として最低限の社会性を維持するよう、なんとか表面上は取り繕っているものの、中身は重度のオタクだとの自覚がある。中でもファンタジー関係が大好物だ。

 特に魔法には、科学とは違った憧憬ロマンを感じてやまないのである。

 ゲームをやるときも大体が魔術師を選ぶし、世界最高の漫画はド○ゴン○ールでも○ン○ースでもない、バ○タードだと思っているほどだ。

(俺もこんなふうに、地下迷宮で広域呪文をぶちかましたり、イフリートを小僧呼ばわりしてみたりしたい・・・・・・。)

 そんなふうに、誰もが憧れるものじゃないのかと思う。少なくとも俺はそうだ。

 だからこんな状況におかれてもなお、期待と好奇心が入り混じり、何より興奮してしまうのだろう。

(ああ、今日が休日なら何の躊躇もなく堪能できたかもしれないのに!)

 社会人としては、至極真っ当な思いが脳裏をよぎる。

 たとえ社畜と嘲られようとも、社会人にとって会社での立場と信用は何をおいても守るべきものだ。

 なぜならば、それこそが日々を生きる糧を得る手段であり、自身を守る盾であり鎧であるからだ。

 これがまだ、社会人としての基盤がない学生の頃であったなら違ったのかもしれないが、今の自分には失うもが大きすぎるし、築き上げたものへの愛着と未練もあった。

 そろそろ元の世界に戻らないと本格的にまずい、一日の欠勤で首になるようなことはないだろうが、信用を失うのは間違いない。そもそも理由を聞かれて何と答えればいい?

「ちょっと、異世界に召喚されていました。てへぺろ」

 なんて言ったところで、誰が信用するというのだ。良くて病人扱いになるだけだろう・・・・・・。

 内心かなり焦り始めていたが、それを態度に出すような愚は侵さない。

 会話が成立していない現状、自分の置かれた立場も状況も判断しようがない。それに、判断材料であるたった二人の人物のうち、どう見ても上位者としての態度を見せる美幼女の態度から読み取れるのは大きな怒りだ。何に怒っているのかはわからないが、この状況で自分が無関係だと楽観するほど暢気のんきな性格はしていない。

 それに、正直言って権力を持つ子供ほど恐ろしいものはないと思うのだ。

 子供は相手の立場や事情など関係なく、自分の感情で物事を判断してしまうことが多いし――大人にも多いが――、複雑な交渉をすることも難しい。また、多少残酷なことも、そうと気づかずやってしまう。

 そんな厄介な相手に対する方法は多くない、ひたすらご機嫌をとるか、自分より立場が上の相手だと認識させ従わせるしかない。

 その両方が使えない相手の場合、その権力が暴走を始めてしまう。権力者の周囲に集う人間は、歓心を買うためや、怒りの矛先が自分に向くのを恐れて権力者の意向を全力で叶えようとするだろう。

 また、本来発揮されるべき倫理観や正義感といった人の善性も、上位者の意向、あるいは命令という、より強い指向性を持った圧力の前では十分に発揮されない傾向がある。

(こんな時、ラノベの主人公はどう行動して切り抜けているのだったか?)

 俺は少なくない、蔵書の知識を総動員して対応策を考える。

(大体がお菓子で懐柔するのが定番か・・・・・・。)

 しかしいきなり召喚されたので、そんなもの持っているはずがない。

(なんてバカなんだ、過去の俺! 謝れ、土下座して謝れ、今の俺のピンチはお前のせいだ!)

 帰ったら必ずブログに書いておこう「異世界転生を希望する諸君は、常に肌身離さず甘味を持ち歩くこと!」これ以上無いマメ知識だ、感謝されることだろう。

 本当に特技としか言いようのない、精神のバランスを保つために自然と行われる妄想の暴走という行為を続けているうちに、どうやらやっと詠唱が完了するらしい。男性魔術師は杖を高々と掲げると、ひときわ大きな声で呪文を唱えた。

 「#f&g%h*kd ザ○キ!」

 突然、特大級の衝撃が俺を襲う。

(ちょっと待て~! それは、某国民的RPGの即死系抹殺呪文じゃね~か、いきなり殺しにかかるとか超展開すぎるだろう!!!)

 だが、講義の声を上げる間もなく、杖から放たれた光は俺の頭に突き刺さった。

 とたんに強烈な耳鳴りと、脳をかき回されるような痛みに襲われる。平衡感覚を失い、ドシンと尻餅をつくようにへたり込んだ。

「クソッタレが」

 思わず、悪態をつく。

 呪文は遅行性なのか、激しい痛みはあるものの意識はあるし、死んでもいない。

(確か、即死系呪文は確率発動か抵抗レジスト出来るはず、こんな訳も解らず殺されてたまるか!)

 俺は、呪文への抵抗レジスト方法などわからなかったが、痛みに抵抗し耐えきるよう、必死にもがく。意識を失えばそのまま二度と目覚めないのでは? という恐怖感が襲ってくる。

 そのまま必死に耐えていると、だんだん耳鳴りが収まってくる。それと同時に頭の中の痛みが、無秩序な乱舞からラジオのチューニングを合わせるような不思議な感覚へと変わってくるのに気付いた。

 やがて、耳鳴りが消えるのに合わせて、唐突に痛みが消える。

 だが、痛みに耐えていた全身は、冷や汗にびっしりと覆われており、先ほどの痛みと死へ恐怖が現実であったと、否応なしに自覚させられる。

「おかしいですねえ、痛みを与えるような呪文では無いはずなのですが・・・・・・」

 場違いなほどのんびりとした口調で、男性魔術師は首をかしげている。温厚な俺でも、殺意を覚えるほどの場違いさである。

 ここにきて、俺は警戒心を最大値に引き上げる。相手に意図しないダメージを与えたにもかかわらず、その相手を気遣う様子を見せず、いかにも心外だという様子を見せるのは、こちらに対する配慮など全く考えていない証左であろう。

(ここは敵地だ!)

 心にそう刻む。

 だが一方で、先ほどの呪文が会話を行うためのものだったことを知る。他でもない、男性魔術師の言葉が理解できている事に気が付いたからだ。

 男性魔術師も、こちらが言葉を理解したことに気が付いたらしい。意図しない反応を見せられて失敗を懸念していたのだろう、あからさまに安堵の表情を浮かべている。

 俺は、心の中のデ○ノートリストの二番目にこの男の名を刻むと誓う。勿論、妄想の産物で実行力は皆無だが、妄想の中で百回は殺してやるつもりである。ちなみに一番目は元上司で、こいつはすでに俺の中で一万回ほど死んでいる。

 さて、いつまでもこうしているわけにはいかないのだ。社会人にとって、時間は有限であり、お金を払ってでも買い取るべきものだ。「タイムイズマネー」は至言なのだ。

 会話が成立するならなるべく穏便に交渉を済ませ、速やかに元の世界に帰還せねばならない。今なら出社も遅刻程度で済むかもしれない。

 立ち上がって居住まいを正し、正面から相手の目を見るように相手と向かい合う。

(この格好では様にならないことこの上ないが、人と話すのに座り込んだままというわけにはいかないからな。俺は礼儀を重んじる日本人だ、こいつらとは違う)

 その様子に何かを感じたのか、美幼女が一歩あとずさる。ちょっと気迫を込めすぎたらしい、怖がらせたのだろうか。

 俺の顔は一部では強面と言われているらしいから、意識して日頃からなるべく笑顔でいるよう心掛けているが、先ほどの痛みと怒りで素の自分が出てしまっていたら大変だ。子供を怖がらせるのは本意ではない。

 見かけによらないかもしれないが、俺は子供好きだ。もちろん父性愛の方だ、断じて少女趣味ロリコンではない。子供なら性別は問わないから間違いない。

 田舎に帰れば親戚の子供たちに大人気で、一緒になって真剣に遊んでやる。親戚一同には、なぜかいつも「大人気無い」などといわれるが、なんでだろう? 俺は、遊びも仕事も全力で真剣にやるのがモットーなだけなのだが。

 こちらの様子に少々気圧されつつ、男性魔術師は、場を取りなすようにわざとらしい咳払いを入れると、末生り瓢箪のしたり顔と表現するのがぴったりの顔で話しかけてきた。

「私は王国に使える宮廷魔術師でヤン・コオロンと申します。召喚されし者よ、お名前を教えて頂けますか?」

 どうやら相手の名を聞くのに、自分から名を名乗るぐらいの良識の持ち合わせはあるようだ。少しだけ評価を上げてやる。ほんのちょっぴりだがな。

「私の名は、神威猛かむいたけると申します」

 堂々と告げる。勿論偽名だ。なるべく平坦に聞こえるよう、声に感情を込めずに答える。

 この先、帰還交渉をしなければならないわけだが、こちらの手持ちのカードは無いに等しい。馬鹿正直に答えて、相手の手札を増やしてやる義理は無いのだ。

 それに、あちらは俺を格下だと舐めている気配があり、認識を改めさせねばならない。対等の相手とならねば、こちらに有利な条件を引き出すのが難しくなる。

 また、焦りや不安、激しい憤りは交渉にプラスには働かないし、自分を平静に保つためにも、感情を抑えて喋るのは有効に働く。

 それに偽名を使ったのは、魔法のある世界で名前を知られたあげく、隷従の魔法とか拘束に使われたりするのを恐れたためでもある。伊達にラノベを愛読していたわけでは無いのだ。

 ちなみに、この偽名も普段から大型SNSで利用している名前だから、ある意味において俺の名前と言えなくもない。本名以外で、とっさに思いつくのはこの名前しかなく、咄嗟に口をついて出たのだった。

 さて、一つの懸念として「俺の言葉が通じるのか?」というものがあったのだが、問題なく通じているらしい。流石魔法といったところだが、あの痛みはいただけないと言わざるを得まい。

 男性魔術師はこちらの名乗りを受けて何やらうなずくと、短い詠唱とともに杖で目の前の空間をたたくような動作をする。詠唱の中に先ほど名乗った俺の名前が含まれていた気がしたのだが、気のせいだろうか?

 やがて、男性魔術師の正面にあたる空間に、金色の額縁に縁どられたパネルのようなものが表示される。透けているため、こちらからも色々と文字が書かれているのが判るが、どうやら先ほどの魔法では文字までは理解できないらしい、とても残念である。

 ヤンと名乗った魔術師だけでなく、美幼女も横からその表示を読んでいる。心なしか、怒りを通り越してもう無表情の域に達して来た気がする。癇癪を起されるのと、無視されるのとでは、どちらがよりダメージが大きいだろうか・・・・・・。

「ステータスは、酷い物ですね。どうやったらこんな低いステータスになるのか・・・・・・。特殊能力スキルも空欄ですね。後は、この職業クラス覧・・・・・・。ニート?と、読むのでしょうか?初めて聞きますね、どんな職業クラスなのでしょう?」

 ヤンは美幼女に小声で話しかけながら読み進めているが、美幼女はもう既に興味を失ったかのようにふて腐れてそっぽを向いている。ヤンも何時暴発するか解らない爆弾処理をしているようなものだろうから、心中穏やかではないだろう。

 こいつは俺の中ではすでに敵だが、猛獣の扱いを誤ればこっちがとばっちりを受けるとなれば、今だけは応援することもやぶさかではない。

 ヤンも美幼女の態度に、長時間の問答は無理だと悟ったのだろう。速やかに事態を終わらせるため、再度パネルの内容を一瞥すると、確認する事項はこれだけだと言わんばかりに頷いた後、視線をこちらへ向ける。

「かムいたぁケェる? 殿、少々お聞きしたい。あなたの職業クラスは、ニート? というものらしいが、これはどんな職業クラスなんでしょうか?」

 変な発音の名前に気を取られて危うく聞き逃しそうになったが、ニート呼ばわりされたと理解すると、俺の怒りのボルテージが一気にマックスまで高る。

(聞けば何でも相手が答えてくれるとでも思っているのか、この末成り瓢簞め、ググレカス! この俺を事もあろうにニート呼ばわりだとだと? いいだろう教えてやろうじゃないか、真のニートというものが、どんな者なのかをな!!!)

 俺は、心の中で血の叫びブラッドボーンをあげたが、そんな内心の憤りを完璧に隠し、さも当然の知識であるかのように告げる。

「ニートとは、私の世界では王侯貴族と同義の存在です。仕事などせずとも生活することが出来、日がな一日趣味に没頭することが出来ます。懸命に働く者たちを社畜と嘲り、見下しております。国は彼らの存在を恐れて、何とか対策を施そうとしていますが、手も足も出ないのが実態です。ニートは日々、その勢力を拡大しつづけており、国は彼らの力を恐れてナマポと呼ばれる生活資金を投入して懐柔するのがやっとの状況です。あらゆる義務と責任を負うことがなく、その点で言えば王侯貴族すら凌いでいるかもしれません。おかげで国の財政は悪化の一途をたどっており、このままでは近い将来我が国はニートによって滅ぼされることでしょう」

「「・・・・・・・・・・・・」」

 俺の堂々とした説明を聞いた二人は、初めて聞く職業クラスであるニートの説明に顔を青ざめさせ、とんでもない者を自分たちが召還してしまったと思ったらしく、美幼女の方は見るからにそわそわと落ち着きをなくした様子である。

 そんな彼らの様子を見て内心溜飲を下げつつ、ここぞとばかりに駄目押しをしておく。相手に立ち直るきっかけを与えるのは不味い、相手の精神を徹底的にやり込める必要がある。その方が後の要求が通りやすい。ちなみにこれはヤクザの手口と同じものだが、俺にヤクザの経験があるわけではない。不当要求防止責任者講習で暴追センターの講師様に習った知識を応用しただけのことだ。長く社会人をやっていると、こういった知識も身につくのだ。

「あと、これが一番大事なのですが・・・・・・」

 俺は数々のクレーム対応で培った演技力をフル活用しつつ、声に精いっぱいの申し訳なさを込めて、勿体ぶったように告げる。「自社製品の不良品を回収するイケメンエリート営業マン」という設定のガラスの仮面をかぶれば、この程度はなんと言うこともなくこなせる。なお、イケメンやエリートなどといった言葉は、俺の属性にはまったく存在しないが、設定で使うぐらいなら問題ないだろう。その方が、気分が上がる。

「といいますと?」

 まだこれ以上の何かがあるのかという不安の面持ちで、恐る恐るヤンが問い返してくる。美幼女は、両手で大きな杖を抱え込むように持ちながら、俺とヤン交互に忙しなく視線を彷徨わせている。小動物みたいで、ちょっとかわいい感じになってきた。

「実は、ニートは病のように伝染するのです」

 俺は相手の精神に大きなダメージを与えるため、最大級の爆弾を投下してやる。とたんに美幼女は、最初の頃の剣幕が嘘だったかのように、全身をガタガタとふるわせ始めた。ヤンも今にも後ずさり、逃げ出しそうな様子だ。

 やばい、ちょっとやり過ぎたかな、フォローしとかないと。

「大丈夫です。簡単には伝染うつったりしません。ニートが他人に傷つけられたり、死んだりした場合に、呪詛のように周囲に伝染するらしいのです」

 パニックを起こされてはかなわないから、もっともらしいフォローを入れておく。国が対抗できないという話に信憑性を持たせるにはこのくらいのハッタリが必要だろう。さらに自身の身の安全を担保できるし、いいことずくめだ。

(これだけ脅せば、早いところ厄介払いしたいだろう、お二人さん?)

 俺は自身の勝利を確信し、内心ほくそ笑む。そして、本命となる要求を突きつけた。

「さて、大変申し訳ない話なのですが、私も色々と忙しい身でして、そろそろ元の世界に返してもらえないでしょうか? あなた方にご迷惑をおかけするわけにいきませんし、ね」

 言外に、「このまま放置すればただではすまないぞ」というニュアンスを含める。

 ニートに恐れをなしている今のうちなら、要求は通るはずだ。こんな得体の知れない相手を身近に起きたくないはず、まったくニート様々だぜ。

 だが、俺の期待とは裏腹に、美幼女が取った行動は思わぬものだった。

「ヤン、私は少々急ぎの用事を思い出しました。後のことは全て、あなたに任せます。問題が起こらないように始末しておきなさい」

 それだけ告げると、脇目もふらず、大きな杖を両手で抱えてテケテケと擬音がたちそうな足取りで部屋を走り出ていった。ヤンが止める隙もない、鮮やかな逃走だった。

 俺は、それを見て場違いな感想を抱く。

(この美幼女、出来る!)

 あの逃走の鮮やかさは「超エリートサラリーマンである上司が、部下に全ての責任を押し付けて自分の安全を確保する様」に合致する。創業家であるオーナー社長や現場叩き上げタイプを除くと、大企業で出世する人間のほとんどがこのタイプである。

 状況判断の速さ、部下を切り捨てる冷酷さ、それらを当然と思える厚顔さが無いとできない芸当だ。

 切り捨てられた哀れなスケープゴートであるヤンは、その後ろ姿を呆然と見送って、その表情のままこちらに視線を向ける。その様子からは、内心の困惑が透けて見える。思ったより要領が悪いやつらしい、勉強は出来るが機転が利かないタイプのようだ。

(人生経験が足りないのだよ、瓢簞君)

 俺は内心でうそぶくくが、少し奴に同情もしていた。切り捨てる側にしてみれば当然の行為でも、切り捨てられる側にしてみればそうではない。そして、俺はどちらかと言えば切り捨てられる側の人間だ。同病相憐れむということだな。

 はっきり言って、上司は部下を選べるが、部下は上司を選べない。多少の例外はあっても、世の中は概ねそういうふうに回っている。その現実を改善するには自身が上に立つ必要があるが、その為には過酷な出世レースを勝ち抜かなければならない。

 冷酷に部下を切り捨て、無駄なく立ち回る身軽なエリートを相手にして、部下の失敗を庇いつつ責任を共有する者が、同様の速度で出世することは容易ではない。部下の責任を庇った結果、その責任を追及され足元をすくわれるのはよくある話であり、組織において成果は共有されるが、失敗の責任が共有されることは少ないという事と相まって、失敗は個人に帰結する場合が多い。

 また、個人を評価する際に、共有化された成果では差を付けにくいため、個人の評価は自ずから減点方式になりやすい傾向があり、つまるところ人事評価の高い人間と言うのは自身で責任を取らず他人取らせるのが上手い者ということになる。以上、俺の経験から鑑みた勝手な私見である。

 さて、多少同情はするが、俺としては手を抜く選択肢など無い。現状かろうじてこちらに形勢が傾いてきているが、嘘とハッタリで無理矢理作り上げた形勢でしか無く、いつメッキの皮が剥がれてもおかしくはないのだ。

 この状況が覆されない間に、素早く勝負を決める必要がある。そのために、交渉をどう組み立てるのが得策か、作戦を立てる。

 まず、これまでのやりとりから、ヤンをエリート秀才タイプに近い人格だと判断する。

 このタイプは、自分が理解できる範囲においては優秀だし実行力もあるが、その範疇を超えると途端に融通が利かなくなる。なまじ自分の知識に自信があるため、想定外の自体に直面したときにはその知識と、目の前の現実を整合させようとし、その結果、想定外の事態と判断してフリーズするか、無理矢理に類似の事例に当てはめて判断をしようとするのだろう。

 元々知識や理解力は高い傾向にあるため、経験さえ積めば隙など無くなるのだろうが、ヤンはまだ若くその経験が足りないのだろう。交渉において感情を隠し切れていないことから見ても、そう判断できる。

 この場合の方針としては、想定外の事態に追い込みすぎると、対処できなくなりフリーズするか、こちらの想定しない事態を招く事になりかねないので、それは避けた方が良いだろう。

(そうなると、理論的に判断しやすい材料を提供し誘導するのが得策か)

 そう作戦を立てると、一向に再起動する様子を見せないヤンに対して話しかける。

「ヤン殿、私としてもこの世界へ与える影響は最小限に留めたいのです。ニートの生態については何分不明な点も多くございまして、一刻も早い送還をお願いしたい」

 あくまで相手の利益のためであることを強調しながら、自分にとって最高の要求を突き付ける。これなら馬鹿でも最善の行動が選択できるだろう。と言うか、他の選択肢を与える気はない。

(さあとっとと送り還せ、今すぐに!)

 口には出さず、目線に意思を込める。だが、予想に反して帰ってきた言葉は、この世の理不尽を象徴する言葉だった。

「無理・・・・・・。なんです・・・・・・」

 俺はこの瞬間に、これまでの人生の大半を使って築き上げたものを失ったことを知った。

 人生なんてクソゲーである。


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