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珈琲と紅茶の日  作者: ちわみろく
1/8

出発する日

「髪を切る日」続編となります。


新しい旅立ちの日です。

読んでいただけたら嬉しいです。

出発する日



 東京国会図書館閲覧室で見たのは、震災時に生き残った人名リストだけだった。

 臆病者の由良ゆらに、死亡者や行方不明者の欄を見る勇気などない。被害、損害の記事を読むだけで呼吸が止まりそうになるのだ。

 今の世界に慣れきってしまった由良に取っては当時の年代や日付を見るだけで辛い。

解読プログラムを用いる必要もなく、指先一つで情報を呼び出せるシステムに変わった国会図書館の閲覧室で、由良は震える指先を迷わせる。

 隣りに座った金髪の青年が、その手首を優しく握って震えを止める。

 彼の青い瞳を見上げ、それから振り返って背後に立つたくみを見た。

 何も言わず青い目を細めて優しく微笑むだけのセイラと、歯を見せてにやっと笑う匠に勇気を貰って、由良はもう一度ディスプレイに向き直る。

 ずらりと並ぶ人名はあいうえお順に並べられ、由良はつりあがった目を見開いて凝視する。が、多すぎてわからない。

「・・・検索方法を変更してみたら。」

 セイラが励ますように提言する。

 その言葉に頷いて、彼女は再び指を動かした。

 地域別にリストを流してみると、やがて彼女が住んでいた町の地名が発見出来た。そこから詳細を調べていく。

 『高野美夜子たかのみよこ』の名前を見つけて指が止まった。

「・・・あ、あった。」

 美夜子の母親の名前も一緒に載っていた。それが、安堵させてくれる。

 彼女は一人ではない、と、思える。家族が一人でも生き残っていてくれるのなら、それだけで随分親友は救われることだろう。

 そして、直ぐに見覚えのある名前を見つける。

木内悟きうちさとる』。男子バレー部のエースだったクラスメート。流河りゅうがにそっくりだと思った、あの少年。

 ・・・ひょっとして、一緒になれたのかな。

 新淡路で、まるで煙に巻かれるように一瞬で消えてしまった親友とその恋人。

 ・・・それに、もしかして、美夜子のお母さんって・・・鈴奈すずなさん?

 そうかもしれないし、そうでないかもしれない。ただ、そう、思いたい。

 美夜子が京都で見た過去の震災の記録について、由良は一切知らない。だから、本当のところは全くわからないままだ。

 親友が過去からやってきて、再び過去へ戻っていたのかどうか。

 流河と鈴奈は確かに美夜子と共に消えてしまったけど、彼女と同じ場所へ辿り着けたのかどうかは確認しようが無い。

 しかし、由良が知っている名前はその地域ではその三人しか見つけることが出来なかった。

 その意味するところは、ここで確実に震災で生き残ったのはこの三名のみ、ということになる。

 あの時に消えた人数と一致する、というたったそれだけのことだけれど、由良にはそれくらいしか拠り所は無い。

「・・・何か、わかったのかい?」

ゆっくりと話しかける匠の声。

 由良は首を左右に振る。

 けれども、その表情は思ったよりもずっと落ち着いていた。

「確信が持てるようなことは何一つないけど、ただ、もしかしたらって・・・そう思える可能性だけは、見えた、感じです。」

 彼女の言っている言葉の意味は、匠にはよくわからない。恐らくはセイラも余り理解してはいないだろう。

 だって、重要なのはそこではない。

 由良がここで知った事実から何かを得ることではなく、彼女の精神の安定に繋がるかどうか、である。

「来て、よかった?」 

やわらかな掠れ声でセイラが尋ねる。

「・・・うん、多分。」

 切り揃えたばかりの髪の襟足に手で触れながら、由良はしっかりとした声で答えた。


 エア・カーや空を飛ぶ単車に乗ったことはあっても、海外へ行く航空機に乗るのは初体験である。

 長崎の空港で走り回り危うく巨大な飛行機に轢かれそうになった経験を持つ由良だが、客として機上の人となったのは初めての事だった。何もかもが珍しく、きょろきょろと機内を見回している様子がまるで幼い子供のようだ。

 セイラは、そんな彼女を見て少し安堵する。

 ・・・昨夜は、うなされなかったし。

 出発前夜となった昨日、モニターでもなんの異変を見ることなく彼女は深い眠りについていた。図書館に行ってきたことがよい結果をもたらしたのだろうか、それとも、偶然なのかはわからない。

 窓際の席を彼女に譲ると、彼女は目を輝かせて窓の外の景色を食い入るように見つめる。

「・・・凄いね。こんなの、初めて見たよ。」

 見たことも無い、雲海の景色。時折覗く深い青空。エア・カーやエアバイクではここまでの高度へ到達することは無い。

 全てが初めての事なので全てが新鮮だ。客室乗務員の半数が日本人ではないことにさえ感動する始末である。

 飛行機に乗せるだけでこれほどに由良が興奮する事に、セイラは逆に驚いてさえいる。

「由良ちゃん、ひょっとして海外行くのって初めてなの?」

「初めてだよ。なんか、ドキドキするね。」

 セイラは元々外国から来た人間だし、組織の人間は大概海外を経験しているのが当たり前なので、彼女の言葉に軽く狼狽する。

 それでは機内食一つとってみても、珍しくて仕方が無いだろう。乗務員が運んできた食事に静かに興奮している彼女がどこか楽しそうに見えて、嬉しかった。

 ・・・よかった。連れ出したのはやはり正解だったんだ。

 数時間のフライトが憂鬱なものにならずに済みそうで、セイラは心から安堵した。


 到着した空港から乗換えで首都から南海岸へ再び飛行機の旅となる。国内を行き来する飛行機は小型で揺れがひどい事を心配していたが、彼女は少しも臆することなく、また乗り物酔いすることもなかった。

「ただ、座りっぱなしでお尻が痛い~。」

 一言泣き言を言っただけだ。

「セイラのおうちは、海のそばにあるの?」

 港町で海水浴場としても名高い南海岸の町に降り立った二人はホテルまでタクシーを拾うため、バスターミナルで休憩していた。

「・・・僕の家はロンドン市内なんだけど、帰る前にどうしても寄らなくちゃいけないところがあってね。」

 由良がスーツケースの番をしていると、セイラは売店で買った紅茶を手に傍らへ座る。

「それが、ここ?」

「うん。一週間くらい、滞在することになるかもしれないけど・・・、僕はここで人と会わなくちゃいけないんだ。その間だけ、君を一人にしてしまう。だから、これを君に渡しておくよ。」

 二つの紅茶のカップを彼女に持たせ、セイラはスーツケースの鍵を解除し蓋を開いた。

 その間、由良は周囲に目を配っている。

 外国に来たからの警戒心、というよりは、しゅうに躾けられた習慣のようなものだろう。由良はもう無意識にそういったことが出来る娘になっていた。たくさんの人がごった返すターミナルではどんな危険があるかもわからない。日本と違い、外見も様々な人々が行き交うために物珍しさも手伝って、由良は神経を尖らせていた。

 髪の色、肌色、瞳の色。背丈、顔立ち、民族衣装。セイラのような欧州系の人種もいれば、背の高いアフリカ系、由良のような東洋系、それらの混血と思われる外見の人。日本のような単一民族に近い国いると味わえない異国情緒だった。

 そんな中に、由良の視線が思わず追いかけた人影があった。

 黒髪に中肉中背、黒い皮のジャンパーを来た若い青年がフラフラとターミナルを目的も無く歩いているように見受けられた。

 ・・・ちょっと挙動があやしいな。

 警官がいたら職務質問されそうな雰囲気だった。

 もっとも、由良は警官ではないので、自分達が被害をこうむらなければ関係ない。

 セイラがケースを閉じて鍵をかけると手にしたものをさっと由良に渡した。

「・・・これ。いいの?」

 白いスカーフに包まれた筒状のものを受け取る。さっと中身を覗くと、見覚えのあるフォルムだ。

「似てるけど同じものじゃないよ。あんなの持ち込んだら税関で捕まっちゃうからね・・・だから威力はかなり劣るけど、使い方は同じさ。いい?本当に、万が一のための護身用だから、出来れば使わずにいてほしい。」

 かつて由良が愛用した武器である重力サーベルとよく似たそれは、セイラが彼女のために誂えたものだった。

「迷子対策に発信機も仕込んである。翻訳機の使い方は飛行機の中で教えたよね?」

「うん。」

 左手の手首を思わず見る。最新式だと言われた翻訳機は、自分の発する言葉を指定の言語に訳して発声しなおしてくれる優れものだ。会話する相手に近づければ相手の言葉を翻訳してこちらへ発生しなおしてくれる。少しゴツイ腕時計、と言った大きさで、持ち運びにも苦労はないし、通信も出来る。

 手渡された武器をさっとジーンズのポケットにしまうと、由良は立ち上がってもう一度周囲を警戒した。

「・・・あ、タクシー来たね。つかまえよう。」

 ターミナルのラウンドアバウトを大きくカーブしてこちらへやってくる一台に、セイラが手を上げて合図する。黄色い車体が静かに停車した。

 セイラが乗車し、運転手が荷物をタクシーに運び入れている間も、由良は警戒を怠らず、ずっと周囲を見つめていた。



新しい土地で、新しい生活を始めようとします。

まだまだ引きずるものがたくさんありますが、それでも前を向いて生きていきます。

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