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秘密の薬

 パン作りを手伝う妖精がいると、スーミィはいつも言っています。ブドウ水を準備して、パンが膨らむようにお願いすると。


「その妖精が、薬草の匂いを嫌うそうだよ」

「そんな……」

「だから、どんな街でも、パン屋と薬師の家は離れているんだ」

 確かに、オババの家とスーミィの店は、通りの両端に離れてあります。

「高熱を下げて。まともに食事がとれたら、かなり楽になるものだけどね。パン屋はそれすら、させてくれないから……」

 そう言ったオババは、薄い唇を噛み締めるようにして、薬の棚に目をやります。

 つられてボツゼルも、棚を眺めます。

 オババの文字で、数種類の熱冷ましの薬草の名前が書かれています。


「オババ」

 しばらく黙っていたボツゼルが、小さな声で呼びます。

「ユイキリ、は?」

 ゛ユイキリ゛と聞いたオババは、一瞬、驚いた顔をしたあと。黙って、首を振りました。 

「あれは、神殿にしか……」

「無いなら、俺の家にあるから。使って」

「そういう問題じゃないんだよ」

「じゃあ、どういう問題? あれなら、薬の匂いがしないのに」

「ユイキリの実があっても、神官でないと薬にするための方法がわからない」

「匂いがしない、って言ってるじゃないか。俺の家に゛薬゛の状態であるの」

 ボツゼルの死んだお父さんは、結婚するまで王都で神官をしていました。

 森に生えているユイキリの木を見つけたボツゼルに、お父さんは毎年、薬をつくる方法を練習させたのです。


 これで、スーミィを助けられる。

 そう考えてホッとしたボツゼルに、オババが追いうちをかけます。

「オババでは……あの薬は、使えない」

 ひどく申し訳なさそうなオババが言うには、ユイキリは使い方が難しく、上級薬師の試験に合格しないと使えないのだそうです。

「オババが上級だったら……。今すぐ、神殿にユイキリを分けてもらって、治療ができるのに」

 『力不足で、申し訳ない』と頭を下げたオババをじっと見下ろしたボツゼルは、なにやら口の中でブツブツと唱えます。

 そして。

「オババ。俺がやる」

 と、言いました。

「やる、って。そんな……」

「ユイキリを薬にする練習と一緒に、使い方も練習したから」

 死んだお母さんは、上級薬師でした。当然、使い方を知っています。


 ボツゼルは、オババに必要な物を伝えると、ユイキリを取りに森へと走りだしました。



 オババの家でまちあわせたボツゼルとオババは、通りを抜けてパン屋の裏口をノックします。

 顔を出した粉屋の若奥さんは、二人を二階へと通しました。


 ベッドでは赤い顔をしたスーミィが、苦しそうな息をして横になっています。

「スーミィ」

 そっと呼びかけたボツゼルの声に、薄くまぶたが開かれます。熱にかさついた唇が『ボツゼル』と動いて、再び目を閉じてしまいます。

「せめて、スープを食べてくれれば……ねぇ」

 と、心配そうに若奥さんが言います。

「水は、飲めているかい?」

「少しずつだけど、なんとか」

 オババと奥さんの会話を聞きながら、ボツゼルはもう一度スーミィに声をかけます。

「スーミィ、薬飲もう」

「嫌。飲まない」

 さっきよりも少しだけ大きな声で、返事が返ってきました。

「特別な薬だから、匂いはしないよ?」

「匂いがなくても、嫌。ダメ」

「あのね。この薬、ブドウ酒でできてるんだ。妖精の好物だよ?」

「ブドウの……」

「味見だけでも、してみなよ?」

 優しく言い聞かせるボツゼルの言葉に、やっとスーミィがうなずきました。


 『一度、家に帰ってくる』と言う奥さんに、次に来るときには汗拭き用の布を持ってきてもらうように頼んで。

 ボツゼルは、薬の準備を始めます。


 小さな壷のふフタをそっと開けると、

「オババ、ブローチを貸して」

 と、手を出しました。

 不思議そうな顔をしたオババは、それでも言われたとおりに、寝るとき以外は外したことのないブローチを外します。

 そのブローチには、小さな小さな゛スプーンとすりこぎ゛が、細い鎖で繋がっていました。薬師の仕事道具である゛スプーンとすりこぎ゛のついたブローチは、ギルドが認めた薬師である証なのです。


 ブローチのスプーンを壷の中に差し入れたボツゼルは、すくいとった粉薬をすりこぎを使って慎重な手つきですり切ります。

 小皿に移したほんの少しの薬に、今度は普通のスプーンに半分のブドウ酒を垂らしました。

 小皿の上ですっかり薬が溶けたのを確認すると、スーミィを抱き起こしました。


「一口もないから。飲んでみて」

 口元の小皿を、恐る恐るスーミィがなめます。

「残しちゃダメだよ」

 ボツゼルにしては強い口調で言われたせいか、薬の味に不安が消えたのか。

 スーミィは、嫌がることなく、薬をなめ尽くしました。


 小皿がすっかり空になったことを確認したボツゼルは、そっと彼女を横たえました。

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