春祭り
春祭りは、アンズの花が咲く頃にひらかれます。
鳥たちから、そろそろ咲きそうだと、教えてもらったボツゼルは、『一緒にお祭りへ行こう』と、スーミィを誘いました。
スーミィは、驚いた顔をした後、恥ずかしそうに笑って。
「お祭りに行くの、初めて」
と、あのメジロのような声で言いました。
それを聞いたボツゼルは、なんだかうれしくなりました。勝手に、顔が笑ってしまいます。
「なぁに?」
「俺も、お祭り初めて」
そう言うと、スーミィもうれしそうに笑いました。
お祭りでは、屋台で買った料理を二人で半分こにしたり、皆のダンスの輪にはいって手をつないで踊ったりしました。スーミィは、楽しそうに笑って、『ボツゼル』『ボツゼル』と、何度も名前を呼んでくれます。途中で出会った粉屋の息子夫婦に
「来年は、ボツゼルとスーミィの番か?」
なんて冷やかされて、二人でクスクス笑ったりもしました。
そして、この夜。
二人は、恋人になりました。
恋人になっても、二人の生活は大きく変わりません。
スーミィは毎日、粉をこねては妖精と一緒にパンを焼きます。
ボツゼルは、森の中で育てた薬草をオババに売りにきます。
でも実は……小さな変化もあるのですよ。
それは。
街にきたボツゼルが、行きと帰りの二回、パン屋に立ち寄るようになったのです。
行きしなは、オババのためのパンを買って。帰りは、お台所で生地を作っているスーミィの横でおしゃべりをしてから、自分の分のパンを買って帰るのです。
それから、ほんの時々。
お昼からのお店を゛少しだけ休憩゛にしたスーミィが、森までパンを届けに来てくれる事もあります。お店を開けないといけないので、すぐに帰ってしまいますが……。
春から夏。夏から秋へと、二人は仲良く過ごしていました。
あるひのこと。
いつものように、パン屋を訪れたボツゼルでしたが、なぜか、ドアがしまっていました。
「スーミィ、スーミィ?」
何度もドアを叩いていると、音を聞き付けたのでしょう。粉屋のおじさんが隣からでてきました。
「おはよう、ボツゼル」
「あ……おはよう、ございます」
「スーミィなら、病気だよ」
二日ほど前から、熱を出して寝込んでいて、粉屋の若奥さんが、食事の世話とかの看病をしているそうです。
『熱で寝込んで』と聞いたボツゼルでが思い出したのは、死んだお母さんの事でした。
急がないと。スーミィも、死んでしまうかもしれない。
そんな考えに取り付かれたボツゼルは、全力で通りを駆け抜けました。
「オババ。スーミィを治して」
そう、戸口を入るなり叫んだボツゼルに、オババは水を一杯、飲ませました。
慌て過ぎて時々咳き込みながら、なんとか水を飲み終えたボツゼルは、オババの細い腕をつかんで、グラグラと揺さぶります。
「痛いっ」
悲鳴を上げたオババに謝る余裕もなく、『スーミィが、スーミィが』と繰りかえすボツゼルは、少し前までのように上手に話せなくなっているようでした。
それでもオババは、そんな彼の言葉を注意ぶかく聞き取って、なにが起きているのかを理解しました。
「ボツゼル」
ため息交じりに、オババが呼びます。
その声にボツゼルは、口を閉じました。
「オババには、治せない」
けれども、オババは、期待した答えをくれませんでした。
「どうして? どうして? オババっ」
「パン屋の病いだけは、薬師には治せない」
そう言ったオババは、つらそうに俯きました。
「パン屋は、決して薬をのまないんだよ」