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オババのむすこ

 ボツゼルが入る組合はない。


 それがオババの返事でした。

「薬草を゛売る゛のは、そもそも薬師の仕事さね」

「うん」

「で、だ。薬師の場合は、組合ではなくってギルドでね。入るのに師匠の推薦と試験がある」

 それはそうです。薬の事を勉強していない人が薬師になったりしたら、怖いですよね。


「だから、あんたみたいな仕事をしてる人はまず、いない」

「おれは、いいの?」

「あんたの場合、商売相手がこのオババだけだから。商売としては、余りにも小さいし、治療をするわけじゃないしね」 

「……」

「それに、ギルドや組合に入る意味もないだろうよ」

「入る意味?」


 組合に入るメリットは、スーミィが話していたように、情報交換ができることと、税金が少し安くなること。それから、同業者が近所に店を出すのをある程度、防いでもらえるのです。 


「森に住むあんたは、どこの街の住人でもないから、税金がないだろ?」

 そういえば。払ったことが、ありません。

「オババは、あんた以外から、薬草を仕入れる気もないしね」

「うん」

 情報交換……も。

 オババとスーミィ以外とは話さないボツゼルには、必要ないように、思えます。


 そうか、このままでいいんだ。

 少しほっとしたボツゼルは、今日の゛代金゛と一緒に、さっき買ったパンを手に、森へと帰って行きました。



 そして、この冬で一番寒い日のことです。

 ボツゼルの家へと、いつもの伝書鳩が手紙を持ってきました。

 いそいそと広げると、薬草の注文とならんで、『塩を半カナル(約 1・2キログラム)』と、書いてあります。

 『寒くて外に出るのが辛い』と言って、最近のオババはボツゼルに買い物を頼むのです。

 スーミィの店のパンをオババの分も買って行くのはもう、手紙にすら書かない約束事になっています。



 あれは、組合の話をした少し後、だったでしようか。

 オババの家からの帰り道、ボツゼルがパン屋に立ち寄ると、店には゛準備中゛の札が掛かっていました。

 珍しい、と店の横手へ回ると、窓から作業をしているスーミィが見えました。

 邪魔かな、と思いながら声をかけると、

「もう森に帰るのだったら、裏口から入って」

 と、言われました。

 言われたとおり、裏口を開けると、パン屋のお台所につながっていました。

 テーブルの上で、真剣な顔で小麦粉を計っているスーミィがいました。

 計った粉を器にいれて。水、塩、砂糖と、次々に計っては小麦粉の上に入れていきます。


「パンの材料?」

「そう。次に焼く分の生地を、ね。一段落したら、お店を開けるから、待ってて?」

 そう言ったスーミィは、戸棚から妙な物を取り出しました。

「それは、何?」

「古くなったブドウ水」

「ブドウ水?」

 それも、古くなったって?

「干したブドウを水につけておくの。お酒みたいな匂いがするまで」

 お酒、なら食べても大丈夫そうです。

 ホッと胸を撫で下ろしたボツゼルを気にすることなく、スーミィは慎重に中身をはかりとります。

「パンって、お酒が入るんだね」

 全部の材料を手で混ぜはじめたのを見ながら言ったボツゼルに、スーミィは笑いながら

「これはね、妖精の分なの」

 と、言いました。


 パンを焼くには、妖精の手伝いがいるそうです。

 材料を計ってこねる事と、形を作って焼くのは、スーミィたちパン屋の仕事です。けれど、おいしいパンに必要な柔らかさを生み出すのは、妖精の仕事。

「手伝いをしてくれる妖精に、ね」

「働いたお礼?」

「お礼っていうより、お願い、かな?」

 妖精の好物を準備して、来てもらうのです。


 ボツゼルと話しながらも、スーミィの手は休みなく働きます。混ぜた生地を台の上に取り出して。こねて、こねて、こねて。

 肘の上まで袖を捲りあげた腕に、ギュッギュッと力が込められます。パンの内側のような、その白い腕を眺めていたボツゼルは、なんとなくオババの腕を思いだしました。

 時々、大きな鍋で薬草煮出しているオババの、しゃもじを握る手は茶色く干からびて筋張っていました。

 『おっかさんと、歳は変わらないんだよ』そんな、オババの言葉が急に思い出されました。

 オババが実はすごく年をとっていると、初めて身にしみたのです。



 その日以来。

 ボツゼルは、オババに重たい買い物を頼む事をやめました。

 勇気を出して入ってみた粉屋も肉屋も、スーミィのお店と何も変わらないと分かりましたしね。

 そしてオババの方も、ボツゼルが自分で買い物をするようになったことに気づいたみたいです。


 最初は、パンを。

 次は、砂糖をボツゼルに買ってくるように頼むようになりました。代金は、先にオババが払っているので、ボツゼルは荷物運びですが。

 おかげで街の人たちは、ボツゼルのことをオババの息子のように思うようになりました。



 さて、そんなボツゼルが手紙の返事を書いていると、暇つぶしに鳩が話しかけてきます。

「結婚?」

 粉屋の息子が、近々オババの斜め向かいの家に住む娘と結婚するそうです。 

 春祭りの頃に式をして……なんて、鳩の噂話を聞いていてボツゼルは、考えます。


 俺のお嫁さん。スーミィがなってくれればいいのになあ。

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