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初めての買い物

 パン屋を覗いて、匂いをかいでいるだけで、ボツゼルのお腹がなります。


 どうしよう、食べたい。

 でも、店の人……。


 グルグルと考え事をして。

 グルグルと店の前を歩き回ります。

 目が回って、何もかもがグルグルして。


 ボツゼルは、ドスン、と店の横に倒れました。



 空がグルグルしています。

 グルグルの青空の中に、女の子の顔が見えて。

 女の子もグルグル。


「だいじょうぶ?」

 かわいらしい声がしました。

 メジロの声みたいです。

「う、ん」

 何とか起き上がります。

 真っ白なエプロンをつけた女の子が心配そうにボツゼルを見ています。

 と、思ったら、お腹がまた鳴りました。


「お腹がすいているの?」

「……」

 黙ってうつむいたボツゼルの代わりに、お腹が返事をします。

「そこで待ってて」

 そういった女の子が、パン屋の中に駆け込みました。


 すぐに戻ってきた女の子は、ふきんに包んだパンを二つ渡してくれました。

「お金……」

「あぁ、じゃぁ」

 女の子の言う金額がよくわからないまま、ボツゼルはポケットから数枚取り出しました。

「たりる?」

「分からないの?」

「う、ん」

「ごめんね。見るわね」  

 そういって、ボツゼルの手のひらを眺めた女の子は、一番小さな銅貨を二枚手に取りました。

「パン一個が、この小さい銅貨一枚ね」

「一、書いてある?」

「そう。一アギーネ」

 手のひらに残ったほかの銅貨も、裏、表と眺めてみます。

「五十、アギーネ。十、アギーネ」

「そう、こっちの中ぐらいが十で。大きいのが 五十ね」

 女の子が、指差しながら教えてくれます。

「二百アギーネが一ショールで、銀貨になるの」

 ボツゼルの知らないお金が、ほかにもあるそうです。



 さて、と、小さく声をかけて立ち上がった女の子は軽く手をはたくと、ボツゼルに

「私、そこのパン屋をしているの。パンが気に入ったら、また来てね」

 そう言って、お店へと戻っていきました。


 残されたボツゼルは、ゆっくりと立ち上がると手の中の包みをそっと胸元に抱きました。ほのかにパンの香りが立ちのぼります。

 『また来てね』

 メジロのような声が後ろから聞こえた気がして、ボツゼルは振り返りましたが、女の子はいません。


 包みを抱えなおしたボツゼルは、置いてきた荷物を受け取るために、オババの店に戻ろうと歩きだしました。

 次に街へ来るときも必ず。パン屋へ来るんだ。

 そう、心に決めて。



 十日後、街へ来たボツゼルは、オババの家を通り越して、パン屋へ向かいました。 

 ポケットには、一アギーネ銅貨が二枚入っています。

 夢にまで見たパンは、やっぱりおいしくって。 

 そして。

 もう一度あのパンを食べたいと思うのと同じくらい、メジロのようなあの女の子の声が聴きたいと思いました。



「いらっしゃいませ」

 メジロのような声が迎えてくれます。

「あの……パンを……」

 途切れ、途切れ言ったボツゼルに、女の子はニッコリ笑って、籠のパンを差し出します。

「何個、要りますか?」

「あ……二、こ」

「二アギーネいただきます」

 二。二だから。

 一アギーネ銅貨がふたつ。


 お金を払って、この前パンを包んでもらったふきんも返そうと差し出すボツゼルに、女の子は

「あぁ。それに包みましょうか」

 と言って、ボツゼルの返事を待たずに手早くパンを包んでしまいました。

 ボツゼルのことは、忘れてしまったようです。


「また、来てくださいね」

「は、い。また」

 なんとか返事をしたボツゼルは、薬草の入った布袋を肩に、パンの包みを胸に抱えて、店を出ました。

 後ろから『ありがとうございました』と、女の子の可愛い声が追いかけてきました。



「ほ、パン屋へ行ってきたのかい」

 オババは、ボツゼルの顔を見るなり言いました。

「行った。パン、買った」

「そりゃ、良かった。小麦粉と塩はあそこの隣の店で売ってるから、今度はそれも買ってみたらいい」

「……」

「あーやれやれ。これで重たい粉を、担がなくて済む」

 オババはそう言って、わざとらしく腰をトントンと叩くのです。 

 ボツゼルは、肩をすくめるようにして、うつむきました。

 

 まずは買い物ができただけでも、一歩前進。

 そう考えたオババは無駄話を切りあげて、ボツゼルが持ってきた薬草をテーブルに広げました。



 こうして初めての買い物をしたボツゼルは、街へ行くたびにパン屋へ立ち寄るようになりました。

 数ヶ月が過ぎて。秋も半ばになる頃には、女の子とも少しずつ話しができるようになりました。


 女の子は、スーミィ。ボツゼルより少し年下の二十歳です。

 ここから王都の方へ二日程歩いた小さな町で生まれたそうです。

「隣街のパン屋で修業をしてね。パン屋組合の紹介でここに店を開かせてもらったのよ」

 そんな身の上話を黙って聞いているボツゼルに、木のお皿が差し出されます。

 スーミィのお店で出てくるならパンなのだろうと、思いながらつまみあげたものは、薄くて固くて。とてもパンには見えません。

 いつだったかボツゼルが作った失敗作に似ている気もします。


 スーミィに促されて、恐る恐るかじってみると、パリっといういい音がします。

「どう?」

「固い……」

「おいしく……ない?」

 心配そうなスーミィの顔を眺めながら、ボツゼルはもう一口かじります。


 固くて時々、上あごに刺さるのを我慢すれば、これはこれでおいしいかも。  


 そんなことを言いながらもボツゼルの手は、止まることなくお皿にのびます。

 最後の一枚に手を伸ばしかけたボツゼルは、やっと自分が食べ尽くしそうになっていることに気づきました。

「ごめん。つい……」

「気に入った?」

「うん。新しいパン? これも、一個一アギーネ?」

「売れ残りの再利用なの。一アギーネで、何枚かを袋に詰めて……」

 薄く切って油で揚げたあと、砂糖をまぶしたら、日持ちがする。 

 パン屋組合の新聞に書いてあった、そんなアイデアを試してみたと言って笑ったスーミィは、ボツゼルが遠慮して残した最後の一枚を半分こにしました。

「おやつ用に売れるかも? って」 


 組合って、そんなことも教えてくれるんだ。

 なんて、感心しながら、最後の半分をかじっているボツゼル自身は、組合には入っていません。自分のほかに薬草を育てている人がいるのか、なんて事を考えたことすら、ありませんでした。


 薬草作りの組合もあるのか、オババにきいてみよう。


 そう、心の中で決めたボツゼルは、ごちそうさまを言うとパンの包みを手に、スーミィの店をあとにしました。

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