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パン

 翌日、ボツゼルは、畑を耕しながらクルクルの実の食べ方を思案しました。

 薬草を使うにも、いろいろ方法があります。

 はがした木の皮を干して、すりつぶすもの。

 根っこをグラグラと煮て、その煮汁を飲むもの。

 種を割って、中身を取り出す、なんてものもあります。

 クルクルの実だって、雀たちの知らない方法があるのかも知れません。


 とりあえず、ほかの薬草と同じように軒下で干しておくことにしました。

 昨日、お手伝いしたクルクル畑でも、刈り取ったクルクルを畑で干していましたしね。



 翌朝、窓を開けたボツゼルに、ツバメが声をかけてきました。

「小麦?」

 ボツゼルが干している”クルクルの実”は、小麦だというのです。

 小麦なら、ボツゼルだって食べています。野菜が少ない冬や、この前の雨のように外に出られない日が続いたとき。小麦の粉に少しの水を混ぜたダンゴを、スープに入れて食べるのです。


 どうやら、雀たちは生えている小麦を知っているけど小麦粉は知らない。そして、ボツゼルは小麦粉を知っていても、生えている小麦を知らない。

 それで、お互いに話が通じなかったようです。


 そしてツバメは『パンは、小麦粉を水で練って、焼くんだよ』と、教えてくれました。遠い国まで旅をするツバメは、さすがに物知りです。

 おかげで、ボツゼルにもパンが作れそうです。



 魚をとるための仕掛けの確認に川へ行ったり、畑にはない薬草を探しに森に入ったり。ボツゼルは、この日も一生懸命に仕事をしました。

 帰れば小麦粉を練って、パンを作るんだ。

 そう思うと、どれだけ働いても疲れないような気がします。



 日が暮れるころ、家に戻ったボツゼルは、燻製肉とイモでスープを煮ながら、小麦を練ります。

 ダンゴより……固め、のほうがいいのかな?

 あの、綿みたいな感じは……柔らかい方がいいのかな?

 いろいろ考えながら、握りこぶしくらいの塊を作りました。

 そして、フライパンで焼いてみました。


「ダメだ、また」

 なんとも表現のできないモノ、が出来上がりました。

 パンでもダンゴでもない固いモノが。

 気合を入れて割ると、中はまだネチャネチャしているし、思い切って食べてみた外側は、なんだかモソモソしています。

 今夜も泣きべそをかきながら ボツゼルはスープを食べます。

 ちょっとだけ、もったいない気がしたので、できた”妙なもの”も小さななべに移したスープで煮込んで一緒に食べてしまいました。


 パンは、いったいどうしたら食べられるのでしょうか。



 伝書鳩がオババからの手紙を持ってきました。

 次の注文が書いてあります。

 準備できそうな数と、次に行くときまでに買っておいてほしいものを返事に書いていたボツゼルは、ふと、テーブルの上で豆を食べている鳩に尋ねてみました。

「パン、知ってる?」

 『ボツゼルは、知らなかったの?』と、逆に尋ねた鳩は、ため息をつくようなしぐさで頭を振った後、教えてくれました。

 オババの家では、三日に一度は食べているとか。

 街には、パンを売っている店があるとか。


 これは、いいことを聞きました。

 だったら、いつものようにオババに頼みましょう。


 手紙に書こうとして、手が止まります。

「パン、どう書く?」

「クックルルー」

 『知らないよ』と言われて、がっくりと肩を落とします。

 それはそうですよね。

 伝書鳩は手紙を届けるのが仕事なだけで、自分で手紙を書いたりしませんもの。 


 あきらめたボツゼルは、次に街に行くときには、お金を持って行って。オババに『パン』の文字も教えてもらうんだ、と、固く心に決めました。



 二日後、頼まれた薬草を揃えてボツゼルは、街へと向かいます。

 お天気も良くて、いつもより足取りも軽く道を歩きます。ボツゼルの歩調に合わせて、ポケットの中で銅貨がチャリチャリと音を立てます。その音も、まるで歌っているようで、ますますボツゼルは気分良く進んでいきます。

 いつものように薬草を渡して、頼んでいた品物を受け取ったボツゼルは、

「オババ、パン」

「パンが、どうした?」

「字、知りたい」

「ああ」

 一つうなずいたオババは、確認のためにボツゼルが持ってきていた注文の手紙を引き寄せると、片隅に『パン』と書いて見せました。

 オババはこうして、ボツゼルが子供だったころと変わらずに、知りたいことはちゃんと教えてくれるのです。一緒に薬師の勉強をしたというボツゼルの死んでしまったお母さんの代わりに。


 さて、これで、一安心。

 字がわかったから、練習をして。次からオババに頼めます。


 その手紙を大事にポケットに入れたボツゼルは、代わりに銅貨を取り出します。

「パン、欲しい」

「なら、通りの向こう端だよ。パン屋は」 

「行く、俺?」

「お金も持ってきてるんだったら、行ってきてごらん」

 そしてオババは、ボツゼルの死んだお父さんの代わりに、新しいことにチャレンジもさせるのです。


「パンが欲しけりゃ、自分で買いに行く」

「オババ……」

「オババは、パンまで買いに行ったりしないよ」

「手紙……」

「無理だね。頼まれたって保存がきかないんだよ、パンは」

 そう言ってボツゼルを見上げるようにしたオババに、『次の日には固くなってしまうし、この前みたいに三日も雨が続くとカビが生える』とまで言われては、どうしようもありません。

 手の上のお金をぎゅっと握って、ボツゼルはうつむきます。



 森の一軒家で育ったボツゼル。

 子供時代は、両親と鳥とオババしか知りませんでした。

 大人になる少し前にその両親も死んでからは、オババ以外の人と話すことなんてほとんどありません。

 パン屋に行って、お店の人と話して、お金を払って……。

 考えただけで、気が遠くなりそうです。


 パン、諦めたら……。


「ボツゼル。オババがいなくなったら、どうする気だい?」

「いなく、なる?」

「オババだって、あんたのおっかさんと年は変わらないんだよ?」

 そうです。ボツゼルのお母さんと一緒に勉強をしていたのですから。

「で、も。薬、ある」

「おっかさんのほうが、オババより薬を扱う腕は良かったんだよ?」

 それでも、お母さんは死んでしまいました。熱を出して寝込んだお母さんの代わりに、ボツゼルが初めてオババの店へと配達に来ている間に。


 オババが、やさしく言います。

「パンが食べたいんだったら、行っておいでな」

 ボツゼルは、手を広げて、お金を見つめます。


 これを持っていけば、あのパンが食べられる。

 いつかは……塩や、肉も自分で買わなきゃならなくなる。


 一つ深呼吸をして。

「行って、くる」

 ボツゼルは、お金を握りしめました。



 『パン屋は、通りの向こう端』

 オババは、確かにそういいました。

 けど。

 オババの店は、そもそも通りの”こっち端”にあるのです。

 いつもオババの家に一番近い橋を渡って街へと入るボツゼルにとって、人が行きかう通りを向こうまで歩くのはなかなか大変なことでした。


 森の中には、ぶつかってくる人も、よそ見をしている子供もいません。

 街までの道には、店に引きずり込もうとする人だっていません。

 当然、『父ちゃん』と叫んで、涙まみれの顔をズボンで拭こうとする迷子も。


 さっきオババに教えてもらった”パン”の字が書かれた看板が見えたころには、ボツゼルは声も出ないほど疲れていました。

 これで、今度は店の人と話をするなんて……できない。

 だめだぁ。ここまで来たけど。

 今日もパンは、食べられない。


 しょんぼりしながら、戸口から店の中を覗きます。

 店の中は、あのいい匂いがあふれていて。


 夢にまで見たパンが籠にいくつも置いてありました。

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