お礼の実
ボツゼルは、初めて見た茶色い塊を、大きな両手で掴んでみました。
パリっと軽い音がして、簡単に殻が割れました。
中には、綿のような物が詰まっていて、ふんわりとしたいい匂いがします。
綿を小さくかじってみると、見た目とは違って微妙な歯ごたえも感じられます。その歯ごたえを楽しんでいるうちに、なんともいえない甘みが出てきました。
果物の甘みとは違います。
それは、ボツゼルが生まれて初めて知った”甘み”でした。
スープを飲むことも忘れて、ほじくるように綿を食べつくして。
『殻は食べられないかなぁ』と、ちょっと悲しいような気分で眺めていると、窓辺で声がします。
三羽の雀が、遊びに来ていました。
雀たちは、テーブルにこぼれた殻の切れ端を、争うようにつつきあいます。
「食べれる? おいしい?」
「チッチッチュ、チチ」
「パ、ン?」
「チュッ、チチッ」
雀たちか言うには、この塊はパンといって、“クルクルの実”を焼いた物だそうです。
「クルクルの実?」
そんな実、ボツゼルは今までに聞いた事がありません。雀たちも説明に困りました。
一羽が『生えている所を知っている』と言いだしました。
どうやら、この森とは街を挟んだ反対側のようです。子供の頃から、この森で育ったボツゼルの知らない世界です。
見たことのない土地に生えている、未知の植物。
薬草を育てる仕事のボツゼルには、宝物のような存在です。
行ってみたい。
見てみたい。
そしてもう一度、食べてみたい。
ボツゼルは雀たちと、三日後に行ってみることにしました。
毎日、朝から暗くなるまで、しっかり仕事をして。
約束の日は゛休日゛ということにしたボツゼルは、朝からワクワクしながら、でかける準備をしました。
実だけを摘むなら、ナイフでいいけど。根っこから持って帰れそうだったらスコップがいるかな?
いや、草じゃなくって、大木かも。
あ、お昼ご飯……。
裏のスモモと、イモを茹でたのでいいや。上手くクルクルの実が手に入れば、焼いたらいいし。
そんなことを考えている間に、雀たちが迎えに来ました。
ボツゼルが目的地についたのは、お昼近くでした。
「ここ?」
尋ねたボツゼルに、『ほーら、いっぱい』と、雀たちは嬉しそうです。
でも、ボツゼルは困った顔。
彼の目の前には、確かに草が一面に生えています。風に吹かれてそよぐ光景は、太陽に照らされた実が光って金色の海のようです。
でも、これは……どう見ても畑です。
見たことのない作物だとはいえ、ボツゼルの薬草畑と同じ。誰かが大切に世話をしている事が、生き生きとした草の実から伝わってきます。
「これは、取る、いけない」
そう、雀たちに言ったボツゼルの肩を誰かが掴みました。
「兄ちゃん、何を取るって?」
耳がガンガンしてくるような大きな声です。
カミナリ様がしゃべったなら、きっとこんな声に違いない。
そう思いながら恐る恐る振り返ると、枯れ草で編んだ帽子をかぶったおじさんが怖い顔で睨んでいました。
その顔が怖くて、ボツゼルは、いつもよりもっと上手く話せません。
何度も言葉がでなくなりながらも、なんとか草の実を分けて欲しいと、頼む事ができました。
「金さえ払ってくれりゃ、構わないが」
「か、ね……」
「おうよ。持ってるかい?」
そうか、お金は、こういう時に使うんだ。
戸棚の壷に貯めてある銅貨の事を思い出して、悔しくなります。
「持って、ない」
取りに帰れば、と言おうとしたボツゼルを待たず、おじさんは、
「じゃあ、働いていきな。収穫の手伝いをしてくれりゃ、分けてやるよ」
と、簡単なことのように言いました。
こうしてボツゼルは、午後から収穫の手伝いを半日やって。刈りとったクルクルを二束と、紫色のナスという実を三個、それから、おじさんがかぶっていたのとよく似た帽子を貰いまた。
家に帰ったボツゼルは軽く自分の畑の見回りをした後で、さっそくクルクルの実を調べてみました。
触ると少しチクチクしていて、゛食べられる実゛の匂いがします。そして、小さな実がいくつもくっついて、一つの実のようになっています。
実のつき方は、胸が痛い時の薬に似ている。あれは、食べられない匂いがするけど。
そんな事を考えながら、小さな実をばらしてみると、なんだかこの前食べたのと、形が似ている気がします。
焼くと、膨らむのかも……。
すごく簡単に、もう一度食べられそうです。
口の中にあふれそうな唾を飲み込んだボツゼルは、いそいそとフライパンの準備をしました。
「ダメだ。できない」
かまどの前で、ボツゼルが泣き声を上げます。
何度試してみても、クルクルの実は膨らむ前に焦げてしまいます。
一本のクルクルから取れた実は全部、真っ黒の炭に変わってしまいました。
夜も遅くなってきてて、おなかもすいています。
ボツゼルはべそをかきながら、朝の残りのスープを飲んでベッドに入りました。