人助け
三日も続いた雨が、やっと上がりました。
雨に閉じ込められるように外出を控えていた人達は、お日様の光に誘われて、用事に買い物と、朝から元気いっぱい。
荷馬車の音。
客を呼びこむ商人。
行き交う人の話し声。
街の通りの賑やかさも、久しぶりの晴天に浮かれているようです。
そんな街からの道を一人の若者が歩いていました。
彼の名前は、ボツゼル。
森のなかで薬草を育てて暮らしている彼は、馴染みの薬師に頼まれた薬草を届けるため、二週間ぶりに街を訪ねた帰り道でした。
いつもの伝書鳩が注文の手紙を届けに来たのは雨の前の日でしたが、雨に濡れるとせっかく乾かした薬草がダメになるので、薬師のオババを予定よりも待たせてしまいました。
今朝早くにもう一度やってきた伝書鳩に急かされるようにして行くと、オババは軽く嫌味を言った後で、代金がわりの品を奥から運んで来ました。
肉の燻製が一塊に、夏用のシャツが二枚。塩が半カナル(約 一・二キログラム)。
それから、銅貨が数枚。
話す事が苦手なボツゼルが、お店で買い物をすることはありません。いつもオババに頼んで、代わりに買ってもらうのです。
なので、ボツゼルには使い道のないお金ですが、オババが『買い物のお釣り』と言うので、逆らわずに貰うことにしています。
そうして、お金はズボンのポケットに入れて。他の荷物は薬草を運んだのとは別に持ってきていた布袋にいれたボツゼルは、一人で街と街を結ぶ道を森を目指して歩いていたのです。
「肉、少し食べる」
「クルック」
「スーブ、つくる。人参と、イモ」
「クルック、クック」
いえ。ボツゼルは、一人ではありません。
オババの家からついてきた伝書鳩と、話しているようです。
話す事が苦手なボツゼルですが、実は鳥と話せるのです。
森で一人暮らしていると、人と会うよりも鳥と会う方が多いですからね。
一人と一羽が会話をしながら歩いていると、一台の馬車が泥に車輪を取られて動けなくなっていました。街の中は石畳で舗装されていますが、こういった道はまだ、土のままなのです。
「助け、るか?」
声をかけたボツゼルを、御者は胡散臭そうに上から下まで見て。ウンウンと、一人で頷きました。
ボツゼルの大きな体は、こういう時、頼りになりそうなのです。
安心したような御者は、馬車の後ろから手を離すと、
「そっちから押してくれ」
と言って、馬の横へと向かいました。
ボツゼルが布袋を引っ掛けた道端の枝に、鳩が止まります。器用に袋のヒモを押さえた鳩は、まるで『やれやれ、仕方ない』と言うように、一つ羽ばたいてから、羽を畳みました。
ボツゼルの大事な荷物の見張りをすることにしたようです。
軽く鳩の喉元を撫でたボツゼルに、御者が声をかけます。
「おい、早くしてくれ」
言われたボツゼルは、馬車の後ろで姿勢を整えました。
「こっち、いい」
「よし、押せっ」
御者の合図に合わせて、グッと腕に力を入るボツゼル。
ムチを当てられた馬が、いなないて前に進もうとします。
ボツゼルの腕にも力こぶが盛り上がり。
ジワリ、と馬車が動きます。
そんな事を三度ほど繰り返して、ようやく馬車が泥から抜けだしました。
「助かった。ありがとうよ」
「困った時、たすける。あたりまえ」
ホッとしたような御者の礼に、ボズゼルがたどたどしく応えていると、馬車の中から女の人の声が聞こえます。
近づいた御者と二言、三言会話が交わされたと思うと、細く扉が開かれて、中から白い腕が伸びてきました。
その手が掴んだ小さな包みを御者はうやうやしく受け取ると、ボツゼルの方へと差し出しました。
「お嬢様からの、お礼の品だ」
「お礼、いらない」
「まあ、そう言わず」
胸元に押し付けるように包みを渡した御者は、ヒラリと御者台に飛び乗ると、手綱を手にもう一度ボツゼルに礼を言うと馬車を走らせました。
残されたボツゼルは、しばらく包みを眺めてぼんやりしていましたが、鳩の鳴き声で我に返りました。
「もらった」
「クルック、クックル」
「いいの、かな?」
鳩に『いいって。もらっちゃえ』と、言われて。ボツゼルは、荷物を入れた布袋の一番上に、そっと包みを置きました。
なんとなく、あの白い腕に掴まれたこの包みを乱暴に扱いたくなかったのです。
家に戻ったボツゼルは畑の見回りをしながら、次にオババのところへ行くまでの計画を立てます。
明日、この一画の収穫をして。乾燥に一週間……では、短いか。雨の後だし。
こっちは、そろそろ次の種を植えないと。痒みどめ、か。いや、お腹のくすりが先かな?
そんなあれこれを、話すのと同じくらいゆっくりと手紙に書いて、伝書鳩に届けてもらいます。
鳩は、ごほうびにもらった二粒の乾燥豆をポリポリと食べ終えると、窓から飛び立って行きました。
ボツゼルは、『そろそろ鳩の豆も収穫』と、畑の片隅に勝手に生えている豆の事を考えながら、朝のスープの残りを温めます。ついでに、さっき持って帰ったばかりの塩を少々入れようとして、一番上に置いてある包みの事を、思いだしました。
恐る恐る開いた包みの中には、茶色い塊が一つ、コロンと入っていました。
ボツゼルが見たことのない木の実でしょうか。
包みごと鼻の近くに持ち上げて、匂いを嗅いでみると、いい匂いがします。食べることのできる実に必ずある匂いです。
ボツゼルのお腹が、『食べたいよぅ』と、鳴りました
スープもちょうど、クツクツ言っています。
この実とスープで、ごはんにしましょう。