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Weihnachtserzählung

Versprechen(anderer Seite)

作者: hyu

 必ず訪れる、大切なその瞬間を楽しみに待つのってなんだか幸せ、ね?


そう君は微笑みながら、木製の小さなアドベントツリーに、天使を飾った。

待降節に入ってから毎日1つずつ、天使にみたてた聖人のオーナメントを飾るのが

日課だから。

今日も君は、小さな天使を愛し気に眺めて、優しく飾っているのだろう。


クリスマスまでには帰るから。

そう言ったオレの言葉に必ずね、と真摯な瞳で頷いて。

いつまでも寒い戸口で見送ってくれた君。

クリスマスを待つように、帰りを待っているから、と。


遠征を終え、やっと見慣れた街並みに帰って来た頃、アドベントの4本目のキャンドルには既に光が灯り、街はいよいよ盛り上がりを見せていた。

街の其処此処の広場に小屋が立ち、人々が集う。

甘い香りの蜜蝋キャンドル、蔦と常緑樹の葉で作ったリース、香木や藁、

硝子のオーナメント。

光に彩られた木々。

甘菓子、ナッツ、ショコラにグリューヴァイン。

満ち溢れた幸せな笑顔。


本当なら、いつもなら、君と手を繋いで――。


心躍るような、賑やかで楽しい景色をの中で、だが、思わず溜息が漏れた。


「どうしたんだ? 浮かない顔して」


温かな湯気の立つマグカップを手に、同僚の男が気遣わしげにこちらを見ていた。

なんでもない、と無理やり笑って、勧められるままに煽ったグリューヴァインは

シナモンとオレンジの香り。



クリスマスまでに帰るという約束……。

だが解散を言い渡されるまで、部隊を離れ帰郷することは許されない。

 雪に閉ざされるこの季節、都まではどんなに急いでも5日はかかる。

道中に夜営でクリスマスを迎えるくらいなら、直轄地であるこの街にこのまま

留まっていようという気持も分からないでもない。

厳しい冬の、雪の中の行軍は思うように進まないものだし、何より辛い。


だけど、オレには……クリスマスまでに帰るって約束がある……


訳を話せばきっと、冷やかされるか、それとも子供みたいなことを言ってと呆れられるか。

どちらかだろう。


……恥ずかしい訳じゃない。

ただ、君との大切な約束だから――

それに、何故だか胸騒ぎがするから。


「なんだー暗い顔しちゃって。仕事も終わって、賞与も貰えて、なんとか街でクリスマスを迎えられるってのによ」


もう一人の同僚がご機嫌な笑みで肩を組み、せっかくなんだから楽しめよ、

と自分のカップをカチンと合わせる。

それになんとか笑って応えて。



クリスマスまでには帰るから――

そう、約束した。

何より、オレが


――君の声が聞きたい。君の微笑みに触れたい。


必死の思いで針葉樹の森を、凍る風の吹き渡る雪原を駆けた。


 しんしんと降り積もる、雪。全てが息絶えた様な街並み。痛いような寒さ。

 ただ、凍った石畳を踏みしめる音だけが耳に届く。

舞散る灰白、ぼんやりと浮かぶオレンジの街灯。

それでも紛うことなどあるはずのない家路を辿る。


君が見送ってくれた戸口に立って、ノブに手をかける。

がちゃり、とやけに響く音が不自然で。


鍵が、開いてる……


嫌な予感がした。

真っ暗なはずの室内がやけに明るく見えて。

雪と泥の混じったいくつもの足跡、破れた壁掛け。

倒れた椅子、踏み荒らされた絨毯、そして、君が飾ったはずのツリーは倒れ、

オーナメントは散らばり無残に壊れていた。


リースのキャンドルは4本目まで灯された形跡がある。

それなのに、君が、いない。

全身を嫌な汗が伝った。


何度も名を呼び、全ての部屋を隈なく探す。

どこかで、全ての状況が示すたった1つの真実を悟っていながら、

それでも、信じたくなくて。

叫びそうになる、恐怖が耳を塞いで。


君の元に、帰る。

たったそれだけのことなのに。

クリスマスに、オレは何も、望まないのに。

どうして。

どうして――。



あまりに曖昧な夢と現の狭間、鋭く差し込んだ冷気に刺されオレは飛び起きた。

鼓動が、うるさい。

宿舎の一室に集った同僚たちは、思い思いの格好で毛布に包まり眠りこけている。

アルコールの呼気と妙な熱気が満ちた部屋の窓は厳しく閉ざされ、鎧戸は冬の風に

ガタガタと不安な音を立てていた。

冷気の吹き込む隙間など、無いはずなのに。

酷く、寒い。



クリスマスまでには、帰る――


そう、君と約束をしたのに。

オレは何故、こんなところにいるのだろう。

何よりも、大切なのに――



「どこへ行く気だ?」


部屋を出たところで、声を掛けられた。

腕を組み壁にもたれ、此方を見ることも無く問うのは部隊の長である、上官。


「……」

「雪がひどいぞ。吹雪だ」

鋭い瞳を向け、言う。


それくらい、分かっている。

だけど、じっとしていることなど出来ない。

おそらくこの部隊の中で最もオレのことを分かってくれているであろう彼女は、

止めることなどできるわけが無いと知っているはずだから。


「家に、帰るんだよ」


ただ、切に願うその思いを言葉にして。


仕方の無いやつだ、と溜息をつきながら苦笑する上官に背を向けて

オレはフードを深く被りその場を後にした。



君の元へ帰るよ。

クリスマスまでに、間に合えば良いけど――。



Fröhliche Weihnachten!

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