学校の規約
初日こそ戸惑いつつも、初めて魔族と友人になり
言語がまだ聞き取れず、筆談をすることになるが
訛りのある人族の友人も出来た。
少しづつ話が出来るクラスメイトも出来たけど
専門学校なので
自己判断もあるし、金銭的な問題もあり
文字がある程度読めるようになったり
標準語で少しでも会話が出来ると、辞めていく生徒もいる。
(向うの世界でいうところの自動車学校な感じだな。
あ、でもここは試験はないのか?)
『試験?』
「そう。文字を確実に読めますという証明みたいなものを
手に入れる為に、どれだけ出来るかテストをすること。
8割正解なら学校側が、8割読めるということを学校が認めます
という証拠として、証明書を発行するという」
何度も紹介するが、美青年魔族エーヴェルト・ワズルアは
初日以降、常にマチの隣の席に着いている。
『自分で出来たと判断するでなく、テストの結果で学校側が
出来るということを証明してくれると言うのか。
それは、素晴らしい』
「え?ここやってないの?」
『説明書には載っていなかったはずだ。俺は何度も確認して、
ここへ来ている』
「そうなんだ」
その日、ホテルへ戻るなり携帯で祖父のいる場所を探しだし
マウンテンバイクで向かった。
「おお、今帰ったのか。今日は、どうだった?」
祖父は、祖母と一緒に自宅の庭でお茶をしていた。
祖母は、マチを見るなり、メイドにお茶の追加とケーキを
頼んでいた。
「爺ちゃん、聞きたいことがあるんだ」
「どうした。疲れたろう。まずは、自転車をそこに置いて
席につかないか」
「あ、ああ」
マチは、その場にマウンテンバイクを停め
リュックを背負いつつ、テーブルの前にくると
リュックを隣りの椅子の置いて、祖父の隣の席につく。
メイドが濡れたタオルを手渡してきたのを受け取り
顔と手を拭く。
(何気なく受け取ったけど。なんてセレブな事をしてるんだ。
可愛いメイドさんが、タオル渡してくれるし
お茶とケーキが出てきたよ)
お茶を飲んで、ケーキを食べる。
「うまっ。コレどこのケーキ?」
「ああ、先ほどアルフが来て置いてった。確か東京へ行って
営業の成果が出た報告で来て、その時に有名百貨店の・・。
なんてところだったかな?」
『フランスで勉強でしたか?して、有名なパテェシエ?が
店を出したそうなの。そこで買ってきたと言ってたわ。
お土産というものなの』
祖父母は、どうもこちらの世界の人間として生活しているので
あちらの世界については、少し戸惑うようだ。
「へえ、有名な店行ってきたのか。いいな。
箱見れば、大体分かるよ。まだある?」
後ろに控えていたメイドが慌てて家の中へ入って
箱を持ってきた。
その箱を受け取り、マチは納得した。
「ここか。ここの店のケーキは、どれも美味いって有名だよ。
俺も開店した時、並んで買った。
こっちの世界で出してもきっと凄い評判になると思う」
祖父母は、顔を見合わせた。
「そんなに凄いのか。こっちでケーキ屋出来るといいな」
『貴方、無理を言ってはいけませんよ』
「まあ、その店の人は無理かもだけど。そこの有名パティシエは
本を出してるんだよ。その本を手に入れてこちらで
作ったらいいんじゃないか?」
『まあ、そうね。貴方、アルフに本を頼みましょう』
「もしかして、君、作る気か?」
『ええ、こんな美味しいケーキが自分で作れるのはステキだわ』
すっかりケーキ作りの話で盛り上がってしまい、
材料とか道具、どんな感じの店にするとかの先の話しまで
進んでしまった。
「あ、そうだ。それを言いに来たんじゃない。
学校のことだよ」
『学校?学校で何か問題でもあったの?』
今まで問題があるとは聞いてない祖母が、不思議に思ったようだ。
「卒業式とか、習得した証明のものがない」
その一言で、祖父在人は、気付いたようだ。
「え?ない?」
「爺ちゃん。生徒は、ある程度出来ると来なくなってるんだ。
まともに全部のコースに進む者は少ない。
初心者コースで、大体半分は減る。最後の実技のコースになる頃は
4分の1しかいないらしい」
「ええ、そんな話になってた?これは、参ったな。
あ、でも作った当初は卒業の話しは、したはずなんだけどなあ」
マチが、学校の規約を広げると、在人は当時の規約を取りに行った。
「これが学校開始時の規約だ」
見せてもらうと、今とかなり様変わりしてしまっていた。
「え?半分削除されてるよ」
「本当だ。誰がこの改訂版を作ったんだ?」
在人が、改訂版のマチの規約書をパラパラ捲る。
どこにも書いてないことから、
祖母も見比べながら
『卒業という証明は、学校で学んだ証拠になっていたはずですわ。
これは、明日校長に聞いた方がいいと思いますわ』
その前にアルフに連絡よと、
祖母は、携帯を持ち出し電話を掛け始めた。
『あ、私よ。今、いいかしら』
祖母は、ケーキ作りを熱く語り、息子に本を買ってこいと強請っていた。
祖父は、手が空いている者で、今直ぐに学校まで使いに行けるものを呼び
手紙を届ける手続きをしていた。
次の日、祖父母の為に馬車が用意された。
マチは、マチでマウンテンバイクで先に学校へ出掛けたので
祖父母の行動は知らない。
その日、学校の授業を受けていたマチは、大きな揺れを感じた。
『なんだ?』
マチだけでなく、クラス全員だ。
『何か大きな音がしたよな』
皆がソワソワし始めたので、メル講師は
『その場で待機していて。何があったか確認してきます』
メル講師が廊下に出ると、隣の教室からも廊下に出てきた
老人講師もメル講師の顔を見て
双方頷き合って、一緒に廊下を駆け出した。
『何があったのやら』
「何でもないといいけど」
それから、外が騒がしくなり、生徒全員が窓から外へ顔を向けた。
丁度、大きな豪華な馬車から誰かが出てくるところだった。
護衛している服装が皆同じデザインの制服だ。
「なんだろ」
マチが何気なく言葉にすると、周囲からざわめき。
『マチさん、知らないのか?あれは王族の馬車だ。護衛は
近衛隊だ』
「え?そうなのか?」
皆が一様に頷く。
『俺、建国記念日のパレードで、あの騎士を見た。
王族関係者だよ』
『何があったんだろう』
そうして見ていると、今度はギルド長が慌てて学校へ走ってくる。
『おい、あれギルド長だ。珍しいな。慌ててるぞ』
しばらくして、怒号。
怒声が続き、急に声が聞こえなくなった。
『遮断魔法をかけたな』
『外に声が漏れないようにか。魔術師も来ているんだろ』
憶測で話しが展開するか、何が起きているかは全く分からない。
講師は、1度戻ってくると、学校職員全員の緊急会議があるので
全員授業はここで終了と連絡だけすると、また戻っていった。
『なんだかよく分からないけど、帰るか』
「明日説明してくれるといいな」
そんなやりとりをして、皆帰った。
その日、あまりに早く終わったこともあり
エーヴェルトと王都の甘いお菓子めぐりをすることにした。
「美味いケーキを食べたいんだけど、店知ってる?」
『ホテルのレストランで出るケーキのことか。あれは、
ホテルでしか食べられないぞ。王都で甘い物は、焼き菓子が中心だ。
望のものがあるかは』
新事実にマチは、また驚いた。
「え?ケーキって、ないの?ホテルでしか食べられない?」
『そもそもケーキなんてなかったんだ。あのホテルで初めて食べた時は
感動したくらいだ。王都で姉が探したみたいだが
焼き菓子しか見当たらなかったと聞いた。姉が特によく買う店なら
知ってるぞ』
そんなわけで、マチは、エーヴェルトの姉が好んでいる店へ
早速連れて行ってもらうのだった。
ヨーロッパな感じというか、ファンタジーの世界だからか
変わった建物の一角。
(本当に異世界だと実感するな。なにしろ、ホテルは自分の世界と
同じ様子で、あまり差を感じさせないし。
特に施設内装とか。馬がいても北海道の感じがする。
食事の味付けも自分の世界に近い。
祖父は、自分の世界の物をそのままこちらの世界に持ち込んでいる
のかと思ったほどだ。
でも、自分の範囲以外は、手をあまり出さない。
こちらの文化を壊したくないということなのだろうな)
お茶と運ばれてきたクッキーに喜び、
帰りに焼き菓子をいくつか購入し、彼と途中の道で分かれた。
マウンテンバイクに乗って、ホテルへ到着すると
門番に出迎えられ、声を掛け合い
事務員施設へ向かった。
『マチ』
「ん?」
自分の名前を呼ばれ、ブレーキを踏む。
「どうしたの?婆ちゃん」
『昨日、教えてくれた規約の件、改善してきたわ。
コースを終了するごとに修了証書が発行されるわ。
3つのコースを終了し合格した際、ライセンスカードを発行するわ』
「へえ。それだと、学校の威厳が出るね。
ライセンスがあれば、学校のお墨付きを貰えたということで
合格した者も働きやすいだろうな」
『そうよ』
「爺ちゃんが?」
改めて祖母に聞くと、祖母は頷いた。
『ええ、発起人達全員集合させて、改めて改善対策したの。凄かったわ』
どうやら、学校を早く終わらせたのは、祖父のせいで
豪華な馬車は、王族だなとは皆噂していたが
実は、国王その人が来ていたということを祖母は話してくれた。
「へえ、それは凄かったろうな」
これで祖父の偉業は、また1つ増えた。
(俺、自分の力で学校改革したかったな。
どうも祖父の敷かれたレールに、乗っているただの者のようだな。
跡継ぎとして俺に何が出来るんだろう)