学校へ入学する日
いよいよ学習開始日。
月の初め、今日は初心者コースに入る日。
マチは、いつもよりも早く起き、朝食を済ませて
マウンテンバイクでホテルから出掛けて行った。
もちろん、初めて登校する日なので
先日のように、門まで祖父母が着いてきた。
「いや、もう先日で往復の道は大丈夫だって」
『忘れ物よ。お弁当と水筒』
「授業は午後2時半までだ。いろいろな人間や種族がいるから
とにかく気を付けること」
「分かった。行ってきます」
祖母から渡されたお弁当と水筒をリュックに入れると
マウンテンバイクに跨る。
「この革袋は腰に下げるものだ。その自転車も仕舞えるものだ。
盗難に遭うかもしれない。この革袋へ入れておくと安心だ。
持って行きなさい」
「凄い。魔道具のバッグかあ。本物は初めてだ」
手に触れ、中身を覗いたり、手を入れてみたり。
(うわあ、凄い。ファンタジーだな)
「余計な事は話すなよ。いろいろ面倒になる」
「分かった」
『行ってらっしゃい』
祖父母と今日の門番の2人に見送られ、王都へと走らせる。
先日の馬での道と違い、でこぼこ道でもタイヤが回っていく。
片道1時間と言われていた道を40分と時間を縮めた。
ギルドの裏手へ行くと、既に生徒達の登校が始まっていた。
皆、徒歩か馬を利用している。
その中をマウンテンバイクで入ってきたので
かなり目立った。
『あれ、乗り物?』
『変わってる』
気が付いた周囲からの反応。
早速盗難に遭うわけには行かない。自転車を降りたと同時に
魔道具に入れてしまう。
声を掛けられる前に校舎内へ入る。
そのまま先日教えられた初心者コースの教室へ向かった。
『あら、おはよう。マチさん』
メル講師だ。
この学校内は、身分の差はナシで扱うので
全て「さん」で、呼ぶことになっている。
先日、説明書を受け取り、この日までに学校での規則も
読んできた。
落ち着こうとするが、ソワソワしてしまう。
『こちらのコースは、特に年齢が低い者から高齢まで
差が大きいです。いろいろ実体験されるといいですよ』
始業ベルが、カランカランと鳴り始めると
生徒達が慌てて入ってきた。
『マチさん、皆に紹介します。こちらへ着いてきて』
ガラッと、木の扉を開けると、大学の講義室のようだ。
黒板の前にメル講師が立つと、号令がかかり
生徒全員が立ち上がり礼を取り、席に着いた。
『おはよう、皆さん。今日から皆さんと一緒に学ぶ生徒を
紹介します。どうぞ』
入り口で立ち止まっていたマチは、呼ばれて彼女の隣に立った。
『彼は、マチ・キノシマ。人族です』
そして視線は、こちらに向かう。
(挨拶しろってことか)
マチは、周囲を見渡し、深呼吸。
「ええと。紹介されました。マチ・キノシマです。
宜しくお願いします」
頭を下げた。
『席は決まっていません。空いている席へ座って下さい』
言われるままマチは、空いている席へ座った。
隣りは可愛らしい犬耳の美少女だった。
(うわ、犬耳だ。しかし顔は人族。ハリーは、顔自体が猫顔
だけど。彼女はハーフなのだろうか?)
直ぐに教科書を開くよう言われ、黒板に文字が書かれていく。
『全ての文字はこの文字の組み合わせから成り立っている。
文字を1つ1つ暗記し、読み方を覚えて下さい』
文字の練習ということで、黒板のB5サイズを全員配布されて
白いチョークで、何度も書く。消しては書く。
その間にメル講師は、黒板に50問の問題を書き始める。
『はい、止め。では、これからこの黒板の問題の答えを
番号を書いて解答を書いて下さい』
直ぐに皆手元のB5サイズの黒板に書き始める。
問題が解けた人から、メル講師へ黒板を持って行き
採点される。
満点になるまで、何度も並んで採点を受け、
全部正解した者から、隣りの教室へ行き
そこで発音チェックをされる。
住んでいた環境から、訛りが酷い者もいるので
標準語の発音を訓練するのだ。
『へえ、1回目で全正解か。流石だな、マチさん』
メル講師から満点を頂き、隣の教室へ行くよう指示される。
文字は事前に、ホテルで練習していたので
書けるし、読めるが文章までは読めない。
そこはまだ知られず、隣りの教室へ行くと
老人講師が待っていた。
『お、今日は速いな。では、発音の訓練をしようか。
3度、文字の発音を教えるが、発音が上手く言えるまでは
自主トレーニングだ』
黒板に文字が書いてあるので、それを順番に老人講師が
発音し、それを真似ていく。
3度目が終わると、ひとりで練習。
メル講師のいる教室から、誰も来ないので
1時間程、老人講師の前で大きな声で発音を繰り返した。
ようやく問題を終えた生徒達が数人来て
老人講師は、マチに休憩を取るよう指示し
入ってきた生徒達に指導を始める。
椅子に座って、お茶を飲んでいると
酷い訛りで言葉が聞き取れない者や
音が違う者ばかりで、老人講師は四苦八苦している。
『これは参ったな。お主どこの出だ。発音が最後が下がるから
読みがおかしくなる』
言われた人族は、真っ青な顔だ。
『北~の~、ガワ村んどな』
『北方面のグゥアーラ村だな。北の訛りだ。
一文字ずつ口を大きく開けて、読む練習から始めよう』
日本で言うところの「あいうえおあお」を
老人講師が教え、それに習い発音していく。
『北方面』
『北ほう~面』
『北方面』
『北方面』
『そうだ、合っている。では、グゥアーラ村』
『グーアラ』
『グゥ』
『グゥ』
『グゥアー』
『ぐぅあー』
『グゥアーラ』
『グゥアーラ』
『良し出来た。続けて言ってみろ』
彼は紅潮しながら、今の発音を続けて言葉にする。
『北方面、グゥアーラ』
『そうだ。出来た。今の発音が、自分の村を皆に伝えることが
出来る』
老人講師の言葉に、訛りが酷く気にしていたと思われる青年は
涙をポロポロ流した。
『どうした?まだこれからだぞ』
『す~みまじぇん。相~手に伝わ~ること嬉し~くて
(すみません。相手に伝わること嬉しくて)』
『・・・・・いや、まだ直さないといけない。頑張ろう』
彼は、村では言葉が通じるのに、一歩他の村へ行くと
全く通じず、かなり悩んだこと。
街で仕事をしたくとも、言葉が通じないので雇われず
困っていたことを聞きとりにくいが
ゆっくりと聞いたことで、分かった。
名前はグラトス。この名前も何度も聞いて、それでも聞き取れず
文字にしてようやく判明した。
『マジ~さ~ん、よろ~しいく(マチさん、よろしく)』
「こちらこそだ」
休憩を終えたマチは、訛りの酷い青年と一緒に発音を
練習することになり、何度も会話の聞き取りと正しい発音の
やり取りをした。
2時間経過した頃、今日最後の授業、計算に移った。
元の教室へ戻ると、発音の練習がついに出来なかった者3人が
メル講師から直々に黒板で、納得するまで指導していた。
『次のベルが鳴ったが、どうですか?』
次の講師、サーシェ計算担当教師がやってきたことで、
『あら、もうそんな時間?待って直ぐに片づけるわ。
今日はここまで』
メル講師は黒板を慌てて消し、退室して行った。
『では、これから物を売り買いするのに必ず必要とされる
計算を教えよう』
黒板に、果実が描かれ、単位の説明。
果実が増えると、いくつになるのか。減らすとどういうことになるか。
小学生への教え方だ。
1つ説明が終わると、問題を出し、黒板B5サイズに解答を書く。
それを講師に見せて〇をもらう。
出来た者から並び、〇をもらう。
こちらは時間制限があり、教室内の生徒が今日は30人なので
10人正解者が出たら、答え合わせをして、
解答を説明し、次の問題へ移るということを
5回繰り返して終わるという予定だった。
1番に並び、1回で〇を貰うと、サーシェ講師は
『うむ』
と、頷く。
マチは、5回とも1番最初に正解を出した。
解くことに夢中になっている生徒は気付かなかったが
いつも1番に並んでいた者は
あまりの速さに驚いていた。
カランカラン。
最後の問題が終わり、お昼休憩のベルが鳴り響いた。
『今日は、ここまで。午後からは体力作りだ。
庭に1時に集合するように』
『はい』(全員)
お弁当の者も食堂で食べる規則なので
マチはひとりで食堂に向かい、ひとり席に座った。
(ホテルの食堂とは違い、ここはまるで学生食堂のイメージだな)
1日目なので、周囲の生徒達は、こちらを伺う感じだ。
年齢も幼児から大人までいろいろで
年齢ごとにグループになっているのか
食堂でそれが分かる。
『ねえ、君』
背後から声がかかり、マチが顔だけ向けると
銀髪の青年が立っていた。
(思いっきり銀髪碧眼。人形のような顔で
これまた美形だな。ここまで凄い美形な青年は、初めてだ)
「ん?何かな」
『隣りいいか?』
(え?俺の隣?)
「ああ、いいよ」
『ああ、今日同じ教室で学んだので、君の名前は知っている
マチさん。俺はエーヴェルト・ワズルア。種族は魔族』
彼は、マチの隣の席に座ると、自分の鞄から
筒を取り出した。お弁当という表現ではなく、筒?
筒の上を取り、カップに赤い液体が注がれる。
「それ、何?」
『俺の種族の主食』
どう見ても血の色。
「・・・もしかして血?」
おや?という顔をさせて青年は、答える。
『ああ、ケモナという血の植物から精製する血だ』
「・・はあ、そうなんだ」
『俺が何の種族か見た目で分からないのか?
まあ、既に魔族だと言ったはず』
青年は、不思議そうにマチを見る。
「俺は、王都には3度目。種族に関しては、あまり知識がない。
一般常識があまりないから、ここへ来てる。
魔族の主食は知らなかったよ」
マチの説明に彼は、頷く。
『そうか。それは済まない。
俺もそうだ。これからのことを考えて、ここへ来た。
何をするにしても、学んだ方が得だと分かったからな』
「そうなんだ。俺も同じ」
『俺は、冒険者か傭兵にでもと考えているが。マチさんは
商売でも始めるのか?』
「いや、ホテルキノシマって、知ってるか?」
『ああ、毎年暑い季節に行っている』
「俺、そこで働いているんだ。会話が出来るけど、文字が苦手で」
『あそこは、皆学力があると聞いている。流石キノシマ。
もしかして計算が得意なのも働いているからか?』
計算の時間、5問とも1番で1回で正解したことに
彼はずっと驚いていたのだった。
『今までは、俺が1番に正解していた。しかし、マチさんは
速い。とても追いつけなかった。
どれだけで解いているのか、しばらく観察していたが、
5分だ。どんな解き方をしているのか、知りたいと
思ったくらいだ』
綺麗な仕草で、カップを持ち血を飲んでいる。
見た目は、お茶を飲んでいるとしか思えないのに
液体の名前を聞いた途端、引き気味になるマチだったりする。
「ああ、簡単な方法がある。明日、朝早くなら
過程を教えるよ」
その言葉に、彼は嬉しそうに頷く。
『明日、授業が始まる1時間前でどうだろう』
「ああ、いいよ」
それから、今日の問題について、語り合い
友達になった。
『君にだけ教えるが、一応下級貴族で4男だ。貴族の学校は
肌に合わなくて挫折した身だ。それでも学がないと
困るというので、ここを紹介された』
彼は、今までの経緯を話し、今は親族(姉)の屋敷で居候しているそうだ。
「俺は、ホテルの従業員用宿舎だ。休日なら、部屋へ招待出来る」
『そうか、今度招待頼みたい。あそこのレストランは、素晴らしかった。
食事だけでも出来ると聞いている。食事だけでも行きたいところだ』
「よく知ってるなあ」
『なんだ知らないのか?あのホテルは、この国の王都を救った
在人様がオーナーのホテルだ。居心地の良い場所として
有名なんだぞ』
真剣にホテルがいかに素晴らしいのか、他人から聞かされるとは
思わなかったマチは、またしても祖父の偉業に驚かされた。
(そこまで有名な人の孫としては、あのホテルを継ぐのは
かなり重荷になりそうだな。俺、くじけそう)
『それとだな。聞いた話では~』
熱く語るエーヴェルト・ワズルアは、話しだしたら
止まらない美形の青年魔族だった。
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お知らせ
11/8~10 の更新は、お休みします。
11/11 から、また開始します。
トールス専門学校
老人講師 ハウンザイム 130歳 一般常識の講師
見た目70代白髪人族老人
サーシェ・ラオン 80歳 計算等の講師 見た目40代 人族
生徒
エーヴェルト・ワズルア 30歳 見た目20代青年 魔族の下級貴族
グラトス 18歳 人族 酷い訛りがある 185センチ グゥアーラ村