祖母の両親 トールス家
滞在1日目の夜。
祖父母の自宅に招待された。
本来は、この祖父母の自宅を最初から使用する予定だったのだが
やはり従業員用の施設で従業員達と交流を持ち
威厳が出てきたら、祖父母の自宅使用と
話しが決まった。
「見習い期間1年という期限でいいかな」
「いいよ。いきなり権力持ちだと、上手くいかないからな」
『そうね。どうやってこのホテルが支えられているか
裏方の仕事場を経験して、運営していくのがいいわ』
「ライバルホテルとか存在するのか?」
「この領地内には、ない。小さな宿泊施設が、
ギルド施設周辺にはあるが
あちらの顧客を奪うようなことはしていない。
小さな宿泊施設が稼げるよう、こちらは安価ではあるが、
同じ金額でないよう
少しプラスした料金にしてあるよ。
それに、このホテルが出来たことで
領地内の魔物討伐やお隣の領地内の討伐で、高額収入利用者が増えたね。
この領地を通ると、王都なのも運が良かった」
運営は通常通り。
ただ、今までは老夫婦の力によるもの。
今後は、マチの腕にかかってくる。
『ところで、トールスのお屋敷に顔を出してくれる?
私の両親が、ひ孫のマチに会いたがっているわ』
その話を聞いて、マチはこちらの世界の寿命が長いことを知った。
「え?マチ知らなかったのか。こちらの人族は、平均寿命150歳だぞ。
私達の世界の約2倍だ」
「・・そうなんだ」
(それって良いことなのか?婆ちゃんが長生きだってことだろ)
次の日、早速馬車が用意されていて
祖父母の自宅玄関前から、祖父母とマチは乗り込んだ。
(馬車なんて、社会見学で明治時代の乗り物として
見学するくらいで、乗ったのは初めてだな)
馬が2頭で御者付。
「車社会から来てるから、逆に贅沢気分だ」
「はははは」
ホテルは、アシスタントマネージャーに任せて
何か問題があれば連絡がくるとかで大丈夫なのだそうだ。
祖父の手には、医療器具入りカバン。
「ん?何に?」
「ああ、これか。エフィルの姉の孫のひとりが
トールス家に妊婦で里帰りしていて、往診も兼ねてだ」
「ああ、お爺ちゃん、医師だったね」
「そうだ。マチはSEだが、こちらでの特技を身につけておくといいぞ」
(俺に特技?機械オタクの俺が、機械以外で特技?)
マチが悩み始めると、エフィルが微笑みながら
『そういえば、マチは何が出来るの?』
馬車に揺られながら考えたものだから、マチは屋敷に到着する頃には
完全に馬車酔いでぐったりだった。
『まあ、マチ。大きくなったわねえ』
トールス家に着くなり。執事から知らせを受けて
数分も経たず現れ
エフィルの母と姉が嬉しそうにマチに抱擁してくる。
しかも体のあちこちを触りまくり。
「うわ、頭グラグラするので、ちょっと待って・・」
『エフィルに似ているようで、在人にも似てるわね』
『フフフ。こちらでは格好良い顔ですよ。ただ、もう少し筋肉をつけた方がいいわ』
彼女たちの2人の夫は、彼女達の後方に控え
在人に挨拶しつつ
『悪いな。ここのところ彼女達は暇なもので』
『在人さん、申し訳ない』
謝罪込みだ。
「いえいえ、マチ自身も中々こちらには来ていませんので
慣れてもらいましょう」
若かりし頃は、在人もこの屋敷に来るたび洗礼を受けたものだ。
遠い目になる。
まだ仕事があるということで、彼らはマチに挨拶すると
それぞれの書斎に戻っていった。
「忙しいみたいだね」
「ああ。領主は大変なんだよ」
若かりし頃、小麦の生産について相談され
あちらの世界での小麦生産の本を読み漁り
試行錯誤で2年、上手く生産量を増やしたことが思い出させる。
「爺ちゃん、過去に何かあったみたいだね」
「ああ、大変なんだよ」
男同士で話がされている間
チラチラとマチを見ながら
『マチは何歳なの?エフィル』
『今年24よ』
『あら、お相手は?』
『エリイからいないと聞いてるわ』
『まあ、ではご紹介しましょうよ。お母様』
『そうね。私達で良い相手を探しましょう、メイラ』
エフィルの母と姉は、マチをネタに楽しそうだ。
話を聞いていたエフィルは、溜息を吐いた。
もう誰も母と姉を止めることは出来ない。
マチには試練ねと
何も言わず温かい目で静観していた。
「あ、そうだ。写真撮りませんか」
『写真?』
簡易リュックを持参していたマチは、デジカメを持つと
写真がどういうものなのかを説明し
屋敷の玄関前で何枚か彼女達や祖父母を撮った。
執事に「そろそろ中へ」と促され
屋敷内で二手に分かれる。
マチとエフィルは屋敷の客室に通された。
マチはリュックから小さな機械を取り出し、デジカメを取り付けて
直ぐにプリントアウト。
その様子を眺めていたエフィルは、その素早さに感心していた。
『まあ、仕事が速いわね、マチ』
受け取ったエフィルは、自分と夫の写真だったことで、
喜んだ。
2人が客室で待っている間、エフィルの姉メイラの孫娘が
在人の診察を受けていた。
順調だという在人の言葉に、皆安堵し
彼らが客室へ戻ってきた時は、何枚も写真がテーブルに散乱し
トールスの屋敷の執事やメイド達のも撮っていて
彼らにも手渡しながら、いろいろな話を聞きつつ
騒いでいたところだった。
『まあ、何事』
笑い声がある客屋に戻って、エフィルの母と姉、在人は驚いた。
『お母様。マチが写真にしてくれましたのよ』
エフィルが先ほどの玄関前での撮影の成果を見せると
大いに喜んだ。
『まあ、仕事が速いのね。綺麗に撮れているわ。
あら、貴方も、見せて』
執事やメイドの写真も見ると感嘆した。
『本当に。写真というものは、綺麗ね』
そんなふたりから離れたところで、在人がマチに耳打ちする。
「こちらの世界にカメラは持ち込んでないんだ。
マチ、カメラマンなんてどうだ?
今思いついたことだが、昔エリイが結婚する時に雑談していたのを
思い出した」
「カメラマン?」
「私は医師以外のことは、からっきしでね。カメラも詳しくない。
結婚式をあのホテルで挙げてもらって、写真を撮るというものだよ」
在人が何気なく話しをすると、マチはその提案に飛びついた。
「ああ、それは向うの世界でよくある企画だな。
いい案だと思うけど。爺ちゃん、こっちは式を挙げる時、ホテルを
利用してくれるものか?」
2人は、問題の壁に突き当たった。
結婚式が一般的に、そもそもどんな形であるものなのか。
「う~ん。これは、義姉君に聞いてみるしかないか」
「いや、爺ちゃん。それよりもホテルの従業員にも聞いた方がいいよ」
「ああ、そうか」
男2人でコソコソ話をしていると、お茶のカップをテーブルに置いた
メイドがにっこりとほほ笑んで
『結婚のお話しですか?』
と、勘違いした声がかかった。
「違う違う。今、君たちを撮って見せた写真の話しだよ。
こちらの領地内では、結婚式ってどんな感じなのかなって。
もしこの写真に写すとしたら、どのように
話をしていけばいいのかなって。
式そのものがどのようなものか分からないけど
メイドの君とかが結婚となると、やっぱり教会でするもの?」
メイドは目を見開いて、しばらく茫然としたが
『はい。皆教会で式を挙げます。こちらの国の者は皆そうです。
でも、この写真については、私はいいと思いますわ。
式を挙げる2人の姿が遺るというのは、素晴らしいですわ。
何年経っても、その当時の姿が見られるというお話しでしたから。
とても良いお話しだと思います』
近くでケーキを切り分けていたメイドも
『素晴らしいですわ』
うんうん頷いている。
彼女達は、この屋敷の下働きの者達が住む部屋で生活しているので
お休みには、村の実家へ戻る機会に元気な姿を見せるということで
自分達が写る写真を親に渡すのだと言う。
「ああ、そうか。写真に慣れてしまっていたけど。
そういう使い方もあるか」
ちょっと貸してと、メイドの写真を借りると
水に濡れても大丈夫なようにラミネート加工して
渡すと驚かれた。
『これは?』
「写真は、水には弱いんだ。このようにカバーしておくと
破れないし、丈夫なんだ」
他のメイドや執事の分もその場で加工し渡すと喜ばれた。
お昼までトールス家でご馳走になり、ホテルへ戻れば
午後2時になっていた。
明日からは、本格的に裏方の仕事から始めるということで
フロントの全員に紹介され
在人の全ての仕事を体験せよの一言で
馬の扱い、馬車の扱いと誰にでも会話が出来るよう
この国の常識の学習から学ぶことになった。
『在人様、いつ何があるか分かりません。私は、剣も習われた方が
良いと思います』
「ああ・・、アルフの件があるからな」
「何?物騒な話?」
アシスタントマネージャー(通称アシマネ)のハンスが言うところに
よると、母の兄アルフがこのホテルの跡継ぎに挑戦した時
悪質な傭兵に騙され、ホテルから誘拐されて
大事になったそうだ。
『その時、どのようにしたらいいのかとか。知識があるのと
ないのとでは、違います。お客として、獣人、エルフ、ドアーフ、
魔族、王族や貴族も利用します。それぞれの性格とか対処方法も
知った方がいいです』
思わず、本当にそうだなと頷いてしまった。
しかも渡されたマニュアル本の文字が、全く読めないことが判明。
「うわ、会話は出来ても文字全然ダメだ」
「マチ。頑張れ」
『読み書きは、ギルドの隣にある年齢関係なく教えてくれる
学校へ通いなさい。手配するわ』
子供の時期に学校へ行けなかったけれど、読み書き、数字、計算
言葉については重要なことなので、在人が提案し
この領地内では、40年前に開設されていた。
「そのギルドって、どこにあるの?」
『この領地の地図も頭に入れて頂かなくては』
アシマネのハンスが心配そうにマチを見る。
他のフロント担当者達も残念な目をしている。
傷つきます。
「分かった。とりあえず、1年の見習い期間のうちに、なんとかする。
そういえば、自転車ってある?」
「自転車?・・・・ないな」
「もしかして、馬で行けって?」
「一般的には、そうなる」
在人とマチが向かい合って沈黙するとエフィルは
マチの肩を叩き。
『まずは、馬からかしら』
ひとりで馬に乗れるようになるのっていつ?
馬に乗るのって、難しいって聞いてるよ。
「ぜひ、じ、自転車利用の許可下さい」
トールス家
エフィルとメイラの父
ハロルド・アル・トールス 89歳 かなりの金髪イケメン
エフィルとメイラの母
イルイゼラ・ハン・トールス 87歳 茶髪美人
エフィルの姉 メイラ・アル・トールス 71歳 金髪美人
メイラの夫 ベルティス・マル・トールス 70歳 茶髪で普通
メイラの孫娘 ハンナ・テル・ファーブス 18歳 茶髪美人