あれから
木ノ嶋 在人とエフィルは、過疎の村で偶然出会い
エフィルの母親の病気を治すことで
トールス家の者達に信頼された。
当時からもいる執事やメイド達は、自分達の主の妻を
救った在人の味方だ。
なにしろ報酬を辞退し、無料で医師として活躍したのだ。
さらに無茶を言う彼女の願いに応え在人が
屋敷に何度となく医師として訪れ
トールス家と親交を深めることを良しとし
協力に勤しんだ。
在人自身は、14も歳の差があることで、妹のような
存在として接していたのだが
恋心のある女の子にすっかり絆され
彼女を守りつつも彼女が18歳になった歳に告白されてから
ひとりの女性として見るようになった。
次女であるエフィル自身は、10歳の時から10歳年上
西の領主で貴族の長男(当時20歳、現25歳)へ嫁ぐように
話しが勧められていた。
身長も高く、顔はイケメンなので当時話が出た時も
女性に大層モテた。
その長男は財力があることを誇りにしたイケメンの女たらしで、
現在、既に妾が2人存在する。子供もそれぞれ男女1人づつ。
16歳で正妻になるエフィルが嫌な思いをすることは
始めから分かっていた。
エフィル自身も嫌がっており、なんとか在人と
一緒になりたいと父親に訴えていた。
在人がどれだけ優れているかを話し
在人自身がエフィルの為に、医師として領地内で活躍。
成果はどんどん上がり
領地内では有名な医師として名が広まった。
トールス家当主は、本来友好目的とした政略婚姻を考えていたものの
在人の存在を重視する方が領地としては繁栄出来ると判断。
16歳を数か月前にして、婚約を破棄することにし
彼女と在人が
出会って5年後、領主が2人の婚姻を認めて4年後
晴れて夫婦になった。
20歳で結婚させたことは、在人が望んでのことだ。
「俺は、未成年の女性を妻に持ちたくない。」と
必死に抵抗したこともある。
しかし、問題は在人は異世界の男なので、このまま嫁がせたら
娘が異世界に行くことになる。
領主は娘が別の世界へ行くことを良しとせず
打開策として、領地内にある歪みのある木を拠点とした
場所に屋敷が建てよと指示をだした。
在人のみがあちらの世界とこちらの世界を行き来することで
ようやく落ち着いた。
『どうせなら、宿泊施設にしましょう』
自分の屋敷から少し離れた土地を貰えたのはいいが
屋敷を建てても収入がないことに気付いた。
この領地の跡継ぎは、姉とその夫(他領地の三男)だ。
エフィルは、資金繰りを考えていた時に
彼女の味方をしてくれていた執事やメイド達と相談し
巷では、宿泊施設が少ないことと
領地内での特産物が少なく、行商に活気がないことを知り
考えた結果が宿泊施設。
在人に相談すると、彼は旅人が気軽に泊まれること
ギルド関係の傭兵や冒険者にも提供出来て
貴族も泊まれるようなホテルを提案。
「私の世界の使えるものを利用して
皆が泊まりたいと思うような物を造ろう」
歪みのある木にはあちらとこちらの通り道として
使えるよう簡易の小屋を造り、他の者が勝手に行き来しないよう
外からは分からなくした。
在人が、自分の世界で昔から有名だったホテルで参考に出来るものを
検討し
かなり大規模な宿泊施設が計画された。
さらに、婚姻したことを今まで実家の両親に
話していなかったことに気付いた在人は
自分の家族に話をしてかなり揉めたのだが、
そこはファンタジー好きな叔父に賛成してもらい
(別の世界といつでも行き来出来ること)
親族を説得させることに成功している。
中堅建築会社経営の叔父を誘い、自分の世界の技術を取り入れ
発電機施設を造り、ソーラーシステムも取り入れ
電気のないこちらの世界に、電気のあるホテルを作った。
日本人ならやはり風呂だと、女性用と男性用のお風呂の施設も
造り、それならレストランもバーも欲しいと
あれこれ改造して、ついに完成したホテルは
それでも経営の事を考え2階建ての石造りに終わった。
金銭問題は、5年の間に医師としてこちらの世界で稼いだお金を
全部つぎ込んだ。
『在人、凄いわ』
「最高の宿泊施設だ。頑張るぞ」
それが、木ノ嶋家の異世界との繋がりの始まり。
異世界アルセイル国ザムセン領
宿泊施設ホテル「キノシマ」の由来。
オープンして今年で45周年。
異世界では、有名な安価で贅沢な施設として
ギルドはもちろん旅をする者達には
寛げる施設として有名な施設の1つに数えられている。
そして子孫に語り継がれていく。
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「知ってるよ。物心ついた時から、爺ちゃんと婆ちゃんの
ラブロマンスだとかで、耳にタコが出来るかと思うほど
聞かされた」
マチは、実家の畳のある居間で項垂れていた。
マチは、木ノ嶋在人の孫にあたる。
彼は、木ノ嶋在人とエフィルの実の娘の子供なので
24歳の今まで何度と聞かされた話だ。
幼児時期、あちらの異世界にいたこともあるので
あちらの言葉は理解出来る。
年相応の爺ちゃんと本当に老人なのかと疑う外見の婆ちゃん。
そのハーフの母に、クオーターの自分。
ちなみに、在人自身、3人兄弟の末っ子長男なことと
在人の両親で、母親の兄弟3人、父親の兄弟2人がいたので
当時の異世界人との結婚は、大いに親族で揉めたらしい。
「異世界の女に騙されている」
とか
「言葉通じるけど、文字分からない」
(婚姻の書類を見せられて「読めん」と嘆いた)
とか。
実の父親の弟が建設会社の経営者で、一番理解者で
家を建てる時に相談し、異世界に連れて行き
叔父本人が
異世界での建築が楽しかったことで
賛成派に回り、家族会議が開かれること何度かし
説得。
過疎の村に木ノ嶋家親族全員が移り住み
異世界の行き来をすることで、それぞれが農家をしたり
アクセサリー作りをしたりと商売を始めた。
過疎の村が一気に盛り上がり
道の駅や異世界名物等で賑やかな町へと変貌を遂げた。
マチは、理数系の人間であった為、商売よりも都会に出て
機械類に関わる仕事に就きたく
町を出た人間だった。
それなのに、母が強引に呼び戻したのだ。
「お爺ちゃん、歳なの。
お婆ちゃんは外見若く見えるけど、お爺ちゃんの存在を考えると
誰かに行ってもらいたいの」
「それで」
「孫のマチに跡を継いで欲しいって」
母親が急須にお湯を注ぎながら、驚きの言葉を吐いた。
「なんで。母さんが実子なんだから。母さんが継げば」
遺産相続対象は、母と伯父なのだから。
「だって。あちらの世界は、ちょっと一生住むのはちょっと
馴染めないもの」
母さんにとっては、母親の親である祖父母がいる異世界なのに。
観光として行くにはいいが、住むには異世界過ぎて
電気がない生活は嫌なのだ。
なにしろ、爺ちゃんは、異世界では中々学習が出来ないので
こちらの世界の小学校から大学まで出したくらいだ。
大学卒業して、勝手に都会で就職し
マチの父親になる男性と知り合った。
今は、昔過疎だった村だというこの地に
親族で経営している会社(道の駅の店とか、農作物とか
あちらの異世界の作物とかアクセサリーとかの販売、通販
建築会社支店)に夫婦で転職。
ひとり息子のマチが社会人になったことで
気ままに楽しく暮らせる生活で、夫婦円満。
休暇に夫婦で国内・海外へと旅行に行っている。
夫婦で気ままに暮らしたいから
行きたくないのだと、なんとなく察する。
「・・。で、俺にやらせることになってるの?」
「そう。お母さんの兄もマチの方がいいって。
母方の両親にも連絡してあるの」
母の兄は、こちらの会社で役員をしている。
奥さんもその子供達も、異世界へは行く気はない。
「うわあ、押し付けられた」
「マチなら、あちらの世界の環境に合うと思う」
そう。こちらの世界の人間は、あちらの世界の人間を怖いと感じるのだ。
獣人、魔族に、エルフ、ドアーフ、人族でも騎士とか傭兵とか
王族とか魔術師もいる。
普通の人間であるから、対応が出来ないのだ。
あちらの爺ちゃん夫婦が経営しているホテルは
結局、建築や物の販売に関しては、協力出来るが
跡継ぎは皆やりたくないそうだ。
とにかく文字は覚えないといけないことや
習慣や異なる常識を覚えなくてはいけない。
「駆け引きがかなり大変だからな。騙された時は、それは怖かったよ。
マジ剣を顔の前に向けられた時は、死ぬかと思った」
前に母の兄が若い頃、跡継ぎとして行っていたが
1年で断ったそうで、今まで手伝いはするものの
経営に関しては、遠慮したくらいだ。
「どうして俺に回ってくるかな」
「貴方が、SEでしかもかなり毒舌なところを評価されたの」
「褒められてないよね」
「そうね。でも、小学校上がる前まで向うで暮らしていた
貴方なら大丈夫じゃないかな」
「拒否権なし?」
「そうね。準備も出来ているし」
行ってダメならお爺ちゃんに断ればいいのよ
と、家から追い出された。
母の決定は絶対だ。
昔から頑固なので、覆せない。
それに、勝手に仕事を辞めさせられていたので
会社には戻れない。
かなり怒ってはみたものの、母には頭が上がらないから
俺もバカだな。
仕方なくマチは、家の裏側にある小屋から
扉を開けてあちらの世界へ渡ることにした。
嫌なら断ればいいくらいの考えで。
それが甘い考えだと自覚もしつつ。
荷物の中には、自分が大事にしてきたPCやデジカメ等の
機械や器具も持参していた。
扉から出ると、そこは小屋の中。
あちらの世界でも扉は小屋の中に設置してあり、
外からは見えないようにされていた。
カートに積み込んでいた荷物を押すと、小屋から外へ出てみる。
周囲を見渡すと、目の前にホテルの裏側。
小屋の周囲は、畑になっていた。
「はあ、俺には経営は無理だと思うけどなあ」
カートを引きづり始めると、ホテル方面から手を振ってくる
よく知る人物で老女に見えない女性がいた。
「婆ちゃん、久しぶり」
『元気そうね、マチ。エリイ(マチの母)から連絡があったわ』
外見年齢にそぐわない可愛らしい婆ちゃんは、今年65歳のエフィル。
後ろから杖をついて歩いてくるのは外見も年相応な今年79歳の在人。
「マチ。宜しく頼む」
2人に促され、俺は荷物を押しながら、
ホテルの従業員用の施設へと連れて行かされたのだった。
「言っておくけど。俺、経営学はマジ苦手科目だったからな」
『計算は強いって聞いてるわよ。理数系人間君』
「マチの苦手は、営業とか相手と会話が必要な接待だろう?
むしろ数字は大好きだと聞いているよ」
「うええ、バレてる」
嫌そうな顔をするマチに、老夫婦は笑い出した。
『貴方なら、上手く経営してくれると思うわ』
「褒めても無理な時は、無理だと言うから」
『分かったわ。まずは、今の状況を見て改善点を見てくれない?』
祖母の上手く誘導する言葉に、マチは頷き
荷物を案内されて部屋に置くと
早速デジカメとノートPCを簡易リュックに詰め込むと
案内すると言う祖父母の2人とホテルの門へと向かった。
まずは、表門までたどり着くと、
門の開閉する元傭兵だという50代の男性2人に迎えられた。
『エフィル様、在人様、こちらは?』
「孫のマチだよ。これからこのホテルを任せるつもりだ。
頼むよ」
在人が笑顔で元傭兵達に説明すると、
『跡継ぎかあ。宜しくな、マチ様。俺は、バズ』
『俺は、レッシだ』
握手を交わす。
少し雑談を始めたところで
彼らは馬車がこちらに向かってくるのに気付き
『おっと、仕事。それでは』
早速仕事をする為、その場を離れた。
「あの馬車は?」
元傭兵達が、門の外で馬車の御者と話をしている。
「こちらの世界は、まだ車がない。まだ馬車が交通に便利とされている。
このホテルの客を乗せてきた乗合馬車だろう」
様子を伺っていると、馬車から3人の傭兵のような男女が降り
バズと話をしているうちに、レッシが御者を促し
馬車は去って行く。
バズとレッシは、お客が門を潜ると、直ぐに門を閉めている。
予約していた客のようで、反対側で待機していたホテルの従業員が
簡易馬車を用意していて、彼らと荷物を乗せると、門前から庭を通り、
ホテルの玄関へと連れて行った。
「凄いな。門から玄関まで距離があるから
出迎えがあるのか」
「そうだ。外の馬車を確認せず中へは入れない。
そのまま通過できるのは、貴族や王族の馬車くらいだ。
それ以外は自家用の馬車で来た場合も乗り換えてもらっている。
馬はあちらで預かり、管理している。
馬車は、向う側の屋根付馬車置き場に運ぶ」
祖父の頭の中では、有名ホテルの出迎えのつもりなんだろう。
こちらでもサービスとして実行しているのかと感心していたら。
『こちらの世界では、知らないサービスだから喜ばれるのよ』
「へえ」
門からは簡易馬車が通る石畳の周囲は、芝生が敷いてある。
3つパーティー(グループ)が
広い芝生の庭でパーティーごとに
寛いでいるところを見ると、憩の場になっているのかと思う。
普段は簡易馬車で行くところを歩いて行くと、テントの店が5件。
「あれは、旅の商売人の店だよ。このホテルに泊まるけれど
商売も許可しているから。玄関前の横で店を開いている」
「へえ、店が出せるのか」
「今日は、5人だが。多い時は、左右に20件並んだ時もある」
並べられた商品を見ると、手作り感いっぱいのアクセサリーや
旅の必需品等が並べられている店や
お古専門の服の店、武器の手入れの店等。
ホテルの中に入れば、メインロビー。右はバーにもなる憩の場。
既に多くの人が座って、談笑したり
会議していたり。
左はバイキング形式のレストラン。
食事をしている人達がいる。
フロントが真正面にあり、その奥左右には、それぞれ
銭湯が作られている。
2階建てなので、左右階段がある。
メイドさん達がワゴンにシーツを乗せて部屋の掃除をしている
様子も伺えた。
フロントまでくると、ノートで予約を書いていることに気付いた。
(せっかく電気が使えるなら、PCで管理出来ないだろうか?)
お金のやりとりも、レジがあると便利だなとか。
「マチ。ここは異世界だ。あまり向うの家電を見せたら
強盗に入られる」
祖父が、ふとマチが考えていることを言い当てて
マチは、絶句した。
「え?爺ちゃん、心読めた?」
「いや。なんとなく改善をお願いした時、SEのマチなら
直ぐに電化製品を入れたいと思う予感はした」
「そうか。あまり最先端の機械を使うと、この世界では浮いてしまい
強盗が出没する危険性もあるのか」
「そう。だから、人には気付かれない。
盗難に遭わない程度の物しか設置していない」
「なるほど」
(それなら、改善したい希望を働いている人に聞いた方が
いいかもしれないな。)
『貴方、マチがやる気出したみたいですよ』
「ははは、どうなるかと思っていたが、本気で任せてみるか」
いろいろ案を考えているマチを見つつ
2人はさり気なく後方へ下がり
疲れたということで、ロビーのソファーで仲良く並んで座った。
しかも2人のオーナーに気が付いた従業員が
お茶のセットのカートを運んできて
たっぷりとお茶の注がれたカップを渡し
彼らはそれを受け取って飲んで寛いでいる。
「そこ。寛ぎすぎ」
孫から突っ込み指摘に
老夫婦は、笑った。
木ノ嶋 マチ きのしま まち
在人とエフィルの孫
イケメンに近い普通 24歳 男性 175センチ
根っからのSE
木ノ嶋 エリイ 44歳
在人とエフィルの娘 マチの母 エフィル似
木ノ嶋 アルフ 45歳
在人とエフィルの息子 ハーフっぽい顔 イケメン
ホテル キノシマ
門番 元傭兵 50代
バズ 大柄な男 2M 90キロ 金髪
レッシ やや中肉中背 1M90センチ 80キロ 茶髪