知識、そして経験を積め
一番安全と言われていた部屋は、なんとあちらの世界へと繋がる
見た目倉庫の部屋だった。
いざという時は、あちらの世界へ逃げるという算段だ。
ホテルの従業員達は、倉庫から別の世界へ行く扉があることは
知らないだろう。
倉庫には一応住むことが出来る部屋はあるし、よく見れば
簡易キッチンもある。
何か必要であれば、あちらの世界のマチの母に連絡すれば良い。
祖父母は、一応マチの母には連絡を入れていた。
かなり心配されていたが、在人は何とかしようと
あちこちへ連絡していた。
「マチ。明日、私は警備隊と会議をする。
お前は、とりあえず学校へ行きなさい。もしもの時は、ギルド長を
頼りなさい。話はつけてある」
その言葉を聞いて、マチは自分がこの世界にいる間は
ギルドで守ってもらえと言われている気がした。
「爺ちゃん」
「ああ。今までは、私とエフィルで対応していた。
まだこちらの世界に疎い孫のお前を守れる自信がない。もし、
こちらの世界に居続けるなら
学校でいろいろ学び、卒業しておいた方がいい。
ギルドに居れば安全で卒業まで」
祖父の言葉を最後まで言わせず、マチは反論した。
「嫌だ。俺は、ここから通う。今回は、魔術では技術が追いつけない
ことは、分かった。魔術に対する対策を学んでくる」
自分が役立たずだということは、百も承知。
それでも、祖父母と一緒にこの危機を乗り越えたい。
邪魔だと言われているようで、マチは拒否の言葉を返す。
「お前の気持ちは痛いほど分かる。昔の私がそうだ。
私には魔力もなく、何も出来ない。それを私の周囲が助けてくれた。
お前も学ばなければならない。
ギルド長のところで、しっかりと実務経験を叩き込んで
貰った方がいい。私達は従業員一同で立ち向かえる。大丈夫だ」
「でも、爺ちゃん」
「マチ、直ぐに支度しなさい。ギルド長には連絡を入れてある。
私の考えに賛同してくれた。明日には迎えが来る」
『マチ、私達は大丈夫だから』
祖母は、マチを抱きしめて落ち着かせようと宥めた。
悔しくて、20歳も越えている人間が、
大学出ても仕事の経験があっても
この世界では、自分は何も出来ないことが不甲斐なくて涙が出る。
祖父がマチに伝えた言葉は、そのまま実行された。
ホテルは従業員一同が、以前以上に警備強化
魔術が使える者が何人かいることで、交代制で巡回することや
ギルドに依頼し、どこの誰が、ホテルもしくは在人を狙っているかの
調査が極秘に行われることになった。
国王からも賢者として扱っている在人を奪われないよう、諜報部を
動かすそうだ。
マチ自身の身柄は、翌朝王都のギルドから迎えが来て、卒業まで
ギルド内にある住居施設で預かるという話しに決まった。
マチが何を言おうが、祖父の言葉は覆されることはなかった。
携帯で母親に訴えると、「アホか」と第一声。
力がない者はある者の言葉に従い
自分でその上をいく力を身につけて来いと
慰められるどころか叱責を受けた。
ギルド長からもホテルの警備は、ギルドの傭兵が警備に交代で行くことと
ホテル側も強化対策をするので、マチは後継者として自分の学業に
専念しろと諭された。
『マチ。お前は後継者だ。在人の言うように、わしも全力で
友人である在人を助ける。お前は、お前に出来ることをしなさい』
マチよりも長生きの人々の言葉は重みがあり、結局マチは
ホテルから出ることになった。
厩で仲良くなったバーシグ達、
『男前になって、戻ってこい』
馬車担当のバルグ、
『いつでも歓迎する。経験が物を言うと聞いている。待ってるよ』
馬術の講師ブリック、
『期待してるよ。乗馬も忘れないように』
メイドさん達やアシマネ等、知り合いになった従業員の皆に
また戻るということを告げ、ギルド専用の馬車に乗った。
知り合った従業員の皆の大半が、マチを門まで見送ってくれた。
「有難う。俺は、もっと勉強してくる。その時まで」
『マチ様、お体を大切に。お戻りをお待ちしています。お元気で』
「マチ、待っている」
『マチ、連絡してね』
祖父母とメイド達に手を振られ、俺は情けないことに
涙が止まらなかった。
(まだ数か月なのに。このホテルとしばらく別れないといけないのか。
これからいろいろ歴史を知って、経営を考えていくはずだった。
元の世界と同じくらいの設備で快適だっただけに、ギルドの施設は
どこまでの施設なんだろうか。
あまりに便利な世界にいたから、まだ便利さに麻痺しているのかな。
皆、俺は俺でやれることをする。元気で)
学校を卒業したら、直ぐに戻れるものと思ってのことなので
その期間の長さをまだ把握していなかった。
王都に入り、ギルド長と一緒にギルドの2階の居住区で
住み込みとなった。
『何事も経験が大事じゃからな。お前さんは、学校が終われば
ギルドの受付で、いろいろな種族との交渉術を学んでみなさい』
その日から、直ぐに受付見習いとして入り
ギルドの事務補助に就いた。
ファンタジー小説を読んだ時は、ギルドって受付はそれほど
不便だとは感じなかったが、実際は大変だ。
施設としては、国内で1番大きな施設のギルドという話しだ。
受付は、7人体制。補助は10人。
買い取りとか売買担当の部署、ギルドカードの受付、案内部署とか
発注受注係もいる。
どれも受付は違い、思わず大手銀行の受付を思わせる。
しかもホテルとは違い、全て魔術で処理している。
カードも、適正魔法具で指から血を一滴で、大体の履歴が分かる仕組みは
驚かされる。
補助をしながら、基本のマニュアルの冊子と実際の取扱いを比べながら
確認していく作業は、以前の会社を思い出す。
(仕事に関しては、どこも考え方は基本は同じなんだな)
受付が暇になると、買い取りの補助に回る。
大きな牙、爪、薬草と大きなトレイに並べられる。
報酬を計算していく先輩に習って、確認作業を手伝う。
『薬草は、毒草と間違っていないか、特に見本と見比べて欲しい。
魔術が使えたら、確認は速いが、君はどう?魔力測定はしてる?』
「いえ、してないです」
先輩はふと何を思ったのか、マチを測定器の前まで連れて行き
『そこに手を乗せてみてくれ』
水晶を指さす。
「はい」
手を水晶の上に乗せてみせる。
マチは、自分はこの世界の人間でないから、魔力はないと
思っていたので、あまり期待していなかった。
『へえ、水属性と土属性か。意外だな』
「え?俺、魔力があるんですか?」
『ほら、水晶の光で確認出来るだろ?』
マニュアルの冊子と見比べると、確かに2つの属性が確認出来る。
「そんなことが」
自分に何故魔力があるのだろう?と不思議に思いつつ
マチは自分の祖先を思い出した。
(あ、俺の婆ちゃんは、この世界の人だ。爺ちゃんは、あちらの世界。
と、いうことは、クォーターだ、俺)
4分の1、この世界の人間。爺ちゃんと違うのは、この世界の人族の血が
入っているということか。
早速、お昼休みにギルドの訓練場へ自分の属性の力を
どうすれば生かせるのかを魔術担当の講師に
話を聞きに行った。
訓練場の隣の食堂で、お昼を食べながら
力の出し方や、属性の使い道や呪文を習いつつ
自分のノートへ記録していく。
『受付で必要な力は、買い取りの品の確認作業かな。
何の魔物で、どこの部分なのか、もしくは、価値。
それをスキルで確認が出来ると尚いい』
そうして実際に実技で魔術訓練をしたが、使えるようになったのは1週間。
体力が付いてこないことでの運動不足に加えて
初めての魔力で、何が何やらサッパリで。
1つの属性で1つの魔術がなんとか出来るようになった。
(いや、物凄い精神力と力を使うな。魔力があるが、どのくらいの
量なのかが分からないから、どこまで出来るのか全く分からない。
こちらでの普通に感じることが、出来ないと思いこんだ雑念があるから
上手くいかないのかな)
経験が物をいうのか。何度も試して、慣れるしかない。
学校へ通いながら、帰宅後はギルドで補助の仕事をしつつ
少しづつこの世界で普通に働くということがどういうことなのかを
掴み掛けてくるのだった。
(ホテルでは身近に感じなかったけど、客商売は、いかに相手を理解し
言葉を受け止め、こちらの考えを納得出来るように伝えるかが
問題だ。討伐にしろ、採取にしろ、それがどういうことなのか
どういう代物なのかが理解していないと、難しいな)
カウンター前では、受付担当者に上から目線の獣人と言葉が足りない
人族相手に全く笑顔を絶やさず、相手をしている先輩に脱帽だ。