僕と彼女の出会い
僕は、文学者で古い郷土を巡り、いろいろな語られた話を研究対象にしていた。
国は国としても少しでも遺すべきものとして判断されたものには
研究費用は、大学側に出資をしていることで
仕事として成り立っている。
この仕事に就く前は、祖父の病気を治したくて医師を目指したが
医師になって上司の患者の扱い方で揉めて、医師という職業に対して幻滅しかけた。
それでも我慢していたが、長く患って入院していた祖父が還らぬ人となり
続けていく気力がなく大学に戻った。
生活するにはお金が必要で、バイト扱いにはなるが
知り合いの医局に入れてもらい
医者として登録させてもらっている。
それから1年、活字病ではと言われるくらいいろいろなジャンルの本を読み
大学で文学者の教授と意気投合し、助手をして
気付くと、自分も文学者の道に進んでいたという変わり種と言われる立場だ。
そんな僕がとある村を訪ねた。そこは10人程しか住んでいない過疎の村。
何も収穫が出来ず、木で炭を作り、森のシカや猪を狩り、その炭や肉を町へ持って行き金銭や米に変えている。
現代でもそんなことがあるのかと、今なら驚く昔ながらの生活。
そんな過疎の村に興味を持ったのは、過去不思議な人間が現れたことがあり
語られているという話を町に住んでいる元村人から聞いたからだ。
語られている話しの人物は、ヨーロッパの人間のような顔立ちで
(町に出てきたことで例えることが出来たそうだ)
見たこともない持ち物を抱えていたことと
言葉が違って理解出来ず、数日経つと、その人間は消えたという。
否、言葉が理解出来たこともあるとも。
(後で聞けば、ここの地域が訛りが酷く、同じ言葉を使っても
標準語でも聞き取りにくいという何とも理不尽な話しが原因だったとか)
消えたとされる場所に興味があり、語られた話しを頼りに
村の外れの坂を登っていく。
「語られている場所では、この辺りでよく会ったというけど」
獣道の脇を見ると、歪んだものが見えた。
目を何度かこすって、見据えるが歪みが生じている。
「あれ?この木の横だけ蜃気楼が見える」
歪みの先には、この辺りの森とは違う木々や果実が見えた。
「あの木、何だろう。あの果実も変わった形だ。
美味いのかな」
蜃気楼としている歪みを手で触れようとして、触れるわけないのだが
何かあるかもと考えてのことだが、手が触れたかと思ったと途端
体がグラリと傾き
ハッと気が付くと、その場で横に倒れている。
「あれ?何がどうなったんだ」
慌てて辺りを見ると、蜃気楼で見えた見慣れない木々と果実が
見える位置にあった。
「え?」
振り返ると、あの歪みが見える木が聳え立っている。
起き上がり、その木の横に見える歪みを見ると
今度は今まで自分がいたはずの木々が蜃気楼のように見える。
「どういうことだ?」
木の横にある歪みを触れようとして、また体がグラリと傾き
意識が無くなる。
気が付くと、最初にいた地点で倒れていた。
(もしかして、あちらとこちらの世界は違うのか?
木の種類が分からないし、あの果実も見たこともない。
この歪みは、あちらの世界へ繋がる道なのだろうか?
そうすると、あの語りの裏付けがつく。
あちらの世界の人間が、この歪みを使ってこちらの世界へ
渡ったとする仮定だ)
自分が行き来出来たということだから
歪みを利用して何度も行き来出来るということだ。
その場に座り込み、メモ帳に覚書を書いていると
自分の頭の上から長い金髪の髪が垂れ下がってきた。
「なんだ?」
髪を一房掴むと、
「きゃ」
と、可愛い声がした。
自分の前にまさか人がいるとは思わず、顔をあげると、ヨーロッパ系の可愛らしい金髪少女が目を見開いている顔で立っていた。
(人形?)
しかもこちらの手元を覗き込もうとして相手に髪を掴まれて、驚いている。
「あれ?君は誰?」
『痛い。手を離して』
彼女が涙目で訴えている言葉が理解出来て、慌てて手を離す。
「言葉が分かる」
(もしかして、やはり訛りだから理解出来なかった?
標準語が理解出来れば、言葉は分かる?)
『あ、本当だ』
じっとお互いを見つめ合い。
我に返った僕は、慌てて謝罪した。
「ごめん。女の子に痛い思いをさせて」
頭を下げると、彼女は首を左右に振る。
『私も失礼だった。急に近づいて驚かせてしまったもの』
随分と可愛い声だ。
「君は・・・。もしかしてあの歪んでいるところから来たのか?」
ここは過疎の村だ。こんな辺鄙な場所にこの少女がいることはおかしい。
可愛いし、外人だし。
『そうよ。どうしてわかったの?』
「今、自分が行き来出来たので、そう思った」
『そう。貴方はこちらの世界の人なの。
この歪みは、100年も前に出来たの。私の祖母が若い頃
魔術の研究中に作ってしまったものなの。
祖母は、この歪みが他の世界と繋ぐ道になるとして
私達家族は代々、行き来してはこちらの世界の物を購入しているの』
なんとなく言っている意味が分かったが。
「魔術?物?」
『そう。私が住んでいる世界は、魔術や剣とか魔物とかがいる世界。
薬の知識が今ひとつ。こちらの世界の薬は、とても良い品』
彼女の服装は、こちらの世界の昔の貴族のよう。
やはりあちらの異世界の人間なんだなと少女を見つめる。
「まあ、今はいろんな服装をした人間がいる時代だから、町に行っても
派手は服装に思われるだけで済むか」
『え?』
「いや。ところで、今日は何の薬を?」
『え、ええ。私の母が病気なの。熱が高くて』
症状を僕に細かく伝えると、涙をポロリ。
涙は、ポロポロ溢れ出してくる。
僕は慌ててズボンのポケットからハンカチを取り出し手渡してやると
生地の柔らかさに驚きながら涙を拭いてくれた。
『私がこちらへ来たのは、初めてなの。いつもは、叔父が買い付けに来るのだけど。その叔父は、今は仕事で他国へ行っていて。
父は領地内での政務で忙しくて、中々家にいられなくて
執事が領地内の医師を呼んで診せたり、お薬を頂いたのだけど、治らないの』
つまりだ。こちらの世界の人間が知らない間に
彼女の叔父はこちらへ渡ってくる常連で、彼女自身は初めての行き来だと
理解する。
こちらの世界に勢いで来たのはいいが、心細いということと
どやって薬を手に入れるか分からないこと
実は不安でいたことも零した。
「そうか。君の言っている症状は、たぶんこちらでいうところの
インフルエンザだろう。普通の風邪の処方では効かない。」
インフルエンザの症状を説明すると、少女は不安な顔を見せる。
『どうすればいいの?』
(薬局では、インフルエンザの薬は購入出来ないだろう。医師の処方がいるから
処方箋でもあれば)
「分かった。僕が薬を買う手伝いをしよう」
(これでも医師の免許はある。バイト先の医局に登録してあるから僕が処方箋を書けば、買える)
『本当?』
「ああ。ついでに診察もしよう。インフルエンザかどうか確認しないと薬が違えば
飲んでも意味がない」
丁度、過疎の村に行くことで、もしかしたらと医療器具を少しリュックに入れてきたので
そのまま少女と一緒に歪みへ入った。
周囲の景色が変わり、2人で彼女の家を目指して歩き始めた。
先ほどの意識を失うほどのことはなかったが、歪みを渡ると少し立ちくらみがした。
少女の家は、家というよりは屋敷だった。
(貴族?)
そんな単語が頭に浮かんだ。
屋敷の前の門では、兵士らしき人間が2人立っている。
『エフィル様』
彼らは少女に向かって礼を取る。
『こちらの方は?』
怪しい人物として、彼らはこちらを見る。目は穏やかではない。
『この方は、母を助けてくれる方です』
少女が伝えると、彼らは少女の言葉を素直に受け入れ
門を開け僕らを通してくれた。
屋敷前では少女を見つけた執事やメイドも現れ、
同じ話(在人の存在について)が何度と繰り返され
彼女の母親がいる部屋にたどり着いた頃は
疲れてしまった。
『お嬢様、この男性は大丈夫なのですか?』
『私は彼を信じています』
初めて会ったという僕に、彼女はかなり信用してくれている。
僕自身、本当は彼女の言葉を鵜呑みにしていいものか
こちらの世界へ渡った時に不安が募ったが
彼女は、歩きながらもこちらの世界について話をしてくれた。
僕は、彼女が僕を信頼してくれたからには、応えようという気持ちになった。
後に、この出会いの話をエフィルにすると
母を助けたい一心で、私に対して
すがる思いだったそうだ。
通された部屋は、貴族の女性の部屋らしい。
天蓋付のベッドの上で、彼女の母親らしい女性が眠っていた。
その様子を伺い、手を触れ、口を開けてもらい喉を見る。
体温計で体温を測ると、42度。
付き添っている医師からさらに今までの症状を聞いて
インフルエンザだと確信した。
インフルエンザは、症状によっては命を落とすものだ。
軽く考えるわけにはいかない。
僕は、少女に薬を買うことを告げ、慌てて歪みのある木の場所に戻り
バイト先の医局で、診察した彼女の母親の処方箋を書き
自費で薬を購入した。
屋敷に戻ってくるのに、丸1日かかったが、
少女に薬の説明をし、母親の症状の結果を知る為、3日その屋敷に留まった。
屋敷は蝋燭を使う世界で、電気がないことを知った。
こちらとあちらでは、生活水準の差を感じた3日間になった。
3日目の昼頃、母親の高熱が下がり、会話出来るレベルまで回復したことを
確認出来ると、僕は自分の世界へ戻ることにした。
『有難うございます』
何度も屋敷の人々に感謝された。
領主は、4日前に妻を心配しつつも王都への収集に応じていた。
少女の姉は、婚約者のいる地へ訪問しているので
今はいない。
主のいない間に、奥方が亡くなることが心配だったようだ。
「いえいえ、皆さんが初めて会う私を信じてくれたことで、
それに応えられただけです。それでは」
こちらの世界の物を貰っても、自分の世界では使えないので
お礼も辞退して歪みのある木へ戻った。
『待って』
慌てて追いかけてきた少女に呼び止められた。
「はい、なんでしょう」
『私はこの地ザムセンを領地としているトールスの娘
エフィル・アル・トールス。貴方は?』
そういえば、お互い名前も名乗っていなかったなと改めて
驚いた。
(それだけ彼女の母親の事でいっぱいで、お互い気がついていなかったのか。)
「私は、木ノ嶋 在人。あ~・・、名前がアルトです」
『キノシマが家名?貴族なの?』
「あ~・・。私の世界では、家名は誰でも持っているものです。
昔は、身分の高い人しかありませんでしたが。今は、誰でもあります」
聞きたいことは名前だけ?かと思い、僕は彼女を見た。
「そろそろ帰りたいと思います」
荷物を抱え直すと、彼女は一歩前に出る。
『ま、待って。あの、また会える?』
「・・・。私にまた会いたいのですか?」
3日前に初めて会った男に?
『ええ。会いたいと思う。私が会いに行ってもいい?』
必死に綴る顔が可哀想に思えてくる。
「あいにく、あの場所の近くに住んでいません。そうですね。
会いたいと思って頂けるということなので。何とか連絡出来るように
すれば・・」
僕がこちらの世界に来た時、使えるよう携帯を渡すのが速いだろうかと
考えていると、彼女の必死な顔が
笑顔に変わったことで絆された。
「そうですね。もう1度、私から屋敷を訪ねます。その時に、どのように連絡するかを教えましょう」
『ええ、約束ですよ』
「約束です」
まだこの時点では、僕は年下過ぎる可愛い少女を
恋愛対象には見ていない。
彼女には、身長が高く医師として仕事をする僕に関心を持った程度だろう。
ただ、これが2つの世界を繋げる僕と彼女の出会い。
僕達の出会いが、2つの世界の未来を変えるだろう。
登場人物
木ノ嶋 在人 きのしま あると
29歳 男性 180センチ 60キロ
さわやか系 イケメン寄りの普通
医師免許あり 文学研究者助手
エフィル・アル・トールス
15歳 155センチ 48キロ
アルセイル国ザムセン領 領主の次女 可愛らしい金髪少女