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ずっとまえから  作者:
2/6

分かっていたのに

「京介!!」

扉を開けて飛び込むと、ベッドの脇に座っていた幸が涙目で私を見上げてきた。

「美佳ちゃん・・・」

「き、京介は!?」

息が上がって苦しい胸を押さえて尋ねると、幸の向こうから声が降ってきた。

「俺なら別に大丈夫だよ」

「起き上がっちゃ駄目だよ京ちゃん!」

「大げさなんだよ・・・ちょっと自転車とぶつかったくらいで」

「え?」

話の読めない私はその場で固まる。病院まですっ飛んできたのに、肝心の彼はぴんぴんしているように見えた。

「本当に大丈夫なの、京介?」

「ああ。ちょっと頭ぶつけたくらいであとは軽い打撲くらいだよ。一応大事を取って検査するとは言われたけど」

しばらく学校行けないな、と京介は顔を顰めてみせた。

「何だ・・・心配して損した」

「おい何だ、その掌の返しようは」

ほっとして憎まれ口を叩くと、京介は複雑そうな顔をしてからまだ鼻をぐずぐずさせている幸の髪を乱暴に撫でる。

「それからお前はいい加減泣き止めよ」

「だって・・・だってほんとにっ・・・京ちゃんが死んじゃうかもって思って・・・!」

「・・・悪かったよ。今度から気を付ける」

そう言ってまたくしゃっと笑う。ちょっとは笑顔の練習とかすればいいのに。まあ、京介に満面の笑みを浮かべられても気味悪いだけかもしれないけど。

「一週間くらいは退院できないと思うからその間よろしくな、美佳」

「何を?」

「幸の世話」

「ちょっと京ちゃん、何でそんなこと頼むの!?」

幸が怒ったように詰め寄るけれど、京介は至極真面目な顔で言う。

「いや、必要だろ。俺なんかよりお前の方がよっぽど危なっかしいだろうが」

ちょうちょを見つけてふらふらついていってしまう、というのがただの笑い話にならないのが幸だ。それに一週間も“大好きな京介くん”から離されて、この寂しがりが平気なはずもない。

「よし、お姉さんに任せなさい」

「美佳ちゃんまで・・・」

「まあまあ。京介も心配してるんだから」

呆れ顔を浮かべる幸の肩を宥めるように叩き、ふと気付く。

「――そういえば」

「え?」

「さっきから京ちゃん京ちゃん言ってるけど、京介ってそんな風に呼ばれてたっけ?」

すると幸ははっとしたように口を押さえた。京介の方は苦虫を噛み潰したような顔で目を逸らす。

「ごめんね、京ちゃん。わたしうっかりして・・・」

「ああ・・・もういいよ。今更誤魔化しても遅い」

「・・・どういうこと?」

尋ねると幸はおろおろしながら指をもじもじと合わせる。

「わたしたち、ちっちゃい頃は“京ちゃん”“さっちゃん”って呼び合ってたんだ・・・でも学校では呼ぶなって京ちゃ・・・京介くんが」

ふてくされたようにそっぽを向いている京介ににやにやと笑みを浮かべてみせる。

「ふ~ん、恥ずかしいから呼ぶななんて、京ちゃんってば可愛い~」

「ばっ、美佳お前・・・!」

・・・やだな。そんなほっこりエピソード、私にだって欲しかった。

「ほらほら、“さっちゃん”って呼んであげなよ京介。ここは学校じゃないんだからいいでしょ?」

「そういう問題じゃないだろ!」

顔真っ赤にしちゃって・・・本当、涙が出そうだ。

「じゃあ私のこと“みっちゃん”って呼んでみるとか?」

「誰が呼ぶか!!」

「ちぇ、京ちゃんのケチ」

「お前・・・いい加減にしろよ、もう」

京介はそう言って溜息を吐く。

時間の差。距離感の差。日を追うごとにそれを思い知らされていく。

どこまで行っても敵わない。私はこの二人の間には入れない。

「・・・そろそろ帰るね、京介。気が向いたらまたお見舞いに来てあげる」

「ああ、期待せずに待ってるよ」

京介は憮然とした口調で言う。顔が赤いのはまだ照れている所為なのかな。

「また明日ね、美佳ちゃん」

「うん、じゃあね」

まだ残るつもりらしい幸に手を振って、私は病室をあとにした。


△△△


次の日は学校があったから、なんとなく病院に向かう気にならなかった。“気が向いたら”なんて言った手前、2日続けて行ったんじゃ格好がつかない。

不思議なもので、一度行き損ねるとその後足を踏み出すのが億劫になる。“今日できることは今日の内にやれ”なんて最初に言った人は本当にその辺りをよく分かっていると思う。そんなつもりで言ったのかどうかは置いといて。

なまじ京介の怪我が軽いだけに、そんなに頻繁に行くほどでもないかと思ってしまう。そんなわけで私はずるずるとタイミングを逃し、お見舞いに行こうと決心したときには既に一週間が過ぎてしまっていた。

「――来てやったよ~、京介・・・って、え?」

病室の扉を開けると、初めに視界に飛び込んできたのは窓から入ってくる風になびく長い黒髪だった。

「あれ、美佳ちゃん」

ベッドの脇に座っていたのは幸だった。

「幸・・・今日来てたんだ」

そんな話はしていなかったけど、まあ京介のお見舞いにいくのにいちいち私に言うのも馬鹿げているからそれも当然だ。でもだからこそ――それが妙に心を冷やした。

「京ちゃんね、明日には退院出来るんだよ」

「へえ、良かったじゃん京介。何も問題なかったんだ」

「まあな。部活にも戻れそうだから安心したよ」

ほっとしたような笑みを見せる京介。軽い怪我とはいえ一応不安ではあったみたいだ。

何だか昨日から幸が浮き足立っているとは思っていたけど、どうやらこのことを知っていたかららしい。私より高い頻度でここに通っていたことは間違いなさそうだった。

「で、どう?一週間振りに彼女の顔を拝んだ感想は」

「別に何もないよ。相変わらずだな、お前は」

京介は少し非難がましい目で私を見る。言葉の真意はよく分からないけど、少なくとも良い意味ではなさそうだ。

「何ともなくて本当に良かったぁ・・・」

幸は心底ほっとしたように笑っている。それだけ心配していたんだと分かって、想いの深さが垣間見えた気がした。

「ねえ、幸」

「なに?」

「・・・もしかして、毎日来てたの?」

おそるおそる尋ねると、幸はこくっと頷いて京介をあおぐ。

「ね、京ちゃん?」

「そうだな。来る度に林檎食わされる身にもなって欲しいよ」

京介はうんざりしたような顔をした。そういえば今も幸の手には剥きかけの林檎が握られている。

「あ、京ちゃんってば!林檎は身体に良いんだからね?」

「分かってるよそんなことは。加減を考えろってことだ。いくらなんでも毎日じゃ飽きる」

口ではそんなこと言っても差し出されれば素直に食べるんだろうな、というのが安易に想像出来て笑えなかった。

私は一週間も何をやっていたんだろう。ただでさえ私とふたりとでは過ごしてきた時間の量が圧倒的に違うのに、こうしてまた差を付けられて。寂しがりの幸が毎日あんなに元気だったのに、どうして気が付かなかった?京介と毎日会ってるからだなんてことはすぐに想像が付いたはずなのに。

一口大に切った林檎を京介の口元に運ぶ幸はすごく楽しそうな顔をしていて――私の手前か嫌がって口を閉ざす京介も、なんだかんだ言って満更でもなさそうで。こんなときばかり察しのいい性格が発揮されて嫌になる。

分かってしまった――この一週間で、二人の関係ははっきり変わったんだって。

抜いてはいけないところで手を抜いた。取り返しの付かないところで意地を張った。でももう時間は戻らない。

ああ・・・居たくないな、こんなところに。完全にもう、私は“邪魔者”だ。

でもそれと同時にこみ上げてくるものがあった。

「・・・嬉しそうだね、幸」

「うん、京ちゃんと一緒だから」

微笑みかけると幸は頷いて顔を綻ばせる。白い頬はピンク色に染まっていて、一瞬見惚れてしまった私がいた。その表情を私は知っている。“恋する女の子”の顔。

京介ははっきり驚いたような顔をして――それから、ふと私の方を見た。

「どうしたの、京介?」

「・・・いや、何でもない」

そんな顔しないでよ。私のことなんていちいち気を遣わなくていいんだから。

京介の彼女である前に私は幸の友達だ。幸せそうな顔を見るのが素直に嬉しいって言う気持ちだって確かに存在している。だからこそどうしていいのか分からない。

ふたりを応援しろと言われれば、私は間違いなくそうしていた。でも私の中には天使も悪魔もいなくて、ただ曖昧な“私”がいるだけで――だから誰かがきっかけを作ってくれなくちゃ何も選べない。舵を握っているのは京介だ。

「京介」

決めるのは京介。私じゃない。

「・・・私、帰るね」

「早いね、美佳ちゃん。何か用事?」

「うん、まあそんなとこかな。私は色々と忙しい身だからね」

「・・・気を付けて帰れよ」

目を合わせようとしない京介に微笑みだけ返して、私はそのまま病室を出て行った。


△△△


『ごめん、幸の大切さに今更気が付いた』


下駄箱からそんな手紙を見つけたのはそれから3日後のことだった。

京介の字だってすぐに分かってしまう自分が虚しい。そのくらいには、私は京介が好きだった。

ああ・・・分かっていたのに、想像していたよりずっとずっと痛い。

「・・・本当、馬鹿みたい」

ほんの少しだけ期待してしまった、優しい京介はまた私を選んでくれるんじゃないかって。けれどそんな淡い期待が叶うことはなくて。

でも私にはこのくらいがお似合いだ。だってこれは京介と幸の物語で、私はただの脇役でしかない。ただの脇役が出しゃばるからこうやって痛い目を見るんだ。

最初から勝ち目なんてなかった。嫉妬なんてするのがおこがましく思われるほど、あの二人の結びつきは強いから。

「・・・泣くな」

泣いちゃ駄目だ。私には泣く権利さえない。あの二人の邪魔をした私には。

だからせめて、これから精一杯二人を応援しよう。それが私の償いだ。



――京介に告白された、と幸から事情を訊かれたのはその翌日のことだった。



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